第15話「友達」

 翌日、アリアも皆と一緒に登校した。

 一応何かあったら、すぐ僕たちに言うようには言ってある。

 無理をして、また引き籠ってしまっては意味が無いしね。


「そうじゃ、リン、アリアよ。授業が終わったら少し手伝って貰えんか?」


「何の手伝い?」


 イルナさんの問いかけに、アリアはいつも通りの無表情で答えている。


「学園の生徒で冒険者になりたいと言う者が増えたそうでな。学園長に剣術の指南をしてくれと頼まれ、シオンが担当していたのじゃが、魔法大会の影響か、剣術指南の希望者が増えすぎて手が足らんのじゃ」


 そう言えば、シオンさんやアリアに憧れて、進路に冒険者を希望する生徒が増えたとか聞いた事がある。

 学園としては卒業生を冒険者にするのは、そこまで良い顔をしていないようだが。

 

 逆に冒険者ギルドは喜びそうだ。何故なら魔術師と言うのはレアな部類に入るからだ。

 年単位で勉強をして、魔術を修めて初めて魔法が使える。しかしそんな人材は大抵まともな職に就く。

 だから冒険者になりたいなんて言う魔術師は稀有だ。居ても初級魔術が使える程度が殆どで。


「うん、良いよ」


「すまぬ。恩に着るぞ」


 アリアの答えに、イルナさんは満足そうに頷きサイドテールを揺らしている。

 そんな彼女の様子を、シオンさんとフルフルさんは大切な物を見るような優しい目で見ている。


「でも魔術師なのに、何で剣術を教えるんですか?」


 護身術で身に着けるのだろうか?

 普通の魔術師なら、戦闘では魔法の効果を高めるための杖を装備するから、基本的に剣は持たないし。


「剣士になりたいと言う生徒が多いらしくてな」


「せっかく魔術学園に通ってるのに!?」


 いや、僕も商人になるために通っていたから、魔術師以外でも悪いとは思わないけど。


「あぁ、だから魔法剣士になるように説得してる最中だ。今から剣術を練習した所で剣士になれるのは何年か先だ」


「魔法剣士って……杖を持たないと魔法の威力減るけど良いのかな」


「ここは魔法都市じゃぞ。魔力増幅効果を持つ剣なぞ探せばいくらでもある」


「へぇ、そんなのあるんだ?」


「何を言っておる。お主の持ってる宝剣もそうであろうが」


「宝剣?」


 そんな物あっただろうか?

 腰に下げた二振りの剣を見てみる、アリアから持つように言われた剣の事かな?


「そのファイヤブランドじゃ。もしかして知らずに持ち歩いておったのか?」


 ファイヤブランド?

 彼女は僕の腰に下げた、赤い方の剣を指さしている。

 どんな物なんだろう? アリアを見ると首を横に振っている、彼女もどういった剣なのかわかってないようだ。


「えっと、どういう剣なのか教えてもらっても宜しいですか?」


「構わぬぞ。魔石やモンスターを素材にして、魔力を増幅効果を持つ剣が一般的に魔法剣と呼ばれておる。まぁ杖と比べると効果は低いが」


 杖と比べれば効果が数段落ちるのは仕方ない。

 杖は魔石だけでなく、樹の部分も魔力効果を帯びたものを使い、作られているわけだし。


「そしてお主の持ってる宝剣と呼ばれる代物は、魔力効果増幅だけでなく、誰でも魔法が使えるようになる」


「本当に!?」


 宝剣があれば、誰でも魔術師になれると言う事か!

 魔法が使える事に興味があるのか、リンがチラチラと宝剣を見ている。


「最後まで話を聞け」


「あ、はい」


 すみません。ちょっと興奮してしまいました。

 

「たーだーし、じゃ。使える魔法は限られており、魔法は一度使うと魔力が貯まるまでは再度使用が出来ぬ。それに魔法をまともに扱えぬ物が使った所で威力はタカが知れておるぞ」


「そうなんだ。このファイヤブランドだっけ、これは火の魔法が使えるって事かな?」


「うむ。ファイヤボルト位なら出来るとは思うが、打てても一日一回が限度であろう」


 う~ん、微妙?

