第15話「里をあずかる者」
里長に案内されながら、ハウスウッドの中へ入っていく。
ダンディさんが居たエルフの里のハウスウッドと比べると、中は華やかだった。
階段や扉はほとんど一緒だけど、そこかしこに様々な調度品が置かれており、壁には絵画や彫刻が飾られている。
思わず立ち止まって、見入ってしまう。
「我々は人族と比べると寿命が長いのでな。こんな集落では娯楽も少ないから、趣味に没頭する者が多い」
そんな僕を見て、里長のバルドさんはどの作品をどんなエルフが作った物か、時折立ち止まり説明しながら奥へと歩いていく。
一目で凄いと分かる物もあれば、何がどう凄いのかさっぱり分からない物も沢山あった。作品の説明をしながら歩く里長のバルドさんは穏やか、というか少し嬉しそうに見える。
「へぇ……」
サラは説明に対して頷いたり、時折首を傾げて質問をしたりしている。
「なるほど」
そう言って、無表情で周りの調度品を見ているアリアの頭には「?」が浮かんいた。
凄い事を言われてる気がするけど、何がどう凄いのかサッパリわからない。そんな感じだ。それは僕も一緒なんだけどね。
「リンさん。夕飯は何か食べたい物はございますか?」
「リンは魚が食べたいです!」
「それと肉だな」
「お魚ですか。それでしたら近くの川で取れるので、後で一緒に獲りに行きませんか?」
「はいです」
「肉は?」
後ろを歩くリン、ダンディさん、フレイヤさんは調度品に興味すらないようだ。作品の話なんて全く聞いちゃいない。
呑気に夕食の話で盛り上がっている。そんな3人を見て、里長がちょっと切なそうな顔になったのは見なかったことにしよう。
「ここじゃ」
しばらく歩いた先にあったドアを開け、中に入っていったバルドさんに続いて僕らも中に入っていく。
中は30人位は入れそうな拓けた空間で、床には毛皮の敷物がいくつか置いてあり、壁に一枚の大きな絵があるだけで、他は何も無い。
部屋の中央で敷物の上に座ったバルドさんに「好きな所に座ってくだされ」と促され、僕らは対面にある敷物に座った。
「ふぅむ。何から話したら良いものか……」
と言って腕を組み、首を傾げている。
首を傾げながら、チラチラと僕を見てくるので、意図をくみ取っておくべきか。
「それではまず、僕らがここまで来た経緯から、お話させていただいてよろしいでしょうか?」
一応ダンディさん経由で僕らが来た理由や目的は聞いているだろうけど、人伝の伝言では齟齬がどうしても生じる。というかダンディさんだから、齟齬と言うレベルで済むかわからない。
だから里長は、どんな目的なのかわかりかねているのだろう。こちらの出方をうかがうために、あえて僕らから話をさせようとしたのだと思う。
本当に何から話せば良いか悩んでるだけの可能性もあるけど。
僕らは冒険者をしている事。通っていた学園の、ジャイルズ先生から依頼でエルフの里を探し、神級魔法の手掛かりが無いか調べに来た事。
道中では迷子になった際に、リザードマンタイプの魔族であるペペさん達と出会った事。ペペさん達が居る詰所でダンディさんに出会った事。ダンディさんの案内で筋肉(エルフ)の里に行き、そこでフレイヤさんと出会った事。そしてここまでたどり着いた事を話した。
「なるほどのぅ……」
外界と交流が無いエルフに、冒険者や学園と言って通じるか不安だったけど、問題はないようだ。
僕の話を頷きながら一通り聞いたバルドさんは、穏やかな顔で一息ついた。
「それなら里を見て周ると良い。古い物もあるが、中にはワシらでも分からないものが沢山ある。もしかしたら、それが手掛かりになるやもしれん」
正直、意外だった。
もっと拗れたりするかなと思ったけど、そんな事は無かった。柔軟な思考の持ち主なのだろう。
「そこに居(お)るんじゃろ? お客人方を案内してあげなさい」
穏やかな顔から、少し呆れたような顔になったバルドさんが、扉に向けて言うと、その瞬間に「バンッ」といった感じで扉が開け広げられて、エルフの女の子たちがキャーキャー言いながら入ってきた。
