第11話「さらば底辺冒険者」

 お風呂から上がって、体を拭いて着替えた。

 すると、下着に着替えたリンが、僕の前まで歩いて来た。


「エルクが買ってくれた下着です。似合ってるですか?」


 それ、前にもやってサラに殴られたパターンじゃない?

 絶対にサラに殴られるよなと思って、チラっとサラの方を見たけど、睨まれこそすれど、殴られることは無かった。


「一緒にお風呂に入って裸を見られてるのに、今更下着くらいでどうこう言わないわよ」


 どうやらサラの許しが出たようだ。許可が出たなら見ても問題ない……よね?

 下着姿のリンを見てみる。ブラの真ん中に猫の形で穴が空いてて、そこからちょっとだけ見える控えめな胸がセクシーな感じだ。

 

「うん、似合ってて可愛いよ」


 普段は頭を撫でると照れ隠しに舌打ちをするリンだけど、素直に「えへへ」と言って喜んでくれている。

 彼女の感情に合わせて、尻尾と耳もぴこぴこと動く。ちょっと触ってみたい気持ちもあるけど、確か獣人族は耳や尻尾は家族や恋人といった親しい人にしか触らせない物だったはず。

 なので勝手に触ったりはしない。リンが嫌がる事をするつもりは無いけど、もっと仲良くなれたらお願いしてみようかな?


「エルク、似合う?」


 リンに対抗するように、アリアがこの前買ったハートのネックレスを首にかけ、前かがみになって聞いてくる。

 右手でリンの頭を撫でながら、左手でアリアの頭を撫でる。


「はい、凄く似合ってますよ。なので服を着ましょうか」


 キミ達の後ろで段々不機嫌になってきたサラが睨んでて怖いから、二人とも早く着替えようか。

 下着くらいではどうこう言わないけど、裸は流石にダメだよね。


「うん」

「はいです」

 

 その日の夕飯時、サラがいつもより大きな声で「激しい試合で疲れたわ~。本戦出場決めたけど、激しい試合で本当に疲れたわ~」と言っていた。

 さっきまでは本戦進出をそんなに喜んでる様子は無かったけど、内心では相当喜んでるみたいだな。予選通過記念パーティでもしてあげるべきだったかな。



 ☆ ☆ ☆



 ――女将視点――


「あの、すみません。部屋にお風呂の準備をしていただきたいのですが」


「あいよ。5シルバだよ」


 確か、この子のパーティに魔術師のような格好の子が居た気がするけど。普段はお風呂の準備を頼まれることなんてないのに珍しい。

 まぁお客さんにも事情があるんだろう。いちいち私が干渉するのはいけないね。

 お客さんの部屋に入って、家庭用魔法の火と水を混合して、浴槽にお湯を張る。

 普段使った後に洗ってくれてるんだろうね。髪の毛や垢が浴槽に着いた跡がない。よっぽどお風呂が好きと見たよ。


 その証拠に、お湯を入れてる間に少年は服を脱ぎ始めてたしね。

 私も女なんだから、もうちょっと気を使ってほしい気はするけど、この子から見たら私はおばちゃんだから、そういった対象じゃないんだろうね。

 まぁ若い男の裸を見れたんだ。私にとっちゃそれでプラスマイナスゼロといった所かな。それじゃごゆっくり。私は扉を閉めて出て行った。


 一階に戻るとさっきの子のパーティメンバー――確かサラちゃん――が宿に戻ってきた所だった。

 他にも後2人パーティメンバーが居たはずだけど、サラちゃん一人で顔を紅くしてなんだかソワソワしてるけど、どうしたのかしらね?

