第16話「ヴェル魔法大会、3回目の予選」

 あれから3日。

 他にパーティの役に立てることが無いか、色々とイルナちゃんと調べて回った。

 しかし結果は芳しくない。彼女達は戦闘以外の事も、大体は自分達で出来てしまうのだ。

 改めて彼女達の万能さを思い知らされる。

 

 

 ☆ ☆ ☆



 ――北予選会場――

 ――選手控え室――

 3回目のヴェル魔法大会の予選が始まる。

 事前に大会の参加選手に調べていたことを、サラは快く思わない。なんて事は無かった。

 

「あのバケモノ達と戦う必要が無いなら、それで良いわ」


 そう言って、僕の情報を素直に聞き、北の予選会場を選んでくれた。

 僕から見たらB-D評価の人でも、十分バケモノレベルには変わりない気がするんだけどね。


 さて、彼女の初戦の相手は……グレン!?

 名前が一緒なだけかと思ったけど、控え室にはあのグレンが居た。

 彼も魔法大会に参加するのか。


 普段の村人っぽい服装に木の棒とは違い、胸当てと腰当て、それに剣を引っ提げてちゃんとした剣士のような出で立ちだ。

 彼の周りにはヨルクさんとベリト君が居た。彼らはいつも通りの服装だ。

 グレンだけ装備を買ったのか?


「なんだ、エルクじゃねぇか」


 こちらの視線に気づき、「チッ」と舌打ちをして、睨み付けてくる。

 僕とサラを見て、少し不機嫌そうな顔で近づいてきた。


「もしかして、お前も参加するつもりか? それならやめとけ、ケガするだけだ」


 僕が記念参加の、お遊び気分で来ていると思ったのだろう。

 正直イラっときたが、彼が言ってる事は別に間違ってはいない。言い方が悪いけど。


「安心してください。僕は参加しないので」


「じゃあ、何でここに居るんだ?」


「パーティの人が参加するからです」


 そう言って僕は、サラに視線を向けた。

 機嫌が良いのかサラはニコニコしている。

 こうやって笑っていると、本当に美少女なんだよな。

 彼らも彼女の笑顔に、顔を赤らめている。


「もしかして、アンタが参加するつもり? それならやめときなさい、ケガするだけよ」


 彼女は笑顔で、グレンに喧嘩を吹っかけていた。


「あっ?」


 サラの笑顔でデレっとしていたグレンだが、彼女の言葉に態度を豹変させた。


「あぁ?」


 彼女もまた、笑顔からチンピラのような顔になっている。


「はっ? テメェ女だからって、優しくして貰えると思って勘違いしてるんじゃねぇぞ。このブスが!」


「あぁん? 赤毛の猿は猿らしく、山に帰ってゴブリンとチンパンしてなさいよ!」


「泣かすぞ、コラ」 


「やってみなさいよ」


 お互い至近距離で暴言の言い合いをしている。どっちもただのチンピラだ。

 僕がサラを抑え、ヨルクさんとベリト君がグレンを抑える。


「まだ試合前だから! ほら、次の試合は彼とだから、やるなら試合が始まってからにしましょう。ねっ? ねっ?」


「お前が次の対戦相手か、上等だ。観客の前で泣かせてやるからな。覚悟しとけよクソ女」


「逆に泣かせてやるわ」


 「ペッ」と唾を吐き捨て、グレンは二人を引き連れて控え室の奥へ消えていった。

 彼が去っていくのを見届けたは良いが、問題が。

 振り返りたくない。振り返れば般若のような顔でこちらを見ているサラがいるだろう。

 正直怖い。


「で、いつまでそっちを向いてるつもり?」


 僕の頭を掴み、早く振り向けと言わんばかりに力を入れてくる。

 地味に痛い、サラってこんなに力があったっけ?


