第7話「開幕」
――コロシアム観客席――
僕とサラの試合は後半の方だから、サラと一緒に観客席に戻って来た。
両隣はいつものメンバー、イルナちゃん達とアリア達だ。シオンさんは4戦目なので控え室にいる。
僕らの前列には、いつものように女の子を侍らしているスクール君が、後列にはローズさん達が応援に駆け付けている。と言っても僕は正体を隠しているので、学生が応援しているのはヴァレミー校長、ジャイルズ先生、サラ、シオンさんだ。
1回戦の1戦目は僕らの身内は誰も参加しない、というのに周りは興奮気味だ。
静かにしていても、鼻息が荒くなっているのがわかる。男子も女子も生徒も教師も、誰もが興奮を隠しきれていない。
それは僕らに限った事ではない。会場全体が、異様な雰囲気に包まれているのだ。
それもそのはず、1回戦の1戦目はマーキン対ゼクスという優勝候補同士の対決になったからだ。
どちらもこの街に住んでいる人にとっては、説明不要と言って良い程の人物だろう。
そんな二人の対決が一戦目からいきなり始まるのだから、誰もが興奮を抑えきれず、今か今かと待ちわびている様子だ。
門が開かれ、一人の男がリングに向かって歩いている。
赤いスーツを身に纏い、右手には声を拡大する魔道具―マイク―を力強く握りしめて。彼が歩いているだけで声援が送られている。だというのに、彼はそんな声援をまるで聞こえないとばかりに真っ直ぐとリングの中央まで歩いて行った。
眼帯をかけ、時折光っているのではないかと思えるほどの眼力を隻眼の瞳に宿し、不敵な笑みを浮かべている。
予選通過者ではないにもかかわらず、まるで彼が今日の主役だと言わんばかりに。
彼が右手の手の平を前に出すと、あれだけ騒がしかった声援が一瞬でピタッと止まった。事前に申し合わせでもしてたんじゃないかと思うほどだ。
シンと静まり返った会場に、彼の声が響き渡る。
「皆様おはようございます。これから各会場の激しい予選を潜り抜けた精鋭達による、2次予選が始まろうとしております」
マイクで響き渡る声は、静かで、まるで他愛もない会話をするような話声のようだ。
「今回の予選も、予定調和の結果もあれば、波乱に満ちた結果もあり、皆様を満足させる最高のものだった、と私は思います」
彼は胸に手を当てて、流暢なお辞儀をした。ただのお辞儀にもかかわらず、その洗礼されたしぐさは、まるで一種の芸術のように綺麗だと思えるものだった。
割れんばかりの拍手を受け、しばしそのポーズを続けていた。そしてまた元の姿勢に戻り、右手の手の平を前に出すと拍手は一瞬で止み、また静けさが戻る。
風の吹く音が聞こえた。その瞬間、カッとその隻眼を大きく開け、赤いスーツの上着を脱ぎ捨てた。
「しかぁし! それは今までの最高であり、これからは最高の更に上を行く最高を皆様方にお届けする事を約束致しましょう!」
先ほどまでの声援と比べ物にならない位の声援が、もはや雄たけびと言って良いレベルの叫び声で会場を震わせた。
「それでは2次予選を開始しようと思います! 皆様準備はよろしいでしょうか!? レディィィィィィィィィィィ」
「「「「「「ゴー!!!!!!」」」」」」
「申し訳ないですが! その程度の声では! 試合を始められません! もう一度行きます! 準備はよろしいでしょうか!?」
観客を煽るだけあってマイクがあるとはいえ、恐ろしい位の声量が僕らにぶつかる。彼の表情も相まって物凄いプレッシャーだ。
まるで彼一人で観客全員を相手に戦っているような、そんな風に思える位の。これがカリスマというやつだろうか?