 なんて、私はもう生娘じゃないんだから予想食らいつくさね。若い男と女が一つ屋根の下、しかも普段一緒のパーティメンバーが居ないときた。

 だったらやる事なんて一つしかない。


「お風呂のお湯張りしといたよ」


 私の言葉に頷きお礼を言ってくる。もしエルクって子だけがお風呂に入りたいだけなら、サラちゃんは首を傾げたはずだ。

 じゃあやっぱりそういう事だね、あぁ若いって羨ましいわ。内心ニヤニヤしているが、頑張って顔に出さないようにしなきゃね。


「アンタ。ちょっと上の部屋がドタバタするけど、気にしないで料理続けるんだよ」


 厨房で夕飯の仕込みをしている旦那に、遠回しに何があるのか教える。

 長い事夫婦をやっているんだから、私のそれだけの言葉で、旦那はこれから何があるかわかったようだね。


「お、おう」


「それじゃあ私は部屋の掃除に行ってくるから」


 そう言って私は、コップを片手に部屋の掃除に行くことにした。


「お前は、本当にそういうの好きだねぇ」


 そう言ってため息をついてるくせに、コップ片手について来てる辺り、アンタも十分好きものだよ。

 お互いニヤケそうな顔を我慢して、厨房から出ると、リンちゃんとアリアちゃんが宿に戻ってきた所だった。

 あぁ、あの子達大丈夫かしらね? 二人に隠れてしようとしたのに、彼女達二人戻って来ちゃったじゃないか。

 これは修羅場になるね。

 大変大変。フフフ。


 旦那と隣の部屋で、壁にコップを付けて耳を澄ましてみたけど、どうやら4人で仲良くお風呂に入ったようだね。

 確かエルク君は勇者だったっけ? それなのにあんな可愛い女の子を3人も垂れ込むなんて、やるじゃないか。

 お風呂は反対の部屋側にあるから、あまり声が聞こえないけど。それでも「体を手で洗う」とか、小さい女の子が一瞬喘いだような声が聞こえて、それなりに楽しめたよ。ごちそうさま。



 ☆ ☆ ☆



 ――エルク視点――


 翌日。学園に行くと本日は休校と知らされた。学園長やサラ達の本戦出場祝いをするかららしい。企画者は当然のようにスクール君だった。

 今回もスクール君は冒険者に声をかけたそうだ。冒険者を志す生徒が今の内に冒険者と交流を持ってもらおうというのが建前で、本音は彼がただ色んな女の子を誘いたいだけだろう。

 夕方頃に前回と同じ酒屋に行くと、前よりも参加人数人が増えたために、急遽店の前にもテーブルと椅子が並べられていた。


 乾杯の音頭の後に、各自好きにグループを作ってテーブルを囲んでいる。

 冒険者と生徒の溝はまだ深いみたいだ。店の右半分の席が学園側の人間で、左半分の席が冒険者といった感じで別れてしまっている。これではせっかく一緒の場に居る意味が無い。

 そう感じたのも最初だけだった。冒険者のパーティが生徒達に、逆に生徒達が冒険者のパーティに少しづつだけど歩み寄っていた。

 そのまま生徒をパーティに勧誘したり、冒険者の人にどこか空きがあるパーティを紹介してもらったり。どこかぎこちなさを感じるが、以前と比べると関係性が良い方向に向かってきている。


 誰と飲もうかと考えていた僕は今、何故かグレン達のテーブルに居る。

 サラは学園長やフルフルさん達と紙に何か書きなぐりながら討論してたから、リン達のテーブルに行こうかなと思っているところをグレンに「ちょっと面かせや」と言われて、半ば強引に連れていかれた。

 無理矢理彼らのテーブル卓に着かされたが、一体何なんだ?

