第8話「リベンジマッチ」

 僕の初戦の相手は、魔術師タイプの相手だった。

 火と土の魔術を上級までを無詠唱で使ってくる相手だが、『混沌』で魔法が効かない僕にとっては、楽な相手だ。

 しかし、実際に戦ってみると、これが全然楽ではなかった。楽な相手だからと侮り、手を抜いたつもりは一切ない。

 予選突破レベルの相手になると、純粋な魔術師タイプでも補助魔法くらいは仕込んでいるようで、直接物理で反撃してくるわけではないが、こちらの動きに対応して接近を許してくれない。


 もしかしたら、今まで魔法を無効化して戦っていたから、魔術師タイプの対戦相手からはマークされていた可能性も有る。

 相手からしたらどうして魔法を無効化しているのかわからないので、距離を取りながら色々と試して弱点を探ろうとしていたのだろう。正直その行動が、僕にとっては弱点のようなものだ。

 『混沌』は解除後に一気に負担が返って来る。なので出来るだけ短期決戦で決めておかないと、解除直後に反動でまともに動くことすらできなくなる。

 イルナちゃんと特訓したおかげで1分位なら使い続けても、終わった後に数秒嘔吐感に襲われる程度の反動で済むけど、それ以上になるともうダメだ。


 今回の試合も2,3分は続いてしまい、試合に勝つことは出来たけど、めまいや吐き気でまともに動けない。そして今、僕は控え室で仰向けになり倒れている。

 長距離を全力疾走した後のように息切れがするが、そのままぜぇぜぇと呼吸をしたら勢いで吐いてしまいかねない。

 手で口を押え、深呼吸をするようにゆっくりと呼吸を繰り返す。時折吐き気で呼吸が止まり、吐き気が引いたらまたゆっくりと深呼吸の繰り返しだ。


「ちょ、ちょっと。大丈夫なの?」


 サラが不安そうに、僕の顔を覗き込んでくる。しゃがみこんで治療魔術をかけてくれているが、効果は無い。

 反動自体が『混沌』と同じ性質らしく、治療魔術をかけても、魔力無効化が働いてしまう、とイルナちゃんが言ってたっけ。

 他の参加者も僕を見て、怪訝そうな表情で「大丈夫か?」と心配そうに声をかけてくれる。「大丈夫」と返事も出来ない僕の代わりに、サラが対応してくれた。

 

 少し落ち着き、座れる程度には回復してきた。

 会場からは、驚きや喜びの歓声が聞こえてくる。一際大きな歓声が聞こえた後、ドアが開く音が聞こえた。

 ドアをくぐり、晴れやかな表情で戻って来たシオンさんを見るに、本戦出場を決めたのだろう。僕がグロッキー状態の間に、もう2回戦が始まっていたようだ。


 シオンさんが終わったとなると、サラの試合ももうすぐだ。僕なんかに構ってないで自分の事に集中してもらいたい。

 いまだに心配する彼女をよそに、シオンさんに付き添って貰って観客席に戻った。

 ゆっくりとした歩幅で、観客席に戻るまでに時間がかかってしまった。付き合わせたシオンさんには申し訳ない、本戦のためにも他の試合も見たかっただろうに。

 そんな僕の気持ちを理解してか「もし俺が同じように動けなくなったら、お前が頼りだ。その時は頼む」と言ってくれた。シオンさんの実力で”その時”が来るとは思えないけど、もしそんな機会があれば是非とも彼の力になりたい。

 観客席に戻る頃には、反動も収まったようで吐き気やめまいが嘘のように消えていた。


 中々戻ってこなかった僕を心配して、皆が声をかけてくれる。「サラの代わりに、僕が緊張しちゃってトイレに篭っていました」と愛想笑いでごまかしておいた。

 心配に対して嘘で返すのは、ちょっとだけ心が痛む。


「そろそろサラちゃんの試合だけど、緊張し過ぎて倒れないでくれよ」


 余計なお世話だ、そう言ってスクール君と顔を合わせて笑う。周りも彼の冗談にクスクス笑っている。

 リンやイルナちゃん達は事情を知っているからか、どこか笑い方がぎこちなく感じる。  



 ☆ ☆ ☆



「さぁ次の対戦のカード! いつもとは違い、今大会は無名の新人が勝ち抜いてきている波乱の嵐! 流星の如く現れ、可憐な美少女の姿とは裏腹に、今までの魔術師の常識をぶち壊す魔法を見せつけた。通称ケルベロス《三つの口を持つ魔術師》サラ選手!」


