第16話「邂逅」

 里の案内をしてもらっている内に、日が暮れだした。

 施設らしき建物がいくつかあるから、その建物について何か質問をしようにも、エルフ達の質問攻めが続き、僕らは里の案内も調査もほとんど進まずじまいだった。僕らがエルフ達に興味があるように、エルフ達も僕らに興味があるわけだから仕方がないか。


 ダンディさんの居たエルフの里と広さはそこまで変わらないし、本気で調べようとすれば一日もかからずに調べれるだろう。時間は十分あるんだしゆっくりやっていくとするかな。

 

 食事風景は筋肉エルフ達と一緒で、火を囲み各々が好きな場所を陣取って食事をとる。

 普段はあまり肉を食べないという話だけど、火の回りには大量の肉が置かれており、それを青い顔をしながら、エルフの女性たちが必死に食べている。

 どうせ、また胸の話になってダンディさんが「肉を食べれば胸が大きくなる」と言って、それをアリアが適当に肯定したんだろうな。色々と突っ込みたくはあるけど、下手に口を出せばまた何を言われるかわからないし、そのままにしておくのが無難だな。

 

 僕らも適当な場所に腰を下ろして食事にする事にした。

 エルフの女性たちと同じように、少し青い顔をしながら必死に肉を食べるサラ。

 リンは魚の魅力に勝てなかったようで、肉ではなく魚を食べている。

 アリアとダンディさんは、好きな物を好きに食べるといった感じで実に自由だ。


「フフッ……フヒッ!」


 そんな中、気持ちの悪い笑みを浮かべては、時折僕やダンディさんを見てくるフレイヤさん。話を聞いてほしくて仕方ないといった様子だ。

 見ない振りをしてそのまま食事を続けても良いけど、流石に可哀想になってくる。誰にも相手にされていないのに、本人が幸せそうな様子なのが痛ましい。

 しょうがない、聞くふりだけでもしてあげるか。

 

「何か良い事あったのですか?」


 フレイヤさんに問いかける。


「フヒッ。ワタクシそんな風に見えますか?」


 ええ、とっても。


「そうですわねぇ。エルクさんがどうしても聞きたいというのでしたら、教えて差し上げても宜しいのですが」


「いえ。無理に聞くほどヤボじゃないので」


「実は先ほど、リンさんと一緒に魚を獲りに行ったのですが」


 僕の話を聞いちゃいないね。まぁいいや。

 少々興奮気味に鼻を鳴らしながら、身振り手振りで何があったか説明してくれる。動きに合わせてふさふさと動くポニーテールが何となく犬っぽい。

 所々誇張が入ってるようで、ダンディさんがツッコミを入れているけど、それもどこ吹く風といった様子で、気にせず話し続けている。


「リンちゃんったらね……」


「なるほど」


「リンちゃんがね……」


「へぇ〜」


「リンちゃんったら……」


「そうなんですか!」


 僕は適当に相槌を打ち続けた。

 と言うか、相槌を打ってる間に既に次の話題になってるから、相槌を打つくらいしか出来ない。


 フレイヤさんの話を要約すると「リンと仲良く魚を獲りに行って、楽しかったです」だね。

 仲良くなれたようで何より。



 ☆ ☆ ☆



「それでリンちゃんたら、お魚を見つけたらね」


 フレイヤさんの「リンと仲良くなった話」は既に3周目を迎えていた。

 いまだに興奮は冷めないようで、気づけばお上品口調はどこへやら。馴れ馴れしい口調に変わっていた。


「そう言えば、サラ。お前中々変わった魔法の使い方をしていたな」


 フレイヤさんへのツッコミを放棄したダンディさんが、サラに話かけていた。変わった魔法の使い方と言うのは、同時に魔法を発動させてる事だろう。

 ダンディさんの言葉を聞いて、フレイヤさんが「ハッ!」とした表情をすると同時に話を打ち切り、ぐるんとダンディさんの方へ向き直った。


「うん。サラちゃん魔法を同時に出していたけど、あれはどうやったの!?」


 ダンディさんはともかく、フレイヤさんの馴れ馴れしい喋り方に、サラが不機嫌になるかなと思ったけど、どうやらサラ自身は褒められてまんざらでも無いようだ。


「べ、べつにぃ。あのくらいなら、まぁ……」


 サラは必死に冷静を装ってるつもりなのだろうけど、耳まで真っ赤に染めている。


「サラは同時に5個も魔法が出す事が出来るです」


 自分の事のように誇らしく胸を張って言うリン。それに対しサラは「フ、フン。まぁその位はね」と、どうでも良いことのように言いながらも、口元がにやけっぱなしだ。素直に褒められるのに弱い性格だからなぁ。

