第13話「ヴェル魔法大会 1」

 ヴェル魔法大会、それは魔法都市ヴェルで毎年行われる魔法による武闘大会。

 魔法大会とは名ばかりで、近年では魔術師よりも物理の参加者が多く、また上位入賞者に魔術師の人間が少ないために、魔法大会(物理)と比喩される事もある。


 魔法都市ヴェル、その中心にあるドーム型のコロシアム会場。

 魔法大会の本戦を見るために、地元の人間だけではなく、各地から沢山の見物客が押し寄せる。

 まだ開場1時間前だというのに、既に長蛇の列が出来上がっている。

 そんな列を横目に、僕らは会場に入っていく。メンバーは勇者マスクマンになった僕、サラ、シオンさんの3人だ。

 本戦参加選手は準備のために、先行入場が許されている。


 僕らの姿を見つけ、参列者の人達が声援を送ってくれる。素直に応援されると、なんだかくすぐったい気分だ。

 ところで、皆並ぶのは良いけど、会場は前売りチケットによる指定席だから並ぶ必要ないような気がするんだけど。はやる気持ちを抑えきれないというやつか。

 並んでる人達の横では、飲食物を抱えて移動販売している商人や、目立つ場所で決闘や大道芸を披露しておひねりを貰っている人もいる。

 チケットを掲げて売る人や、優勝者予想のギャンブルまである。

 ってちょっと待ったちょっと待った、『勇者マスクマンのマスク』なんてものまで売られてるし。僕が着けてるマスクと同じようなマスクだ。正直ダサイ。

 そんなの売れるわけないだろと思ったけど、少しではあるが人だかりが出来ているのを見ると人気があるんだろう。店主と目が合い、少し気まずそうに笑いながら頭を下げられた。デザイン考えたのはイルナちゃんだから、僕は別にどうこう言うつもりは無いから良いけど。


「ふぅん。人気がおありなようで、羨ましいわね」 


 サラは「プークスクス」と笑いを隠す気すらない。

 仮面をかけている人を見て「どっちが本人か分からなくなりそうね」と言っては一人でお腹を抱えて笑っている。何かテンションが変だ。

 笑いながら僕の背中を叩く彼女の手は、震えていた。あぁ、そうか、何かしないと緊張に呑まれてしまいそうで怖いから、無理にでも僕にちょっかいをかけているんだ。

 彼女の緊張を解けるような物が何かあれば良いんだけど。


「サラ。あれを見てよ」


「なになに?」


 僕が指さした先にある『あれ』。

 『これで君も三つの口を持つ魔術師だ』と書かれた商品で、カチューシャの横にはそれぞれ犬のようなお面がついている。


「あれを付けて参加するのはどうですか? まさにケルベロスですね」


「うふふ。面白い事言うのね」


 笑顔で鉄拳制裁をされた。シオンさん、微笑ましいものを見るような目で見てないで、助けてくれませんか?

 最近のサラのパンチは補助魔法が入っているのでシャレにならない威力なんですよ。

 「ふん」と言いながら腕を組むサラ、少しは落ち着けたのだろう。僕の意図を理解していたようで「ありがと」と小声でお礼を言ってくれた。意図を理解してたなら手加減して欲しい所だけど。

 ちなみにケルベロスカチューシャは、お面にそれぞれボタンがついており、右のお面からは水が、左のお面からは風がボタンを押すと出てくるようになっていた。仕組みは良く分からないが、会場でボタンを押したら周りに物凄く迷惑な気がするけど大丈夫なのだろうか?



 ☆ ☆ ☆



 ――選手控室――

 1人1つの控え室が用意されているが、僕らは同じ控え室に集まっている。

 開場されて、僕らより少し遅れて入ったアリア、リン、イルナちゃん、フルフルさんも一緒に居る。


「なんじゃ、もう正体がバレたのか」


 勇者マスクマンの恰好でマスクだけ脱いでいる僕に、イルナちゃんがちょっとがっかり気味に言っていた。

 

「うん。と言っても一部の人だけだけどね」


 まぁ声を聞けば、ある程度知り合いにバレるのは当たり前だと思うけどね。

 大会開始まで時間はまだまだある。他愛もない会話の途中でイルナちゃんがふと、何かを言いたげにして、口にしようとしては止めていた。


「どうしたの?」


「何でもないのじゃ」


 イルナちゃんは笑いながら手を振っているけど、明らかに何でもある。

 視線が集まり、それでも必死に「何でもない」を繰り返してたイルナちゃんだけど、しばし沈黙の後、軽いため息をついて「仕方のない奴らめ」と温和な笑みを浮かべながらポツリポツリと語り出した。


「初めエルク達には物凄い迷惑をかけて、そんな妾を許してくれるどころか仲良くしてくれて、こうやって学園に通い、街で勇者ごっこをしたりして毎日が満ちていた。だからその……なんだか礼を言いたくなってな」