ただ試合を進行するだけの彼らに、熱い声援が送られるのも頷ける。
「それでは2次予選、レディィィィィィィィィィ!!!!!!!」
「「「「「「「「「「ゴォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
一瞬だけど、声だけで会場が揺れたような錯覚を覚えた。
「1回戦は、1試合目から最高に盛り上げる組み合わせとなっております!」
入場の門からマーキンさんが登場すると拍手とともに黄色い声援が送られている。
整った顔立ちに長身で腕が立つとなれば、女性のファンが増えるのは必然か。
「あの最強の男に膝をつかせることの出来る、数少ない実力者! 理論に基づいた行動により、全ての対戦相手を掌の上で踊らせる剣の貴公子マァァァキィィィン!!!!」
「対するは、かつては剣の腕だけで世界をまたにかけたSランク冒険者。ヴェル冒険者ギルドのマスター、ゼェクスッ!」
マーキンさんとは反対の門から、ゆっくりとした足取りでリングへ向かうゼクスさん。
遠くからでも目立つ顔の十字傷、まるで極悪人かのような笑みを浮かべ、大剣を肩で担いでリングの上まで歩いて行く。
そんなゼクスさんの対面に立ち、マーキンさんは真正面から涼しい顔で微笑み返し、試合前の握手を交わしていた。
☆ ☆ ☆
試合はもはや異次元のレベルだった。
「ゴー!」の合図とともに、お互いの攻撃が目にも止まらぬ速さを通り越し、止まって見える速さをしていた。
実際は止まってなんかいない。お互いの攻撃は地剣術『瞬戟』らしい、らしいというのは僕が今まで見た『瞬戟』とは全く違うから『瞬戟らしい』という言い方になってしまう。
お互いが『瞬戟』を放つ際に、ブレて見えるのでなく、完全に止まっている姿が見えるのだ。
止まっている姿と共に、剣戟のかん高い音が会場に響き渡る。
会場からは「おぉ!」と言う声が、まばらに小さく聞こえる。それくらい彼らの戦いがわかりづらいのだ。
「あれも、『瞬戟』ですか?」
誰かに尋ねようとしたわけではなく、自然と思ったことが口に出てしまった。
アリアやシオンさんの見た『瞬戟』は、腕がブレるのが見えていたのに。彼らはブレる瞬間が見えない。
「うん、あれも『瞬戟』、あまりの速度に軌跡すら見えず、残像だけが見えているだけ」
なるほど、アリアの解説のおかげで動きの理由もわかった。
流石に優勝候補と言われるだけあって、レベルが今までのものとは比べ物にならない。
サラの「やっぱりバケモノ揃いじゃない」という弱気の声も聞こえた。確かにバケモノだ。
正直どう凄いか分からない、僕じゃ理解する事すら出来ないレベルだ。あるいは、『混沌』を使えば、理解する事くらいは出来るかもしれないけど。
これで何合目だろうか?
一瞬だけ見える残像では、どれだけ打ち合ったのかわからない。
時折アリアが「今のは2回、ううん3回打ち合った?」と言ってるので、一回にしか音が聞こえないけど、その間に何度も打ち合ったりしてるようだ。
音が止むと、お互い肩で息をしながらのにらみ合いになった。
数秒で息を整え、お互い左手の親指を曲げて前に突き出した。
頷き合うと、お互いに武器を構えた瞬間に、”3つ”残像が見えた。
「あーあ。俺のこの服、高ぇんだぞ?」
「それは申し訳ないことをしました。後で弁償致します」
「ばか言え。負けた上にそこまでされたら、みじめすぎるだろ」
愉快に「カカカッ」と笑っているゼクスさん。残像が消えると、お互い何やら話し始めたようだ。
何が起きたか分からず少し静まり気味な会場に少し遅れてキンという音が響いた。そこで気づくゼクスさんの剣は刃が折れており、キンという音は刃の部分が地面に落ちた音だった。
ゼクスさんの服の胸元にはゆっくりと切り込みが入ってゆき、そして鮮血が噴き出した。
「タンカ寄越せタンカ。俺が死んじまうぜ」
元気な声で血をまき散らしながら、確かな足取りでリングを降りて退場していくゼクスさん。その後を、待機していた治療魔術師の人達が慌てて追いかけて行った。
