第7話「エルフの里」

 僕も椅子に座って朝食を頂くことにした。席にはアリア、リン、サラ、ダンディさんの順で僕はダンディさんの隣に座った。対面にはピーピさん達が座っている。

 朝食は近くの川で取れるらしい魚を焼いた物とサラダ。

 種族が違うと言っても、食べるものは一緒なんだなと改めて思う。


「お口に合いましたでしょうか?」


「はい。とてもおいしかったです」


 朝食を終えて、プルリさんが「どうぞ」と言ってコーヒーを皆に淹れて回っている。

 一口カップに口を付ける。一気に飲めば口や胃が火傷しそうだけど、少しづつ飲むには丁度良い温度だ。

 ピーピさん達リザードマンも同じようにちょびちょびと飲んでいる。リンにはまだ熱いようで、フーフーと息を吹きかけて必死に冷ましている姿が可愛らしい。

 そして僕の隣に座っているダンディさんは、そんな熱いコーヒーを一気に飲み干し「美味い!」と言って満足そうだ。 


「おかわりはいかがですか?」


「頂く」


 そう言ってプルリさんがカップにコーヒーを注ぐと、熱々の湯気が立ち昇るコーヒーをまたグイっと一気に飲み干し「美味い」と言っている。

 やせ我慢してるようには見えないので、彼には多分熱いという温度じゃないのだろう。

 色々と突っ込みたい所ではあるけど、突っ込んだら負けのような気がしたので放置しておく。


「ところで、昨日僕が倒れた後の事を聞いても宜しいですか?」


 食後のコーヒーを飲み終えてひと息ついた所で昨日の確認だ。

 僕が倒れた後、アリア達は何を話したのか聞いておきたい。

 

「あぁ。それなんだが、自己紹介しただけで、後は『エルクの看病をする』と言って嬢ちゃん達はずっとおめぇさんに付き添ってたんだぜ? ちゃんと感謝するこったな」


「そうなんですか?」


「薬を塗ったり、少しでも苦しそうにしてると3人ともオロオロしながら治療魔術を唱えたりと。傍目から見て大変そうだったぜ」 

  

 そうだったんだ。

 僕がサラを見るとむっとした顔で「メガネから貰った薬がいっぱいあるから、試しただけだし」と言って目を逸らされてしまった。いや、からかったりするつもりじゃなく素直に感謝の気持ちを伝えたかっただけなんだけど。

 う~ん、これ以上はお礼を言っても変に勘繰られて怒り出しそうだな。代わりにリンにお礼を言おう。そう思ってリンを見ると目が合い「チッ」と舌打ちをして目を逸らされてしまった。

 となるとアリアだ。素直な性格の彼女ならちゃんとお礼を受け取ってくれるだろう。その様子を見れば彼女達も僕がからかってるわけじゃないとわかってくれるはず。

 

「アリア」


「なに?」


 アリアは返事をして僕を見る。いつも通り無表情だ。


「ありがとう」


「うん」


 よし、ちゃんと言えた。

 これで僕の気持ちを分かってくれたはず。なのに何故かアリアは半眼でじーっと僕を見つめ続けてる。何故だろう?


「えっと……」


「ごめんなさいは?」


「えっ?」


 意味が分からず、つい聞き返してしまった。


「ごめんなさいは?」


 今回の僕がやった無茶の事を言ってるのだろう。


「ごめんなさい」


「うん」


 素直に謝っておいた。僕が調子に乗ったのが原因だからね。

 今の気分はおいたをして母親に叱られたような気分だ。そんな様子をペペさんがニヤニヤしてみていたので、軽く睨むと「おーこわいこわい」と言って肩をすくませ、どこ吹く風という感じだ。

 