 イルナちゃんは目線を宙に彷徨わせながら、顔を赤らめてポリポリと頬を掻いている。一瞬僕の方を見て目が合い「にはは」と笑うと、また視線を宙に逸らしていた。

 確かに色々な事があった。最近僕もそれを感じていたし、アリア達も同じように感じているのか頷いている。


「エルク様。我々からも感謝の意を示したいと思います」


 シオンさんとフルフルさんが、片膝をついてイルナちゃんにやる敬礼のような仕草を、僕に向けてやっている。


「ちょ、ちょっとやめてくださいよ。そういうのは」


「しかし」


「シオンさん。僕らは友達同士だろ?」


「……わかった」


 彼らとは今後も良い関係を続けていきたい、友人として。

 だからこんな形式ばったやり方は良くないよね。僕はそっと右手を出す。シオンさんは握手でそれに答えてくれた。これで十分さ。


「へぇ。朴念仁のシオンに友達が出来るなんて、おめでたいわねぇ」


 フルフルさんはからかうような感じで言っているのに対し、シオンさんはそのままの意味で祝福されていると捉え、「ありがとう」と答えていた。なるほど確かに朴念仁だ。

 フルフルさんはそんな彼の発言に頭を押さえて、ため息を一つついた。


「こんな奴だけど、仲良くしてあげてね」


「はい、これからもよろしくお願いします」


 シオンさんはフルフルさんの言動に対して頷いているけど、多分理解してない。とりあえずで頷いているな。



☆ ☆ ☆



「魔法大会の開会式を始めようと思います。皆様会場までお集まりください。これより5分後に前回覇者のキース様より、選手宣誓を行います」


 アナウンスを聞いて、僕らは会場へ向かった。

 ヴェル魔法学園用の観戦席。魔法大会への貢献や生徒たちへの学習の名目でヴェル魔法学園には専用の観戦席が設けられている。

 僕らが戻るのと開催式が始まるのがほぼ同時だった。 

 多分偉そうな人が、偉そうに話すのを退屈そうに眺め。周りの拍手に合わせて拍手をする。

 僕らもだが、会場のほとんどの人が偉そうな人の話に興味が無かったのだろう。拍手が起きたのは偉そうな人がまだ話をしている最中だったそうだ。

 偉そうな人は引きつった笑顔で話を切り上げ、選手宣誓に移った。


 リングの真ん中では、モヒカンのような髪型を風になびかせ、素肌にジャケットを着て威風堂々たる最強の男キースさんが立っている。

 右手にはマイクを持って、周りを睨み付けるように一瞥していく。

 不敵に笑い、大きく息を吸い込む。


「宣誓!」


 そのまま拳を突き出し、そして中指をつき立てた。


「マジ最強なんでヨロシク!」


 一瞬の沈黙の後、一気に会場は沸いた。暴言の嵐で。

 「最強死ねボケぇ!」「さっさと負けろや最強!」「毎年その宣誓。いい加減にしろ!」

 これは酷い。

 会場に居る人のほとんどを今の発言で敵に回している。なのにキースさんは笑顔で周りに中指を立てながら「マジ最強なんでヨロシク!」と笑って言い続けている。物凄いメンタルだ。

 最後には「帰れ」コールをその身に受け、「マジ凹むわ」と言いながらも、言葉とは裏腹にひょうきんな態度で「マジ最強なんでヨロシク」と手を振りながら退場して行った。



 ☆ ☆ ☆



 宣誓が終わり、しばらくたった。どうやらそろそろ1回戦が始まるようだ。

 ざわめく会場に、いつもの赤いスーツ姿の司会者がマイクを持ってリングの上まで歩いて行く。

 それだけで盛り上がる会場。しかし彼が手を前に出すと、一瞬で会場は静かになる。

 周りを見渡し、頷く司会者に、周りの観客も静かに頷いて返す。


「それでは一回戦目を始めようと思います」


 本戦は1試合毎に10分のインターバルを置いて進行させるようだ。おかげで自分の試合以外は観客席で見る事が出来る。


「第1試合は今大会初参加ながら、いきなりの本戦出場を決めた美少女。その可愛らしい姿とは裏腹に、複数の魔法を同時に扱い、ついた二つ名はケルベロス!」


 本戦だけあって、枕詞が長いな。


「近年では本戦に出られる魔術師が減っている、その魔術師達の絶望の声が地獄の蓋を開けてしまったのだろう。地獄の狂犬はどんな戦い方を見せてくれるのか期待したいところ。サァラッ選手!」


 ケルベロスコールが響く中、ちょっと不機嫌そうなサラがリングまで上がって来た。本人としては不本意な二つ名だから仕方ないか。

 リングの中央に付近に彼女が立つだけでコールは最高潮まで上がっていった。

 そして、司会の人が手をそっと前に出すと、一気にコールは止み会場に静けさが戻る。


「最強の男よりも最強と謳われる天才剣士。優勝経験も持ち、ほぼ毎年出場を決めているヴェル魔法大会の請負人」


 彼の登場に、会場からはコールと拍手が交互に起きる。

 「マーキン」パチパチ「マーキン」パチパチ「マーキン」パチパチ

 彼が入場する時のコールのようなものだろうか?