「えっと……怒ってます?」


 愛想笑いを浮かべながら振り返ると、彼女はニコニコと笑っていた。

 だめだ。チンピラ顔になるよりも怖い。


「で、あいつら何?」


「はい、前にゴブリン退治を一緒にしたパーティです」


「そうなんだ。それで、エルクは私達よりもあいつらと一緒に組みたいと思ったんだ?」


「滅相もございません。サラさん達についていく所存でございます」


 彼女の機嫌を損ねないように言葉選びは慎重にしなければ。下手な事を言えばその瞬間に僕はここで凍れるオブジェとなるだろう。


「そう、ならあいつの事全部吐きなさい。恥ずかしい事とかあれば特によ」


「はい!」


 と言っても1回組んだ程度だから、そんなに詳しくはないけど。 

 一応その時の事を全て彼女に伝えた。


「アイツ、絶対に泣かす」


 僕の話を聞いて笑みを浮かべるサラが変な真似しない事を祈るしかなかった。



 ☆ ☆ ☆



 そろそろサラの試合か。

 結構怒ってたけど大丈夫かな? 参考までにリンに聞いてみよう。


「ねぇ、リン」


「はいです?」


「もしサラに『ブス』とか『クソ女』とか『泣かすぞ』なんて言って、怒らせちゃったらどうなる?」


「えっ」


 リンの顔がみるみるうちに青くなっていく。


「エルクはそんな事、サラに言ったですか?」


「僕じゃなくて、対戦相手の子なんだけど」


「その子は、どのくらい強いですか?」


「キラーファングに勝てないくらいかな。職は剣士で」


 リンは「う~ん」と唸りながら額に中指を当てながら、考え込み。

 そして大きく頷いてから僕を見た。少し諦めたの入った表情をしている。


「生きていれば、人間なんとかなるです」


 それは五体満足でだよね?

 でもグレンだって道場で鍛えていた剣士と聞くし、大丈夫さ。きっと。

 それにサラだって人前なんだから、やり過ぎるって事は無いだろう。きっと。



 ☆ ☆ ☆



 結果は予想通りの物だった。

 「ゴー」の合図とともに、剣を引き抜こうとするグレン。

 だが、彼女はそんな暇すら許さなかったのだ。


「ウィンドボルト」


 風の初級魔法――ウィンドボルト――圧縮した風を飛ばす魔法だ。

 他の属性の初級魔法と比べると威力は低く、当たった部分が燃えたりも凍ったりもしない。

 威力面では他の初級魔法に劣るものの、風ゆえに見えないという利点がある。

 どれだけ速い攻撃だとしても見えていれば対処のしようがあるが、見えないものを対処するのは相当に難しい。


「イテ、イテテテ。おい、ちょ、まて、イッテ」


 何発、何十発と言う風の矢が彼を襲っているのだろう。目に見えないからどうなっているのかイマイチわかりづらい。

 彼は顔の前で手をクロスして、防御の姿勢に入り、風の矢が止むのを待っているようだ。

 並の魔術師だったらそれが正解だ。一旦魔法が止むのを待ち、再度詠唱に入った時に距離を詰めて叩く。


 しかし彼女は並の魔術師ではない。無詠唱で発動させているのだから、止んだとしてもすぐにまた風の矢の嵐が再開するだろう。

 しばらくすると「キーン」と言う甲高い音を立てて、彼の腰にあった剣が鞘ごと場外へ飛ばされていった。

 その時点でほぼ勝負は決していたが、彼女はその程度で辞めるつもりは無かった。

 彼の足元にフロストダイバーを展開し、身動きを取れなくしていたのだ。


「泣いて謝るなら許してあげるわよ?」


 サラは笑顔で優しく問いかけるが、目は笑っていない。


「はっ、言ってろブスが! この程度痛くもかゆくもねぇし!」


 それは彼の精いっぱいの強がりだった。

 目に涙を浮かべ、体には所々痣が出来ている。

 武器は無く、身動きも取れない彼の、最後の抵抗だ。


「へぇ、そうなんだ」


 ニコニコしながらウィンドボルトを発動させるサラ。

 先ほどと違い、一発ごとにグレンが仰け反っている。量を減らして、代わりに一回のダメージが大きくなるようにサイズを変えているんだと思うけど、目に見えないから正確にはわからない。


「サラ、もう彼を場外に送ってあげてよ。それ以上はただのイジメだ」


 僕の叫ぶ声が響いた。

 観客席で叫ぶ僕を見て、彼女はヤレヤレと言った様子で溜息を吐く。


「わかったわ」


 良かった。わかってくれたようだ。


「代わりに、コイツの恥ずかしい話をするわ」 


 えっ?


「まずはゴブリン退治の話からかしら」


 すかさず審判が止めに入る。いや違う。

 彼女に声を大きくする黒い棒状の道具、マイクを渡したし!? 良いのか?