 司会者の枕詞に対して、怒っているような照れているような、何とも言えない表情でリングの上に歩いて行くサラの姿が見える。

 

「よし、皆でサラちゃんの応援するぞ!」


 そう言って、スクール君が「ケルベロス!」と叫ぶと、他の生徒も一緒に叫びだし、会場が「ケルベロス」コールで染まっていく。

 サラが笑顔でこっちに向かって手を振ってる。ヤバイ、サラの笑顔から殺気しか感じない。もし見るだけで人を殺せる目があるとしたら、ああいう目なんだろうなと思うほどだ。

 そんな事とはつゆ知らず、スクール君は尚も「ケルベロス」コールを続けている。


「サラちゃんこっち向いて何か言ってたけど、聞こえた?」


「多分『ありがとう』じゃない?」


 聞こえなかったけど、口の形からして、後で殺すだと思う。


「なんであんなに女の子に失礼なのに、スクール君はモテるんだろうね」


 これ以上サラを見るのは怖いので、「ハハハ」と乾いた笑いをして、適当な話題をリンに振ってみた。 


「初対面の女の子の頭を撫でる、失礼なエルクがモテるのと同じような理由です」


 うっ、それは言われると弱い。リンと初対面の時も頭を撫でたし、それ以外でも思い当たるフシがいくつかある。

 うん? というか僕がモテるって何の事だ?

 リンに尋ねると、目をそらして「チッ」と舌打ちで返された。


「それってどういう……」

「エルク、あれ」


「それって、どういう事?」とリンに問い詰めようとした僕の頭を、アリアがガシッと掴み、そのままグルンとリング側に回した。

 力を入れて回されたせいか、回された際に、首から嫌な音がしたんだけど。

 リングの上にはケーラさんの姿が見える、サラの対戦相手だ。


「対するは、魔術師相手にはめっぽう強く、ついた異名は『魔術師殺し』。予選ではサラ選手のパーティメンバーであるアリア選手を倒している。サラ選手としてはここで仇を取りたい所ではあるが!」


 ケーラさんが、魔術師に対してめっぽう強い理由が『魔力感知』があるからなんだよな。

 そんな彼女に対し、普通に魔法を打っているだけでは、当てる事は難しいだろう。そして近づかれれば近接戦闘で敵うわけがない。

 普通に考えてサラとは相性が悪い。


 ただ今のサラは魔法を同時に3つ出せる。今までケーラさんが相手にしたことある魔術師は”普通”の魔術師だけだ。

 サラのように、3つも同時に魔法を出せる魔術師とはやったことがないはず。

 だけど、疑似的に魔法をいくつも同時に出す方法はある。例えばファイヤボルトを発動させ50発分の魔力を注ぎ込み、50発が打ち終わる前に別の魔法を発動させれば、ファイヤボルトと共に出すことはできる。

 魔法は一度魔力を注ぎ込み、発動さえすれば、後は魔力に応じた回数分勝手に発動するのだ。高速で発動させれる人なら完全に同時とまではいかなくても、同時に打つ位の速度で魔法は使える。

 何度も予選を抜けた経験のある彼女が、そういった相手への対策を考えてない可能性は低いとみるべきだろう、じゃなきゃ『魔術師殺し』なんて物騒な異名がつくわけがない。そう考えると、サラが勝つのはやはり難しいかな。


 僕の不安をよそに、試合は無常にも開始されていく。

 両手を重ねて、祈るような気分だ。

 開始の合図とともにケーラさんが右手に剣を持ちながら真っ直ぐにサラの元へ走っていく。そして、左手で太もものベルトに備えてあるナイフを取り出し投げつける。アリアと戦った時と全く同じ戦法だ。

