第6話「ヴェル魔法大会、2次予選開始前」

 ――魔法都市ヴェル中央コロシアム――

 ヴェル魔法大会の予選を勝ち抜いた60名の、厳正なくじ引きによるトーナメント戦。

 本戦出場に向けて、ここで人数は15名にまで絞られる。 


 控え室には、予選を勝ち抜いてきただけあって、どの参加選手もメモに書かれてるランクはB以上ばかりで強敵ぞろいだ。

 ここで2回勝てば本戦出場だけど、正直2回も勝てる気がしない。

 確かに『混沌』の力は強力だけど、筋肉ダルマのウッディーと戦った時には力負けをした。決して最強の力というわけじゃない。それでも十分すぎるほど強いけど。

 でも不安より、どこまで通用するかのワクワクの方が今は勝っている。目的は勝つことじゃなく腕試しだから。

 

 コロシアムへの扉が開き、ゾロゾロと予選通過者がコロシアムへ向かって歩いて行く。くじ引きは不正が無いように、コロシアムの観客達の前で行うので参加者全員がその場に集う。

 う~ん、他の参加者の人達と一緒というのは僕としては居心地が悪い。だって皆真面目な格好してるのに、僕だけモヒカンマスクマンだよ? 明らかに浮いてない?

 いや、言わなくてもわかる。凄く浮いてる。

 この扉を出て、僕を見た観客がまたヤジを飛ばすんだろうな。わかっているだけに正直足が重い。

 他の人が出ていくのに、僕だけ出て行かない事に気付いたシオンさんが声をかけてくれる。

 

「どうしたエル……勇者マスクマン?」


「えっと、やっぱりこの格好は恥ずかしいかなと思って」


「思うじゃなく、恥ずかしいから安心しなさい」


 振り向くと腕を組んだサラが半眼で見ている。指をトントンとやって少し不機嫌そうだ。


「他の参加者は皆もう行っちゃったから、早く行くわよ」


 会場から「点呼を行いたいと思います」と司会の声が聞こえる。ここでこうしていても仕方ないか、彼女の言う通り行くしかないか。

 後ろでシオンさんの「俺は良いセンスだと思うのだが」と呟いてる声が聞こえた。リンもこの格好に目を輝かしていたし、極一部の人にはウケる格好なんだろうな。きっと。



 ☆ ☆ ☆



 会場は既にピークですと言わんばかりの盛り上がりようだ。まだくじ引きも始まっていないのに。

 盛り上がりの理由は各選手がそれぞれ観客にアピールしているからだ。その場で宙返りを行う者、ポーズを決める者、ナイフでお手玉して大道芸のようなパフォーマンスを見せる者など、人それぞれだ。

 そんな選手たちにファン達も負けじと声援や、横断幕などを掲げている。


 そんな中、観客だけでなく、参加者からも一際注目を浴びている人が居る。最強の男キースだ。

 前回優勝者だから予選は無いはずなのに、何でここに居るんだ?

 周りに両手を振りながら「マジ最強なんでヨロシク!」と声を張り上げている。


「キミも、何か観客にアピールしないのかい?」


 参加者の中に居た一人が、僕の姿を見て、にこやかに声をかけてきた。

 腰には細身の剣を帯び、参加者の輪から離れて軽い足取りでこちらへ向かって歩いてくる。


「えっと……」


 目立ちたいからこの格好しているわけじゃないけど。

 でも他の人から見たらそういう風に見えてしまうか。


「あぁ、失礼。僕の名前はマーキン、キミ達と同じ予選通過者だ」


 戸惑う僕に対して、彼はマーキンと名乗った。戸惑っている理由は別に知らない人から声かけられたからでも、名前がわからなくて反応が出来なかったわけでもないんだけど。


 そしてマーキンと名乗った彼は、手を差し出して、握手を求めて来た。サラに。


「えっ、私?」


 サラは自分を指さして驚いている。今の話の流れだと、僕じゃなくサラに「アピールしないの?」と言った事になる。

 アピールしないか聞いていた時には、僕の方をじっと見てたはずなのに。  


「あぁ、重ね重ね失礼。アピールは勇者マスクマンさんに言ったので大丈夫です。ただ、美しいお嬢さんが居たので、ついつい引き寄せられてしまいました」


 そういって恥ずかしがるように左手で後頭部を抑えているが、右手はサラに向けたままだ。

 中々に図太い神経の持ち主のようだ。

 

