第8話「エルフ!」

「止まれ!」


 当然ながら入り口で止められた。そりゃあいきなり来た人族と魔族を素通りで入れるわけがないか。

 ダンディさんとそっくりな門番二人が、僕らの侵入を拒むように入り口に立ちはだかった。


「ダンディ、そいつらはなんだ!?」


「私の連れて来た客だ」


「客って……そいつらはエルフじゃないだろ? 里に入れるわけにはいかないぞ」


「あぁ、だから長老の許可を貰おうと思っている。すまないが、エルク達はここで待っていて欲しい」


 そう言うとダンディさんは門番が「お、おい」と呼び止めるのも聞かず、ピョンと入り口を飛び越え、そのまま走って行ってしまった。

 後に残った僕らはというと、ちょっと気まずい。ちゃんと経緯も説明せずに置いてかれたため、門番の人達も僕らにどう対応するべきか困っているようだ。

 とりあえず、ここで印象を悪くするのも宜しくない。こういう時はまずは挨拶だ。

 名前のわからない得体の知れない集団のままでは、時間が経つごとに不信感が募っていくだけだと、昔父が言っていた。

 何という名前で、何をしに来たか伝えるだけでも相手の不安を取り除けるんだぞ、と言ってたっけな。


「初めまして。急に来てしまい申し訳ありません。僕は人族のエルクで冒険者をやっています。こちらは僕のパーティメンバーです」


 頭を軽く下げて自己紹介。僕の挨拶に門番の二人はちょっと戸惑いながらも「あ、あぁ」と相槌を返した。

 アリア達に目配せして、「ほら」と言って自己紹介を促すと、サラ、アリア、リン、ペペさんの順に同じように挨拶していく。

 アリアが挨拶した辺りから二人組の門番も落ち着いて来たのか、毅然とした態度で返事をしている。


「実はエルフの里に用があり、ダンディさんに案内をお願いしたのですが。もし迷惑でなければ、ここで待たせていただいても宜しいでしょうか?」


「あぁ、構わないよ。先ほどは高圧的な態度になってしまってすまないね。ダンディの奴もそう説明してくれれば良いのに」


 挨拶をしたおかげか、門番二人の態度は軟らかくなっていた。

 ダンディさんが長老を呼んで来るまで特にする事は無いし、適当に近くの岩場に座って休憩だ。正直歩き続けて疲れてきた所だったし。

 ペペさんは態度の軟らかくなった門番相手におしゃべりをしている。チャラくて馴れ馴れしい喋り方だが、そのおかげで変に気遣う必要が無い分誰とでもすぐに打ち解けられる性格なのだろう。門番とは笑い合って、既に仲良しといった感じだ。

 少し緊張しているのかアリア、サラ、リンはあまり口を開こうとしない。何もする事が無くてちょっと暇だな。

 何となしに里の方を見てみると、先ほどよりもエルフが増えている。まぁ人族が急に来たんだから野次馬が沸くのは当然か。もしヴェルにエルフが急に来たら同じような状況になるだろうし。 

 チラチラとこちらを見てはヒソヒソと話し込んだり、指をさしたりしている。

 しかし、見事に皆同じ見た目だ。大人も子供も、老人は居ないみたいだけど。それと男性しかいない。もしかして生活圏は男女別なのだろうか?


「あの、つかぬ事をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「ん? どうかしたのか?」


「エルフは男性と女性別々で暮らしているのでしょうか?」


「いや、一緒に暮らしているが?」


 僕の質問の意図が分からないと言いたげに、二人のエルフは首を傾げる。


「男性の姿しか見えないのですが……」


 僕が里の方に目線を向けると、二人のエルフは納得したように笑い出し、僕の背中をバンバンと叩き始める。地味に痛い。

 何も面白い事を言ったつもりはないんだけど?


「エルク君。そりゃあヴェルダンディは確かにこの里一番の美女ではある。だからって他の女性を女扱いしないのは良くないぞ」


 そう言って「ハッハッハ」と笑いながら僕の背中を二人が叩きながら「確かにヴェルダンディと比べれば、他はオークだな」等と軽口を言いあっている

 僕から見れば全員オークに見える。が今はそこじゃない。


「ダンディ……ヴェルダンディさんは、この里で一番の美女なのですか?」


「あぁ。凄く美人だろ、実は俺、密かに彼女の事を」


「おいおい、お前もかよ」


 顔を赤らめて思春期の学生みたいな事を言ってる二人はさておき。ダンディさんが女!?

 ヴェルダンディ。うん、そんな名前の女神様が居たっけ。確か運命を司る女神か何かだった気がするけど、まじかー。

 ダンディさんが女性なんて全く気付かなかった。アリア達は気づいていたのだろうか?

 振り向いてアリア達を見ると、アリア達は目を丸くして首を横に振っていた。彼女達も気づいていなかったようだ。


 知らなかったとはいえ、僕は女性の顔を思い切り殴ったり、体を触って褒めてたりしたのか。

 謝っておいた方が良い気はするけど、何と謝るべきか「男と思ってましたごめんなさい」なんて流石に言えないし。

 

「どうやら長老が来たようだ」


 その言葉で、僕の思考はいったん中断される。

 人垣が二つに割れると、中央には二人のエルフが立っていた。

 片方は中年から初老といった感じではあるが、いまだ筋肉の衰えを感じさせない体をしている。多分エルフの長老だろう。

 隣に立ってるのは、ダンディさんかな? 正直見た目が皆同じで区別がつかない。服装と髪型がダンディさんと一緒だから、多分ダンディさんだろう。

 二人はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。僕の近くまで来て、長老は僕の顔をジーっと見て、軽くため息を吐いた。


「ダンディよ。何故人族をここに連れて来たんじゃ?」


「私も最初は断った。だがエルクが強引に……」


 えっ、何この空気。

 強引にって、無理矢理な事してないし!

