剣も魔術も使えぬ勇者-無能な僕がやがて英雄に至る物語-

第１８話「仲直りに」

　学園に通って一週間が経った。

　最初の頃は冒険者を受け入れたと言う事で学園内の話題になり、時間があれば色んな学年の生徒がチラチラ見に来ていたが、３日目辺りからは野次馬しにくる生徒がめっきり減った。

　別の意味で教室に来る人は増えたけど。

「アリアお姉さま、これ調理実習で作ったお菓子です。良ければ食べてください」

「うん。美味しい」

「お姉さま、私のも食べてください」

「うん。こっちも美味しい」

　アリアの周りには、下級生の女の子たちが群がっている。

　キラーファングを想定した戦闘訓練を学園の敷地内で行った際に、一部の男子生徒がふざけてキラーファング役の僕を驚かそうとファイヤボルトを打ったのだが、『瞬歩』で僕に近づいて抱き抱え、そのまま全てのファイヤボルトを打ち落とし、見ていた女生徒たちのハートを見事に射抜いたのだ。

　それからは戦闘訓練を行うたびに彼女のファンが増えていった。あまりの人気に一部の女生徒からは「騎士の君」と囁かれているとか。

　ちなみに更に一部からは、僕が「姫の君」とか言われてるそうだ……いや、立場逆でしょ。

　おかげで彼女の言う事を素直に聞く生徒が増えたから、戦闘訓練でちゃんと前衛とコンビネーションが出来る生徒が増えたんだけどね。

　その一方で、彼女にあこがれ「剣士になりたい」と言い出す生徒が増えてしまったらしいが。

　☆　☆　☆

「あぁもう、リンちゃん可愛い」

「ちょっと、私にも撫でさせてよ」

「じゃあ私はリンちゃんを膝の上に乗せる」

「チッ」

「「「キャー、可愛い！！！」」」

　リンはリンで年上の女の子達から可愛がられていた。どっちかと言うお人形扱いのような気もしないけど。

　最初の頃は、獣人と言う事で奇異の目で見る人も少なくは無かったが、それも最初の内だ。

　慣れてくるにつれ、獣人と言う事は誰も気にならなくなり、マスコットのように扱われるようになった。

　リンの舌打ちに最初は場の空気が凍ったが、舌打ちは照れ隠ししてるだけだと教えたら「恥ずかしがって舌打ちしてる姿がたまらない」とウケていた。

　☆　☆　☆

　隣のクラスではシオンさん達も人気らしく、どちらの剣士が好きかでアリア派とシオン派の派閥が出来ているとか。

　それが原因で、争いにならなければ良いけど。

　フルフルさんは無詠唱で特級魔法が使えるので、生徒からも教師からも相当注目を受けている。

　何よりも彼女の大きな胸が、魔法を打つたびに大きく揺れる事から、彼女を見て「おっぱいフルフルさん」と呟く男子生徒が居るとか居ないとか。

　この一週間だけで、冒険者や他種族に対する学生の態度は大分変わったと思う。

　結局のところ、冒険者と言うモノをよくわかっていなかったから、学生がどう接すればいいか分からなかった。そこが問題だった気がする。

　こうやって学園で触れ合い、話を聞いて理解するのが大事なんだ。

　そういう意味では、今回学園が冒険者を受け入れたのは、大きな進歩に繋がったと僕は思う。

　☆　☆　☆　

　ちなみに、エルヴァンとリリアだが、二人は学園を去っていった。

　お漏らしの件で同級生からも下級生からもからかわれ、その後３日間寮に引き籠り、退学届けを出した。という話をスクール君が教えてくれた。

「エルク君は１年もイジメに耐えたのに、イジメた本人は３日も耐えられないとか。ざまぁないね」

　心底嬉しそうに笑うスクール君。

　ははっ、と苦笑を浮かべる。確かにざまぁないと思う気持ちはあるけど、彼らには罰よりも、リンに対する謝罪が欲しかった。

「でもさ、エルヴァン達は後は卒業試験だけだったんでしょ？　辞めるのは勿体なくない？」

「卒業試験を受けようにも『お漏らしエルヴァン』で有名になっちゃって受け入れてくれる班が無かったみたいだよ。そのまま卒業出来なければ、この学園でもう１年『お漏らしエルヴァン』と呼ばれながらやり直さないといけないしね」

　エルヴァン達が引き籠っている間に、ローズさん達は卒業試験を合格したので、エルヴァンとリリアは別の班に入れてもらい卒業試験を受けるという話になった。

　しかし今回の件で彼らは仲の良いグループの人間から見放され、リンや僕らに対する言動で色んな学生からもヘイトを集めている。普段の素行の悪さも相まって、もはや学園に彼らの味方が居ないと言っても過言でないほどに。

