第4話「ファミリーネーム」
「到着。ここがボクらの家だよ」
赤髪の少女について行った先は、アルヴに来てからは良く見かけるけど普通の民家だった。
山間の街から少し離れた所にポツンと佇んでいる。他の民家よりやや大きい程度で、特に変哲はない。
「ちょっとここで待ってな。兄弟達に話を付けてくる」
僕らを家の前に残し、少女は家の中に入って行った。
兄弟ねぇ。こういう場合、普通は親に確認をすると思うんだけど。
「エルク。アンタはどう思う?」
「う〜ん、正直言うと不安ではあるかな」
他の宿よりも、少女が提示してくれた値段は安い。
僕らの手持ちを考えると、今すぐにでも飛びつきたいくらいに。
だけど安いから良いというものではない。安さにつられてホイホイ付いて行った結果痛い目を見たなんて話、冒険者をやっていればいやでも聞く。
安い宿に泊まったら、寝ている間に所持金をスラれた。身ぐるみを剥がされた。翌日身体中が痒くなった。わいせつ行為をされた。など数えればキリがない程に。
「リン。『気配察知』で何か反応してたりする?」
「今の所は無いです。でも、もし相手に悪意が無い場合は反応しないです」
リンの『気配察知』に反応はなしか。
ただ悪意がなく、悪事を「当然の権利」と思ってやる人には反応しないみたいだし、油断は出来ないか。
アリアはもし襲われても大丈夫と言っていたが、この国の『科学』と呼ばれる力は油断出来ないものがある。
飛空船に備えられていた機関砲のような物を個人が所有していた場合、どうしようもないだろう。
少女が戻ってくるまで僕らは話し合った。
辺りはもう暗く、宿を探す時間も無いので、各自警戒を
「お待たせ。さぁ中に入ってよ」
戻ってきた少女に促され、僕らは壁に備え付けられているドアから家の中ヘ入った。
中は思ったよりも広かった。
山の中にあるため窓は無い。なのに部屋全体が昼間のように明るい。
部屋全体は白い壁で覆われ、隅には流しがあるので、そこが台所なのだろう。
部屋の中央には長方形の机があり、大人数で食事が取れそうだ。
僕らが部屋の中できょろきょろしていると、奥の方からドタバタと複数の足音を立てて少年少女達がやってきた。
「本当に外国の人だわ」
「ねぇねぇ、兄ちゃん達はどこから来たの!?」
「魔法って使える? 私魔法を見てみたい!」
1、2、3……合計で4人。
それぞれが興奮した様子で僕らにあれこれと矢継ぎ早に質問をしてくる。
「お前達待て、ハウス! 挨拶もなしに失礼だろう。まずはボクがお話しするから待ってなさい」
「ハーイ」
子供達は赤髪の少女の言葉に素直に返事はしたものの、オモチャを目の前に出された子供のようにソワソワしている。
大人しくなった彼らを見て気づいた。全員種族がバラバラだ。
それぞれがドワーフやホビットのように見えるが、獣人特有の耳や尻尾がある者、爬虫類のような目をして、割れた舌をチョロチョロと出している者など様々だ。
赤髪の少女もドワーフ特有の体系をしているが、ヒゲが生えていない。
「そうだな。簡単に説明すると、ここは孤児院だ」
☆ ☆ ☆
赤髪の少女が椅子に座ると、他の子達もその隣に座り、こちらを見ていた。対面が空いている。そこに座ってくれという事だろう。
僕らは対面の長机に座り、赤髪の少女から話を聞いた。
「話の前に自己紹介から始めようか、ボクの名前はレッド=ツイン。この孤児院ではボクが1番年上なんだ」
彼女の後に続いて、他の子達も自己紹介を始めた。
物静かで先程から無口な少年、彼女の次に年長で、犬のような耳と尻尾を生やしたキバ=ツイン。
キバと呼ばれた少年に懐いているのか、僕らではなくキバさんに質問を投げかけている少年。ドワーフだけど、レッドさんと同じくヒゲが生えてない子がビアード=ツイン
腕を組んでクールを装ってるが、目線がチラチラと忙しない少女。額に青い宝石のような物が埋め込まれているアクア=ツイン。
僕らに興味津々といった様子で、無遠慮にこちらを見ている少女。爬虫類のような瞳と舌が特徴のチョロ=ツイン。
彼らの後に、僕らも自己紹介をした。
ここはアルヴの街の孤児院。
本来ドワーフやホビット達は孤児が出る事が殆どないそうだ。
