第9話「心理戦」
僕も2戦目を勝利して、本戦出場を決めた。
対戦相手はジャイルズ先生だったんだけど、戦って勝ったという気が全くしない。戦いではなく、授業の模擬戦をやらされた感じだった。
『混沌』は魔法を無効化するけど、魔法によって生じた現象までは無効化出来ないようだ。
例えばファイヤボルトを直接打たれたら無効化出来るが、ファイヤボルトで燃えた物を僕に向かって打ち込めば、それは無効化できない。
ジャイルズ先生はそれを確かめると、リングの周りにファイヤピラーを設置した。リング内の温度が上がり汗だくになった僕に、今度はフロストダイバーとアイスウォールをふんだんに使い、一気に温度を下げて体温を奪う戦い方をされた。
一瞬で体温を奪われ、ガクガクと体全体が震えた。もはや戦える状態じゃない。
まともに動けなくなった僕に対して、ジャイルズ先生は満足そうな笑みを浮かべながら「いくら魔法を打っても効果が無いんじゃ手が出せない、私の負けだよ」と言って、リングを降りて行った。
☆ ☆ ☆
「あの、すみません」
「おや?」
試合後、僕は反対側の控え室へ走っていった。
今の試合は完全に僕の負けだったのに、何故ジャイルズ先生はわざわざ勝ちを譲ったのだろうか? それが聞きたかった。
「いえ、先ほどの試合ですが、どう見ても僕の負けだったのに、どうして勝ちを譲ってくれたのかと思って」
「なるほど」
ジャイルズ先生は顎を手に、穏やかな表情でニコニコとしている。まるで、新しいイタズラを思いついた子供のようだ。
「ではキミに、『先ほどの状況にならないようにするには、どう戦えば良いか』という課題を課そう。今回の戦いを見て、キミの攻略法がわかった選手は一杯いるだろうからね」
まるで授業だ。
「私の生徒がどんな答えを出すのか。それを見る事の方が、私にとっては本戦に出る事よりも価値がある。だから頑張るのだよ、エルク君」
そう言い残し、「ほっほっほ」と笑いながら行ってしまった。なんだ正体がバレてたのか。
もしかして、知り合いのほとんどが正体に気付いてるってオチじゃないよね?
もしそうだとしたら、こんな恥ずかしい恰好した意味が無いんだけど……
後日、学園でそれとなく聞いてみたらスクール君とローズさん、それに学園長は気づいていたみたいだけど、それ以外の人は気づいてない様子だった。
なんだろう、ばれてたらばれてたで恥ずかしいくせに。バレてなかったらそれはそれで悲しい気分になる。
☆ ☆ ☆
マスクとマントを受付に預け、とぼとぼと観客席に戻っていく。今日の残り試合ももう僅かだ。
残りの試合は見ないで宿に戻る事をアリアとリンに伝えた。そういえばサラが居ないけど、どこに行ったのやら。
まいいや。それよりも早く宿に戻らなければ、今の僕は、物凄く汗臭い!
そう、ジャイルズ先生の試合の時に、リングの中はサウナ状態になっていた。観客席はバリアにより守られていたから快適だったらしいが、そのバリアのせいで余計に中の温度は上がっていた。
自分の汗の臭いがわかる時は、周りにはもっと臭ってるはずだ。それに服がベタベタして気持ち悪い。
早く宿に戻ってお風呂に入ろう。
「あっ、エルク……」
コロシアムの入り口から入ってすぐの広間、そこでサラと鉢合わせた。
彼女にしては珍しい、キョロキョロして居て挙動不審だ。普段はどんな時でも堂々としているのに。
声をかけて近づいたものの、距離を置かれる。彼女は何だかもじもじしているけど、どうしたんだろう?