 彼女が走り出すと同時に、サラは右手で持った杖を振ると10発のコールドボルトが彼女の周りに漂い、そのままケーラさんに向けて発射された。


 1発はナイフに当たり、そのまま砕けちった。ナイフは軌道が一気に逸れて場外へ。

 残り9発のコールドボルトがケーラさんを襲うが、彼女は足を止めずにただ前へ走っていく。頭上から放たれたコールドボルトは、まるで彼女を避けるように横を素通りしてまるで地面に吸い寄せられるようにリングに被弾した。僕にはそう見えた。

 距離を詰められないようにサラがファイヤウォールとアイスウォールの同時展開。ケーラさんの目の前に巨大な氷の壁がそびえ立ち、彼女の右側には炎の壁が出てきた。だがまるでそれを知っていたかのように左にステップをかわし、ジグザグと反復横飛びの要領で、サラの元まで依然猛スピードで駆けている。

 なんでジグザグな動きをしているんだ? と思った瞬間にあちこちから火柱が上がっている。ファイヤウォールとアイスウォールを避けられた時の事も考えて、ファイヤピラーも設置していたのだろう。しかし『魔力感知』を持つ彼女には、それすらも無意味だった。


 完全に近づかれると不利を悟ったのか、サラは迎撃を一旦諦めて移動をして距離を取っている。事前にシアルフィの補助魔法をかけていたのだろう、追いかけるケーラさんから逃げられる程度の速度は出ている。

 それでもケーラさんの方が若干足は速いが、どこに出てくるか分かっているとはいっても、完全に目の前に魔法を出されては横にステップせざる得なく、中々追いつく事が出来ない様子だ。


 しばらくして、お互い距離の離れた位置で肩で呼吸をしながらにらみ合いをしている。

 鬼ごっこは一度中断され、お互いが息を整えている状況だ。

 その間にケーラさんがナイフを投げてみるが、すぐに魔法で跳ね返され。サラも魔法を打ってみるが、『魔力感知』を持つ彼女に当てる事が出来ず。

 お互いが無駄な行動と理解し、あえて何もせずに息を整える事に集中したようだ。


「ねぇ、こんな事してたら、決着がつく頃には日が暮れるんじゃない?」


 剣を鞘に納め、両手を上げいつものまるで軽い世間話を始めるかのように話し始めるが、サラはそんな彼女に警戒をしたままだ。

 

「剣は鞘に入ってるから、そんな警戒しなくても……」


「残念。剣を鞘に入れたままでも繰り出せる居合いって技くらい、知ってるわ」


 ケーラさんはかぶりを振り、やれやれといった感じだ。

 本当にただ話をしたかっただけなのか、それとも手の内がバレてしまったからなのか、その表情からはうかがい知れない。


「そう、じゃあどうしようかな」


「どうする? 決まってるじゃない」


 サラが右手で持っていた杖を、両手でグッと握るのが見える。嫌な予感がした。


「遠距離戦がダメなら、近距離で殴り合いよ!」


 彼女は脳筋だった!

 魔術師が遠距離で勝てない相手に、近距離で勝てるわけないじゃないか!

 いや、でも賢い彼女の事だ、もしかしたら実は何か策があるのかもしれない。というかあるでしょ。

 そんな僕の予想を大いに裏切り、彼女は杖でケーラさんと打ち合いを始めた。


「ちょっと、えっ?」


 一番困惑していたのはケーラさんだ。

 まっすぐ走って来るサラは絶対に何かしてくるはずだ。そう思っていたのに、真っ直ぐ自分の元に来て、本当にただ杖で殴りかかってきたからだ。

 『魔力感知』がある彼女は、例え無詠唱だったとしても魔法を使っていないかどうかわかる。だから完全な肉弾戦を挑んできたことに困惑している様子だった。


 ちなみにサラが魔法を使っていないと言っても、補助魔法は掛けてある。戸惑っていたケーラさんも、何度か打ち合った後に『瞬戟』で反撃に出ていた。

 アリアと手合わせをしていたおかげか、ケーラさんの『瞬戟』にも何とか反応出来ているようだ。

 だが、それでも長くは続かない、次第に体制が崩れていくサラ、これ以上はもう無理だ。そう思った瞬間に氷の矢が、ケーラさんの背中に襲い掛かった。


 避けるために無理な姿勢になり体制を崩しつつも、寸前の所で何とか避けたケーラさんに、サラが杖を振り回し襲い掛かる。今度は立場が逆転していた。打ち合ってる最中に完全な死角から魔法が飛んでくるのだ、やりにくそうにしている。

