第3話「底辺冒険者、再び」
「今日は良い天気だなぁ」
日光の降り注ぐ太陽を見て、思った事を独り言のように口にする。
僕は今、宿の外で桶と洗濯板を使い、衣類の洗濯をしている。本日は絶好の洗濯日和だ。
なんで洗濯なんかしているかって? そりゃあ勇者ですから、勇者の仕事の一つに洗濯があるので。
洗濯籠の中には、僕の衣類の他に彼女達の衣類も入っている。
最初の頃は彼女達の下着等にドキドキしていた僕も、最近では心を無にして洗えるようになってきた。
アリアやリンは僕が洗濯する事に最初から抵抗が無く、普通に衣類や下着を渡してきたけど、サラは最後まで抵抗していた。
「自分で洗うから良い!」
そう言っていたのも3日目までだ。力を入れ過ぎて自分の衣類を何着かダメにしてしまい、顔を真っ赤にしながら物凄く嫌そうな顔で「私のも一緒に洗濯をお願い」と言ってきたっけな。
最初の内は僕が変な事しないか、洗濯の見張りをしにきたりしていたけど、慣れてくるにしたがってそういう事もしなくなってきた。
「エルク。そろそろ行くです」
「これ干したら行くから。もうちょっとだけ待って」
「はいです」と元気よく返事をしたリンがこちらに来て、洗濯に使った道具を片付けてくれる。干すのを手伝うには身長が足りないからね。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はいです」
☆ ☆ ☆
魔法都市の中央に存在するコロシアム、その隣にある冒険者ギルド。
僕らは今、その冒険者ギルドの前に来ていた。今日の目的はゴブリン討伐だ。
先日ローズさんと約束していたゴブリン討伐を、本当は学園が休みの昨日行くつもりだったけど、魔法大会に僕が参加する事にしたため、1日ずらして今日行く事にした。
今日のメンバーは僕、リン、ローズさん、ピーター君、そして「一緒に行きたい」と志願した男女2人の計6人だ。
男子生徒の方は「なんで僕まで、まぁたまには良いけどさ」とブツブツと独り言のように呟いている。
女生徒は、そんな彼に後ろから抱き着いて「たまには良いじゃん、最近剣術を教えてもらったから、アンタ位は守ってあげるし」と言っている。抱き着かれた方は顔を真っ赤にしながら「わかったから離れろよ」と言っている。
二人は幼馴染だそうで、何というか微笑ましい。
「二人は付き合ってるですか?」
そんな微笑ましい二人に、リンが爆弾レベルな質問をしていた。
二人は手をブンブン振りながら、声を揃えて「そんなんじゃないし」と言っているけど、どう見てもカップルにしか見えない。もう付き合っちゃえよ。
「俺達はただの幼馴染だし、こいつは昔からくっつきたがるだけだから!」
「そうそう、私達ただの幼馴染だし。だからくっつくのが普通だし」
そう言って墓穴を掘った女生徒は、ガッカリしつつも男子生徒の腕を両手でキープしている。勢いで告白しちゃえば良かったのに。
もう付き合っちゃえよ(二度目)。
僕らはそんな二人を生暖かい目で見ていた。
「おう。ここはイチャつく場所じゃねぇぞ」
そんな感じで冒険者ギルドに入った僕らを見つけて、ニヤニヤと卑下た感じの笑いを浮かべた男性、ランベルトさんが話しかけてきた。
いつもと違うメンツに気付き、顎に手を乗せて何やら考え込んでいる。
「そいつらは?」
「学園の同級生です。冒険者志望なのでゴブリン討伐を体験してみませんかと誘ってきました」
「ほほう、つまり期待の新人か。それなら先輩冒険者として良い所見せないとな、お前ら好きな物頼んで良いぞ。討伐前に腹ごしらえは冒険者の基本だ」
そう言って僕らをテーブルに座るように勧めてくる。
申し出はありがたいけど、何か裏がありそうなんだよな。ランベルトさんのパーティの人達を見るとさっと目をそらすし、怪しい。
お腹いっぱいだからと言って、遠慮しておくべきか。
「そういえば先日の飲み会も、どっかの誰かが話を聞くふりして酒をガンガン飲ませてくれたしなぁ」
誰だそんなことをした奴は! 僕だ。
根に持って言ってるわけじゃないだろうけど、非常に断りづらい雰囲気になった。
リン達は「何かあったの?」と言った感じで僕を見てくる。適当に笑ってごまかして流したけど、ランベルトさんは笑顔でずっと僕を見てくる。もう逃げられないなこれ。
諦めて席に着き、注文した料理に手を付けた辺りで、ランベルトさんが話し始めた。
「実は駆け出し冒険者のパーティに亀裂入っててよ。ちょっと他の人間とパーティ組ませて、第三者の意見としてどうか聞かせてやって欲しいと思ってよぉ」
またか。
思い切りチラチラとこちらを見ている。