近づきたいけど、流石に今の状態で近づくと嫌がられそうだしなぁ。
「あのさ、その臭うから、お風呂なんだけど」
「はい、わかりました」
やっぱり今の僕は相当臭うそうだ。彼女もどう言えば良いかわからず、言葉を選んでいるようだ。
そりゃあ汗臭い人に「臭い、風呂入れ」なんて直接言うのは、気の知れた友人であっても言いづらいものだ。もしかしたら気が知れているから、尚更言いにくいのかもしれない。
彼女の言葉の途中で「それでは宿に行ってきます」と返事をしておいた。僕の返事の速さに一瞬驚いた様子で目を見開き「うん、ありがとう」と節目がちにお礼を言われた。お礼を言われるような事じゃないのに。
☆ ☆ ☆
――野良猫通りの宿――
「あの、すみません。部屋にお風呂の準備をしていただきたいのですが」
宿に戻り、掃除をしていた女将さんにお風呂の準備をお願いする。
「あいよ、5シルバだよ」
宿に備え付けられているお風呂は基本無料だ。だがお湯を張る場合、自分達でやるなら無料だが、お湯張りをお願いする場合は別料金になる。
普段はサラが家庭用魔法ですぐにお湯を張ってくれるのだが、サラが居ないのでお店の人にお願いするしかない。お湯を沸かして準備をしていたら夕飯には間に合わなくなるだろうし。僕が汗臭いまま一緒に食事は嫌だろう。
5シルバを女将さんに渡すと、「すぐに用意できるから待ってな」と言って、僕らの借りている部屋へ向かっていった。
浴槽にお湯を入れている音が聞こえる、その間に上着とズボンを脱ぎ、窓の外の鉄格子にひっかけて風で飛んでいかないように結んでおく。部屋の中に置いておくと、部屋全体に匂いが充満して、僕がお風呂に入った意味が無くなってしまう。
バタンとドアが閉まる音がした。もうお風呂の準備が終わって女将さんが出て行ったのだろうか?
風呂場を見ると、浴槽にはお湯がギリギリまで入っており、湯気が立ち昇っている。
早くお風呂に入りたい。パンツを急いで脱ぎ、鉄格子に結んである服の結び目にパンツをねじ込んだ。
「あぁ、生き返る」
ザバーっと頭からお湯を被る、それだけで先ほどの汗臭かった匂いが幾分かマシになった。
とはいえ、それでもまだ臭う。むしろ裸になったからこそ余計にむわっとした匂いが僕を包む。
このまま浴槽にダイブしたい気持ちを抑え、イスに腰を下ろし、布をお湯で濡らし、石鹸を泡立てて体を洗っていく。
腕から手の先にかけて、更にワキ、耳の後ろをゴシゴシと。
汗くさい臭いが石鹸の匂いと混じり、段々と汗の臭いが消えていくのがわかる。
体を洗う時の、自分が石鹸の匂いに包まれる感覚が好きだ。まるで自分の肌から石鹸の匂いが出てるような感じがして、良い気分になる。
軽く洗い流して匂いを嗅いでみる。クンクン、くせぇ。
どうやらまだ洗いが足りないみたいだな。身体を洗い流すと汗くさい臭いが微かにした。ほっとくとすぐに臭いは強くなるからなぁ。
そんな事を考えていたら、浴槽のドアが勢いよく開けられた。
そこには、一糸纏わぬ姿のサラが居た。
――少し前――
――サラ視点――
「あぁ、最悪」
ケーラと戦った際に、リングの上に水を作るために火魔法と水魔法を連続で使い続けたのは失敗だったかもしれない。
確かに『魔力感知』で気づかれずに水を作り、そして氷を作る事は出来た。でも水を作るために温めたリングは、温度が一気に上昇し、作った水は水蒸気となり、蒸し暑くなっていた。そう、まるでサウナのように。
その上に試合中はずっと走り続けたからもう最悪、全身汗まみれ。
試合後に控え室の隅で、誰も見ていないのを確認して自分の臭いを嗅いだら鼻が曲がるんじゃないかって位の臭いだったわ。こんな状態、誰にも見られたくない。
控え室からこっそり顔を出して、誰もいないのを確認。よし今なら行ける。
私は広間にあるトイレへ駆けこんだ。
トイレの個室に駆け込み、上着とスカートを脱ぎ、家庭用の水魔法で水を思い切りかけた。汗を水で洗い流せばどうにかなるはず。
しばらく水をかけた後に一度ぎゅーって絞ってから着直した。勿論ベチャベチャで気持ち悪い。服自体も傷んでしまうかもしれないけど、背に腹は代えられないわ。
もし「サラさん、臭いです」なんて言われた日には死ぬわ。死んでしまうわ。
後は風魔法をかけて服が乾燥するのを待つだけ。これで何とかなると思っていた。
結果、乾いた服から発生する汗の臭いが更に酷くなった。どうしよう。
なんだか頭もくらくらしてきた。自分の汗の臭いで気持ち悪くなったなんて思いたくない。これは、そう、魔力が切れて来たから。きっとそう!
