第17話「サラ」
サラの2回戦の対戦相手は、ジル先生か。
かつて卒業試験の護衛依頼で、エルヴァン達の引率をしていた教員だ。
何度か学園でも顔を合わしていたが、名前を知ったのはついさっきだ。
ランベルトさんから貰ったメモに、彼の名前は無かった。多分実力がランク外と言う事なのだろう。
サラには「情報が無かった」と伝えたら「大丈夫。何とかして見せるわ」と自信にあふれていた。
いや、これは自信があふれてるんじゃない。殺気があふれているんだ!
卒業試験の護衛依頼の時の事を、まだ根に持っているのだろう。やり過ぎなければ良いけど。
とはいえ、相手は魔法学園の教員。手を抜いて勝てる程簡単な相手でもないか。
そういえば魔法大会なのに、魔術師同士の対戦をあまり見ないな。
見ても一方的だったり、魔法戦士タイプで結局近接の殴り合いになってばかりな気がする。
しかし、今回はどちらも生粋の魔術師タイプで、お互いそこまで実力差があるとも思えない。
魔法大会らしい、ちゃんとした魔術師同士の戦いになりそうだ。
☆ ☆ ☆
観客席に戻ってきた。
隣に座っているフルフルさんに尋ねてみる。
「魔術師同士の戦いってのは、どんな感じになるのでしょうか?」
ちなみに今日の席順は左からシオンさん、イルナちゃん、フルフルさん、僕、アリア、リンだ。
前の席にはスクール君達も居る。
「そうですね。基本はお互いの魔法をレジストし合いながら、隙を見て一撃で勝負を決める感じになります」
腕を組み、考え込む動作をしながら答えてくれた。
レジストか、相反する属性の魔法がぶつかり合ったらお互い打ち消し合ったりする効果だ。
勿論術者の力量で威力や弾数は変わるものの、そこまで差が無ければ大抵は打ち消し合って消える。
魔法同士の相性次第では、一方的に打ち消したりもできる。
「それとジル先生は無詠唱で魔法が使えませんので、ジル先生は相当不利な戦いになりますね」
「そんなにも無詠唱の方が有利になるんですか?」
無詠唱と言っても『動作』が必要だ。
詠唱は魔法をイメージの為にするもので、『動作』をした際に無意識で魔法のイメージを頭に思い浮かべられるようにしたものが無詠唱だ。
喋るよりは確かに早いが、必ず何らかの『動作』が入る。
なので相手から目を離さなければ、打つタイミングはわかる。
「動作は魔法が出るのは分かりますが、どの属性かはわかりません。ですが詠唱はどんな魔法が出てくるか予め相手に予測されますからね」
「なるほど」
詠唱してる時点で「今から●●の魔法を打ちますよー」と教えているような物だしね。
対して無詠唱側は、その魔法に対して有効な魔法を選べば良いだけだ。
詠唱が無いから、相手の詠唱を聞いてから後出しでも魔法が間に合う。
☆ ☆ ☆
二人の対戦が始まる。ジル先生はいつもの黒いフードにタキシード。
何やら策があるのか、メガネをクイッと上げては不敵な笑みを浮かべている。
「生徒にむざむざ負けるわけにはいかないのでね。すまないが勝ちを狙わせてもらうよ」
サラに対してそう言っているのは、秘策がありますよとバラしているような物ではないか?
そういう事はあえて言わずに、意表をつくものだと思うのに。
「悪いけど、可愛い生徒にむざむざ負けてもらえます?」
対してサラは笑っているけど、明らかに目が笑っていない。
やる気が出てるのが一目でわかる、やる気と言うか殺る気だけど。
しかし、彼女をイラつかせる相手と2連続で当たるとは。
もしサラが勝った場合、試合が終わった後の不機嫌なサラに、次の対戦相手の情報を教えに行く事を考えると、今から胃がやられそうだ。
だけど勝つならまだ良い。もしサラが負けでもしたら、どんな八つ当たりが飛んでくるか分かったものじゃ無い。
悪いけどジル先生にはサラのサンドバッグになってもらって、彼女の気分を良くしてくれる事を祈ろう。
「お互いがリングに上がりました。それでは準備は宜しいですね! 魔法大会、レディー」
「「「「「「ゴー!!!!!!!」」」」」」
試合開始とともに、お互い距離を取りながら走り出す。
お互い相手の打った魔法の座標に入らないようにするためだ。
「サラマンダーよ。我が腕を弓にせん」
先手を打ったのはジル先生だった、走りながらファイヤボルトの詠唱を始めた。
「コールドボルト」
サラが杖を向け、ファイヤボルトをレジストするために、コールドボルトを放つ。
まだ詠唱途中のジル先生よりも先に、彼女のコールドボルトが飛来していく。
「ファイヤボルト」
その瞬間、彼女のコールドボルトは音を立てて崩れていった。
彼はファイヤボルトの詠唱をしながら、土の初級魔法ストーンボルトを発動させていたのだ。
何という堂々とした卑怯っぷり!