 

「5個も同時に出すのか! それは凄いな!」


「5個!? わたし達エルフは魔法が得意だけど、そんな事出来る人は居ないわ! 凄い!」


 サラは褒められるたびに頭がどんどんと上を向いていく。このまま褒め続けたら頭と背中がくっつくんじゃないかという勢いで。


「うん。サラはヴェルの街じゃ、ヒュドラ――5つの口を持つ魔術師――と呼ばれて有名な位だしね!」


 口に出して、しまったと思った時にはもう遅かった。

 サラが「あぁん?」と言いながら、チンピラの如く顔を近づけてメンチを切ってくる。

 ひとしきり僕を睨み、満足したようで、一つため息をつく。


「まぁ……一応、技名みたいなのは考えてあるわ」


 そう言ってサラは腕を組む。

 「どうでも良い事なんだけどね!」と言わんばかりの態度だが、せわしなく動く目が「聞いてくれ」と語りかけてくる。


「ほう? なんて技名なんだ?」


 すかさずダンディさんが聞き返す。


独唱五重奏ソロクインテットよ!」


 ドヤ顔で応えるサラだけど、周りは頭に「?」を浮かべている。完璧にわかっていない様子だ。

 思った物と反応が違い、ドヤ顔が崩れだした。

 そのまま「キッ」といった感じで僕を睨んでくる。まぁ代わりに説明しろって事なんだろうね。

 わざとらしく「オホン」と一つ咳をする。ダンディさん達が頭に「?」を浮かべたまま僕に注目したのを見てから、説明をする。


「えっとですね。楽器……はわかりますか? ほら、ダンディさんの村で、火の回りで皆が楽しく叩いてたあれですが」


「まぁ楽器はわかるが、それがどうした?」


「演奏する楽器の数で呼び方が変わるんですよ。二つでしたら『デュオ』三つでしたら『トリオ』と言った感じに」


「ふむ」


「独唱、これは一人で歌う事です。そして楽器を五つ使って演奏するのを五重奏クインテットというのですが、5つの魔法を一人で同時に使うのを五重奏クインテットに例えて、独唱五重奏ソロクインテットと命名したんじゃないかなと思います」


「なるほどな」


 腕を組み、うんうんと頷くダンディさん。

 それを見て同じようにアリア達も頷いている。

 その様子に機嫌が良くしたサラを見て、内心ほっとした。


「サラ。お前友達が居ないのか?」


 ホッとしたのもつかの間、ダンディさんの言葉で場が凍り付いた。

 いきなり何を言い出すんだ?


「なっ、なっ」


 サラはわけがわからず、顔を真っ赤にしながら言い返そうとするけど、口をパクパクとさせるだけで言葉が出てこないようだ。

 

「皆で演奏した方が楽しいだろ?」


 いや、そうだけどそうじゃない!

 これは物の例えであって。言い返そうとする僕に対し、ダンディさんは言葉を続ける。


「お前達も、仲間だけの関係で友達じゃないってのは酷くないか?」


 ダンディさんの問いかけに「リ、リンはサラと友達です!」「私も」「サラちゃん。友達居ないなら私がなってあげるから大丈夫だよ!」とサラを慰めるように発せられた言葉が、余計にサラの心を抉ったのだろう。


「もうヒュドラ――5つの口を持つ魔術師――で良いわ」


 めんどくさそうに項垂れる彼女に対し。ダンディさんは満足そうに笑っていた。

 言いたい事は色々あるけど、多分話が通じないだろうし、サラがもう良いと言うならそれで良いや。



 ☆ ☆ ☆



 翌日。

 今日も朝から里の調査のため、僕らは起きてハウスウッドから出た。

 エルフ達の質問攻めも、昼になる頃には大分減ったし、これでやっとまともな調査が出来るかな。

 さて、調査の開始だ。そう思った矢先だった。なにやら門の方が騒がしい。何かあったのだろうか? 