 門番のエルフ二人組も、一気に警戒した目で見ないでよ。


「強引に……筋肉を褒めてくるんだ! 美しい筋肉のダンディさんって」


 両手を頰に当て、嬉しそうにくねくねするダンディさんに、長老がキレた。


「バッカモン!!!!」


「憧れの筋肉だ。最高の筋肉を見ながら旅がしたいって褒めてくるから、つい」


 ついじゃないよ! いや、連れてってもらうために褒めたのは僕なんだけどさ。

 長老に叱られたと言うのに、ダンディさんは悪びれた様子も見せず、体をくねくねさせて、僕がどんなふうにダンディさんを褒めたのかのろけ話の如く語り続けた。

 長老はそんなダンディさんを無視して両腕を組みながら、僕をギロリと睨みつけるような目で見てくる。


「お主は、その程度で、この里に、入れると、思ったの、かッ!」


 チラチラ僕を見ながら両腕を上に曲げたり、下に曲げたり、自分を抱きかかえるようなポーズにしたりと、一々ポーズを変えながら一歩づつ近づいて来る。凄くむさい。


「お主! この筋肉を見て、何かいう事があるじゃろ?」


 もう帰って良いですか?

 反射的に言いそうになった言葉を飲み込む。これを褒めたら里に入れてくれるって事なんだろうな、多分。

 仕方ない。気合を入れるために、軽く腰を落とし、両手を強く握る。


「えっと……年齢を感じさせないような盛んな筋肉、まじかっけーっす!」


 僕の『覇王』に、長老は一瞬だけニヤとなったが、すぐに威厳のある表情に戻し、また違うポーズを取っていく。

 次々とポーズを決める長老を褒めるたびに長老の表情が崩れていく。これなら里に入る許可が貰えそうだな。


「待て」


 待ったをかけたのは、先ほどの門番のエルフ二人組だ。怒りとも取れるような表情をしている。


「例え長老が許しても。俺達は里に入る許可を出すつもりはないぞ」


 うっ、そりゃあ確かにこんな事で里に入る許可を出されたら、門番も里のエルフの人達も納得いかないか。

 やはりここは、ちゃんと話し合うべきか。


「俺達の、許可が、簡単に出ると、思う、なッ!」


 と言って、二人も長老の隣でポーズを決め始めた。自分達も褒められたいだけかよ!?

 褒める人数が1人から3人に増えただけだ。それなら大した手間じゃない。

 そう思って『覇王』を始めた僕の前に、「俺も!」「私も!」と言って、気づけば100は居るんじゃないだろうかという筋肉エルフ達が、我も我もとポーズを決め始めた。

 流石にこの数を一人で捌き切るのは難しい。助けを求めるようにアリア達を見た。


「『覇王』って勇者のスキルなんでしょ?」


「リン達は女だから、勇者にはなれないので『覇王』は使えないです」


「エルクがんばれー」


 離れた岩場で座りながら、必死に目を逸らし自分達は関係ないアピールを決め込むアリア達。それでも彼女達にすがろうする僕だが、筋肉エルフ達に捕まれ、連行されるように連れていかれる。


 ふと視界にペペさんの姿が映った。

 そうだ、ペペさんなら一緒にやってくれるはず。


「あぁ、えっと、すまねぇ。俺っちは、ほら、魔族だからさ。うん、魔族側だから使うなら魔王様のスキル使わないといけねぇよな。なんつうの、がんばれや」


 ペペ、お前もか!

 結局、日が暮れるまで僕は『覇王』をする事になった。



 ☆ ☆ ☆



「服のような筋肉、マジ尊敬っす」


 やっと全員に『覇王』が完了した。

 もう喉がカラカラだ。


「でも、そんなに褒めて欲しいなら自分達で褒め合えば良かったんじゃないですか?」


 一々僕が一人づつ褒めるよりも、二人一組で褒め合えば良いだけな気がする。

 

「ひょろがりに褒めてもらわないと嬉しくないし」


 そう言って僕に微笑みかけるのは多分ダンディさんだろうか?

 褒めてもらう相手がひょろがりじゃないと嬉しくないって、筋肉エルフ同士じゃ褒める事が出来ない理由でもあるのだろうか?


「ようこそエルフの里へ。お主らを歓迎しよう」


 筋肉エルフの長老が歓迎の言葉を言うと、どこからともなく拍手が響き渡った。

 って拍手の音が煩い。ヴェル魔法大会の会場で聞こえた拍手よりも大きく聞こえる、心なしか地面が揺れてるような感覚さえ覚える。

 いや、本当に揺れているんだ。拍手で地響きを起こすって、どんな種族だよ!


「ちょ、ちょっと。地響きが聞こえてきたけど、何がありましたの?」


 一人の少女が慌ててかけて来た。その姿を見たサラは固まっていた。サラだけじゃない、リンもアリアも、そして僕も固まっていた。

 その少女は整った顔に切れ長の目。その瞳は見る物を虜にするような深い蒼。

 透き通るような白い肌。その控えめな胸は緑のサラシに覆われている。ミニスカートからはすらりとした、それでいて少しか細く感じるような足が見える。

 肩まで伸びるポニーテールは、夕日に反射しキラキラと、プラチナ色の金髪を輝かせ煌めかせている。

 そして何よりも耳!

 そう、尖った耳をしているのだ。


「エルフだ!」


 僕らは声を揃えて叫んだ。正真正銘、本物のエルフが僕らの前に立って居る。

 首を傾げながら「俺(私)?」と言いたげな顔をしている筋肉エルフ達は見なかったことにしよう。

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