第2話「勇者マスクマン」
控え室の受付でマスクとマントを預けて、サラ達の居る客席に慌てて戻る。
「さっきの試合色々酷すぎて、周りが困惑しておったぞ」
控え室を出たところで、イルナちゃんに声を掛けられた。僕を待っててくれたのか。
少し溜め息をつきつつも、満足そうに笑っている。
「そもそも、あんなナイフ避ける必要もなかろう? 当たっても対して痛くはないはずじゃぞ」
「そうなの?」
「うむ。それに打撃に対しても反応出来たはずじゃ、まだ自分の力に対してどこか信頼してないように感じる」
自分に対して信頼か、確かに力を手に入れたけど、まだ「これで大丈夫かな?」と不安に思ったりすることはある。
「まぁ、この大会で勝っていけば、自ずと自信に繋がるじゃろ」
勝っていけば、ねぇ……
☆ ☆ ☆
「遅かったじゃない。せっかく面白い試合が見れたのに」
「あぁ、うん。ちょっとトイレが混んでてね」
サラは「ふ~ん」と興味無さそうな感じに返事をしながら、僕の席に座って僕の作ったサンドウィッチを頬張っている。僕の席からバスケットごと持っていけば良いのに、他の人にも渡せるようにわざわざ僕の席で食べているようだ。
代わりにサラの席に座ると、リンが興奮気味に「変な格好したマスクマンが、変な動きをしながら、変な勝ち方したです」と目を輝かせて僕に語っている。その変なマスクマン、僕なんだけどね。
リンが話してる最中に「ペチン」という音が聞こえた。
「またやってるです」
リンが音のする方を見向きもせず、呆れ気味に言った。
音のする方を見てみると、目にも止まらぬ速さでサンドウィッチに手を出そうとするアリア。
それに対してサラが目にも止まらぬ速さで対抗している。
アリアが高速で出した手を、サラが全て叩き落しているのだ。サラはいつの間にかアリアに対抗できる程にまで成長していた。
「アリアに対抗出来るなんて、凄いね」
最初はアリアの動きが見えるけど反応出来なかったのが、段々と反応しようと思えば反応出来る事に気付いた、とサラは僕の事を見向きもせずに答えてくれた。
さっきの試合で、僕はタッパの動きは見えていたけど反応出来なかった。もしかして反応しようと思えば、体は動いてくれたんじゃないだろうか?
歓声が上がったので試合を見てみると、さきほどタッパと一緒に居たキツネのような笑みを浮かべる選手が試合に勝っていた。次の僕の対戦相手は彼か。
彼の名前はピラで、ランベルトさんのメモにも載ってた男だ。
地剣術と海剣術を扱い、補助魔法で身体能力を上げて、『瞬歩』ほどではないが、目にも止まらぬ速さで移動して、死角から襲い掛かって来るのを得意戦術としてると書いてある。
評価はC+か。
そしてアリアとサラの攻防も決着がついたようだ。満足気味にサンドウィッチを頬張るアリアに、悔しそうな顔をしているサラ。
「サラは素直だから、フェイントにすぐ引っかかる」
サラは素直が一周して、素直じゃない気がする。勿論本人にそんな事は言えない。
アリアがサラに対しダメ出しをして、サラがうんうんと頷きながら聞いている。なんだかんだで良いコンビだ。
最近は大会を通じて、お互いを高め合うために、頻繁に情報交換や模擬戦らしきものをやったりしているとか。
☆ ☆ ☆
もうそろそろで僕の試合か。
「ちょっとトイレに行ってくるね」
そう言い残して控え室へ向かった。
着替えて控え室に入ると、僕をチラチラ見てくる人はやはり多い。
だが先ほどの馬鹿にしたような視線と違い、険しさを感じる。どこか警戒しているような感じだ。
僕の名前を呼ばれ、入場する。
僕の恰好に対して観客から怒声は無かったが、応援もない。
反対側の入場門からはタッパと一緒にいた剣士、ピラさんが歩いてくる。キツネのような笑みをしているが、目は笑っていない。獲物を見る目だ。
「先ほどは弟分がお世話になったね。デビュー戦なのに浮かれているから無様な負け方をするんだ。そう思わないかい?」
そう言って手で口元を抑え、クックックと笑っているが、やはり目は笑っていない。言葉とは裏腹に怒りを感じる。
