第9話「筋肉な理由」
「えっと、何故ここに人族が居るのかしら?」
コホンと一つ咳払いをして、腕を組みそっぽを向きながら華奢なエルフの少女は、こっちをチラチラと見ながら言った。彼女は随分と優雅な喋り方をするな。
「その者達は客人じゃ」
長老の言葉に、他の
その言葉にエルフの少女はムッとした表情で僕らを睨もうとして、そのまま視線を宙に逸らし、「そうですか」とだけ言って、踵を返し、元来た方向へ走っていった。
正直、彼女にエルフの話を色々聞きたいけど、明らかに僕らに対し警戒している様子だから無理そうかな。
とりあえずはダンディさん達に話を聞こう。
「ふむ、そろそろ日も暮れるし丁度良い時間じゃ。客人をもてなそうではないか」
彼らの食事は集落の中央で全員分の料理を一気に作るらしい。天気が悪い日以外は基本的に外で皆一緒に料理をして、食事をとるそうだ。
僕らも何か手伝おうと提案してみたが、「客人はゆっくりくつろいでくだされ」と言われ、料理風景を見ている。
里の中央に火を焚き、そこへ肉を次々と置いて焼いていくという、何とも豪快な料理法だ。
食べる時は火を中心にして、適当な場所に獣の皮を敷いて好き勝手に食べる。野菜や果物は水で洗った物が適当に山積みになっているので、そこから適当に持っていけば良いようだ。
キラーファングやキラーベア、その他色んなモンスターや動物の肉が次々と焼かれては
僕らはというと、正直肉はそんなに食べたくない。道中でいやというほどダンディさんに食べさせられたからね。
だから野菜や果物を頂いて来たんだけど。
「どうした。何を遠慮しておるのじゃ」
「いっぱい食え、強くなれないぞ」
気づくと僕らの周りには肉を山積みにされていた。
一緒に食事をしているダンディさんと長老さんが気を利かせて、次々と焼けた肉を持って来てくれる。
アリアですら流石に厳しいのか、出来るだけ肉を見ないようにして野菜や果物を食べている。
「最近はキラーファング等の魔物が減ったせいで狩れる量は減ったが、蓄えはまだまだ十分あるから気にせんでええんじゃぞ?」
長老のその言葉に引っ掛かりを覚えた。キラーファング等の魔物が減った?
確かに魔族の関所に着く頃にはキラーファングとの遭遇は減っていた。そこからエルフの里に来るまでは1回しか遭遇しなかったし。
キラーファングの個体数が減ったにしてはおかしい。最近ヴェル周辺では良く出没するようになったと聞くし。
もしかしてここで狩り過ぎたから、キラーファング等のモンスターの生活圏が徐々に南下して行って、ヴェル周辺で見かけるようになったんじゃないだろうか?
ギルドに報告しておくべきかどうか、でも下手に話すとエルフの里の事を教えなくてはいけなくなる。そうなるとエルフの里へ良からぬ輩が近づく可能性も。
近づいてどうなる?
でも万が一の事もあるし、一応ジャイルズ先生に相談してからにしよう。
☆ ☆ ☆
「ところで、エルフの里に用事があると聞くいたが、一体どんな用事で来たんじゃ?」
食事が終わり、お腹いっぱいになって動くのもキツくなった僕らに、長老が話しかけてくる。
「俺っちはエルフ達に挨拶しにきた感じだ。ここから2日程東に行った所に魔族の関所みたいなものを構えてて、まぁ関所っつうてもただの小屋なんだけどな。昔は種族間で色々あったみてぇだが、俺達は気にしてねぇし、コトを構えるつもりなんざねぇから宜しくなって」
「ほぅ、確かに我々も昔の事は気にしておらぬ。宜しくと手を差し出されて断るつもりはない」
そう言ってペペさんが差し出した手を長老が握り返した。
二人は微笑み合い、そして手を離した。
「それで、エルク殿達の用事というのは?」
ズバリ、神級魔法の手掛かりです。と言いたい所だけど、これって言っても大丈夫なのかな?