「リンは構わないです」「私もエルク君と一緒なら構わないかな」「お、俺も別に」「こいつ一人にすると何するか不安だから一緒なら俺は構わないが」「私もコイツと一緒なら構わないよ」
特に異論が無いようだ。
食卓ではローズさん達が、ランベルトさん達に色々と質問をしている。
ピーター君と女生徒は最近は剣術を習っているので、その事でランベルトさんや剣士風の男性に質問をしたり。
逆に杖を持った魔術師っぽい人達から、質問をされたりしていた。学園に通っていない魔術師にとってはローズさん達の知識は喉から手が出るほど欲しい物なんだろうな。
多少関係が良くなったとはいえ、彼女達は学園の生徒だ。冒険者の中には彼女達の存在を不快に思ってる人も居て、遠巻きに睨んでくる冒険者も居るが、そんな連中をランベルトさんがひと睨みするとサッと顔を背けた。
ドアベルの音に反応して、ランベルトさんが視線を向ける。
「おお、来たか。ちょっとこっち来いや」
ドアに立っていたのは、赤髪がトレードマークのグレンとそのパーティ。グレン愚連隊だ。
その隣には新顔が3人並んでいる、腰に剣をかけた剣士風の男性と、少しおどおどした感じで弓を持った女の子、それと村人っぽい恰好の少年だ。
「ランベルトさんおはようございます」「「「「おはようございます」」」」
グレンの挨拶に続いてパーティの人達も続けて挨拶をしている。女の子は挨拶のタイミングが遅れたようで、ワンテンポ遅れて今にも消え入りそうな声で「おはようございます」と言っている。
それが気に入らないのかグレンが軽く一睨みをして舌うちしている。女の子は気が弱いんだろうな、ビクっとして縮こまったように背を丸めて目を伏せている。
グレンの態度は相変わらずだった。またこいつらと組むことになるのか。
「おう、お前ら。パーティ内で喧嘩したんだってな」
ランベルトさんの問いかけに対して、グレンと一緒に居る剣士風の男性が同時に言い訳を始めている。
話も聞かずに突撃する馬鹿が~とか、役にも立たない斥候の話を聞く必要が~とか、最終的には乏し合いだ。
見ている分にはどっちもどっちにしか見えない。と言うか本人たちの主観で話してるわけだから、他の人間にわかるわけがない。
「だから一回エルク達とパーティを交換して、どこが悪いか聞いて来い」
半ば強引なランベルトさんの態度だが、グレン達は何やら言い含められて、ムスっとした顔をしつつも頷いていた。
しかし、そんなので効果があるのだろうかと思うが「お前さんが前に言った内容を、グレン達はなんだかんだで素直に聞いてるからな」とランベルトさんが僕に耳打ちして教えてくれた。
その割にはグレンは僕に対して態度が悪いけど。今も舌打ちをしながら睨み付けてくるし。
☆ ☆ ☆
街の門から出て、グレン達のパーティと別れた。
パーティシャッフルの内容はグレンのパーティからヨルクさん、ベリト君、そしておどおどした弓士の女の子が僕のパーティに来て。
代わりに幼馴染カップル(仮)とピーター君がグレンのパーティに行くことになった。
ピーター君と女生徒は剣士志望でもあるから、グレンやそのパーティの剣士風男性の動きを見ていろいろ勉強できるだろうという計らいだ。
逆にヨルクさんとベリト君は、ローズさんに色々と魔法について教えてもらうように言われていた。
そして弓を持った女の子、彼女は『気配察知』の能力を持っているだとか。リンも同じ能力を持っているから、その能力をちゃんと扱えるように教えてあげて欲しいと言われていた。
「普段からリンがモンスターが居るかどうかわかるのって、『気配察知』の能力のあるからなんだね」
知らなかったので、素直に感心してみる。
「今まで『気配察知』ある事を知らずに、リンの言葉を正直に信じていたとか、エルクはバカですか!?」
驚かれてしまった。信頼って言ってほしいなぁ。
っといけないな、これだと身内だけで会話してパーティの意味がなくなってしまう。
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名前はエルク。職業は勇者です」
なので、まずは自己紹介だ。
「リンはリンです。斥候やっているです」
僕らが名乗りあうと、それに続いて一人づつ名乗っていった。
「あ、あの、エリーです。その、斥候なんかをやってると思います」
物凄く自信なさげに、消え入りそうな声だった。
彼女はもじもじしながら、目が合うとすぐに目を伏せてしまう。自分に自信を持てないのだろう。
何となく既視感を感じてしまうが、僕は流石にここまでおどおどしてはいなかったかな。
「うじうじしてる時のエルクに似てるです」
えー。
ここまで酷くないよね?