どうやら盗み聞きをしていたようだ。バルドさんにはバレバレだったようだが。
明らかに聞こえるように溜息を吐くバルドさんに対して、見て見ぬ振りをしているのか、それともテンションが上がって本当に気づいていないのか、彼女達はなおもキャーキャー言いながら、僕らの前まで来て手を引いてくる。
グイグイと来られて、ちょっと困惑気味のサラとフレイヤさん。リンとアリアは特に気にしていないのか、手を引かれるままに立ち上がる。
ダンディさんの所には誰も寄ってこないのはちょっと可哀想な気もしたけど、本人はあまり気にして無いようだ。筋肉を見せつけるポーズをしてきたので目をそらして見ないふりをしておいた。そういう事するから避けられるんじゃないのかな。
エルフの里の里長、バルドさんから正式に許可もいただいたし、神級魔法の調査をしようかな。
そう思って立ち上がると、肩をポンポンと叩かれた。叩いた主はバルドさんだ。
「ところでエルク君。あの絵はワシが描いたのだが、どうかね?」
どうかね? と言われても。
「良い絵ですね」
としか言いようがない。
馬にまたがった騎士と、それに対立するように剣や杖を構えている人達の絵だった。よく見ると全員種族が違う。
「ふむふむ。それで?」
僕の肩に手を置いたまま、バルドさんは眉を潜めている。何が言いたいのだろうか?
答えに詰まっていると、ダンディさんがバルドさんの後ろに回り、僕の視界に入る場所でグッと拳を握って腰を下ろしてるのが見えた。あぁ、なるほど。
「バルドさんの絵、マジ芸術っす!」
「ほほぅ」
一気にバルドさんの顔が崩れ、目や口がだらしなく垂れている。褒めてもらいたかったわけね。
ダンディさんから話を聞いているとは言ったけど、何をどう話したのか何となく想像がついた。
「そうじゃろう、そうじゃろう。特にここは……」
褒められて嬉しいのか、作品について一つ一つ細かく説明され、そのたびに褒めた。
「話が長くなりそうだから、ここはエルクに任せて私達は案内に行こうか」
そう言ってダンディさんが部屋を出ると、サラ達はその後に続いて部屋から出ていった。
ハウスウッドの中は、僕の『覇王』が木霊していた。
☆ ☆ ☆
「特にこの色使いが」
「……ふむ。そろそろ良いかのう」
僕の前に手を出され『覇王』が中断させられる。
先ほどまで褒められてデレっとしていた顔が、急にキリッとした顔になっている。
「さて、他の者は居なくなった。本題を話すとしようかのう」
そう言って、先ほどと同じ場所に腰を下ろすバルドさん。僕もその後に続き、さっきと同じ対面に座った。
「実の所を言うとな、ワシはお主らを里に入れる事も、この場所を知られることも反対なのだが……」
殺気すら感じる険しい顔をしている。
出会ってから先ほどまでのひょうひょうとした態度とは、うって変わっていた。
下手な事を言えば命は無い。そう思えるほどに。
僕を射殺さんばかりの目で見つめられ、ゴクリと生唾を飲む。一気に喉が渇いていく感覚を覚える。
何か言わないといけないが、上手く声が出ない。何度も口を開こうとしては開けずにいた。
「あぁ、すまない。脅すつもりはなかったんじゃが、気づかぬうちに気が立っていたようだ」
そう言ってバルドさんは自分の顔をパンパンと何度か叩き、少々ぎこちないが笑顔を作ってくれた。
明らかな作り笑顔ではあるが、それでも幾分か僕の気持ちは落ち着いた。
「里の者達をあずかる身であるから、どうしても危険に関して過敏になってしまってな。すまなかった」
深々と頭を下げられた。
「いえ。バルドさん程ではないですが、そのお気持ちはわかります」
パーティのリーダーをやっていて、もし自分のミスで誰かがケガをしたら、死んでしまったらなんてことを考えた事はいくらでもある。行動一つで自分だけじゃなく、周りに迷惑をかけてしまうかもしれないんだ。慎重になってしまうのも仕方ないと思う。