口は悪いが仲間思いなんだろうな、嫌いなタイプじゃない。だからと言って負けてあげるつもりはないけど。
「お互いがリングに上がりました。それでは準備は宜しいですね! 魔法大会、レディー」
「「「「「「ゴー!!!!!!!」」」」」」
開始とともに、凄い速度で僕に迫って来た。
『混沌』の効果なのか、高速で走って来る彼の動きはちゃんと見える。
あっという間に僕の背後を取り、剣を振り上げているが、彼に合わせて振り向きつつ軽くバックステップ。
距離を離し、お互いの開始位置を交換する形になった。
「へぇ、反応出来るんだ。じゃあ更に速度をあげてみようかな」
言い終わる前に彼は動いていた。
一瞬でも気を抜けば見失いそうになる程の速度で距離を詰めて斬りかかってくる。
その度にギリギリで回避をしながら、僕はリングを縦横無尽に動き回る。
段々と慣れていく感じがした。彼の動きは確かに速いが、それは直線的な物だ。
真っ直ぐに向かってくるのだから、動き出した瞬間が見えれば回避するのは難しい事じゃない。
これならイケル、そう思った矢先だった。彼の動きを見て左にステップをしてかわすつもりだった。しかし彼は動いてなかったのだ。やられた、フェイントだ。
僕がステップで移動している方向へ、彼もまた移動している。
僕の着地地点に狙いを定め、剣を振り上げる彼の動きが見える。このままでは回避は出来ないだろう。
動きを意識したせいか、高速で動いてるはずなのに、お互いの動きが少しゆっくりに見える。もしかしたら今なら反応しようと思えば、反応出来るんじゃないだろうか?
致命傷を避けるために、とりあえず腕でガードだ。ナイフが当たっても今なら痛くないくらい強化されたこの体なら、きっと受けれるはず。
左腕にチクリとした痛みが走った。剣を受け止めた腕は、切断されるどころか軽い切り傷程度にしかなっていない。
「えっ?」
「えっ?」
彼も驚いたが、僕も驚いていた。流石にこのレベルの剣戟を、本当に腕でガード出来るとは思いもしなかったから。
お互いに目があった。彼が「なんでお前も驚いてるの?」といった感じの困惑の表情が見える。気まずい空気が流れた。
「今じゃ!」
完全に時が止まっていたのを、イルナちゃんの声で我に返った。
慌てて右手で殴ると、反応が遅れた彼の顔面にヒット。
そのまま吹き飛び、場外を超えて壁にぶち当たり、ガクリと崩れ落ち気絶していた。
「どんな体をしていたら剣を腕でガード出来るんだ!? 奇抜な格好で目立つだけじゃない、確かな実力を見せつけた勇者マスクマンの勝利です」
遅れて歓声があがる。「さっきはバカにして悪かったな!」「勇者マスクマン最高!」と1回戦とは打って変わって、掌を返したような歓声だ。悪い気はしないけどね。
☆ ☆ ☆
「傷口を見せてください。そのまま客席に戻ればサラさん達に、勇者マスクマンと同じ場所にキズが出来ているのを不審に思われると思います」
控室には今度はフルフルさんが来てくれていた。何度もイルナちゃんと戻れば不審がられるから、事情を聞いたフルフルさんが代わりに来てくれたのだろう。
傷は浅く、フルフルさんの治療魔法で傷跡すら残らなかった。
お礼を言うと、フルフルさんは笑顔で「イルナ様が嬉しそうにしてるお姿が見れるのが、私も嬉しいので」と言ってくれた、本当にイルナちゃんは愛されてるな。
その後の試合も難なく勝ち進めた。
と言うのも、相手が連続で魔術師だったからだ。『混沌』を使った僕に魔法は通じない。どんな魔法も『混沌』の効果で、僕の目の前で全て消えてしまうからだ。
一応腕を振り上げたりして魔法をかき消した振りはしている。そうじゃないと怪しまれるしね。
奇抜な格好のおかげで『混沌』に対しては、そこまで怪しまれているような感じはしない。
変な格好をしている奴が変な力を使っている。でも変な奴だから変なのが普通か、みたいな感じだ。
僕の最後の試合はタッパやピラさんと一緒に居た、筋肉ダルマの男だった。
