第4章「ヴェル魔法大会」

第1話「僕の戦い」

 選手用の控え室で僕は今、一人でイスに座って俯いている。

 周りには僕以外の参加者が居て、グループになってだべっている者、イスに座り精神統一をはかる者、落ち着かずにウロウロしている者、様々だ。


 少し前の僕と言えば、剣の才能も魔術の才能も無く、イジメが原因で引き籠っている、さえない人間だった。

 働きもせず、父のスネをかじっているだけの、底辺と言っても差し支えないような。

 僕は父から家を出て冒険者になるように促され、3人の女の子と出会った。

 彼女達と出会い、パーティを組み、苦楽を共にする事で少しづつ変われた。

 

 そして今、僕は力を手に入れた。

 戦闘では役に立たない勇者の僕が、戦う力を。


 外から司会者の声が聞こえる、僕の出番はもう少し先だ。

 


 ☆ ☆ ☆



 今日はシオンさん、イルナちゃん、フルフルさん、僕、アリア、リン、サラの7人で予選を見に来ている。

 ここで勝った人達が、シオンさんやサラの2次予選での対戦相手になるかもしれないので、視察だ。

 と言っても視察は建前で、本当は僕が正体を隠して参加するためだったりする。

 

「ちょっとトイレ行ってくるね」


 そう言って僕は席を立ち、選手の控え室へと向かう。

 顔を隠した変装でも参加OKなのか不安だったが、毎試合ごとに受付で素顔を確認してもらえば問題ないらしい。

 実際に、素顔を隠して参加する選手と言うのは少なくないとか。


 受付で預かってもらっていたマントとマスクを受け取り、装着。そのまま控え室で自分の出番を待っている。

 胸がドキドキする。アリアが緊張していた時は「あぁ、緊張しているんだな」なんて軽い気持ちで彼女を見ていたが、実際に同じ立場になるとどれだけ緊張するのかがよくわかる。

 無駄に周りが気になりキョロキョロしてしまったり、誰かに見られているという錯覚を覚えてしまう。

 真っ赤なマントに額には『ゆ』と刺繍されたモヒカンの付いた黄色いマスク。そもそも恰好が恰好なのだから、注目を浴びているのは当たり前と言えば当たり前か。


 見ないように下を向いていても、どうしても気になって周りを見てしまう。

 ニヤニヤと僕を見てくる参加者はそこそこ多い、わざと小さなゴミを投げつけてヘラヘラ笑ってくる集団もいる。

 逆に睨み付けてくる人も少なくはない、こちらは単純に気に食わないといった様子だ。

 自分達が努力して鍛え上げた技や魔法を披露する大会に、おふざけで参加して、奇抜なファッションで注目を浴びようとしてるだけの冷やかしと思われているのだろう。

 怒り、軽蔑、嘲笑い、色んな感情で見られて、正直居心地が悪い。


「おいおい、オイラの一回戦の相手はコイツか?」


 ニヤニヤと見下したような笑みを浮かべた3人組が、僕の前に立っていた。

 筋肉ダルマのような男と、やや痩せ気味の腰に剣をかけた男と、その二人の一歩後ろで高圧的にしてる男の子で、話しかけてきたのはこの子か。


「オイラのデビュー戦が、こんな弱そうな奴で良いのか?」


 シシシと笑い声をあげながら、明らかに挑発してきている。

 何かあった時の為か、わざわざ二人の影に隠れるようにしながら。


「いやいや、お前も弱いからこれ位が丁度良いさ」


「初めてなんだ、いきなり変なのと当たるよりはマシだろ。見た目は変だけどな」


 そう言って筋肉ダルマのような男は僕の背中をバンバン叩き、3人でゲラゲラと笑っている。

 見た目からわかる通り、彼の腕力は強く、背中を一発叩かれるたびに、全身までその振動が届くんじゃないかという位の衝撃を受ける。


「ちょっ、やめてくだ、さい、痛い、です」


 叩かれるたびに声が途切れ、それでも言葉をつなぎ合わせる。

 一通り叩いて満足なのか、それともやめてと言われたら最初からやめるつもりだったのか、僕の言葉に反応して「おお、わりぃわりぃ」と謝りながらすぐにやめてくれた。


「悪いね。こいつは加減ってものを知らないんだ。見てのとおりパワーバカなのでね」


 腰に剣をかけた男性は僕の肩をポンポンと叩き、目を細めキツネのような笑みで心配してくれる。

 

「まぁなんだ。同じ参加者同士、よろしく頼むよ」


 そう言って手を差し出した。

 この人は、この3人の中でも話が通じる人なんだろうな。

 そう思って差し出された手に、僕も手を出し握手をした瞬間。


 ギュッ。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 今手がミシミシっていった!

 痛がり、手を振りほどこうと必死になる僕を、もう片方の手で口元を抑えながら笑っている。

 そして周囲からも、笑い声が響き渡った。


「ごめんごめん、そんなに強くしたつもりは無くってさ。アドバイスなんだけど、これ位で痛がるなら参加辞退しておいた方が良いよ」


 困ったような笑みで、申し訳ないという体を装っているが、喋ってる途中で笑い声が混じっている。

 言いたい事を言って、クスクスと笑いながら、そのまま背を向けて歩いて行った。

 僕の対戦相手の少年は、何度も振り返ってニヤニヤとこっちを見てくるのが少しイラっとした。 


「そんな恰好をしているから、絡まれるんだ」


 僕の事を、気に食わないといった様子で見ていた人が、ポツリと言った。

 


 ☆ ☆ ☆



 名前が呼ばれた、僕の番だ。

 前までの僕ならさっきの出来事でウジウジ悩んでいただろう。でも今は違う。

 弱い僕とはここで別れるんだ。


「次の試合は勇者マスクマン選手対タッパ選手」


 僕が入場した瞬間に、観客が沸いた!