魔力が切れると頭がくらくらするものだから。
誰にも見つからないようにこっそりと宿に戻ろうとした時に、エルクとばったり鉢合わせた。最悪だわ。
近づいて来たけど、どう考えても普段より距離が遠い。やっぱり今の私臭うんだ……
エルクも臭いに引いてるけど、口に出せずに困ってるみたいだし……仕方ない、自分から言おう。
でも、なんて言えば良いんだろう? 「私くさい?」うん、これはダメ、「はい」なんて答えられたらしばらくショックで立ち直れないわ。
「あのさ、その臭うから、お風呂なんだけど」
魔力切れのせいで頭がくらくらしている。だから宿でお風呂の準備をしてもらえるように、エルクにお願いしよう。
だって杖を持って、魔術師の恰好で「お風呂の準備お願いします」なんて恥ずかしくて言えないわ。まるで魔術師にあこがれて恰好だけでも真似てるみたいに思われそうだし。
「はい、わかりました」
彼の返事は早かった。私はまだお風呂までしか言ってないのに「それでは宿に”言ってきます”」と全てを理解してくれていた。自然とお礼の言葉が漏れた。
後は、いかに知り合いに会わないように宿まで戻れるかだ。
☆ ☆ ☆
なんとか誰にも会う事無く宿に戻れた。
「お風呂のお湯張りしといたよ」
女将は私を見て一瞬眉をひそめ、風呂の準備が出来た事を教えてくれた。
あの表情、今の私はやっぱり相当くさいのかな? 少なからずショックを受けはしたが、仕方がない先にお風呂に入ろう。後で女将に聞こえるように「本戦出場決めたけど、激しい試合で疲れたわ」と言って、汗くさい理由を遠回しに説明しよう。
脱衣所で一枚脱いで、置いてある籠に入れる前にちょっと臭いをかいでみた。うん、臭い。
早くお風呂に入ろう。そう思ってドアを開けたら湯気が凄い事になっていた。
その時、私はちょっと気が緩んでいたのかもしれない。入ってドアを閉めてから、エルクが居た事に気付いた。ちょっとまって、なんでアンタが居るのよ!?
☆ ☆ ☆
――エルク視点――
正直、どう反応すれば良いか分からなかった。
何でサラが? もし彼女の怒声が響けば、僕も慌てて風呂場から出るなりなんなり出来た。
だが、僕が入っているというのに、まるで気にも留めない様子で彼女はそのまま入ってきて、そして風呂場のドアを閉めたのだ。そして、目が合った。
「お湯、まだ熱いから浴槽に入るのは少し待った方が良いよ」
違う、そうじゃない。
何と言えばいいか迷い、自分の口から出た言葉に思わず脳内でセルフツッコミをしてしまう。
「あっ、うん。そうなんだ」
しかし、意外にも彼女は冷静だった。
そのままイスに腰掛け、桶でお湯を汲んでかけ湯をして、自分の体を洗いだした。
――サラ視点――
「お湯、まだ熱いから浴槽に入るのは少し待った方が良いよ」
コイツは何を言っているの?
普通この場合「ごめんなさい、僕が先に入ってました」とか「僕上がりましょうか?」じゃないの?
よりによってお湯の温度? おかしいでしょ?
「あっ、うん。そうなんだ」
私も何を言っているの?
頭が状況に追いつかず、気づけば普通に返事をしていた。
もしエルクがここで「キャー」なんて叫び声を出してくれていれば、適当に怒鳴って追い出すなりなんなり出来たのに。
いや、違うわ。この場合エルクが先に入っていたんだから、出ていくのは私だ。
すぐに戻る事を伝えてなかったから、先に入っていたのかもしれないし。だから私が悪いんだ。
私は正直言って素直に謝る事が出来ない。いつもミスをしても自分から素直に謝れず、エルクが話しかけてくれるのを待っててしまう。時にはリンに後押ししてもらったりして。
今回も下手に殴ったり怒鳴れば後で困るのは自分だ。ここは素直に「ごめん、入ってたんだ。私出ていくね」と言おう。
そして私は桶いっぱいにお湯を組んで、掛け湯をした。ってあっつ。
違う、なんで掛け湯してるのよ!? 素直に「ごめん」じゃなかったの!?
素直に謝れない性格が、ここに来て更に裏目に出た。
そうだ、泡で隠そう、大事な部分を泡で隠せば良いんだ。
裸って考えるから恥ずかしいの、泡の服を着てると思えば良い。エルクが私の裸を見て来てもこれで完璧よ!
アレ? ちょっとまって、エルクは私の裸を見たのよね?
前にアリアやリンの裸見た時、こいつ叫んでたのに、何で今は冷静なの?
もしかして、私の体って、魅力無い?
――エルク視点――
何という事だ。サラと一緒にお風呂に入っているというのに、彼女の裸を見れない。
何故見れないか? 勇気が無いからだ。
『混沌』の力を手に入れて、自信を持ったつもりだった。だが、今の状況はどうだ?