名前はウッディー、見た目と裏腹に可愛らしい名前だ。
ランベルトさんのメモでは、見た目通りにパワーファイターで、生半可な攻撃では足止めにならないとか。
弱点はちょっとオツムが足りていないからフェイントなどにすぐ引っかかると書かれている。
だけど評価はB。油断は出来ない。
試合開始とともに彼は僕の方へ歩いてきて「正々堂々と、純粋な力比べで勝負だ」と言ってお互いの両手で掴みあい、手四つ状態にさせられた。これだけ体格差があるのに、正々堂々力比べって何を言っているんだ……
純粋な力比べでは僕が負けていた。うん、純粋な力比べではね。
『混沌』発動中は僕の掌から精気を吸い取る状態になっている。数秒もしない内にウッディーさんは徐々に手の握る力が弱っていき、よろけた所をぐるんと回して場外に投げ飛ばした。
こうして僕は、2次予選へ駒を進めた。
☆ ☆ ☆
控室を出た際に、サラとバッタリ出くわしてしまった。
「ねぇ、エルクちょっと良い?」
いや、僕を待っていた感じか。もしかして正体がバレてしまったのだろうか?
「なんであんな変な格好で、参加してるの?」
もしかしなくてもバレバレだったようだ。
確かに勇者マスクマンが出ている時に僕が居なければ怪しむのは当然か。下手に隠せば不信に繋がるかもしれないけど、正直に全部話すわけにもいかないし。
「あの格好は理由があって、今は言えないけど。今度ちゃんと話すから待ってて貰って良いかな?」
「わかったわ」
「そうだよね、でもどうしても言えない理由が……って、えっ?」
「だから、待っててあげるって言ってるの」
少し呆れ気味に、半眼で僕を見ている。
聞かなくても良いの?
いや、聞かれても答えれないんだけどさ。
「別に秘密の一つや二つくらい誰だってあるでしょ。今は言えないなら無理に聞かないから良いわ」
聞き分けが良くて助かる。
「もしかして、アリアやリンにもばれてたりします?」
「アリアは何も考えてないだろうし、リンはマスクマンをキラキラした目で見てたから、多分気づいてないんじゃないかしら?」
そっか、他の人にばれてないなら一安心だ。
イルナちゃん達の名前が出てこないって事は、彼女達が協力者と言う事にも勘付いているのだろう。
☆ ☆ ☆
しばらくしてから観客席に戻ると、サラはまたアリアと組み手と言う名の争奪戦を行っていた。
僕がオヤツに焼いてきたクッキーを取り合いしているようだ。
予選最後の試合が始まっているのに、そっちには興味が無いと言わんばかりだ。
「エルク、エルク。ちょっと良いですか?」
隣に座るリンが、僕の方のすり寄ってきて、片手で声が漏れないようにしながら、小声で話しかけてきた。その姿が可愛らしいので頭を撫でてみたが無反応だ。
「どうしたの?」
リンに合わせるように、顔を近づけ小声で答える。
リンは争奪戦を繰り広げてる二人をチラチラと見ながら。
「さっきのマスクとマント。今度貸して欲しいです」
「えっ?」
思わず普通に声が出た。
シーッと口に指を当てて、もう一度争奪戦をしている二人を見ていたが、こちらには気づいていない様子にホッと息をついていた。
「ごめんごめん。リンは正体に気付いてたの?」
「はい、すぐに気づいたです」
そっか、バレバレだったのか。
「大丈夫です。サラとアリアはずっとあの調子だから、多分気づいてないはずです」
サラにはもうばれてるんだけどね!
「そっか。うん、いいよ。洗ったら貸してあげるね。でも来週の二次予選でまた使うからそれまでには返してね」
「はいです」
貸してあげると言うと、リンはパァっと明るい笑顔になった。正直あんなダサい衣装のどこが良いかわからないけど、それはあえて口にしない。わざわざ水をさす必要もないしね。
ちなみにアリアとサラの争奪戦は、シオンさんが介入することにより更に熾烈を極めたが、最後はイルナちゃんとフルフルさんの説教で争いの幕を閉じた。
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