☆ ☆ ☆
さて、ゴブリン討伐は順調そのものだった。
ローズさんにゴブリン討伐をさせてあげるのが目的なので、いつものようにリンが『瞬歩』を決めて終わりではなく、連携の訓練をする感じで戦っている。
単体の時は僕がゴブリンの攻撃をいなしながら、距離が空いた隙にローズさんが魔法でとどめを刺すといった感じだ。
初めての実戦ではあるが、園内で何度もやった模擬戦通りに動けている。多少緊張しているようには見えるが、恐怖で足がすくんだり動けなくなったりしていないので多分大丈夫だろう。
ゴブリンを探す合間に、エリーさんがヨルクさんとベリト君に魔法を教えたりもしている。
ヨルクさんもベリト君も魔法は初級までしか使えなかったのが、彼女に教えてもらい、中級の魔法もいくつか使えるようになっていた。
こんなに早く習得出来る物なのか? と思ったけど、「元々基礎は出来ているし、初級魔法を何度も反復して使っていたから、中級魔法も教えてもらえればすぐ使えるくらいには成長していたんだと思うよ」とローズさんは言っていた。
そんな彼女に教えてもらい、なにか一つ覚えるたびに「すごーい」と笑顔で褒められると、ヨルクさんもベリト君も顔を真っ赤にしながら頷いてる。
多分彼らが魔法を覚える一番の理由はローズさんに褒められたいからなんだろうな。
それがモチベーションに繋がりやる気になる。良い事だと思う。
斥候役のエリーさんも、問題なく探索が出来ている。
モンスターが近づくと「あ、あの、この先にモンスターが居るかもしれないんですけど」と消え入りそうな声で教えてくれる。
毎回モンスターの数もちゃんと合ってるし、何も問題ないように思えるんだけど。
「リン、エリーさんって普通に斥候出来てると思うんだけど。何か問題あるのかな?」
冒険者ギルドでグレンが「斥候が役に立たない」と言っていたのが気になった。
「リンも別に何も問題ないと思うです」
一体何が問題なんだろう?
本人にも聞いてみようかな。
「エリーさん。普通に斥候出来てると思うのですが、グレン達が何で文句言ってるんですか?」
「え……あ……あっ……」
話しかけてみたけど、何か様子が変だ。
「どうしたの?」
「あっ……」
何度か「あっ」「えっ」を繰り返し、しまいには俯いてシクシクと泣き出してしまった。
どうしよう、何か悪い事を言ってしまったのだろうか?
僕に褒められて感極まって泣いてしまった。という感じでも無さそうだし。
オロオロしながらリンを見るが、リンもどうして泣いているのかわからないらしく、同じくオロオロしていた。
ローズさんは「何してるの?」って顔で見てるし。
「あぁ、エリーは男性恐怖症らしくて、男とはあまり会話出来ないそうだ」
ヨルクさんとベリト君から話を聞く限りではこうだ。
彼女は元々裕福ではない家で生まれ育った。しかし裕福ではない家なため、彼女は『体を売る』仕事につかされそうになったのだ。
もし男性として生まれていれば、勇者になるという選択肢があったが、女性は勇者になれない。学もなく、年端もいかない彼女が働ける先は”そういったお店”だけだった。
お店に売られそうになった彼女は逃げ出した。もし普通の少女なら逃げきれなかっただろう。だが彼女はこの時に自分の能力『気配察知』に目覚めたのだ。
自分を追う人間が大体どこにいるかわかり、必死に逃げて逃げて、その際にたまたま逃げ込んだ先の冒険者ギルドに保護された。
彼女の話を聞き、職員は彼女が『気配察知』の能力がある事に気付く。こういった能力を持っている人間は稀で、ギルドとしては優秀な能力を持つ人材を手放したくない。
なので彼女に斥候として冒険者になる事を勧め、彼女も身売りをするよりかは、とこの仕事を選んだのだが、その時のトラウマで男性と上手く話せなくなったのだと。
そして、それが原因でグレン達と上手く行っていないそうだ。
なるほどね。ヨルクさんとベリト君の話しを一通り聞いて思った。
そういう大事な事は先に言おうよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます