第2話「底辺冒険者 後編」

 突っ走ったグレンが、1匹目のゴブリンに木の棒で思いきり殴りかかる。

 ヒュッと言う風切り音の後にバキっという鈍い音が聞こえた。見ればゴブリンの頭が凹んでいる、そのままドサリと倒れる、多分今ので死んだだろう。

 そこまでは良かったのだが、グレンが力を入れ過ぎたために木の棒が折れてしまい、武器もないまま残り3匹のゴブリンに囲まれ、ボコボコにされていた。


 すぐさま追いつき、グレンをボコボコにしているゴブリンに剣で斬りかかる。

 僕の剣は刃の部分が短いから剣で斬るというよりは、鈍器で殴りかかるといった感じか。

 振り下ろした剣はゴブリンの首に当たり、骨が折れるような音と共にゴブリンは倒れ、泡を吹きながらピクピクしている。

 首が変な曲がり方をしていて、結構グロイな。


 ヨルクさんは木の棒を武器に、もう1匹のゴブリンと応戦中だ。

 それじゃあ最後の1匹をやろうかな。そんなふうによそ見をした瞬間に最後の1匹が僕に迫っていた。

 ゴブリンなんて知能が低いから、そのままグレンを殴り続けてくれると思っていたのに、失念していた。


 ゴブリンは手に持った木の棒を大きく振りかぶる。

 それをとっさに剣でガードする。剣は真横ではなく少し斜めにして受け流す感じで。

 受け止めた際の感覚で、ゴブリンの木の棒の軌道がちょっとズレたのがなんとなくわかる。この軌道ならそのまま振り下ろされても僕に当たらないはず。僕はそっと剣を手放す。水剣術「無手」のつもりだ。

