第12話「お菓子作り」

「そうか、グレン達は行ったか」


 底辺冒険者を卒業し、街を出たグレン達。

 学園の授業が終わった帰り道。冒険者ギルドの酒場に居たランベルトさんに、彼らが街を伝えた。


「ヒヨッコの底辺冒険者と思ってたのに、いきなり一丁前になりやがってな」


 少し寂しそうに酒を煽る姿に哀愁を感じる。

 隣に居る剣士風の男性も「そうですね」とランベルトさんの話に相槌を打っている。そういえばこの人いつもランベルトさんと一緒に居る気がする。

 二人はポツリポツリと、グレンの事を思い出話のように語り出した。

 その殆どがグレンへの悪口のような内容だが、悪意は感じない。他の底辺冒険者と比べてグレンは色々と問題があったと聞くけど、手がかかる分可愛かったんだろう。

 彼らの酒がすすむのを見て、話が長くなりそうなので、こっそりとその場から離脱した。



 ☆ ☆ ☆



 さて、僕は今、街中をブラブラ歩いている。特に当てがあるわけではない。何となくでブラブラだ。

 普段は誰かと居るけど、今日は皆用事があったようでかみ合わなかった。

 用事と言っても、魔法の練習や勇者ごっこだからついて行っても良かったけど、どうしようか悩んでいる間に誰もいなくなっていた。

 教室で一人ぽつーんとしている僕に、「エルク君一人なのかい? じゃあ一緒に街を周る?」とスクール君が声をかけてくれたが、後ろに女の子を何人も控えさせているのを見て遠慮しておいた。

 こうして一人になるのは、何だか久しぶりな気がする。


 なんだろう、少し前までは引き籠って、家で一人ゴロゴロしていても何も感じなかったのに、今は寂しいと感じてしまう。

 冒険者になってからは、いつも誰かと一緒に居るのが当たり前になっていたからかな。

 

「何ボーっとしてるのよ」


 あれ? サラが何故ここに?


「魔法の新しい技術の研究はどうしたの?」


「完成させて、もう使いこなせるようになったわ。アンタこそこんな所で迷子みたいな顔して何してるのよ?」

 

 そっか、本戦までには間に合ったんだ。

 しかし迷子みたいな顔か、確かに今のセンチメンタルな気分は、迷子になった時の気分に似てるかもしれないな。


「いつも誰かと一緒に居たのに、今日は一人になったからどうしようかなと思ってた所なんだ」


「ふぅん。それなら一緒街を見て周る? 私達が倒したドラゴンの剥製が見世物パレードで出されるらしいわよ」


 特に断る理由は無い。僕は二つ返事で頷いた。

 ドラゴンか。つい最近の事のはずなのに、どこか懐かしく感じてしまう。



 ☆ ☆ ☆



 街の中央にあるコロシアム。その前の道が空けられている。

 空けられた道を様々な馬車が行きかって行く。馬車の上にそれぞれ自慢の見世物を置いて。

 色んなモンスターの剥製の他に、自慢の装備から絵画といったものまで。大きな岩を運んできて、皆の前で持ち上げる力自慢も居た。

 その中でも一際注目を与えているのが、ドラゴンの剥製だ。

 他のモンスターの剥製と違い、首から上しかないが、それだけでも迫力がある。剥製を目の前にして、よくこんなのを相手に生き残れたなと我ながら感心してしまう。


「もう二度と、これとは戦いたくないわ」


 サラは苦笑い気味だ。気持ちはわからなくもない。

 あの時はサラと遠くからだったけど、こうして間近で見ると圧倒されてしまう。

 アリアやリンはこんなのと至近距離で戦っていたんだから、たいしたものだ。

 見に行こうと言い出した彼女だが、こうして対面するとあまり見たくないようだ。勿論僕もだ。

 どちらからともなく、気づけば僕らは逃げるように他の見世物を見に歩いていた。


「檻があるけど、何かの生け捕りかしら?」


 ドラゴンの剥製と同じ位注目を浴びいる檻がある。

 サラと一緒に人混みを分けるように入ろうとするが中々進めない。しばらくすると、周りがサラの顔を見て道を開けてくれた。魔法大会の本戦出場者である彼女は顔が利くようになっているようだ。

 一緒にいる僕はサラの腰ぎんちゃくのような目で見られる、僕も一応本戦出場者なんだけど。正体を隠しているから分からないのは仕方ないか。


「これは……?」


 檻に近づくと、中には虚ろな目をした綺麗な女性が、イスに括りつけられるように座っていた。

 体つきを見る限り成人女性なのだろうが、身長はリンと同じかそれよりもちょっと低い。

 そして虚空をただ見つめている。これだけ周りに人が居るのに、まるで気づいていないかのように。


「これは生きたゴブリンクイーンだよ」


 見世物の主であるふくよかな男性が、長く伸びた白いひげを擦りながら自慢げに答えた。

 ゴブリンクイーンと言えば、ゴブリンの希少種の中でも最も希少とされる種類じゃないか。

 ゴブリンの集落がある程度大きくなると希少種のゴブリンマジシャン、ゴブリンウォーリアが生まれ、そこから更に発展するとゴブリンジェネラルやゴブリンリーダーと言った上位種が生まれる。

 その集落が最終的な発展を迎えるとキングゴブリン、ゴブリンクイーンが生まれるが、そこまで大きな集落になると国が動かないといけないレベルになってくる。集落の近隣にある村がゴブリン達によって蹂躙された後の可能性まで出てくるからだ。

 そんな規模のゴブリンの集落に入り込み、生け捕りにしてきたのか。


 ゴブリン種のメスは人間の女性に近い外見で、あまりの美しさに男性が連れていかれるという話は後を絶たない。そして上位種になるほどその美しさは増すというが、目の前のゴブリンクイーンはまさに美そのもののように見える。