普通に考えれば文献ですらほとんど伝わっていないのだから、エルフにとっては門外不出の可能性もある。
といっても、聞かない事には始まらないし。ダメならダメでジャイルズ先生には「ダメと言われました」と報告すればいいか。
「えっと、エルフの里に、神級魔法の手掛かりがあると聞いて。それを調べさせてもらいたいなと、思ってきたのですが」
長老の顔色を伺いながら、おずおずとした様子で聞いてみる。
僕の言葉に「神級魔法の手掛かりねぇ」と言って顎を抑えて少し考えているようだ。その声色と眼からは怒りといった感情は見えないから、多分悪い印象は与えてないはず。
「ワシとしてはそんなもの構わないんじゃが、あいにくここには無いのでな」
無いか、無いのなら仕方がないけど、ちょっと残念だな。僕個人としても神級魔法は気になるし。
しかし、神級魔法をそんなもの扱いってどうなの。
「多分、それはひょろがり達が居るエルフの里にあると思うぞ」
ひょろがりって、多分さっきのエルフの少女の事だろうか。
食べ過ぎで気持ち悪く横になっていたサラとリンも、その言葉を聞いて少し間をおいてガバッと顔を上げる。彼女達も気づいたようだ。つまり、
「しかし、ひょろがりのエルフの里へ入る許可を、ワシが勝手に出すわけにもいかんし」
「それならフレイヤがまだ近くに居るだろうから、メシを届けるついでに、ひょろがりのエルフの里へ入る許可が貰えるか聞いてもらうように頼んで来てやろう」
そう言うとダンディさんは木の食器に、肉をこれでもかと言わんばかりに盛り付ける。木のコップには水を入れて、器用に落とさないよう走って行った。
そして行ったと思ったら、思ったよりも早く帰ってきた。
「明日の朝に私とフレイヤが向こうの里に行って話をつけてくる」
ありがたいことに、意外とすんなり事が進んだようだ。
お礼に筋肉を褒めたら顔を赤らめて喜んで貰えた。隣で筋肉アピールをしている長老が見えたけど、ここで褒めたらまた他の
「フレイヤと言うのは、先ほどのひょろがりのエルフの女性の事ですか?」
エルフの女性とだけ言うと、伝わらない可能性があるから「ひょろがり」を付けてみた。
「そうだ」
「へー、フレイヤというのですか」
「うむ。それとアイツは私と幼馴染なんだ」
「なるほど」
フレイヤ、美の女神の名前だったっけな。
フレイヤか、確かに彼女は名前に負けしないくらいの美しさだったな。そうな風に考えていると、アリアとリンが半眼でじーっと僕を見てくる。
ここで二人の相手をすると確実に変な絡まれ方をするので、あえてこっちも見ない振り。
「ダンディさんとフレイヤさんの足で向こうの里からここまでは、往復でどれくらいかかりますか?」
「明日の早朝に行くから、夜には帰ってこられると思う」
となると、僕らはこっちのエルフの里で明日一日はお世話にならないといけないな。
一応、ここにも何かないか調べておきたいから丁度良いけど。
「長老。今日と明日僕らの滞在許可を頂きたいのですが」
「別に何日おっても構わんよ」
即答だった。先ほど見ない振りしたせいか、返事と共に僕の目の前に来てポーズを決めてくれる。
仕方なく筋肉を褒めておいたら、満足そうな顔をして「普段使わぬ部屋があるから案内しよう」と上機嫌そうな顔で案内をしてくれた。
☆ ☆ ☆
エルフの里にある3本の大きな大樹、彼ら
この樹はハウスウッドと呼ばれる種類の樹で、幹と地面の間に空洞が出来ており、中には沢山の部屋があるそうだ。
人の住処を樹が与え。そこで生活する事によって出る食事の残飯や、排せつ物を対価に共生をしている樹なのだとか。
年を重ねるごとに空洞は徐々に大きくなっていき、伸びた根は中が空洞の物があり、これがある程度育つと根を切り離し、人が住まう為の新しい部屋になるそうだ。
地下にあるなら雨が降ったりしたら大変じゃないかなと思ったけど、水を逃がすための穴があるらしいので1週間雨が降った程度なら大丈夫らしい。
長老とダンディさんに誘われ、中に入っていくと思った以上に広く、100人以上が入ってもまだ平気な広さがある。
そしてハウスウッドの中は壁がキラキラと輝いており明るい。中で火を使わなくても辺りが見渡せるほどに光っていた。
僕らは真ん中のハウスウッドから入ったけど、僕らが入った所以外にも2つ出入り口が見えるから、3本のハウスウッドの地下は繋がっているのだろう。
部屋の場所は規則性が無く、高所に設置されているかと思えば、更に地下になっている所もある。階段は自分達で作ったのだろう。そして更に特徴的なのは、切り離した根の形が一つ一つ違い、それに合わせるように一つ一つドアの形が違う。
「中が明るいのですが、何かの魔法ですか?」
「いや、ハウスウッドが昼間に日の光を吸収し、夜になると明るく照らしているのじゃ。まぁ天気が悪い日が続くと真っ暗になるのが玉にキズじゃな」
そう言って僕達が泊まる部屋に案内された。
部屋はペペさんが一人部屋で、僕らは4人部屋。
僕とペペさんが2人部屋で、アリア達が3人部屋でも良かったけど、「パーティだから、出来る限り一緒の方が良い」と言うアリアの意見にサラとリンが賛成して、僕らは4人部屋という事になった。