「理論と言う名の武装で計算されつくした動き。全ては彼の手の平にあるのか、マァァァキィン選手!」


 サラと違い、歩みが軽い。いかにも場慣れしていますといった感じだ。

 観客に手を振ったり、冗談で飛ばされたヤジに笑顔で対応したりと、精神的な余裕を感じる。


「お互いがリングに上がりました。それでは準備は宜しいですね! 張り切ってまいりましょう、ヴェル魔法大会本戦。レェディィィィィィィィィ」


「「「「「ゴォォォォォォ!!!!!」」」」」


 開始とともに、彼女が詠唱を唱えると、無数の氷や石つぶてがリングの上で浮かんでいた。

 ふわふわと浮かんでいるだけで、飛んでいく様子はない。

 浮いている原因は風を巻き起こしているからだろう。サラやマーキンさんの髪や服がバサバサと動くのを見ると相当の風量になっていると思う。


「これで『瞬歩』と『瞬戟』は封じたわ。もし無理に使おうものなら、リングの上にある氷や石に当たって、あなたがケガをするだけよ」


 マーキンさんへ攻撃するためではなく、彼の行動を制限するために無数の氷や石を浮かべているのか。

 確かに『瞬歩』や『瞬戟』をあの状態で使えば、浮いている石や氷で速度に比例したダメージを受けてしまう。条件さえ整えば最強の地剣術の条件を整えないようにしたのか。

 だけどそれでは風、土、水3つの魔法を同時に使ってしまう。彼女が同時に使える魔術は3つまでなのに。

 継続して出し続ける事を考えると、彼女がこれ以上魔法が出せないが、どうするつもりなのだろうか?


「そうですね。それなら、普通に接近するまでですよ」


 マーキンさんは浮かび上がる氷や石つぶてを巧みに避け、サラとの距離を一気に詰めていく。

 障害物があるというのにマーキンさんの駆ける速度はドンドン上がっていく。マーキンさんの走る速度で詰められたら、補助魔法が無い状態のサラの足では逃げ切れない。


「ふぅん。出来るもんならやってみなさい」


 追いかけるマーキンさんよりも、速度を出して逃げ回るサラ。

 明らかに補助魔法がかかった速度だ。魔法は同時に3つまでしか出せないはずなのに、何故か4つ目の補助魔法が出ている。他の魔法が消えた形跡も見えないし。

 それでもなお、追いすがるマーキンさんだが、追いつけずにいる。

 それなりの速度を出して走っているため、コールドボルトで作られた氷塊や、ストーンボルトで作られた石つぶてが避けきれず、何度か当たり、流血し始めている。


 しかし、サラはと言うと、真っ直ぐ同じような速度で走っているはずなのにケガはおろか、掠り傷一つ負っていない。

 いくら自分で魔法をコントロール出来るとはいえ、ここまで繊細に出来る物なのだろうか?

 まるでサラに対して、”障害物が”避けているように見える。

 一旦足を止めたマーキンさんからは、既に余裕の笑みが無くなっていた。少し苛立っているような感じだ。そんな彼に、サラは自慢気に胸を張っている。


「風の中級魔法アンチアローを掛けてあるから、私には自分の魔法で作った氷塊や石つぶてでケガをする事が無いわ。悪いけどこのまま逃げ回ってゆっくりアンタの体力を奪わせてもらうから」


 アンチアロー、効果対象者の周りに乱気流をかけて遠くから飛んでくる矢が当たりにくくなる風の中級魔法か。

 効果が当たりにくくなるという程度の物なのと、遠距離攻撃と言えば魔法が主体なので弓はあまり使われないため、今ではほとんど使う事のない魔法で覚える人は少ないと聞くけど、今の状況なら効果的だ。しかし原理はわからないけど、彼女は今、合計で5つの魔法を同時に使いこなしているのか。

 

 リングの上のフィールドは風が吹き荒れ、氷塊と石つぶてが浮かび、動きを阻害する。もはや剣士ではこの状況を覆すことは無理だろう。僕はサラの勝ちを確信した。

 サラもそう思ったのだろう。マーキンさんが足を止めると、サラも足を止める。


「そろそろ諦めてくれたりしないかしら?」


「美しいお嬢さん、流石です。まさか、いきなり追いつめられるとは思いませんでしたよ。仕方ありませんね。それでは僕も本気を出させて頂きます」


「ふぅん」


 流石に強がりでしょ。

 今更この状況をどうこう出来るとは、到底思えないけど。


「空剣術『浮遊』」


 マーキンさんは、一瞬でリングから姿を消し。リングの上空でふわふわと浮いていた。

 ふわふわと浮いていると言うより、空中でぴょんぴょんと飛んでいた。

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