「んじゃあ話を進めっか。先にエルク達から質問してぇ事があるなら聞いてくれや」


 質問か。「もしかしてエルフって筋肉ムキムキな人ばかりなのですか?」とか聞いてみたい事は色々あるけど、そういうのは後にして核心から攻めていくか。


「ダンディさんはエルフの里から来たのですよね?」


「あぁ、そうだ」


 はぐれエルフで実は一人ぼっちというわけじゃ無さそうだ。

 そして今の返答でエルフの里が実在するのもわかった。おおよその場所はピーピさんから教えてもらったけど、移動した可能性もあるし一応聞いておこう。


「エルフの里はどの辺りにあるんですか?」


「あっちだな」


 そう言ってダンディさんは「あっち」を指さす。

 勿論そんなのでわかるわけがないので、ピーピさんに地図を借りてどこにあるか教えてもらった。ピーピさんに聞いた通りの場所にあるようだ。

 後は聞くよりも行って確かめた方が早いな。


「あの、良ければエルフの里まで案内して欲しいのですが」


「それはダメだな」


 即答だった。


「質問に答えるとは言ったが、案内するとは言っていない」


 何という屁理屈。

 いや、いきなり人族をエルフの里まで案内しろっていう方が無理があるから、当たり前と言えば当たり前なんだけどね。

 となるとペペさんとかに道案内を頼むか。それよりも一旦街に戻るべきか。

 帰りが遅くなるとジャイルズ先生が心配するだろうし。

 今回エルフに会えて話が出来た。里も有る事が分かった。これだけでも十分な成果だと思う。


「でもエルクがどうしてもというなら、どうしよっかな~」


 そう言ってダンディさんが両腕を上に曲げてポーズを決めながら勿体ぶり始める。

 チラチラ僕を見ては「どうしよっかな~?」としきりに呟きポーズを取って来るのがちょっとイラっとするけど、ここは我慢だ。


「お願いしますよ。美しい筋肉のダンディさん」


「そ、そうだなぁ」


 筋肉を褒めると顔を赤らめて、凄く嬉しそうにニヤけながらポーズを決めている。

 何というか、褒めて欲しい時や頭を撫でて欲しい時にじーっと見つめてくるアリアにちょっと似てるな。


「ダンディさんの筋肉の秘訣とか聞きたいけど、僕らは急いでエルフの里に向かわないといけないから、聞けないのが残念だなぁ」


「そんなに残念か?」


「ええ、一緒に行ければ最高の筋肉を見ながら、素晴らしい旅が出来るのに」


「フ、フヒ。そうか?」


「ええ、もう憧れの筋肉と言っても過言じゃないレベルですよ」


 そう言ってダンディさんの二の腕やお腹、胸筋や背中を触っては大袈裟なアクションを入れながら褒めちぎる。


「そうだな。じゃあ里までは案内するが、中に入れるかどうかは長老に聞いてからになるけど良いか?」


「はい、ありがとうございます」


 こうして僕らはダンディさんにエルフの里まで案内してもらえることになった。

 勇者スキル『覇王』がこんな形で役に立つことになるとは。


 その後は適当に雑談をして過ごした。ヴェルの街の事、魔族の情勢、エルフの里の事。

 リンが獣人だと言う事を話したら「ちょっと手合わせしないか?」と言うダンディさんに、リンが必死に「嫌です」と断り続けていた。

 夜になるまで話をして、僕らはもう1日泊めて貰った。 



 ☆ ☆ ☆



「色々とお世話になりました」


 そう言って僕は頭を下げる。正直迷子になった時はどうしようかと思っていたが、彼らに出会えたおかげで帰る道がわかり、消耗品の補充も出来た。

 2日も泊めてもらい、食事まで頂いて本当に致せり尽くせりだった。そう思うと頭が上がらない。

 何かお礼をしたいところだけど、僕らに出来る事なんて何もない。もし次ここに来ることがあったら何かお礼の品を持ってくるのも良いかもしれない。


「いやいやお礼なんて言わなくて良いよ。僕らの方もキミ達人族と話が出来て楽しかったし」


 そう言って、僕にだけ聞こえるようにボソっと「エルフの件もキミが居なかったら大事になっていたしね」と言って苦笑気味に頬をポリポリとかいている。

 確かにダンディさんが魔王様ごっこじゃないと分かり、本気でやり合っていたら今頃は大変な事になっていただろう。


「もし立ち寄る機会があったら、また来てくれ」


「はい。ありがとうございました」


 もう一度お礼を言って頭を下げる。ピーピさんとプルリさんも同じように僕に頭を下げていた。


「じゃあ俺らは街に行ってくるから」


 パッチさんとポロさんは魔法都市ヴェルへ行くそうだ。

 僕らがあまりに遅くなってジャイルズ先生が心配しないかという話を聞いて、「それなら無事についたという手紙を届けに行こうか?」と彼らが提案をしてくれた。

 手紙を届けに行くというのは建前で、勇者ごっこの話を聞いて人族の街に興味があるようだ。普通に行けば門を通れるか分からないけど、冒険者からの手紙を預かっていると言えば無碍な扱いは受けないだろうとの事。


 ちなみに手紙を書いていたら「ほう、そうか。読み書きが出来るんなら冒険者なんていつ死ぬかわからねぇヤベェ仕事なんざ辞めて、商人ギルド辺りで真面目に働いたらどうだ?」なんてどこかで聞いた事あるセリフをペペさんに言われた。

 

 それじゃあ僕らも行くとしようか。

 アリア達に向き直り「皆準備は出来た?」と聞くと彼女達は頷いて返事をした。忘れ物は特にないと思うし大丈夫かな。

 