ちなみに部屋には大きめのお風呂があった。本来は共同浴槽で男女関係無しに一緒に入るそうだが、中には恥ずかしがる人も居るそうで、部屋にお風呂があったりもするそうだ。
浴槽は思ったよりも大きいな。4人一緒に入っても余裕がありそうなサイズだ。
「エルクも一緒に……」
「私達が入ってる間はエルクは外ね。覗いちゃダメよ」
アリアの言葉を遮るように、サラが言うが、珍しくアリアが引き下がらない。
「エルクも一緒に……」
「うん、わかったよ。じゃあしばらく外に居るから3人で仲良く先に入ってね」
言うと同時に部屋を出て扉を閉めた。
正直入れるなら一緒に入りたい。でももし一緒に入れたとして、サラの逆鱗に触れるようなことがあれば命の保証はない。
アリアが「エルクも一緒にお風呂入ろう」と言い切ってしまえば、きっとリンも賛成してしまうだろう。そこで断ろうものなら微妙な空気になりかねない、なのでアリアが一緒に入ろうと提案しそうになったら、いつもサラと僕はこうやって勢いで誤魔化している。
アリア達が上がった後に、僕もお風呂に入り、お風呂から上がったら皆ですぐに寝てしまった。思った以上に疲れていたようだ。
次の日の朝、ダンディさんとフレイヤさんを見送った。フレイヤさんは終始そっぽを向いていたが、僕らに対し受け答えはちゃんとしてくれている。
とりあえず許可も出ているから里の中を散策してみたけど、神級魔法の手掛かりになるような物は何もなかった。
里の中の様子も、畑の世話をしていたり、狩りに出ていたりと、生活基盤は僕ら人族と大して変わらない。
まぁ子供たちが逆立ちでおいかけっこをしていたり、逆立ちしたまま木登りをしていたり。農業ついでに筋肉トレーニングと言って岩で出来たクワを振り回したりと、誰もが熱心に筋肉トレーニングに励んでいる姿は異様な光景ではあるけど。
なぜ彼らはここまで筋肉に拘るのだろうか?
夕食前にダンディさんとフレイヤさんが戻ってきたので、夕食の時にエルフなのに体格差が有る事を質問してみた。
「ところで、フレイヤさんとダンディさんを見比べると体格差があるように見えるのですが、何か理由があるのですか?」
「ふむ。そうじゃな、もうずっと昔の話になるが」
そう言って、長老が話を始めた。
聖魔大戦の後に、エルフの迫害があった後。エルフの中で「人族に負けたのは、エルフ族が貧弱だから体を鍛えるべき」という意見と「そんな事をするよりも、長所の魔力を伸ばすべき」という意見で別れたそうだ。
体を鍛える事を選んだエルフ族がダンディさん達の先祖様で、長所を伸ばすことを選んだエルフ族がフレイヤさん達の先祖様という事か。
お互いに別の道を選んだエルフ族は、それぞれ別の場所に集落を作ったそうだ。
別々の場所に住んでいるが、別に仲が悪いわけでは無いそうだ。良いというわけでもないらしいが。
「ひょろがりは嫌いじゃないが、私たちの筋肉を見て『何それ、気持ち悪い』と言うのは気に食わない」
と言うヴェルダンディさんの発言に、他の
僕に褒めて欲しかった理由って、ひょろがりと呼ばれるエルフと体型が近い僕を重ねてたからか。
う~ん、チラチラと僕を見る視線が痛い。必死に目をそらす。見てない、僕は何も見ていないぞ。
ここで下手に目があえば褒めてと言わんばかりにポーズを決めてくるだろうし。
☆ ☆ ☆
翌日。
「お世話になりました」
「もう行ってしまうのか、もう少しゆっくりして行っても構わんのじゃぞ?」
「いえ、僕らは調査の依頼で来ているので」
それに少々居心地が悪い。里の人達は僕を見つけるたびに「褒めてくれ」と言わんばかりにポーズを決めてくるし。
一人二人なら構わないけど、その様子を見て次々と寄って来るからなぁ。
「俺っちはもう少しここに留まってから、ピーピ隊長の所へ戻るわ」
「そうですか、わかりました。ペペさんもお気をつけて」
多分僕が居なくなった後は、ペペさんが餌食になるんだろうな。
でも彼ならお調子者の性格で何とかなるだろう。特に心配はないか。
「おう。短い間だったけどおめぇさんには色々と世話になったぜ」
「いえいえ。僕の方こそペペさん達には本当にお世話になりました」
「まぁなんだ。もし近くに来る用事があったら顔出してくれや」
「はい」
「なんなら、『迷子になったから帰り道が分からないので、道案内してください』でも構わねぇぜ」
リンがその言葉に対し「チッ」と舌打ちしたのを、僕とペペさんで笑い合った。
よし、エルフの里へ出発だ。ところでフレイヤさんが居ない。
「フレイヤなら少し先で待っている」
との事だ。実際少し歩いた所でフレイヤさんは僕らを待ち構えていた。
「フレイヤさん、おはようございます」
「ごきげんよう。あら、リザードマンの姿が見当たらないようですが?」
「彼は里に残るので、ついていくのは僕らとダンディさんです」
「そうなのですか。わかりました、それでは参りますわ」
「よろしくお願いします」
僕らに目を合わせようとせず、前を歩くフレイヤさんの後をついていった。
フレイヤさんは目を合わせようとしないけど、シャイな性格なのだろうか?
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