彼らには『ファミリーネーム』というものがあり、結婚する相手以外にも、気の合った仲間達がいれば『ファミリーネーム』を共にする。なのでもし両親が何らかの病気や事故で亡くなったとしても、同じ『ファミリーネーム』の人達が協力して育てるため、孤児になる事はまずない。
ただし例外がある。
『ファミリーネーム』を持たない場合だ。
彼らにとって『ファミリーネーム』とは、たとえこの先、何があっても苦楽を共にする一生の誓いだ。
一度『ファミリーネーム』を共にしたら取り消す事はほとんどない、もし撤回をしようとするなら、どの様な迫害を受けるかわからない。
彼らにとって『ファミリーネーム』とは、それくらい重要視されているのだ。
それ程までに絆を大切にする種族だから、ドワーフやホビット以外の他種族を『ファミリーネーム』に入れるなんて事は滅多にない。
そして、他の種族と『ファミリーネーム』を共にする場合、『ファミリーネーム』から追い出されることが多い。
「でも、それって差別になるんじゃ……」
僕の発言に、レッドさんが心外だという顔をした。
「差別じゃないよ。別にイジワルしようってわけじゃないんだ。だってそうだろ? 何年も何代も共に過ごしてきた仲間がいるのに、なんで外の人を選ぶんだい?」
「えっと……」
「それにキミ達はまだ来て日が浅いみたいだけど、街の誰かがキミ達に対し、よそ者だとか言って冷たくしたかい?」
「いえ、それは無いですけど」
確かに道を歩けば声をかけられ、挨拶されたり、一緒に飲まないかと誘われたり。街の人たちは僕らに対して好意的だった。
返答に困っていると、キバさんが割って入ってくれた。
「レッド。少し落ち着きなよ」
レッドさんはムッとした様子だ。
「でも!」
「彼は悪意があって言ったわけじゃないのはキミだってわかるだろ? 必要以上に言って責め立てるのは良くないよ」
やや興奮気味になっているレッドさんから目を逸らさず、キバさんが静かに言った。
「……そう、だね。ごめん。言い過ぎたよ」
しばしの沈黙の後、レッドさんの口からは謝罪の言葉が出た。
「いえ、こちらこそ。変なことを言ってしまって、ごめんなさい」
完全に僕の失言だから、もっと早く謝っておくべきだった。
受け入れて貰えない事に憤りを感じ、つい口走ってしまった。
「見てわかると思うけど、僕らはハーフなんだ。それでも種族としての誇りは持っている。少しでも悪く言われると気を悪くする人が多いから、次からは気を付けてもらえるとありがたいかな」
「はい、すみません」
物腰は柔らかいが、険しい目つきからは「次はないぞ」という意思を感じる。他の4人の子も同様だった。
その後は滞りなく話が進んだ。
ここにいる子供達は、親が他の種族と結婚しファミリーネームを失い、何らかの要因で亡くなったり、居辛くなりアインから離れたりして孤児になった子達だ。
あくまで親の問題であり、子供達に責任はない。だから周囲の人たちも彼女達には優しくしてくれているらしいが、『ファミリーネーム』に入れるかどうかというのはまた別の問題になってくる。それは彼女達自身もわかっているようだ。
だからこそ、彼女達は「ツイン」という『ファミリーネーム』を名乗っているのだろう。
「一つ気になったんだけど、良い?」
普段はこういう時、だんまりのアリアが珍しく発言をした。
相変わらずの無表情だけど、何となく違う気がする。どう違うかは僕もわからないけど。
「なにかな?」
「ここは、大人は居ないの」
アリアの質問に対し、レッドさんは「あー」と言って少し困ったような表情をした。
「長く一緒に居ると、情が移っちゃうもんなんだよ」
彼女は「それで『ファミリーネーム』を名乗ってしまうとお互い幸せにならないからね」と付け足した。
だからここでは子供達だけで生活しているそうだ。基本的に最年長の子が働く年齢になるまでは、年下の子の面倒を見るのだとか。
「ちなみに、働ける年齢っていくつなんですか?」
「基本は20からだね。それまでは色々な場所で歴史や仕事を教えてもらうんだ。ボクは19だから来年にはここを出て働く予定さ」
「20って……」
つまり僕らじゃ、種族的にも年齢的にも働き口は無いって事になるのか。
「私からも質問良い?」
今度はサラが質問を投げかけた。
「私達を泊めるメリットは何?」
メリット? そりゃあお金だろ?