いや「詠唱した魔法以外打っちゃダメ!」なんていうルールがあるわけじゃないんだけど。
違う詠唱で別の魔法を出すと言うのは、ある意味無詠唱よりも難しい。
火をイメージする詠唱をしながら、頭で土をイメージするのだ。普通はこんがらがってしまう。
「痛ッ!」
ジル先生のストーンボルトは、何発かが彼女に命中していた。
普通なら痛いで済むような威力ではないが、コールドボルトで相殺されているから威力が落ちて、痛い程度で済んでいるのだろう。
その後もジル先生が詠唱をするが、どれもこれも詠唱と発動する魔法が違うため、対応のしようがない。
「サラなら無詠唱で先手を取って決める事が出来そうなのに、何で防戦をしているのでしょう?」
無詠唱で打てるのだから、わざわざレジストをしないで決めれば良い気がするけど。
「今防戦を放棄したら一気に畳みかけられますよ。この状況で決めようとするには、あまりにリスクが高すぎます」
「でもこのままじゃ」
「確かにジリ貧ですね。でもサラなら大丈夫でしょう」
フルフルさんは、特に心配していないようだ。
2週間ほど彼女の特訓をしていたのだから、彼女の事はフルフルさんがよくわかっているはず。
そのフルフルさんが大丈夫だと言って心配していないんだから、勝てる見込みがあるのだろう。
僕が無駄に心配しても仕方ないか。
「サラは勝てますか?」
「はい、勝てます」
断言された。
なら、その言葉を信じよう。
☆ ☆ ☆
お互い走り続けて体力も厳しくなってきているのだろう。
どちらも肩で息をしている。だがジル先生は笑みを浮かべ「まだ余裕があります」といった様子だ。
対して彼女はレジストしきれていない魔法を何発か貰い体力を相当消耗している。大分不利だ。
体には所々アザが出来ている。
「サラマンダーよ。我が前にそびえるは通過せしモノを焼き尽くす障壁の炎。立ち昇れ、ファイヤウォール」
サラの足が止まった。
サラの目の前に3つの炎が上がったのだ、今までは詠唱と魔法が違う物だったのに。
「ウンディーネよ、動きを封ずる足枷となれ、フロストダイバー」
一瞬足が止まった隙に、フロストダイバーで彼女の足を凍らせリングに固定させた。
やられた!
彼はここにきて、普通に魔法を打ち始めたのだ。
「無詠唱は出来ないのですが、別の詠唱で違う魔法を打つという事は得意でしてね」
勝利を確信したのか、立ち止まりメガネの位置を直しながら語り出すジル先生。
サラは忌々しげに睨み付けている。
「ふぅん、それは冥土の土産という物かな?」
「ええ、一度言ってみたかったのですよ。ご安心ください、可愛い生徒を殺す気は無いので」
フロストダイバーで足を固定された今、彼女は動くことが出来ない。
座標を固定された状態になっている。後はジル先生がサラに向けて魔法を打つだけだ。
打って来る魔法をレジストしたとしてもジリ貧でしかない。
かといってジル先生を狙えば、彼女に飛んできた魔法を打ち消すことが出来なくなる。
うまく当たったとしても良くて相打ち、もし避けられでもしたら彼女は身を守る方法が無い状態で、ジル先生の魔法をその身に受ける事になるのだ。
状況は完全に詰みだ。
「それではこれでフィナーレだ」
そう言って風の初級魔法、ウィンドボルトを詠唱し始めた。
飛来する風の音だけが聞こえてくる。
これで終わりか。
しかし、彼女は、無事だった。
足元のフロストダイバーも、彼女の目の前にあったファイヤウォールも消えている。
どういう事だ?
ジル先生のウィンドボルトも全て相殺されたようで、彼女に当たった様子はない。
「正直、まだ隠しておきたかったんだけどね」
右手の杖をジル先生に向けながら、左手の指を動かす。
2発のストーンボルトが彼の左右に向かい飛んでくる、間隔があり、動かなければ当たらない、それくらい2発のストーンボルトは左右に離れていた。
ジル先生が一瞬立ち止まり、ストーンボルトをやり過ごしたが、苦悶の表情を浮かべる。
一瞬止まってる間に、フロストダイバーが彼の足を凍らせていたのだ。
「どういう事だ!? 無詠唱にしても早すぎる!」
狼狽えた様子で叫び声をあげている。ありえないからだ。
彼女にとどめを刺そうとした攻撃が防がれただけならまだわかる。しかし防いだ瞬間に彼女の動きを封じるフロストダイバーも、ファイヤウォールも消えていたのだから。
「誰かが外から援護しているのだろう!」
彼女一人で戦っているのではなく、誰か協力者がいる。そう主張している。
気持ちはわからなくもない。明らかに複数の魔法を同時に発動している。
「いえ。バリアがあるので外からは干渉する事は出来ません」
そういう審判もキョロキョロとしている。どこかに協力者がいるんじゃないかと疑っている様子だが、視線を動かしてみるもリングの周りには審判と彼女達の3人しかいない。
「悪いけど、ここで負けつもりは無いから使わせてもらうわ」
彼女は杖と左手の指を動かす。
ジル先生から向かって左側にファイヤウォールが、右側にファイヤピラーが、そして後ろにはアイスウォールが同時に発動していた。
彼は口をこれでもかと言わんばかりに開けて、驚いている。
3つも同時に魔法を発動させるなんて聞いたことが無い。
観客席からも、驚きと困惑の声が聞こえてくる。
「これが、特訓の成果よ」
驚愕し、もはや完全に抵抗する気力を無くしたジル先生向けてサラがストーンボルトを飛ばした。
そのまま額に当たり、バタリと倒れて動かない。
すかさず気絶したかを確認する審判。
「まさかの3つ同時に魔法を操るという、魔術師史上類を見ない戦い方を見せ、見事勝利したのは、サラ選手!」
サラの勝利宣言と同時に、周りからは今までと比べ物にならない興奮したような歓声が響いた。
彼女に対する声援は、リングを降りて居なくなった後もしばらく続いていた。
そのまま勝ち進み、予選を抜けたサラに、気づけば『ケルベロス《三つの口を持つ魔術師》』という二つ名が付けられていた。
確かに合ってるし強そうだけど、女の子なんだから、もうちょっと可愛らしい二つ名は無かったのだろうか。
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