 はて? 彼らの恨みを買うようなことをした覚えはないけど。四角のテーブルには僕の隣にグレンが、対面にはヨルクさんと村人っぽい少年――彼がこのパーティの勇者だそうだ――、右隣には剣士風の男性。

 そして左隣にはエリーさんと、ベリトちゃんが座っている。なるほど、十分恨みを買ってるね。

 今日のベリトちゃんは白と黒のゴスロリ衣装に、薔薇の刺繍が施された眼帯を付けている。胸にはこれでもかと言わんばかりの詰め物をされて。


「エルク、お前を呼んだ理由なんだけど」

「ごめんなさい」


 とにかく謝った。僕の軽率な言動でベリト君がベリトちゃんになってしまったのだから。

 もし同じように、彼らのふざけた言動でアリア達が男になってしまったら、僕は許さないだろう。

 そう考えると、僕は自分がしでかした事の大きさに気付いた。 


「いや、お礼を言おうと思ったんだけど」


 え? 怒ってないの?

 頭を上げて、グレンを見ると怒っている様子は無く、落ち着いている。

 てっきり、ベリト君がベリトちゃんになってしまった原因の僕を責めるとばかり思っていたけど。


「なんていうか、ベリトがこんなんにはなっちまったけど、そのおかげでパーティとしては上手くいくようになったんだ」


 こんなん扱いは酷い気がするけど、パーティとしては上手くいくようになったのか。

 確かにエリーさんの『気配察知』があれば、不意打ちの危険を回避できるし、モンスター散策にも向いている。リンと一緒に冒険者をしていたから、その重要性はよくわかる。

 でも男性恐怖症の彼女はまともに彼らと喋る事が出来ず、せっかくの能力を持て余していたけど、ベリト君をベリトちゃんにする事により彼女と意思疎通が出来る様になった。

 更にヨルクさんとベリトちゃんは中級の魔法がいくつか使えるようになり、グレンも新しい装備に身を包んで、いつもの特攻をしたとしても、大きなケガもせずに戦えるようになったとか。ちなみにグレンの新しい装備はランベルトさんのお下がりだそうだ。 

 グレンから話を聞く限りでは、ここ数日で彼らのパーティ事情は、一気に変わっていた。


 そして昨日、彼らはついに駆け出し冒険者の難関と言われるキラーファングの討伐に成功したそうだ。少し照れ臭そうに、その時の様子を体で表現しながら語るグレンを、ヨルクさん達が頷きながら見ている。

 語り終わるとグレンは、そのまま黙ってしまった。語ってる時は凄くテンションが高かったのに、浮き沈みが激しいな。

 時折僕をチラチラ見ながら鼻先をかいたりして、何か言いたげな感じだ。

 トレードマークの赤い頭をガリガリとかきあげて、「よし」と気合を入れた。意を決したようだ。


「それでよ、お前には色々と当たり散らしたりしてたから、謝りたいと思ってさ」


 そう言って、彼は両手をテーブルにつけて、僕に頭を下げた。

 

「実はお前の事を勘違いしていたんだ。戦闘をサラ達にやらせて、自分は安全な所で見ているだけのゲス野郎だって」


 なるほどね、彼の中では、僕は女の子達に戦いを任せて、自分は安全な所に居るクズ野郎だと思っていたみたいだ。

 僕自身が「確かにそう思わなくもない」と思ってしまうから、反論できないのが悲しい所かな。


「お前はお前なりに頑張ってたんだろうし、実際頑張ってたんだと思う。それなのに俺は自分が上手くいっていないからってお前の酷いことも言った。本当にすまん」


 そう言って、もう一度頭を下げるグレン。


「そうですね。別に僕はもう気にしてないから大丈夫ですよ」


 グレンが僕に対し「みじめにならねぇの?」と言ったことは結構傷ついた。でもその一言が無ければ、僕は戦闘で役立つ事を諦め、イルナちゃん達の言う「戦闘以外で役立つ」道を劣等感を抱きながら探していたかもしれない。

