第2話「空の旅」
飛竜との戦闘を終え、艦橋を降り部屋まで戻ってきた。
既に飛竜の縄張りを抜けているので、また襲われるという危険は無いらしい。
「……ッ!」
部屋のドアを開けると、アリアが抱きついてきた。
「うわっ、どうしたの?」
「エルク、エルク」
アリアは小刻みに震えていた。
そっか、怖かったんだな。
高所恐怖症だから、連れて行くのは可哀想だと思って置いていったけど、よくよく考えてみれば怖い思いをしているのに誰も居なかったら、もっと怖いに決まっている。
謝罪の言葉をかけながら、アリアの頭に手を置き、優しく撫でる。
「……オシッコ……漏れそう」
トイレかよ!
外には窓があるから、トイレまで行けなくて今までずっと我慢してたのか。
「連れてくから我慢して! 手を引くから目を瞑って付いてきて!」
「うん」
急いでトイレまで連れて行った。なんとか間に合ったようだ。
ふぅ、危ないところだった。
「ところで、あんたら……どこいってたのよ……」
一瞬ギョッとした。サラの目には大きなクマが出来ており、生気が抜けたような青白い顔になっている。
若干涙目だ。
「えっと。説明の前に、酔い止めの薬貰ってきたけど。飲む?」
「うん。お願い」
艦橋で仲間が船酔いしている事を伝えたら、飛竜襲来を伝えてくれたお礼にと、乗務員さんが酔い止めの薬をくれた。
酔い止めの薬をサラに手渡す。船酔いしていると上手く魔法が出せないらしく、フレイヤが水の入ったコップをサラに渡している。
薬を吐き出さないようにと、吐くのを我慢しているサラの様子が段々と落ち着いてきた。
完全には良くはならないみたいだけど、吐き気が収まっただけでも彼女にとっては相当楽になったようだ。
「今の内に何かお腹に入れておく? このままじゃアインに行くまで持たないよ」
「そうね。それじゃあ何か流動食のような物が欲しいわ」
流動食か、何か売ってたっけな?
流石にここで料理を始めるわけにはいかないし。
「サラちゃん。それなら果実や野菜を磨り潰して、ドリンクにしようか?」
「ええ、お願い。フレイヤ……ありがとう」
船酔いのせいか、サラがかなり素直だ。
普段の彼女からは想像できないくらい弱気になっている。
「えとね。これは胃がもたれた時に煎じて飲むと良い草で、こっちは頭痛を和らげる効果があってね」
素直にお礼を言うサラに気を良くしたフレイヤが、
サラは心ここに在らずと言った様子か。フレイヤに対し「そうなの」「ありがとう」と空返事を繰り返している。
「ご馳走さま」
「美味しかった?」
「ええ。ありがとね」
「どういたしまして」
フレイヤさんの色々な物を混ぜたドリンクは美味しかった。
調子に乗って色々混ぜたおかげでサラ1人では飲みきれない量だったため、僕らも頂いたけど、正直味は期待していなかったから意外だった。
だって早口に説明しながらポンポン色んなもの入れるんだよ? 確実に謎の液体Xが出来上がると思うじゃん?
もしかしたら、ちゃんと考えて入れてたのかもしれない。何にせよ美味しかったんだから、それで良いか。
「あの。さっきの薬だけど」
フレイヤ特製ドリンクを飲み終えたサラが、僕に話しかけてきた。
「さっきの1回分しか貰っていないので」
「そう、なんだ……」
おずおずと、上目遣いで僕を見ている。
その仕草にドキッとさせられた。
視線を落としたり、こちらを見たりと
「船の中で売ってる場所は聞いておいたから、買ってこようか?」
「うん……お願い……」
「じゃあ買ってくるから、サラは薬が効いてる内に寝てなよ」
「ありがとう」
今まで船酔いであまり寝れなかったのだろう。
サラは弱々しい声でお礼を言うと。すぐ横になってすーすーと寝息を立て始めた。
しかし、調子が狂うな。
しおらしいサラも悪くはないけど、普段の強気なサラの方が良いな。うん。
よし、彼女のために酔い止めの薬を買ってくるかな。
でも、その前に。
「アリア。そろそろ離れてくれる?」
「……いや」
軽く溜息を吐いた。
先程置いて行った事を、根に持ってらっしゃるようだ。
とはいえ、このまま引きずって行くわけにもいかないし。
「すぐ戻ってくるし、リンとフレイヤは部屋に残るから」
「……」
渋々と手を離してくれた。
「それじゃあちょっと行ってくるから……何してるの?」
「えへへ。エルク君の真似」
ドアに手をかけ振り返ると、フレイヤがアリアの頭を撫でていた。
下手くそな撫で方で、アリアの髪がボサボサになっていくが、アリアはそんな事は気にしていないようで、目を細めて為すがままにされている。
えー、頭撫でるのが僕の真似ってどうなのよ?
「大体あってるです」
リン!?
微妙な気分のまま、僕は部屋を出た。
酔い止めの薬は無事に買えた。
☆ ☆ ☆
「間もなく工業国アインへ到着します。お忘れ物がないようご確認ください」
やっと、一週間に及ぶ空の旅が終わる。
サラは薬のおかげで大分安定していた。もし薬が無ければ、船酔いでアインに来る前に力尽きていたかもしれない。割と本気で。
忘れ物がないか荷物を確認。よし、問題は無さそうだ。
到着を知らせるアナウンスが響き渡る。
我先にとサラとアリアが駆け出し、僕らはその後を追う。
2人にとって、空の船旅はもうこりごりだろう。
でも、アリアはガルド大陸に帰る場合、また飛空船に乗らないといけないんだけどね。
今水を差す必要はないし、まだこれは言わないでおくか。
こうして僕らは工業国家アインに到着した。
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