 虚ろな目をしているが、もし正常な状態だったら目が合っただけで魅了にかかる男性が多いんじゃないだろうか? と思えるほどだった。

 実際に、檻の周りに居る人は男性が多い。

 ちなみに、見世物のゴブリンクイーンは買い手がついているらしく、パレード終了後に研究のための機関に送られるそうだが。実際は研究とは名ばかりで、金持ちの愛玩用にされるとか。



 ☆ ☆ ☆



「そうだ。サラは何か作ってみたい料理とかってある?」


 色々見て回り、日が暮れ始めた頃。もうそろそろ帰ろうかという所で、サラの作ってみたい料理について尋ねてみた。

 理由はこの前のアリアとデートのお礼だ。というのは冗談だけど、最近宿にいるおかげで、料理を作る機会が減ったから、久しぶりに何か一緒に作りたい気分になっただけだ。


「作ってみたい料理はあるけど……」


 何とも歯切れの悪い返事だ。

 彼女にしては珍しく、眉毛をへの字にしてこっちをちらっと見ては目線を落としている。普段なら言いたい事はすぐに言うのに。

 

「なんでも良い?」


「はい、大丈夫ですよ」


 勿論、僕が作れる物に限るけど。


「その、お菓子を作ってみたいかなって……」


 少し消え入りそうな声で、顔を赤らめて俯きながら言っている。

 お菓子なら女の子らしいから全然変じゃないと思うんだけど、自分に似合わないと思っているのかな?

 別にサラがお菓子を作ってても変じゃないと思うし。

 しかし、お菓子か、料理と違ってお菓子はあまり作った事はないから得意じゃないけど、まぁ簡単な物なら問題は無いかな。

 

「それじゃあ材料買って、宿に戻ったら作りましょうか」


「う、うん」


 コクンと頷き、そのまま下を向いて歩きだすサラ。顔を赤らめて顔がにやけてるのが見えるけど、指摘したら酷い目にあわされそうだな。


「ちゃんと前を見ないと危ないよ?」


「うん」


 僕の裾を掴んで、少し後ろを歩きだした。嬉しくてにやけた顔を見られるのがそこまで恥ずかしいのか。



 ☆ ☆ ☆



「ねぇ、エルクこれ大丈夫? 焦げてない?」


 材料を買って宿に戻り、さっそくお菓子作り。

 彼女が作ってみたいと言ったお菓子だから、作り方を隣で教えながら出来る限り彼女一人で作らせている。


「大丈夫です。ちゃんと焦げてますから」


 まずは砂糖水を沸騰させてカラメルを作っている。


「ちゃんと焦げてるって、もう失敗しちゃったの?」


 少し涙目になるサラに、焦げさせる物だと教えたけど、彼女の頭には「?」が浮かんでいた。焦げる=失敗と思っているようだ。


「うん。良い感じだよ」


 弱火でじっくりと焦げさせた砂糖水は、綺麗なカラメルに出来上がっていた。


「これで完成?」


「違いますよ」


 これだけじゃ飴だ。いや、飴もお菓子だけどさ。

 卵に砂糖を加えて、泡立てないように混ぜるように指示するが、彼女の動きがぎこちない。泡立てないようにしようと意識しているせいで動きがカクカクしている感じだ。


「こうですよ」


「……ッ!」


 このままではどうしようもないのでサラの後ろに回り、左手と右手を添えて一緒にゆっくりかき混ぜる。

 カタカタとかき混ぜる音が響き渡る。サラの腕にまだ無駄な力が入り過ぎているけど、泡立っていないから多分大丈夫だ。

 

 後はかき混ぜる前に沸騰させておいた牛乳と混ぜて、また泡立てないように静かにかき混ぜるだけだ。

 牛乳を入れて、また手を添えてサラと一緒にかき混ぜさせる。慣れて来たのか普通に出来る様になってきた所で手を放して一人でやらせてみたら、捨てられた子犬みたいな顔で何度もこっちを見ながら一生懸命かき混ぜていた。


「後は容器の中にしながら入れたら、20分程蒸すだけです」


「20分も蒸すの? 一気に焼いたらダメなの?」


「ダメです」


 ほっとくと火力を上げようとする癖は、流石にどうにかした方が良いと思う。

 でもそんな風に簡単に火力を調整できるってのは羨ましいな。

 ゆっくりじっくり蒸すこと20分。


「それじゃあ蒸した物を冷やしましょうか。冷やすと言っても氷漬けにしてはいけませんよ」


「そ、それくらいわかってるわよ」


 流石にわかってたか。じゃあなんでフロストダイバーが発動してるのか理由を聞きたいところだけど。

 咄嗟に発動位置を変えてくれたおかげで、容器は氷漬けにならずに済んだ。どうやって冷やすか考えてたけど、フロストダイバーの氷があるから、これを使って冷やすか。


 しばらくする冷やし、プディングが完成した。

 完成したプディングは中に空洞の「す」がいくつもあったけど、それでも美味しそうに出来ていた。

 自分の作ったプディングがそんなに嬉しいのか、食べずにいろんな角度で眺めて所を帰ってきたアリアに取られて結構本気でキレてた。怒られて泣いてるアリアを慰めながら、台所でもう一度一緒に作ったら機嫌が直ってくれたから良かったけど。


 台所を借りたお礼に、女将さんと旦那さんにプディングを差し入れに行ったら食べる前から「ごちそうさま」とお礼を言われたけど、もしかして何かのギャグだったのだろうか?



 ☆ ☆ ☆



 ――二日後――

 今日はヴェル魔法大会の本戦だ。

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