 そう思うと、僕がお礼を言いたいくらいだ。いや、やっぱり流石にお礼を言うのはなんだか癪だ。


「それと、これは言い訳になるかもしれないけど、俺は焦りすぎてたと思うんだ」


 そこからグレンの独白が始まった。内容はバートンさんとパーティだった時の話で、ランベルトさんから聞いた話と大体一緒だった。

 剣士風の男性と勇者は話が見えないといった感じだ。彼らは元々蚊帳の外の話だしこの際おいておこう。

 グレンが一通り話し終えた後は適当に飲んで食っての大騒ぎだ。


 打ち解けてみると、グレンはノリが良いから話していて面白い。ヨルクさんは僕の口に対しても笑顔でうんうんと頷いて聞いてくれるし、エリーさんもベリトちゃん越しではあるが、前よりも会話が出来る様になった。 


「ところでよ、聞きたいことがあんだけど良いか?」


「はい?」

 

 せっかく打ち解けたのに、グレンはまた改まってどうしたんだ。


「サラの事なんだけどよ。そのなんだ……す、好きな人とかいたりするのか?」


「えっ?」


「いや、ほら、俺のパーティって今まで男だらけだったけど、エリーが入ってきて、ベリトも女になっちまったから、浮ついた話の一つや二つ出るかもしれないから参考にと思って聞いただけで、別に深い意味はないぜ」


 いやいや、深い意味しかないじゃないかそれ。

 ベリトちゃんが女かどうかはこの際置いとこう。


「いないと思いますよ」


「その、お前とそういう関係ってわけでもない?」


「逆に聞くけど、僕がサラとそういう関係になれると思います?」


「ねぇな!」


 そう言って嬉しそうに僕の背中をバンバン叩きながら「ガハハ」と笑うグレン。少しイラッとするけど、間違っちゃいないからな。僕とサラが恋人同士の関係なんて想像もつかない……なっても今と変わらなさそうだし。



 ☆ ☆ ☆



 数日後、グレン愚連隊は街を出た。


「魔法大会は最後まで見ていかなくて良いんですか?」


「あぁ、ランベルトさんも負けちまったし、せっかく首都まで護衛依頼が出たんだ。確かに最後まで見て行きたかったけどよ」


 たまたまギルドでグレン達と鉢合わせ、街を出ると聞いたので門まで見送った。


「それじゃ世話になったな。もし何か困ったことがあれば遠慮せずに言ってくれ、出来る限り力になるぜ」


「ありがとうございます」


「おう、それとサラ」


 グレンに名前を呼ばれ、サラがチンピラみたいな顔で「あぁん?」と睨みつける。


「次は負けねぇからな!」


 トレードマークの髪だけでなく、顔まで真っ赤にしてそういうと踵を返し、振り返らずにそのまま行ってしまった。


「私、絶対に負けませんから」


 エリーさんが先に行ったグレンを追いかける前に、サラに対し宣戦布告をしていた。


 かつてエリーさんが”そういったお店”で働かされそうになった時、逃げだした彼女をグレンが助けたそうだ。それ以来エリーさんはグレンに惚れている。

 だから、どれだけ叱られても彼女はパーティを出て行かなかったのだと、そしてそんな彼女の気持ちをグレンは知らない。

 そもそも彼女を助けたのも、追ってた相手がたまたまグレンの肩にぶつかって因縁を付けただけだとか。酒場でトイレに立った際に、僕にその話をしてくれたヨルクさんの顔は相変わらず疲れていた。

 エリー→グレン→サラの三角関係に、ベリト君の新たな世界への目覚め。

 苦労人のヨルクさんだけど、彼の苦労はまだ終わりそうにないな。


「ねぇ、私ってもしかして嫌われてる?」


 グレンに喧嘩を売られたと思ったら、エリーさんにも喧嘩を売られ、サラが少々困惑気味だった。


「ははっ、サラって鈍感なんだね」


 グレンの好意にここまで気づかないのは、鈍感としか言いようがない。

 嫌われてるんじゃなくて好かれてると教えてあげたいところだけど、他人の恋路に口を出すのも無粋か。


「エルクがそれを言うですか」


 直後、ちょっと涙目のサラに殴られ、リンには呆れられた。

 

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