 調査を優先したい所だけど、もしモンスターなら討伐を手伝った方が良いだろう。

 僕らは門まで走り出した。


 門に近づくにつれ、エルフ以外の人影が遠めに見えた。見覚えがある様な気が。 


「おぉ、エルク君。丁度良い所に」


 走ってきた僕らに気付き、声をかけてきたのはジャイルズ先生だった。

 一緒に居るのはシオンさんにフルフルさんにイルナちゃん。それにリザードマンタイプの魔族が2人、見た目じゃ判断つかないけど、身に付けている装備で、何とかパッチさんとポロさんだと判断出来た。

 そしてもう一人、何故かマッスルさんも一緒に居た。


 マッスルさんは相変わらず筋肉を見せつけるようなポーズをして、その対面には立ちはだかるようにダンディさんが似たようなポーズを決めている。あまりにむさいので出来れば視界に入れたくない。


「エルク。キミの知り合いか?」


 少々警戒気味に聞いてくる二人の門番のエルフに「はい」と答えた。

 困惑な表情を浮かべて「里長を呼んでくるので待っていて欲しい」と言って門番の一人がハウスウッドへ走って行った。


 しかし、何故ここにジャイルズ先生やシオンさん達が?

 もしかして、手紙を読んで僕らを心配して来てくれたのだろうか?



 ☆ ☆ ☆



 パッチさんとポロさんはシオンさん達に何度もペコペコと頭を下げ「それでは自分達は戻ろうと思います」と言って、里長のバルドさんに挨拶をした後、すぐに帰って行ってしまった。


「エルク達の安否を確認しに来たのもあるが、俺たちはこの里にある石碑に用があってきたんだ」


 シオンさんがそう言うと、フルフルさんは木箱を取り出した。片手に乗るくらいのサイズの箱だ。

 それをイルナちゃんに渡すと、イルナちゃんは箱を開けて、里長にその中身を見せた。

 箱の中に入っていたのは、透き通るような透明で金色の珠だ。うっすらと輝いている。


「エルフの長よ。妾はこのエルフ族の宝を返すためにやってきた」


「エルフ族の宝……じゃと?」


 いぶかし気に、その珠をまじまじと見るバルドさん。

 イルナちゃんが、何故そんな物を持っているんだろうか?


「1000年前の聖魔大戦の折りに、エルフ族から我ら魔族が奪った物らしいのじゃが。すまぬ。妾にも詳しい事は教えられておらず、これをエルフの石碑に返すようにとしか伝えられておらぬのだ」


「ふぅむ。エルフ族の宝……ワシにはそのような事は伝わっておらぬが」


「そ、そうなのか。となるとエルフ族の石碑は……」


「いや、石碑らしき物ならここを北に行ったところに一つある。それがエルフ族の宝かどうかは分からぬが、返しに来たというのなら無碍に扱うつもりは無い。フレイヤ、ダンディ。その者達を石碑まで案内して差し上げよ」


「わかった」


「わかりましたわ」


 里長のバルドさんは、話を聞くためにジャイルズ先生とマッスルさんを連れて、ハウスウッドへ戻っていった。


「それでは石碑まで案内しよう」


 バルドさんがハウスウッドに向かうのを見てから、ダンディさんがそう言って歩き出した。


「えっと、僕らも付いていって良いですか?」


 もしかしたら、そこに神級魔法の手掛かりが何かあるかもしれないから、石碑とやらの調査がてら一緒に行きたい。


「私は構わないぞ」


「あぁ、俺たちも大丈夫だ」


 シオンさんが普段と雰囲気が違う。

 普段だったら、僕らに挨拶して微笑みかけてくるのに。よく見ればフルフルさんも、イルナちゃんもどこか真剣な表情で、とても気さくに話しかけれるような状況じゃない。

 僕らはダンディさんの後についていった。



 ☆ ☆ ☆



 エルフの石碑は、エルフの里を北に一時間ほど歩いた場所にあった。

 森が少し拓けており、祭壇のような建物があり、その中央に大きな石碑が立っているのが見える。


 遠目では分からなかったけど、近づくと石碑は結構大きい。僕の身長の倍くらいの高さはあるんじゃないだろうか?