 剣を手放し、素手になった僕は振り下ろしているゴブリンの顔面めがけて拳を振り上げる。

 ゴブリンの木の棒を振り下ろす勢いと、僕の振り上げる拳の力を乗算したカウンターが上手くゴブリンの鼻を捕らえた。


「グギャギャ」


 ゴブリンの鼻がペシャンコになっている。ゴブリンの鼻は元々ペシャンコなんだけどさ。

 鼻血を流しながらゴブリンは後ずさるが、右手の獲物を離していないからまだ油断は出来ない。


「オラッ!」


 横から出てきてドロップキックをゴブリンにお見舞いするグレン。ゴブリンはモロに受け、そのまま吹っ飛ぶ。

 グレンはすかさず僕が落とした剣を拾い上げ。倒れたゴブリンのお腹に突き刺しトドメをさしていた。


 そう言えばヨルクさんの方はどうなったかな。


「出でよ我が眷属。地獄の業火、ヘルフレイム」


 ベリトが変な詠唱でファイヤボルトを出しているのが見えた。ヨルクさんとつばぜり合いをしていたゴブリンの顔に当たり、ゴブリンの顔が燃えだす。

 顔に火がつき混乱して木の棒を手放し、地面をゴロゴロしたゴブリンを、僕らは4人でボコボコにして倒した。 



 ☆ ☆ ☆



「ハァ……ハァ……」


 何とかゴブリンの群れを退治できた。

 彼らは討伐証明部位のためにゴブリンの左耳を剥ぎ取り、ゴブリンが持っていた木の棒を拾い集める。

 木の棒は彼らの武器にするためだ。余った分はベリトが持ちストックする。

 グレンが本気で叩くと折れちゃうから、何本あっても足りないだろうな。


「お前ら、なんですぐ俺に続かなかった!」


 ヨルクさんがグレンに治療魔法をかけてる間に始まった反省会。

 開口一番にグレンが文句を言い始めた。


 作戦を立てる前に一人突っ走ったのはどこのどいつだ。

 ゴブリンとこちらの数が一緒なんだから、誰がどのゴブリンを担当するか決めれば良いだけだったのに。

 実際ヨルクさんとその打ち合わせをしてる最中だったというのに、話を聞かないで勝手に突っ走って自爆しただけじゃないか。  


「グレンさんが何も言わずに、一人で走り出しただけじゃないですか」


 正直言うとさん付けしたくないけど、初対面でいきなりケンカ腰の呼び捨ては良くないか。

 一応ランベルトさんとの約束があるから、ゴブリン討伐が終わるまでは勝手に帰ったりは出来ないし。


「はぁ? どう考えても、俺が前に出て囮になるから、その間にお前らがゴブリン倒すのがセオリーだろ」


「その作戦でも良いですけど、合図も無しにいきなり突撃されたら何もできませんよ」


「そんなのは状況見て考えれば、言わなくてもわかるだろ!」


 頭が痛くなってきた。

 自分が作戦を立案出来てると思い込んでるようだ。そして他の人が自分が思ったように動いてくれないと不機嫌になる。

 そのくせ説明をするわけでもなく、こちらの意見に耳を傾けようともしない。

 この前の護衛依頼で、エルヴァン達がやってたのと全く同じだ。


 ただエルヴァン達と違う点は、一番リスクが高い役目をあえて引き受けようとしてくれてる点か。

 リーダーと言ってたし、責任感はあるようだけど、彼はリーダーになった事で浮かれてる気がする。

 危険な役目で命を張る自分に酔ってしまってるというやつか。

 確か酒場で、そんな前衛を『勇者様』と聞いた気がする。


「『ここは俺に任せろ』とか言いながら勝手に命を張って、結果状況を悪くする前衛ってのは結構多い。お伽話の勇者様にでもなったような気分の連中だ。そんな奴は『勇者様』と呼ばれて馬鹿にされてるんだ」と酔った冒険者が教えてくれたっけ。


 その後に「うちのパーティは勇者が勇者様したです」とリンが言ったのを聞いて、周りが爆笑していたのを思い出す。


 なるほど。これが先日のキラーヘッドの件で、リンたちが僕に感じた感情か。

 考えればどうにかする方法はいっぱいあるのに、勝手に突っ走って自己満足のケガをして帰ってくる。

 さっきまで彼に対してイラついていたのが同族嫌悪だと思うと、一気に僕の中で何かが冷めていく。


「グレンさん。パーティの為にも、戦うときのルールを決めましょう」


「勇者の癖に仕切ろうとするな!」


 内容も聞かずに怒鳴り散らかすグレン。

 めんどくさいな。アプローチを変えてみよう。


「違います。グレンさんに仕切って欲しいので、ルールをグレンさんが決めてもらえませんか?」


 他人の、しかも勇者の僕が指図してあれこれ決めると、彼は反発する。

 さっきのも、僕とヨルクさんが作戦を立ててたのが気に食わなくて、いきなり走り出しただけかもしれないし。


「……どういう事だよ」


 よし。乗ってくれた。

 ここで彼がルールを決めるように誘導しよう。自分で決めた事なら流石に文句を言わないだろう。きっと。

 「この場合こうしましょう」ではなく「この場合どうしましょう」と聞く感じで。

 

 一通り彼にどうして欲しいか聞いて作戦は決まった。

 彼が前に出るから、僕らはそれを囮にして頑張れという作戦だ。

 正直曖昧過ぎるし、説明不足な部分も多い。


 リーダーとしてどうなの? と思ったけど、他二人は作戦について何も言わずに黙っている。

 こんなむちゃくちゃな作戦なのに、何も意見を言わないこの二人にも問題がありそうだな。



 ☆ ☆ ☆ 



 その後のゴブリン討伐は、色々思うところはあったけど、難なく終わった。

 全員がどう動くかわかっただけでも勝手が違う。ただ僕やヨルクさんはともかく、丸腰のベリト君にまで接近戦をさせようとしたり、無茶な命令をしている事も多々あった。

 

 ゴブリンと戦ってる最中に、ヨルクさんに対して「ゴブリン程度の雑魚、タイマンならさっさと倒せよ」とか、フリーになったゴブリンがベリトにまっすぐ向かってるのに対して「なんですぐに魔法打って倒さないんだよ」とか。自分だったらこうするという机上の空論で仲間に文句を言っているのは、見ていていただけない。

 街へ帰る途中、まだブツブツと二人に文句を言っているグレンに対し、そろそろ口を出すべきか悩んでいる時に、ソイツと出会った。


「グルルルルルルルル」


 ネコをそのまま人間サイズまで大きくしたようなモンスター、キラーファング。

 ツメの威力もさることながら、名前からわかる通り鋭い牙を持っている。

 北の森じゃなく、こんな平原にも出てくるのか。

 相手は一匹とは言え、今の僕らではコイツに勝てない。


「ヒッ」


 ベリト君が小さい悲鳴を上げて、その場で尻もちをついた。

 やばいな、そのままにしておくと真っ先に彼に飛びかかって来るだろう。キラーファングの視線から彼を隠すように対面に立ち、目を合わせる。これで僕が目をそらさなければ、すぐには襲ってこないはず。

 結構危険な状況的だというのに、最近は色々なモンスターと戦ったおかげで恐怖に捕らわれる事無く、冷静に思考が出来る。

 状況を確認すると、ベリト君が尻もちをついてるくらいで、他二人はそこまで取り乱した様子はない。

 倒すのは無理だとしても、追い返すくらいは出来るかもしれない。


「グレンさん、ヨルクさん、相談がありま」


「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 僕が提案する前に、グレンとヨルクさんがキラーファングに向かって走り出していた。

 完全に思い違いをしていた。

 ベリト君だけじゃなく、彼ら二人も既にパニック状態だったのだ。

 冷静に考えればわかる事なのに、勇者の自分が冷静だから二人も冷静だろうと思っていた僕のミスだ。

 キラーファングはDランク冒険者の壁と呼ばれてるのに対し、彼らはまだEランクだ。怖いに決まっている。


 仕方ない。キラーファングの注意は彼らに向いてる。

 囮に使うみたいで気が引けるけど、後ろに回り込みリンのように足を狙ってキラーファングの動きを封じよう。


 キラーファングの後ろに回り込んでみたものの、これ大丈夫かな?

