第3話「冒険者事情」
最強の男キースさんが先導し、道中特にモンスターに襲われることはなく、僕らはヴェルの街の門まで戻ってきた。
「ここまで来れば大丈夫だろ」と言ってキースさんは僕らと別れ、彼は人波に溶け込んでいった。
☆ ☆ ☆
冒険者ギルドに戻り、報告をして依頼完了。ついでにキラーファングの討伐証明部位を渡す。
ゴブリン討伐の報酬は60シルバで、一人15シルバづつの分配だ。グレンがゴネると思ったが、意外にも勇者の僕にも平等に分配している。
キラーファング討伐分は10シルバで、このお金はグレンの治療費という事で受け取りを拒否しておいた。
ゴブリンにボコボコにされたグレンは、ヨルクさんの治療魔法で血は止まっているが、それでもポーションを飲んでおいた方が良いはずだ。
「そこまで言うならありがたく貰っとくわ」
そう言って、ギルドでポーションを購入して彼らはギルドを出た。
僕は席について適当なメニューを注文し、ランベルトさんが来るのを待つ。
☆ ☆ ☆
「よぅ、どうだった?」
「はい、なんとか討伐は成功しました」
しばらくしてから顔を出したランベルトさんが僕の姿を見つけ、同じ席に座る。
ランベルトさんも適当なメニューを注文している。一緒に料理を食べながらグレン達についての反省会だ。本人たちは居ないけど。
「で、どんな感じだったよ?」
注文したスパゲティを、フォークに絡めながらランベルトさんが聞いてくる。
「そうですね。まずはグレンですが『勇者様』な感じですね」
ゴブリンの群れに何も言わずに急に飛び出し、仲間に文句を言い続けた事。
その後、作戦を決めたものの「俺について来い」という、作戦とはいいがたい物だった事を話した。
「お、おう。それは確かに作戦とは言わねぇな」
「はい。実際に曖昧で説明不足な所が多かったです」
「グレンについての問題はそれだけか?」
「あとは仲間への文句が多い事でしょうか。『自分ならこうする』『自分ならこうやって倒した』みたいな感じで一戦ごとに味方にダメ出しして、正直ちょっとうざかったです」
本当はちょっとじゃなく、凄くうざかったけど。
「あぁ、それはリーダーシップを取りたがる奴がかかる病気だな」
病気?
「それは、どんな病気なんですか?」
「色々あるが、悪化すると『俺が6人居れば、最高のパーティが出来る』とか言い出す」
「うわっ……」
それはどうなんだ?
補い合う為の仲間なのに。
「別に俺はそれが悪いとは思わない、足を引っ張るだけの奴が居ないわけじゃないからな。ただ今の自分の実力も考えずに文句言い続ける奴は基本アホだ。そんな事ばかり言っていればすぐに冒険者間で伝わって、誰からも組んでもらえなくなる」
「『自分が6人居れば〜』と言い合ってる人同士なら、組んでもらえるんじゃないですか?」
「基本そう言ってる奴ら同士は何故か集まらん。集まったところで全員がお互いを見下し合ってすぐにパーティ解散するから大丈夫だ」
それは大丈夫じゃない気がする。
いや、周りに迷惑をかけていないという意味では大丈夫なのかな?
「ただ、問題はグレンだけじゃないと僕は思います」
「ほう?」
いつの間にか頼んだ酒のジョッキを片手に、ランベルトさんが機嫌の良さそうな顔で見てくる。
「ヨルクさんやベリト君。彼らも彼らでグレンの作戦に対して全て『はい』と答えてているだけなのも問題だと思います」
「ほうほう。続けろ」
ランベルトさんは酒を煽り、更に機嫌が良くなった気がする。
「グレンが間違うのは、彼らが意見を何も出さずに返事をするからだと思います。結果グレンは自分が正しいと思い込んでしまい、他人の意見に耳を傾けなくなっているんじゃないかなと思います」
「そうだな。正解だ」
わしゃわしゃと僕の頭を乱暴に撫でヘラヘラしていたが、手を離してひと息つくとランベルトさんは真面目な顔つきに変わる。
「あいつらは元々幼馴染で、普通の家の3男や4男で生まれた連中なんだ。続柄の問題で家を継ぐことが出来ず、兄弟からは疎ましがられ、まともに仕事が無い。それで仲良く故郷を飛び出してきたんだ」
冒険者でよく聞く話だ。一般的な家柄じゃなく、家が道場をやっている、教会をやっている場合でも長男じゃないので家に居場所が無く、裕福ではないから学園に通えず、それでまともに仕事に就けずに冒険者にならざる得ない。
「昔から一緒だったから結束力はあるみたいだが、遊ぶノリのままでグレンが決めた事に後からついていくだけの癖が全然抜けてねぇ」
「でも、それって冒険者だと」
「あぁ、死につながるな」
そう一歩間違えれば死につながるんだ。
それは相手がゴブリンだとしても、命の危険が無いわけじゃない。
あの場に僕が居なかったら、ヨルクさんとベリトで残りのゴブリンを倒せただろうか?