 その石碑には文字のような物がたくさん書いてあるけど、何と書いてあるかさっぱりわからない。

 サラならわかるだろうかと思いサラを見てみるが、横に首を振られた。サラにも何が書いてあるのかさっぱりわからないようだ。当然アリアやリンにもわからない。


「これ、なんて書いてあるんですか?」


 ダンディさんかフレイヤさんならわかるかもしれない。質問してみた。


「あぁ、これは……」


 ダンディさんが勿体ぶった様子をしている。

 どうせ「分からない」とか言うんだろうな。


「わからん」


 ほら、やっぱり。

 フレイヤさんも分からないようで、僕が顔を向けると「オホホホ」と言って目をそらすだけだった。


「イルナちゃん達は、わかりますか?」


 イルナちゃん達の目的がこの石碑なら、何か知っているはずだし。


「すまぬ。妾も詳しくは知らぬのじゃ。ただ、このエルフの宝である珠を、石碑に返してくるように言われておるだけで」


 そう言って、エルフの宝という珠を取り出した。


「これを台座に返すのじゃが……」


 イルナちゃんがキョロキョロと見渡してみるが、台座らしきものは見当たらない。


「あぁ。それなら多分、石碑の裏だ」


 そう言ってダンディさんが先頭を歩き、石碑の周りを歩き、ぐるりと裏側まで来た。

 台座は石碑の裏側の中央にあった。台座を見つけたイルナちゃんが、小走りで台座まで近づきマジマジと見ている。特に何かあるようには見えない。

 いや、よく見ると台座の中央に丸いくぼみがある。サイズ的にはエルフの宝という珠がすっぽり入りそうな。

 本当にエルフの宝なのだろうかと半信半疑ではあったけど、丁度入る様なくぼみがあるのを見ると、その話に信憑性しんぴょうせいが沸いてくる。


 シオンさんとフルフルさんを見て頷くイルナちゃんが、ゆっくりと台座のくぼみに珠を置く。

 ……うん。何も起きないね。そりゃそうか。


「ふぅ。それでは戻るとするかのう」


 イルナちゃんはそう言って一息つくと、晴れやかな表情になっていた。

 よく分からないけど、これはイルナちゃんやシオンさん達にとっては、重要な仕事だったのだろう。

 何だったのかちょっと聞いてみようかな。そう思ってイルナちゃん達を見ると、シオンさんの様子がおかしい。

 額には玉のような汗を浮かべて、石碑を睨みつけている。普段はどんな状況でも余裕がある表情をしているシオンさんからは考えられないような顔をしている。


「どうしっ」


 どうしたのよ。フルフルさんは立ち止まっているシオンさんにそう問いかけようとしたのだろう。

 だがシオンさんの表情を見て、言葉が途中で悲鳴のような感じになってしまっている。まるで化け物にでもあったかのように。イルナちゃんもその表情に「ひぃ」と小さい悲鳴を上げて怯えている。


「ちょっと。リン!? どうしたのよ!?」


 サラの言葉で振り返ると、リンがその場で膝を着いてガタガタと震えている。目には大粒の涙を浮かべながら。

 サラとアリアがリンに大丈夫か問いかけているが、まるで聞こえていないように頭を押さえ、いやいやと振り回している。

 シオンさんの様子がおかしくなってから、リンが何かに怯えるように震え出した。もしかしてシオンさんの仕業なのか?

 どういう事か確かめようとシオンさんに手を伸ばそうとした瞬間に、シオンさんの姿が消えた。


 実際は本当に消えたわけでは無く、凄い速度で飛び上がり、石碑を飛び越えていったのだ。

 リンをサラとアリアに任せて、慌ててシオンさんを追いかける。

 石碑の裏側を抜けた先に、シオンさんが立っていた。先ほどよりも更に険しい顔をして。


「お前は、誰だ!」


 一瞬心臓が飛び出るかと思った。シオンさんの言葉だけで、意識が飛びそうなほどの恐怖を感じたからだ。

 お前は誰だ。その言葉は僕に向けられたものではない。勿論、一緒に追いかけてきたダンディさんやフレイヤさんにでもない。

 祭壇の下に、いつの間にか居た、青い鎧を纏った青年に向けられて発せられた言葉だった。


 褐色の肌に黒い髪。金色の瞳で年齢は僕より少し上だろうか?

 そんな青年が、シオンさんの恫喝に対し、まるでそよ風を受けたかのような笑顔で返していた。


「やぁ、こんにちわ。ボクの名前はロキ。封印を解いてくれたのはキミかい?」

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