 怒声で。


「冷やかしなら帰れ!」「そういうのは外でやってろボケ!」「なんだその恰好。ダセェにも程があんだろ!」


 散々だ。心が折れそう。

 まだ戦っても居ないのに、既に僕は負けそうだ。

 そしてさっき絡んできたタッパ、ニヤニヤ笑いながらリングに上がったと思ったら、司会の人から声を大きくする魔道具、マイクを奪った。


「この人、さっき握手しただけで痛がって泣いちゃってたんだぜ」


 いや、握手したのキミの仲間であって、キミじゃないよね?

 その時の様子を大げさに身振り手振りで表している、それを聞いた観客席から「そんな奴の試合見たって意味ないぞ、帰れ帰れ」といった野次が飛んでくる。もう泣きたい。


 観客からヤジが飛んでくる中で、アリア達の席を見ると、腕を組みふんぞり返ってイスに座り、ニカっと歯を見せながら笑いかけてくれるイルナちゃんと、僕に頷きかけてくれるシオンさんが見えた。

 正直それが無かったら心が折れて帰ってしまったかもしれない。大丈夫、僕には仲間がいる。

 一気に心が晴れた。イルナちゃんとの修行を思い出し、強くなった自分を思い出す。


「えっと、大丈夫?」


 司会の人が、心配そうな顔をしているが気にしない。

 頷いて、そのままリングに上がり、タッパを睨み付ける。


「お互いがリングに上がりました、それでは準備は宜しいですね! 魔法大会、レディー」


「「「「「「ゴー!!!!!!!」」」」」」


 ゴーの合図になる前に『混沌』を発動させておいた。

 始まりと共に、こちらに向かって走って来る。


 そして腰からナイフを取り出し投合してきた。

 体をそらして避ける。そういえば木にぶつかった程度では大きなケガはしなかったけど、刃物だとどの程度のケガをするんだろ?

 避けた瞬間に、彼の走る速度が急速に速くなった。シアルフィをかけたのだろう。

 目の前まで来た彼が、更にナイフを取り出して投合するのを、もう一度体をそらして避ける。


 何でそらすだけかって? 普通に避けようとしてジャンプをすれば、下手すると場外まで飛んでしまいそうで怖いからだ。


「ふんっ」


 避けた僕に向かい、彼の右手に握った拳が僕の顔面に向かって飛んでくる。見えるけどこれは避けれないな。

 そのまま顔面にパンチを貰い、ガードを固めようとしたところで後ろに回りこまれ、僕の延髄に彼の回し蹴りが入った。

 観客席から笑い声が漏れて聞こえる。


「やっぱりこの程度か」


 そんな諦めと侮蔑の入った笑い声だ。

 僕には、それが”酷く滑稽”に思えた。


 彼の戦闘スタイルはヒット&アウェイなのだろう、回し蹴りの後に間髪入れず距離を取っていた。

 相変わらずニヤニヤしている。実力差を見せつけたと思っているのだろう。


 しかし僕には、ノーダメージだ。

 確かに顔を殴られ、首を蹴られて、その衝撃はあったものの、痛みは無い。

 『混沌』で強化された僕には、彼の打撃では一切ダメージが通っていないのだ。


「次で終わりにしてやるよ」


 しかし、どうしようか? 

 刃物に当たるのは流石に怖いし、かといってノーダメージでも『混沌』をずっと維持しているわけにはいかない。

 

「勇者マスクマンよ、真空勇者ゴマじゃ!」


 その時、イルナちゃんの叫び声が聞こえた。

 僕はとっさに両手を広げ、片足立ちになり回転する。


 特訓の最中に、イルナちゃんと考えた僕の必殺技だ。

 『混沌』の効果中は移動距離の調整が難しいから、もしリング上で移動が困難な場合、相手の飛び込みに合わせて両手を広げて、自分がコマのように回るという攻防一体のカウンター技だ。

 今の僕なら、相当な手練れが相手でもない限り、ちょっと当てただけでも大ダメージを与えれる位なので、当たる面積を広げた技のが有効だと言っていた。

 他にも両手をグルグル回したりする技等がある。どれも見た目だけで言うと、相当ダサい。


 軽く回ったつもりだったけど、緊張で少し力が入っていたのだろう、物凄い速度で景色がぐるぐると変わる。

 回転した際に、手に何か当たった感触はあったから、多分タッパに当たったはず。


 一旦止まり、目を回しながら周りを見てみるが、僕と司会の人しかいない、あれ? タッパはどこに行った!?

 皆があっけに取られたような表情で空を見上げている。釣られて僕も空を見ると、勢いよくきりもみしながら空高く打ちあがり、弧を描き場外に落ちていくタッパの姿が見えた。


 場外に落ちたタッパを見て、僕は前後左右にステップしながら、最後に右手を高く上げた。

 勝利の決めポーズをしているように見えるが、実はどの程度移動距離が調整できるか計るためだ。タッパは場外に落ちてるから、もしミスって僕が落ちても負けにはならない。

 何となく距離感は掴めた。これで次回以降の対戦で少しは移動が出来る。


 観客席からは拍手はまばらだ。

 ふざけた格好をした奴が、ふざけた技を出したが、威力もふざけすぎていて反応に困るといった様子か。


 泡を吹きながら白目を向いたままピクピクしているタッパがタンカで運ばれるのを見届けてから、僕は控え室へ戻った。

 

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