もし倒せたとして、その間ずっとゴブリンにグレンが殴られ続ける。木の棒といえども、当たり所が悪ければ死ぬ事だってある。
「かけだし冒険者の死亡事故ってのはな、何も考えずにリーダーの意見を聞き入れて、ちょっと考えれば予測できる事態を回避できずに命を落としていく事が一番多いんだ」
「そうなのですか?」
「あぁ。全滅しなかったとしても、今度はハイハイ言ってた連中が手のひらを返して文句を言ってくるんだ。リーダーをやってる奴の大半はそこで心が折れる」
普段は何も考えずに「はい」と答えてる仲間が、危険にあった瞬間に手のひらを返して文句を言う、か……。
「それなら、そうなる前に意見の一つでも言えば良いんじゃないですか?」
「発言するって事は責任を持つって事だ。そして誰も責任なんか持ちたがらねぇよ。もし責任を持って発言するやつがいたとしたら、そいつはとっくに他のパーティのリーダーになってるか、心が折れた元リーダーだな」
「パーティっていうのも大変なんですね」
「何を他人事みたいに言ってるんだ? お前もリーダーだろ?」
「えっ?」
「えっ?」
驚く様子の僕に対し、ランベルトさんも驚く。
僕がリーダー? そんな馬鹿な。
勇者の僕がリーダーのわけないじゃないですか。普通に考えれば、アリアかサラがリーダーだと思うけど。
「冒険者カードを見てみな。名前の横にLって書いてあるだろ?」
冒険者カードを取り出して見てみる。あっ、本当だ。Lって書いてある。
何で僕が!?
「依頼受注したり、方針決めたりするのをお前がやってたじゃねぇか」
実は勇者の雑用係の仕事の一種だと思ってました。なんて言えないよな。
「まぁそれは置いとくとして。お前のパーティはグレン達と比べてどうよ?」
どうと言われても、実際僕がリーダーと言うのを初めて知ったわけだし。う~ん?
「僕が間違ったらサラが何か言ってくる感じですね。そこでリンが解決案を色々出してくれるけど、アリアは基本何も言わないですが」
アリアは依頼の話をしてる最中でも「お腹空いた」位しか言ってこないな。
ただ、ピリピリした空気をその一言で吹き飛ばしてくれるから、僕としてはありがたい場合が多いけど。
「ほう、良いじゃねぇか。アリアが何も言わないと言うが、全員が全員言いたい事を言ってたら逆にまとまらねぇしな。それでいいと思うぜ」
☆ ☆ ☆
「質問を変えるが、逆にグレンの良い所はあったか?」
「良い所ですか。彼は文句は言うけど、一番危険な役割を選ぶところでしょうか?」
前に卒業試験の護衛依頼をやった時は、安全な所から文句を言う学生ばかりだった。
それに対して彼は文句は言うが、その分危険な仕事を自ら請け負っている。
やり方は悪いが、その姿勢だけは褒められるものだと思う。
「あいつなりに責任感はあるって事だな。それが勇者様になっている原因でもあるが」
「キラーファングに襲われた時も、彼は逃げ出さずに立ち向かいました」
「はっ!? お前らキラーファングに襲われたのかよ!?」
テーブルをドンと叩き、ランベルトさんの大声に周りが反応してこちらを見る。
「あっ」とした顔をして、周りにペコペコしながら「気にすんな」と手を振る。
「大丈夫だったのかよ?」
「キースさんが空から降ってきて助けてくれました」
「あぁ、それなら大丈夫か」
空から降ってきたことは疑問に思わないの!?
もしかして最強の男は、普段から空から降ってきてるのか。
「その時にグレンは恐怖で混乱して、キラーファングから離れた場所で武器を振り回してしまっていましたが、それでも戦おうとしてくれました」
「ハッハッハ。そいつは傑作じゃねぇか」
手を叩いて笑うランベルトさんだが、僕は笑わない。
かつての僕も、ゴブリン相手に恐怖で剣を思い切り振り回して転んでいたし。
「いえ、初めて対面したらそういうものじゃないですか? 僕もゴブリンと初めて戦った時はそんな感じでしたし」
そして彼女達にフォローしてもらったんだっけ、今思い出すと凄く恥ずかしい。
「ほう。その話、もうちょっと詳しく教えてもらおうか」
ニヤニヤしながらその時の話を根掘り葉掘り聞かれ、話終わった後に背中をバンバンと叩かれ「ガハハハ」と思い切り笑われた。チクショウ。
☆ ☆ ☆
気が付けばもう夕方過ぎだ。つい話し込んでしまった。
「そうそう、今日の報酬だ。受け取れ」
少し黄ばんだ質の悪い紙束。
そこには選手の名前、得意な武器や魔法、どの予選に出るかをビッシリ書かれている。軽く100人分は載ってそうだ。
「ありがとうございます」
お礼を言って受け取る。
これでアリア達が勝つ可能性を、少しはあげられる。
「それとエルク。今日組んだ底辺冒険者だが、Eランク辺りまでは基本あんなもんだ」
グレン達を思い出す。
武器が無いから冒険者ギルドの前で挨拶をして誰かから木の棒を貰えるのを待ち、ゴブリンを倒したら持っていた木の棒を回収してやりくりする。
防具なんて当然ない。そこらへんに居る村人と同じ恰好、多分彼らが駆け出し冒険者の本来の姿なのだろう。
それに比べ、アリア達は装備も実力もある。彼女達ならすぐにCランクまで駆け上がるだろう。
もしかしたらランベルトさんは、その時に僕がパーティから追放されたときの事も考えてグレン達と組ませたのかもしれない。
彼女達との感覚は、他のパーティでは通用しない。きっとそういう意図もあったのだろう。
僕はランベルトさんにもう一度お礼を言って店を出た。
「全く、報告なんてデタラメでもバレやしないのに、一生懸命になっちゃって。まっ、そんなお前だから捨てられる心配なんて余計なお世話だったかもな。お前のパーティメンバーはどいつもこいつも、お前のそういう前向きな姿勢が好きみたいだしな」
店を出る際に背後でランベルトさんが何か呟いていたが、店の喧騒で良く聞こえなかった。
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