 旅の間に火を起こすのに便利な程度か?


「更に上位の物なら、持っているだけで補助魔法効果や、振るうだけで上級以上の魔法が発動する物もあるぞ」


 まぁその殆どが、伝説等で語り継がれているだけで本当に存在するのか眉唾物であるがな、と彼女は補足した。

 履けば疲れずに馬よりも早く走り続けれると言われる『スレイプニール』や、振るうだけで雷を起こすトールのハンマー『ミョルニール』とかの神器のような物か。


「それでは、今日の放課後はシオン、リン、アリアで剣術の指南を行うが、お主らはどうする?」


「はっ。私はサラと、大会に向けての魔法修行です」


「うん、ゴメンそういう事だからフルフルさん借りていくね」


 両手を合わせて、ゴメンねのポーズをしているサラ。

 

「構わぬぞ。エルク、お主はどうする?」


 剣術か、正直僕も教えてもらいたい気持ちはあるけど、今日は学園に残って勉強していきたい。

 学生で居られる時間も残り少ないし、今の内に覚えれることを覚えておきたい。


「ごめん、僕は学園に残って勉強をしていくよ。魔法や色々な知識を覚えておきたいし」


「それでしたら、私達と一緒に魔法の修行に来ますか?」


「初級魔法の練習程度なら、1人でも出来るから大丈夫だよ」


 それに初級魔法もろくに扱えない僕が行っても、邪魔になるだけだ。


「ふむ。それなら妾がエルクの勉強を手伝ってやろう」


「えっ?」


「言っておくが、中級魔法程度なら妾も使えるぞ?」


「うそっ!?」


 思わず驚いてしまった。イルナさんはマスコット的存在だと思っていたのに。

 こういっては失礼だが、僕と同じくらいの能力と思ってたから、ちょっとショックだ。


「むっ、さては妾を無能と思いバカにしておったな!」


「そ、そんな事無いよ」


「どうしますか? 殺しますか?」


「うむ、やってしまえ!」


 その冗談、笑えないから!

 と思ったら、サラ達にはウケてたようだ。



 ☆ ☆ ☆



 アリアは問題なく今日一日過ごせたようだ。

 最初は彼女が来たことで、色んな生徒が集まってきてちょっと不安がってはいたけど。

 不安になった彼女が、僕の背中を掴みながら陰に隠れるのを見て一部の生徒、と言うかアリア派の子達からは凄い目で睨まれた。

 更に一部からは、僕の事を「騎士の君」を守る姿から「姫騎士の君」と呼ばれるようになったとか。男の僕に『姫』はいらなくない?



 ☆ ☆ ☆



 放課後、僕はイルナさんと二人で図書室で勉強をしている。

 魔法関係の書物を色々見ているが、僕が欲している内容の物は見つからない。


「そもそも、お主は一体どういう物を探しているのだ?」


 積み上げた書物を、僕が読み終わったら片づけてくれている。

 その本の内容をパラパラとめくり、一冊一冊彼女も内容を確認していた。

 

「えっとですね。実は僕、魔法の適性がないんですよ」


「魔法の適性がないとは、地水火風、それに補助回復も含めてか?」


「はい。全部です」


 学園に入ると受けさせられる魔法適性検査。普通はどれか一つくらいは適性が出る。しかし僕は全部出なかった。

 そして落ちこぼれと言う烙印を押された。


「全部と言うのは、これまた珍しいのう」


「はい。ここまで才能が無いのは初めてだと言われました」


「何かの間違いで、もう一回調べたらちゃんとした結果が出たりするかもしれんぞ?」


「いえ、何回か調べなおしてもらったのですが。結果は変わらなかったです」


 イルナさんは「ふむ」と言いながら腕を組む。

 首を傾げながら、何やら難しい顔をして、ため息をついた。


「ならば、諦めよ」


 僕の隣に座り、積み上げた書物を退け、じっと目を見て話しかけてくる。

 諦めろか。それは僕自身が何度も思った事だ。

 諦めて違う事を頑張ったほうが良いと。

 でも、彼女達が日に日に強くなっていくのを見て、差を感じてしまう。

 「パーティから追い出す気は無い」とサラは言ってくれたが、だからこそ余計に引け目を感じてしまう。


「とある人物が昔、実験をしたことがある『まったく適性の無い属性の魔法を、どこまで使えるようになるか』という実験だったのじゃが」


 そんな実験があったのか、この学園では聞いたことが無いから魔族側の土地で行われた実験だろうか?