そう思ったけど、よくよく考えればここは孤児院で、先程彼女は働く年齢になったらここを出ると言っていたから、彼女達は働いていない。つまりどこからか生活に必要なお金、ないしは物資が届けられているはずだ。
「お金だよ?」
「それ程緊迫してる状況なの?」
「勿論必要なお金は貰えるんだけど、でも足りない時もあるんだ。街の人たちは良くしてくれるから余計に頼りづらくてね。だからこうやってキミ達みたいな人達を見つけたら声をかけているんだ」
本当は良くない事だけど、多少は目を瞑ってもらってるそうだ。
「だから出来れば泊まっていって欲しいんだけど、どうかな?」
そう言われるとよわいな。
実際宿に困ってるわけだし、僕としてはここに泊まっていくのは賛成だ。
帰るにしても次の船が出るまでは日数がある。となると出来るだけ節約しておきたいというのもある。
とはいえ勝手に決めるわけにはいかない。
「エルク。泊まっていこう」
そう言いだしたのはアリアだった。
僕がどうするか聞く前に、自分からそう言い出した。
今日のアリアは積極的だなと思ったけど、そういえば彼女も孤児だったか。
話を聞いて他人事とは思えないんだろうな。
「私もそれで良いわ」
「リンも賛成です」
「
僕も反対する理由は無い。
泊まっていく事にした。
☆ ☆ ☆
レッドさん達が、料理とお風呂を用意するから座っててと言われたけど……
「エルク! 見て、ポチっと押したら火が出るわこれ! 魔道具かしら!」
「魔道具じゃなく『科学』だよ、魔道具は魔力ってのが無いと扱えないんだろう? 『科学』はそれを誰にでも使えるようにしたものなんだ」
「あ、あの。美味しい料理もその『科学』で作れたりするかしら?」
「流石にそこまで万能じゃないよ」
サラの質問に対し、苦笑気味に答えるレッドさん。
すると奥からドタドタと、騒がしい足音が近づいて来た。
「エルク! 凄いです! お風呂場に取っ手を捻るとお湯が出る魔道具があるです!」
「エルク君。このピカピカ光ってるの魔道具じゃなくて『科学』って言うらしいよ!」
リンもフレイヤも『科学』と呼ばれるものに興味津々のようで興奮している。
「キミ達、この街で宿に泊まったことがあるんじゃ無いのか?」
事あるごとに驚く彼女達を見て、キバさんは少々呆れ気味だ。
「えっと。昨日来たばかりで。ホテルにも泊まったのですが、疲れてすぐ寝ちゃいました」
「なるほど……」
アリアはチョロちゃんとビアード君の相手をしている。2人はアリアに肩車をしてもらい、天井に手が付くのが楽しいのか何度もせがんでいる。
結局夕食が出来るまでアリア達は騒がしくしていた。
☆ ☆ ☆
僕らは空き部屋を借り、そこにシーツを敷いて寝ることにした。
備え付けてあるベッドは小さかったため、物置部屋まで移動させてもらった。
「エルク。起きてる?」
「起きてるよ。どうしたの?」
普段はさっさと寝てしまうアリアが珍しく声をかけて来た。
「私も、ファミリーネームが欲しい」
「えっ、ファミリーネームって、僕と?」
「うん。ダメ?」
僕とファミリーネームを一緒したい。
それってつまり……
「エルクと、サラと、リンと、フレイヤ。皆で一緒のファミリーネームにしたい」
「あんたねぇ」
サラがガバっと起きて来た。
聞いていたなら最初から反応してくれれば良かったのに。
アリアだから、何となくこうなる事は想像出来ていたわけだしね。
「リンも一緒のファミリーネームが欲しいです」
「うん。私も欲しい!」
2人の反応に、サラがため息をつきながらも「私も」と言っている。
灯りを消しているから良く見えないけど、多分今のサラは耳まで真っ赤にしているんだろうな。
「そうだね。僕らの『ファミリーネーム』を作ろう」
「うん。エルク考えて」
「えっ、僕?」
「エルクが考えたなら、サラも文句言わない」
「アンタ……いや、まぁ、そうだけど」
リンとフレイヤも賛成といったようだ。
しかしファミリーネームか、う〜ん。
貴族だとファミリーネームは神獣の名前や家紋にあった感じの物をつけているけど、僕らは別に貴族ってわけじゃないからそんな凝った物は考えなくて良いかな?
むしろサラは貴族だから、そういうのを嫌がりそうだな。
「えっと。ファーミリアってのはどうかな?」
「うっわ、安直」
サラが鼻で笑った。
そんなこと言われたって、急に思いつかないんだから仕方がないだろ。
「アリア=ファーミリア。うん。私は良いと思う」
「フレイヤ=ファーミリア。えへへ」
「リン=ファーミリアです」
ここまで来たらやっぱりなしと言えないな。
どうせ自分達が勝手に名乗るだけなんだし、あまり気にしなくても良いか。
むしろ変に気取った方が、後で恥ずかしくなりそうだし。
「一気に家族が増えた感じがするね」
「うん。こうしてずっと一緒に居たいね」
ずっと一緒か、少なくともアインに永住は無くなったからもうしばらくは一緒になるかな。
「サラとエルクも名前」
「えっと。エルク=ファーミリアです」
改めて言うのはなんだか恥ずかしいな。
ファミリーネームか、確かにこうして同じ名前を名乗るのは、絆を感じる気がする。
「サラ=ファーミリア……。ほらもう遅いから寝るわよ」
照れ隠しするようにサラはシーツをガバッと頭まで被り直した。
家族か、こういうのも悪くない。
出来れば、もうしばらくはこうして居たいな。
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