 グレンとヨルクさんは必死に木の棒を振り回しているが、明らかに間合いの外だ。


 多分恐怖でキラーファングが大きく見えているのだろう。

 僕から見るとかなり離れているけど、彼らには恐怖心から、目の前にキラーファングが居るように見えてしまっているようだ。

 

 キラーファングはそんな彼らに興味を失ったように振り返り、こっちに向かって走り出してきた。

 正直勝てる気はしないけどどうする?

 一応盾を構えてみたけど、あいつの突進を受け止めるにはこの盾では厳しいだろう。 

 こちらに走って来るキラーファングの後ろから、彼らも木の棒を振り回しながらこちらに向かって走ってきてるのが見える。

 僕が襲われて抵抗してるうちに、彼らがキラーファングを叩いて追い返してくれることを祈ろう。

 はぁ。これでまたケガをしようものなら、アリアたちに何か言われそうだな。


 目の前に迫ってくるキラーファングが、僕に向かって飛び込んできたその瞬間、空から人が降ってきた。

 見事にキラーファングの上に着地をして、キラーファングの胴体部分はペシャンコになって、周りには臓器が飛び散っている。どうみても致命傷だ。


「あん?」


 僕の目の前に降ってきた人は、軽く辺りを見回してから、足元のキラーファングを見てから、僕らを睨んでいる。


「これ、お前らのか?」


 髪型はモヒカン、と言うにはサイド部分に生え際があるからソフトモヒカンと言うやつだろうか?

 いかつい顔をして、その見た目はどこからどう見てもチンピラだ。サラがたまに見せるチンピラ顔とは比べ物にならないレベルで怖い。

 彼は足元で、ピクピクと痙攣しているキラーファングを指さし、もう一度僕らに訪ねてくる。


「これ、お前らのか?」


「あ、はい。ごめんなさい」


 思わず返事と共に謝罪の言葉が出てしまう。だって怖いもん。

 空から降ってきたチンピラっぽい人は、腕を組んで難しい顔で考え込んでいる。

 そうだ、先にお礼だ。お礼を言っておこう。

 あのままキラーファングと戦っていてもケガをしていただろうし、下手をすれば命を落とす危険性もあった。

 そんな危機的状況で助けられたんだから、相手の見た目が怖くともお礼を言うのが筋というものだろう。


「危ない所を助けて頂き、ありがとうございました」


 頭を下げる。

 頭を下げたまま横を向き、状況が呑み込めていないグレン達に目と顎で「お前らもやるぞ」とジェスチャーしてみた。

 通じたのか3人とも僕の隣まで駆け出して、同じように頭を下げた。


「「「あざーっした」」」


 お礼を言われたチンピラっぽい人は、目を丸くしていた。

 そしてポンと手を叩くと、キラーファングの討伐証明部位である右前脚を切り落とし僕らに渡してくれた。


「いやぁ、横殴りのマナー違反やっちまって文句言われるかと思ってたけど、お前ら襲われてただけなのな」


「あ、はい。僕ら駆け出し冒険者なので」


「そっかそっか。じゃあ討伐証明部位やるから今回の事は許してくれや」


「許すだなんて。むしろ助けていただいき、本当にありがとうございました」


「「「あざーっした」」」


「お、おう」


 見た目は凄く怖いけど、すごく気さくな良い人のようだ。

 睨んでたと思ったのは、多分自分がやらかしたと思って困った顔だったのだろう。僕らがお礼を言うと笑って……てもやっぱり怖いや。

 隣にいるグレン達も、彼の笑顔に愛想笑いをしつつ、冷や汗をだらだらと流している。


「ところでお前ら、この後まだ何か依頼すんの?」


「いえ。俺達はゴブリン討伐が終わって、今帰るトコっす!」


 グレンがビビりながら返事をした。


「そうか。じゃあ俺も街に帰るところだし、ついでに送ってってやるわ」


 彼の実力はわからないが、戦力は大いに越したことはない。

 またキラーファングに襲われたらたまらないし、ここは好意に甘えよう。


「「「あざーっす!」」」

 

「安心しな。どんなモンスター出ても、この最強の男が守ってやるからよ」


 最強の男?

 聞いたことがあるような。あっ。


「最強の男って。もしかして、ヴェル魔法大会で何度も優勝しているキースさんですか?」


「うん、そうだよ」


 彼が最強の男キースさんか、自分で自分の事を最強と言える辺りが凄い。

 相当自分の実力に自信があるのだろう。自他共に最強と認めているだけはある。

 

「マジ最強なんでよろしく!」

 

 彼はそう言って、笑顔で親指を立てた。

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