 生唾を飲み込む、どうなったか聞きたい。だけど怖くて聞きたくない。相反する感情が僕の中で渦巻く。


「一生をかけて、中級魔法すら使えんかった。初級魔法も威力は低くて使い物にならん程の」


 その人は、得意魔法は特級まで使えるほどの人物だった、との事。

 それはつまり、僕が一生をかけても使い物にならない初級魔法が限度だという事を遠回しに教えてくれた事になる。


「魔術師の道は諦めよ。サラからお主が超級魔法の詠唱を暗記していると聞いた。ならば特級や超級等の長い詠唱を手助けする『詠唱師』の道もあるであろう」


 『詠唱師』

 特級以上の長い詠唱を覚えるのが苦手な魔術師の為に詠唱を暗記して、必要な時に一緒に詠唱する職だ。

 詠唱が長いならメモを取ればいいと言う人も居るが、紙に書いた物を読みながらの詠唱では、紙の媒体を見る、読む、に意識を割かなくてはならないために失敗しやすいので、詠唱師を雇う魔術師は少なくは無い。


 でも特級や超級みたいな高広範囲魔法なんて普段使われることがそんなにない。

 高広範囲魔法は基本、ドラゴンみたいな大型生物や、戦争とかの対軍向けだ。

 つまり、詠唱師になったところで、パーティにとっては必要ないのだ。


「あー、もう。そんな顔するではないわ」


 精一杯涙が出そうなのを我慢する。多分今の僕は相当情けない顔をしているんだろうな。


「とりあえずこれは片づけるぞ。このような書物を読んでも何も役には立たぬ。ならば他に役に立つことを探すべきだと思うのだが」


「そっか……そうだよね」


 出来ないのに無理してやっていても意味がない。気持ちを切り替えないと。

 

「エルクよ、妾もシオンとフルフルと共にいて劣等感を感じる事はしょっちゅうあるぞ」


「えっ?」


「妾はワガママも言うし、それで困らせる事も有る。なのにあいつらときたら、愚痴一つこぼさずに忠誠を誓ってくれて、それに対して申し訳なく感じる事は有る」


「あ、うん」


「じゃが、そんな風に落ち込んでいる所を見せては余計に気を使われてしまうのでな。なのでそんな劣等感は胸を張って笑いとばしてしまえ。こうやってな。アーッハッハッハッハ」


 手を腰に当てて、胸を張って笑っている。

 僕を慰めようとしてくれてるのだろう。


「ありがとう、イルナさん」


「ふん、妾は友達であろう。構わぬぞ」


「えっ、友達?」


「違うのか?」


 みるみるうちに彼女が泣きそうな顔になっていた。

 友達と思っていたのに、相手からは何とも思われてないと言われれば確かにショックか。今のは僕の失言だ。


「勿論友達だよ。そう思っててくれて嬉しかったから、つい聞き返しただけだよ」


 慌ててフォローしてみる。ちょっと嘘っぽいかなと思ったけど、パッと笑顔に変わっていた。


「そうであろう、そうであろう。ならば『さん』付けなどと他人行儀な言い方せずに、イルナちゃんと呼ぶが良い」


「うん、よろしくね。イルナちゃん」


 ちゃん付けと言うのは何か恥ずかしいな。

 スクール君みたいでチャラく感じるし。

 イルナちゃんと呼ばれ、満足そうにアーハッハッハと笑う彼女。

 つられて一緒にアーッハッハッハと笑う僕。


 この後、図書室を管理する教員に烈火の如く叱られて追い出された。

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