 しかし、手練れのアリアよりも強い相手と打ち合いながら、魔法を正確に狙って行くサラの集中力は並外れたものを感じる。ケーラさんも魔法戦士タイプとはやった事はあるだろうけど、まさか無詠唱で打ち合いの最中にも同時に魔法がいくつも飛んでくるのは、流石に経験したことが無いだろう。


 段々ではあるが、サラの魔法が、かする程度だが当たるようになってきた。その事に危険を覚え、一度バックステップでサラから距離を取ろうとして、飛び退いた先でケーラさんは思い切り転んだ。


「なっ!?」


 足元には小さな氷が出来ている、これで滑って転んだのだろうけど、『魔術感知』で気づけなかったのだろうか?


「気づいていると思うけど、リング自体を魔法で冷やしているわ。ジャイルズ先生みたいに完全に凍らせるほどじゃないけど」


「確かにリングの下から水の魔力は感じたけど、リングの上に魔法で氷も作ったなら、魔力で氷にも気づく。なのに氷からは魔力が感じられない! どうやって魔力を隠した!?」


 魔力を隠す、サラはそんな芸当まで覚えて来たのか?


「氷から魔力が感じない? 当り前よ、だって私はリングを冷やしただけだもの。その氷は下がったリングの温度で水が勝手に凍っただけよ」


 先ほどから殆ど火属性と水属性の氷魔法を使ってたけど、もしかして魔法の本当の目的は、水をリングの上に作るためだったと言う事か?

 コールドボルトやアイスウォールが溶け魔力の無くなったただの水になる。そこに魔法でリングだけを冷やすことで水に魔力を込めることなく氷が出来る。結果彼女の『魔力感知』に気取られずに氷の罠を作ることに成功した。これならケーラさんの動きを大きく制限できる。


「これはちょっと厳しいわね」


 いつも、どこか余裕の表情を見せていたケーラさんの顔から笑みが消えた。ここからは本気だと言わんばかりに真剣な表情で。


「いえ、もう終わりよ。後は足元に魔力を込めるだけだもの」


 両手に剣を持ち、走り出そうとした彼女が、サラの言葉に反応して動きを止める。

 そして足元を見て、一瞬驚きの表情をした彼女が、剣を鞘に戻し声を上げて笑っている。

 正直、何がおかしいのかサッパリわからない。遠目ではあるが、何かあったようには見えないし。


「なるほど。ロードオブヴァーミリオンか」


 シオンさんが、一人で納得している。

 わざわざそんな意味深な言い方しないで、普通に教えてくださいよ。


「さっきまで足止めで打ってた魔法が、実は魔法陣をリングに書くためだったとはね。杖で殴りかかったのも、魔法陣の足りない部分を地面に杖を押し当てて書き足すためか。完全にやられたよ」


 魔法陣?

 周りの人達がどよめく。そりゃそうだ、僕にも魔法陣が見えない。

 『魔力感知』や『魔眼』を持っていないとわからないような、目に見えない魔法陣をサラは戦闘しながら描いていたと言う事か。どれだけ凄いんだ。


 魔法陣で魔法を打つと、決まったルートにしか飛ばないし、上級以上になると魔法陣もそれに合わせて大きくなってしまうので使う人も学ぶ人もほとんどいないのに、そんなものまで彼女は勉強していたのか。


「しかし、超級魔法なんて打てば、アンタもただじゃ済まないでしょ?」


「ふぅん。それじゃあ試してみる?」


 サラの不敵な笑みに、ケーラさんが降参だと言わんばかりに両手を上げた。


「辞めとくわ。来るとわかっていても、流石にこれは避けられないからね」


 そう言ってケーラさんはリングを降りた。

 まばらな拍手と、いまだに何が起きたかわからない観客のどよめきの中、サラが本戦に進出を決めた。

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