さっきお互いに左手を出していたのは、4合の打ち合いで終わらすという合図だったのだろう。
「正直何やっていたかわからなかったが、凄い事をしていたのでしょう! もしわかる方が居れば、後でコッソリ私まで教えに来てください! 勝者マァアアキン!!!」
どこで声を上げれば良いか分からず、静まりかけてた会場が、一気に拍手と声援と笑いでその喧騒さを取り戻していった。。
☆ ☆ ☆
「さぁさぁ次のカードは中々に面白い組み合わせのようです。火竜を一刀両断にして倒したと噂されるスーパールーキー! 初参戦ながらも予選を抜けてきたその実力は、果たして噂通りの物なのか!? シッオーン!!!」
「シオン、やってしまうのじゃ!」
黄色い声援と共に、イルナちゃんも負けじと声を上げる。
そんなイルナちゃんを見て、膝を折り、右手を胸に当てて頭を下げ敬礼のようなもので返すシオンさん。
僕らも、そして学園の皆も一生懸命声を張り上げ声援を送る。「頑張れ」と大声で。
「対するは、かつてドラゴンと戦ったのに無事だったと噂されるスーパー筋肉! 名前を聞かれたら笑顔で『忘れた』と答えてしまうのは、脳みそまで筋肉だからか!? マッスゥゥゥゥゥル!!!」
丸坊主の筋肉ダルマが、笑顔でポーズを決めながらリングに向かって歩いている。筋肉がテカって見えるのは汗じゃなく、オイルかな?
体中にある痛ましい傷はドラゴンと戦った時に付いた物だろうか。よく見ると両耳が無くなってしまっている。
リングの上に着くと、大きく息を吸いこみ、バンザイのポーズから流れるようなマッスルポーズ。その瞬間に着ていた服が、彼のパンプアップした筋肉により音を立てて破れ落ちる。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけだけど、その筋肉を羨ましいと思った。
自分が同じような筋肉になった姿を思い浮かべる、地味な顔にモリモリの筋肉。うん、似合わないな。
同じようなポーズをしてみたが、僕の筋肉が盛り上がる様子はない。
スクール君が振り返って、僕を見る。彼も同じようにポーズを取っていた。あんなの見たら男の子は誰でもやりたくなるから仕方ないよね! 周りを見渡すと、同じようにポーズをした人たちをチラホラ見かけるし。
そんな風にポーズを取っている僕を、リンがジーッと見ていた。
「似合う?」
リングの上のマッスルさんと比べれば、僕の筋肉なんてボンレスハムとソーセージ位の差はあるだろうけど、それでも女の子から見たら、しかもアリアやサラと比べれば特に華奢なリンから見れば、僕も筋肉質に見えるはずだろう。
「リンはそのままのエルクで十分です」
そう言って、可哀想な子を見るような目で頭を撫でられてしまった。
「大丈夫だよ。筋肉が無くてもエルク君はカッコいいよ」
ローズさんの表情が必死だ、その気遣いが逆に苦しい。
☆ ☆ ☆
試合開始と共に、お互いに一歩も動かず、シオンさんもマッスルさんも「かかって来い」と受け身の姿勢を見せていた。
「ところで、お前は武器を持たないのか?」
「あぁ。何故ならこの筋肉が、俺の武器だからな!」
その言葉に、目を細めて笑い、シオンさんは自らの剣を鞘にしまい場外に投げ捨てた。
「良いだろう。拳で語り合おう」
お互い中央まで歩くと、一発交代で殴り合う、ただの力と力のぶつかり合いが始まった。
そこに技など存在せず、避けるなんて無粋な真似はしない。まさに男同士の熱い戦いだ。
殴り殴られの応酬、一発ごとに「パァン!」という音が会場に響き渡る。そのたびに熱狂の声が上がり、いつしか殴る際に「シオン」コール、「マッスル」コールがそれぞれ巻き起こっていた。
最後は、シオンさんに殴られ片膝をついたマッスルさんが「膝をついた時点で、俺の負けだ」と笑顔で敗北宣言。
地味な戦いだったけど、最高の試合を見れた。そんな気分だ。
女性陣を見ると「えー?」みたいな顔をしていたけど。
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