 そして彼女は語り出す。

 グレンが一人でゴブリンの群れに突っ込んで、ボコボコにされた話。

 キラーファングに対し、恐怖からその場で木の棒を振り回した話。

 そして控室でサラに対して「泣かす」と啖呵を切った話だ。


 観客もヤジを飛ばし放題だ「リーダーならちゃんと頭使えや」「怖いなら冒険者やめちまえ」と口々に叫んでいる。

 もはや彼の心は折れていた。

 フロストダイバーで凍らされた足は、既に自由になっているが動こうとはしない。


「うるせぇ! 俺だってまともなパーティメンバーが居れば、こんな事になってねぇし!」


 顔を真っ赤にしながら、自分勝手な発言をして、更に観客をヒートアップさせている。

 最終的に観客と大いに口喧嘩をして、自分からリングを降りて出ていった。


 流石にサラがやり過ぎた気もするし、後で彼には僕から謝っておこう。

 そのまま恨みを募らせて、夜道で襲いかかられたらたまらないし。


 ☆ ☆ ☆



「次の試合は皆様注目のこのカード。かつては神級魔法をも扱えたと言われる、魔法学園の教員にして魔法の研究者。この世の全てが魔法と謳うロマンチスト、ジャイルズ!」


 学園で見かけるいつものスーツ姿に片眼鏡、白髪交じりのオールバックを、今日はいつもよりびしっと決めている。

 それと履いている靴が普段と違う。いつものブーツの下に何故かナイフのようなものが取り付けられていて、凄く歩きにくそうにしている。


「対するは、この街に居る駆け出し冒険者なら誰もが彼に世話になったであろう、厳しくも優しい兄貴分。ランベルト!」


「おいおい、もっとカッコいい紹介してくれよ」


 ジャイルズ先生の対戦相手は、ランベルトさんか。

 メモにはどちらもB+と書いてあったから実力は五分か?

 正直ジャイルズ先生はバランスが取れないのか、足をガクガクさせて歩いているから、どう考えても勝てなさそうだけど。その変な靴脱げばいいのに。

 周りもそんなジャイルズ先生を指さして「学園の変人もここまで来たか」なんて言って笑っている。正直、尊敬する先生がそう言われるのは気持ちが良い物ではない。


 不安そうな顔をしている僕と目が合った先生は、任せろと言わんばかりの笑顔で頷いた。

 もしかしたら、何か策があるのだろうか?


「おいおい、その靴動きにくいなら脱いだ方が良いんじゃねぇか?」


「はっはっは。大丈夫だよ、これで」


「そうかい。まぁ、それで良いなら構わないが」


 ジャイルズ先生は明らかに変な靴のせいでリングに上がるのも一苦労している。

 審判に手伝ってもらいながら、なんとかリングに上り、対戦位置までたどり着いた。


「お互いがリングに上がりました。それでは準備は宜しいですね! 魔法大会、レディー」


「「「「「「ゴー!!!!!!!」」」」」」



 始まった瞬間に、観客の驚きの声が上がった。

 開始とともに、リングが一瞬で氷漬けになったのだ。


 その上をジャイルズ先生が優雅に滑っていた。

 あの靴はそのためか、てっきり武器だと思っていたけど。


「なんてことはない、家庭用水魔法の出力を上げてリング全体の表面を濡らし、フロストダイバーで凍らしただけだよ」


「ほう、氷の上か。だがその程度で俺が止められると思ったか?」


「キミはその程度じゃ止まらないからね。だから止めないよ」


「えっ?」


 ジャイルズ先生は手元にアイスボルトを発動させ、それを家庭用の水魔法で水をかけて徐々に長く大きくして、それは最終的に丸太位のサイズまで大きくなった。

 そして丸太サイズのアイスボルトを脇に抱えながら、氷で足を取られているランベルトさんに突撃していった。

 ジャイルズ先生のアイスボルトにぶつかり、そのままの勢いで後ろに滑っていくランベルトさん。


「ついでにキミの後ろは摩擦が起きないような綺麗な氷にしておいたよ。そのおかげで魔力の大半を使ってしまったけどね」


 ランベルトさんは必死にブレーキをかけようとバタバタするが止まる事が出来ず、あっけなくそのままの勢いで場外に滑り落ちていった。


「魔法というのは工夫だよ。ただ打って当てるだけが魔法じゃない」


 凄い勝ち方だった。発想の勝利と言っても良いレベルだ。

 ただ観客にはウケが良くないようだ。歓声はまばらで拍手が沸かない。


 それでもジャイルズ先生は、満足そうに笑みを浮かべていた。

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