「よっしゃ、んじゃあ行くとすっか」


 エルフの里にはダンディさんの他に、ペペさんも一緒に行く事になった。

 今までは過去の事もあり、ピーピさん達はエルフと一切交流を持っていなかった。

 だけどこれを機会に、話だけでもしてみようという事になり、誰が行くかでペペさんが名乗り上げた。確かにピーピさんは交渉に向いていないし、プルリさんは女性だから何かあった時に困るだろう。

 こうして僕らはエルフの里に向かい出発した。



 ☆ ☆ ☆



 エルフの里までは数時間の距離と聞いていたけど、それはダンディさん基準の数時間だった。

 出発するとダンディさんは木に飛び登り、そのまま駆けていくと一瞬で姿が見えなくなった。必死に叫んで呼び戻すと「下を歩いていくのか、それだとこのペースなら二日はかかるけど良いか?」と言われた。良いも何も木の上をピョンピョン飛んでいけという方が無理がある。


 日が暮れるまで歩き続けた。「この調子なら明日の昼過ぎには着くとだろう」とダンディさんが言っていたけど、この人の基準を考えると明日の昼につくか怪しい所だ。


 モンスターとは一度遭遇した。昼前にリンが『気配感知』でモンスターが近づいて来ることを教えてくれた。


「何かモンスターが近づいてくるです。数は一匹です」


「この足音は、キラーファングか。そろそろ食事の準備がしたかったし丁度いい」


 そのままダンディさんが駆け出し、少し離れた所から断末魔のような叫び声が聞こえて来た。

 

「この近くには沢があるから、そこで血抜きをするか」


 笑顔で帰って来たダンディさんは、キラーファングを片手に抱えていた。Dランク冒険者の壁とも言われるモンスターを一人で、しかも素手で倒している。キラーファングの首が変な方向に曲がっている以外は外傷が無いのを見ると、一撃で仕留めたのだろう。

 そもそも食事の準備と言ってる辺り、彼にとってキラーファングをただの食材としか見てない可能性がある。

 鼻歌交じりにキラーファングを抱え、のしのしと歩く彼に僕らは苦笑した。


 沢で皮を剥ぎ、手際よく解体していく。

 僕らも手伝うと提案したが「お前たちの服は血が付いたら取りにくいだろう。ここは私に任せて代わりに火を準備してくれ」と言われたので火の準備をする。

 サラに火を付けてもらい、ダンディさんが解体した肉を次々に焼いていく。

 キラーファングは基本的に食べれない部分は無い。なので傷みやすいモツを優先に食べていく。

 

「お前たちはひょろがりだからな。肉をとにかく食え」


 ダンディさんはそう言うと、僕らがしばらく動けなくなる程の量の肉を食べさせてくる。不味くは無いんだけどこうも肉ばかり続くとキツイ物があるな。食べ過ぎて少し気持ち悪いけど、少し無理をしてピーピさんから貰った野菜を食べた。

 いまだに肉をバクバクと食べているダンディさんを見ているだけで胸焼けしそうだ。


 余った肉は持ち運べる分だけ切り分け、そのままでは傷んでしまうのでフロストダイバーで軽く氷漬けに。

 驚くことに氷漬けにしたのはダンディさんだった。氷漬けにした際に重くならないように、肉だけを完全に凍らせているのだ。普通にやるとどうしても周りまで凍らせてしまい重くなってしまうものだけど、完全に肉だけを凍らせるというコントロールをしている。

 僕らが驚いてその様子を見ていると「エルフは皆、魔法が得意なんだ」とダンディさんが胸を張っていた。あぁ、そっか。ダンディさんエルフだもんね、一応。


 特に問題が起きることなく、僕らは次の日の昼過ぎにはエルフの里にたどり着いた。ここがエルフの里か。

 大きな大樹が並んでおり、その幹の部分が空洞になっていてそこからエルフの人達が頻繁に出入りしているのを見ると、もしかしたらそこがエルフの生活圏なのかもしれない。

 大樹の周りには木の柵が立てられており、柵の隙間からは畑や建物らしいき物が数軒見える。その周りをエルフの子供達が無邪気に走り回っている。

 柵の入り口には門番らしきエルフが2名立っており、僕らを訝し気な様子で見ている。すぐに襲ってこないのはダンディさんが隣に立っているからだろう。


 エルフの里。そこに住まうエルフ達。彼らは全員ダンディさんのような筋肉ムキムキだった。見た目で言ってしまえば、ほぼ同じような人達ばかりだ。というか区別がつかないレベルでソックリだ。

 僕の中の「もしかしたらダンディさんだけが変わっていて、他のエルフは普通なんじゃないかな」という一縷いちるの希望は音を立てて崩れ去っていった。

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