かつて、エルフを追いやった人族が来たというのだから、その心中は計り知れないだろう。
「やはり、僕らは迷惑だったでしょうか?」
もし本当に迷惑だというなら、出て行った方が良いだろう。
ジャイルズ先生には申し訳ないけど。
「迷惑、というわけでは無いのじゃが……里の者達は歓迎しているようであるからのう。ただ、もしお主たちがこの場所の事を触れ回ったらと懸念していてな」
この里には貴重なシルクが大量にある。
そして、エルフは男女ともに見た目が美しい人達ばかりだ。僕の知識が正しければエルフ達はこの美しい状態を100年~200年は保つ。となるとここが知れれば、奴隷商人から狙われるのなんて分かりきっている。
もし僕がエルフの里の事を触れ回れば、彼らを狙う人間は後を絶たないだろう。
彼らエルフがどれだけの戦闘能力があるか分からないが、例えダンディさんくらい強かったとしても200人にも満たない集落だ。圧倒的な人数差で来られれば、ひとたまりもないだろう。
里長の立場としては、捨て置けるような問題じゃない。
「正直、もしこの里の状況を人族の悪い考えを持った人たちに知られたら、危険だとは思います」
「ほう……」
「なので、僕はジャイルズ先生に報告する際に、エルフの里の事は言わないようにお願いしようと思っています。勿論、この場所についても教えないつもりです」
本心で言っているけど、言ってる自分が軽い言葉だなと思えるくらい、滑稽に感じる。
もし逆の立場で信じられるかと言われたら、信じるのは難しい。
「それで……見返りはシルクでよろしいか? 確か人族の間では大変貴重な物だったはずじゃろう」
「いえ。見返りは結構です。あえて言うなら、神級魔法の手掛かりとなりそうなものがあったら教えて頂きたいくらいでしょうか?」
「見返りはいらぬと?」
困惑の表情で返された。まぁそうだよね。
普通だったら、ここで見返りとして何らかの要求をするんだろうけど。
「もしここで見返りとしてシルクを貰ったとして、それを街で売れば怪しまれますよ。もしかしたら、森の中で何かあったんじゃないかって」
「う、うむ。そう言われてみればそうじゃのう」
「それに、僕は父からそんなお金の儲け方は、身を滅ぼすだけだと教えられていますので」
今回の件で里長を脅してエルフの里に通い、シルクを物々交換で手に入れたのちに、街で売ってお金に変える。
それをすれば多分簡単に稼ぐ事は出来るだろう。でもそれをやったら僕は二度と父に顔を合わせられないと思う。父のような人を笑顔にする商人になりたかった。だから、そんな商売は僕には出来ない。
「信用してくれと言うのは難しい話かもしれませんが、お願いします」
僕はそう言って頭を下げる。
「……わかった。エルク君。キミを信用しよう」
バルドさんは僕の目を見て頷き。そして溜息をついた。
「そもそもここが見つかった時点で、ワシらに出来る選択肢は少ない。もしここでキミ達を殺して口封じをしたとしても、キミの依頼者や、関所で会ったという魔族の者達がキミを探してやってくるだろう。そして口封じに殺したとあっては、取り返しがつかない事になるじゃろう。だからワシにはキミが悪い奴じゃない事を祈るしかないんじゃよ」
誰かに言いふらすつもりは無いし、ジャイルズ先生にも今回の件は言わないようにお願いするつもりだ。
だけどその事をいくらバルドさんに説明しても、そうしてくれるとありがたい程度にしか思われないだろう。当然だ。出会ったばかりの人間を信頼する方がおかしい。
「ッ……! バルドさんの期待に応えれるように、出来る限り頑張ります」
だから今の僕に言えるのは、それが精いっぱいだった。
「それではエルク君にも里の案内をしようかのう」
そう言って立ち上がった里長の後に続き、僕は部屋から出た。
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