女の子と一緒にお風呂に入っているのに、ちょっと顔を横にずらすだけで見れるのに、その一歩が踏み出せない。
そうだ、会話。会話をしよう。
無言でサラの裸を見たら、きっと彼女から何か言われるだろう。言われなかったとしても気持ち悪いと思われるかもしれないし、それをアリアやリン、クラスメイトに言いふらす可能性も有る。
だがここで会話をして盛り上がったら、どうだ?
仲良くお話をすれば、自然と顔を見合わせるわけだ。そう、僕がサラの方を見ててもおかしくないわけだ。もし何か言われたら「ゴメン」と言って顔を背けるだけで良い。
「えっと、一緒にお風呂入っちゃってるけど。大丈夫だったかな?」
これ、今更な質問だ。もっと気の利いた事言えよ僕!
いや、でもこれはこれで有りだ。もし平気なら、彼女の方を見ても咎められないはず。
「バカね。冒険者やってるんだから、男だとか女だとか言って、恥ずかしがってられないでしょ。この先冒険者を続けるつもりなら尚更よ」
冒険者を続けるなら、そっか、彼女は先の事を考えていたんだ。
よく見ればサラの顔はほんのり赤い。今回お風呂に入ってきたことは、彼女なりに恥ずかしさを克服しようと努力しているわけで。
それなのに僕はエッチな目で彼女を見ようとしてたなんて、凄く申し訳ない。
よし、僕も男だ。彼女の為にひと肌脱ごう。
勢いよく立ち上がった僕を、サラが見上げている。ちょっと困惑気味だ。
「どうしたの?」
「僕は背中を洗うとき、立って洗うので!」
彼女の横で立ち上がり、僕は寒風摩擦のように布をゴシゴシと背中にこすりつけて洗う。
目が合うと恥ずかしがるだろうから、僕は真っすぐを見つめて。さぁ見たいならいくらでも見てくれ。慣れる為の特訓に僕も付き合おう。
――サラ視点――
「えっと、一緒にお風呂入っちゃってるけど。大丈夫だったかな?」
今更!?
それ入って来た時に言う言葉じゃないの?
「バカね。冒険者やってるんだから、男だ女だとか言って、恥ずかしがってられないでしょ。この先冒険者を続けるつもりなら尚更よ」
そして私も何言ってるの!?
普通に恥ずかしいから出てってと言えば良かったのに。こんな事言った後だと私も出ていけないし。
「どうしたの?」
急にエルクが立ち上がった。流石に察してくれたみたいね。
やっと出てってくれる気になったのかしら。
「僕は背中を洗うとき、立って洗うので!」
なんじゃそりゃあああああああああ!!!!!!!
壁を見てニヤニヤしてるし、もしかして変なクスリやったせいで強くなったとかじゃないわよね?
それ以外に考えられる事と言えば、私が舐められてる?
確かに今のエルクは凄く強い、ゴブリン相手に腰抜かしてた頃と比べ物にならないくらいに。
それで変に自信持ち始めて調子に乗ってる、つまりそういう事ね? そういう事なんでしょ!
「この程度で恥ずかしがるなんて、サラは
たかが立ち上がって裸を見せた程度で優位に立ったつもりなんでしょう。
「どうしたの?」
「奇遇ね。私も背中を洗うとき、立って洗うのよ」
私も立ち上がり、”エルクの前で”石鹸の付けた布を使い、背中をゴシゴシと洗い始める。
どうしたの? 余裕が無くなってきてるわよ? 目をそらしちゃって恥ずかしいのかしら? うふふ。
――エルク視点――
流石にそれは、大胆すぎないだろうか?
彼女が恥ずかしさを克服できたからか、それともヤケクソになったのか、はたまた元々背中を洗うときは立っていたのかわからない。
だが、わざわざ僕の前に立ちはだかり、ドヤ顔で背中をゴシゴシと洗っているサラ。
彼女の体には泡が大量についているが、それでも見える部分に目が行ってしまう。
彼女が背中を洗うたびに胸が震え、その反動で泡が次々に落ちて行ってしまう。
アリアやフルフルさんのように大きいわけでもなく、リンのような小ぶりではない。だがそれが良い。
そう、普通だからこそ万人にウケる。そんな素晴らしい物だ。
見たい! でもそれを見る事は、彼女に対する冒涜だ。頑張っている彼女をそういう目で見るのは良くない。
彼女から目をそらすと、ドアの先には一糸纏わぬリンの姿があった。
「二人で仲良くお風呂です?」
――エルク・サラ視点――
えっ?
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