 サラの前で手を差し出したまま、「握手するまで動かないぞ」と鋼鉄の意思を感じさせる男を見る。

 マーキン、この大会の優勝候補で、実際は最強の男キースよりも実力が上だと思われる人物だ。

 そんな彼に対してサラは「えっ」と戸惑った感じで、目線をそらしチラチラと僕を見てくる。


「握手くらいなら良いんじゃないかな?」


「べ、別に握手くらいなら良いけど」


 マーキンと握手を交わし、「サラよ」と名乗っていた。

 そういえばマーキンさんは、キースさんと旧知の仲だとランベルトさんのメモに書いてあったっけ。

 じゃあ何でキースさんがここに居るのか、知っているかもしれない。聞いてみよう。


「あの、キースさんって前回優勝してるから予選は来なくて良いんじゃないですか?」


「あぁ、彼は目立つのが好きだからね。多分目立ちに来たんだと思うよ」


 凄くどうでも良い理由だった。


「そこで、キミのアピールが必要なんだ!」


「えっ、僕のアピールですか?」


 はて? 何故ここで僕のアピールが必要になって来るんだ?


「うん、キミが観客にアピールすると」


「アピールすると?」


「アイツよりもキミが目立って、キースの悔しがる様を見れる」


 ただの嫌がらせかよ!?


「サラ、シオンさん、クジ引き始まるし、リングの上に行こ」


 僕達はマーキンさんを放置して、リングへ向かおうとするが、肩を掴まれて呼び止められる。

 振りほどこうにも、単純な腕力の差で振りほどけない。嫌がらせの為に注目の的になるつもりはないんだけど。

 それでも尚「お願い、ちょっと待って。話、話だけでも聞いて」と必死にしがみついてくる。

 話って、結局目立つのが好きなキースさんの邪魔をしたいって内容だろ?


「ほら、あそこの子供たち。あの子達は必死にキミの名前叫んでるでしょ?」


 彼の指さす先には5人の10にも満たない位の年齢の子達が、必死に僕に向かって叫んでいる。

 周りの喧騒で今まで聞こえなかったが、そっちに意識を向けると子供達の応援が微かに聞こえる。


「ほら、あそこにも、あそこにもか。子供たちがキミを見て声援を送っているんだから、少しくらいアピールしてあげても良いんじゃないかな?」


 本当だ。観客席に居る子供たちが僕を応援してくれている。でもなんで?

 僕が予選に出た時は、観客に子供なんてそんなに居なかった。試合を見ても居ないのにファンになったなんてあるのだろうか?


「ここ数日、リンがお前のその衣装で『勇者マスクマン2号』とかやっていたな」


「そう言えば『皆のヒーロー、勇者マスクマン1号が魔法大会に出るです』とか言って回ってたわね」


 前にマスクとマントを貸してほしいと言っていたけど、そうかリンはこの為に使っていたのか。

 前の予選の時に、僕が観客からブーイングを貰っていたのを見かねて、人気を出すために動いてくれていたのだろう。

 周りを見渡せば、色んな所から子供達の「勇者マスクマンがんばれー」と応援する事が聞こえてくる。

 そして僕に対する怒声は全く聞こえない、子供達が必死に応援しているからだ。無邪気に応援をしている子供達の前で、悪口を言える大人はそうそう居ないか。


 今日は2回しか試合が無い、それなら1回くらい『混沌』をここで使っても問題ないよね。

 僕は『混沌』を使い、思い切りジャンプして空高く舞い上がる。


 そのまま回転とひねりを加え、ムーンサルトをしながら参加者が集うリングの中央で着地。正直着地の事を考えていなかったから、誰にもぶつからなくて良かった。

 参加者から凄く迷惑そうな顔をされているので、後で謝っておこう。

 そのまま着地と共に子供たちに向けてポーズを決めた。応援してくれている子供達へ、僕が今できる精いっぱいのお礼だ。

 僕のパフォーマンスで「おお!」という歓声と共に、子供たちの声援が聞こえる。


「さすが勇者マスクマンです!」 


 マーキンさんがそう言って手を叩くと、子供たちが拍手をし始める。それに釣られて大人達も拍手をして僕に声援を送ってくれるようになった。

 凄く良い気分だ。マーキンさん、彼が子供達の事を教えてくれなかったらこうはならなかっただろう。変わった人ではあるが、根は良い人なんだろうな。

 そんな彼は、観客の興味の対象がキースさんから僕に移った事により、愛想笑いで頬をポリポリと掻くキースさんを見て、悪い笑みを浮かべていた。前言撤回、良い人では無いようだ。

 その後、司会の人に「過度のパフォーマンスはお控えください」とお叱りを受けた後に、クジ引きが開始された。

 僕は34、サラは17、シオンが8だった。これなら予選で僕らが当たる事は無いだろう。


 ちなみに着地した辺りから足がズキズキしていたので、クジ引きが終わった後に控え室で靴を脱いで見てみたら腫れていた。サラに治療魔法をお願いして治してもらったが、その間「アンタ、バカでしょ?」とずっと言われ続けた。反省。

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