　だから、学園を去る以外の選択肢が残されていなかったのだろう。

　☆　☆　☆

「ところでスクール君、そんな事よりも相談があるんだ」

　昼休みになった。

　相変わらず人気の彼女たちを置いて、僕はスクール君と屋上でお昼を取っている。

　彼女たちの人気が落ち着いたら、スクール君やシオンさん達もお昼を一緒にしたいな、なんて思っていながら。

　しかしそれには一つ大きな問題があった。

　サラだ。

　最近サラと上手くいっていない。

　前にスクール君と謝りに行って以来、サラが僕にそっけないのだ。

―――

「料理を作るから一緒に作らない？」

「いい」

―――

「魔法で教えてほしい所があるんだ」

「先生に聞いてきなさい」

―――

「やっぱり、まだ怒ってる？」

「別に」

―――

　取りつくしまもない。話そうにも、これでは会話に発展できない。

「そんな感じで、サラにどう接すれば良いかわからないんだ」

「なるほど。それは大変だ」

　大変だと言いながら、スクール君はもぐもぐとお昼ご飯を食べている。深刻な悩みなんだから食べるのは後にして欲しい。

　こうなった原因が誰にあるのか追及しようか？

「エルク君。キミは女の子の扱いは上手いのに、アプローチは下手なんだね」

　そう言って、彼はフォークを僕に向ける。

　色々ツッコミを入れたいけど、スクール君には何か手があるようだ。

　とりあえず話を聞いてから、彼をどうするか決めるとするか。

「良いかい？　サラちゃんはリンちゃんの為を思って泣いちゃうくらい、心が優しい女の子なんだ」

「そうだね。僕もそう思うよ」

「そして今はリンちゃんの事で、キミに対して色々思う事があるわけだ」

「ふむふむ」

「ここまで言えば、会話の糸口はどうすれば良いかわかるだろ？」

　なるほどね、つまり。

「リンをダシにすれば良いって事？」

「エルク君。キミ女の子に対して、ダシとかはちょっと……」

　スクール君が頬を引きつりドン引きしている。

　お前が言うな！

　っといけないな。ちょっと心が乱れた。

「正解は『今回色々あったから、謝罪も込めてリンちゃんにサプライズでプレゼントをあげたいんだ。だけどリンちゃんの好きそうな物がわからないから、一緒に選ぶの手伝ってほしい』と情けない顔をして頼めばいいのさ」

「一緒じゃん……」

　それをダシに使うって言うんだよ。

「ダシに使うという言い方がダメだね。実際リンちゃんへのご機嫌取りにもなるし一石二鳥だろ？」

　複数の女の子のご機嫌が取れて一石二鳥という言い方もどうかと思うけど。

「でも、それって情けない顔する必要はあるの？」

「そりゃあ、サラちゃんは別にお前の事嫌いじゃない。むしろ好きに近い、ＬＯＶＥだよＬＯＶＥ」

「は、はぁ」

「ＬＩＫＥの可能性も有るけどね。でも好きだからエルク君にアレコレちゃんと考えるように言ってるんだよ。じゃなきゃリンちゃんをあれだけ傷つけた上に、原因となった俺を許すように言ったキミと、いまだに一緒に居るわけがないだろ？」

　そうなのか？　あまりそこは信憑性が無い。

　もしかしたら学園生活が終わると同時に、パーティから解雇を言い渡される可能性も有るわけだし。　

　ただ何もしなければその可能性が上がっていくだけだ。断られたら次の作戦を考えればいいんだし、とりあえずでもやっておくに越したことはないか。

「はいこれ、獣人用の服が売ってるお勧めのお店だ。こんな事もあろうかと女の子から色々教えてもらっておいたよ」

　そう言ってスクール君は獣人用の服が売っているお店を地図で書いてくれた。

　服か、確かに女の子はオシャレをするのが好きだから良いかもね。

　アリアやリンはそこまで拘ってないみたいだけど、サラはそういうのが好きそうだから、もし買わなかったとしても、見て回るだけでも楽しんでくれるかもしれない。

　リンへのプレゼントは名目であって、サラとの関係性の修復が目的だから、良いチョイスだ。

「明日は休校日だし、サラを誘ってみるよ」

「あぁ、頑張れよ」

　☆　☆　☆

　今日の授業は全て終わった。

　授業が終わると同時にアリアは「前衛が２人の場合のフォーメーションの訓練がしたい」とシオンさんに誘われ、フルフルさん達と一緒に教室から出ていった。

　リンには「今日は治療院が予約いっぱいになったので、学園が終わったらすぐに来てほしいと連絡があった」とスクール君が伝えていた。

　僕がサラと二人っきりになるように、色々と手を回してくれたようだ。

　アリアもリンも僕をチラチラ見ていたから、スクール君の意図を多分わかってて乗ってくれたんだと思う。

「サラ。二人を待ってても遅くなりそうだし、一緒に帰ろうか」

「そうね」

　そっけない返事だが、拒否はされなかったからまずは第一の関門が突破だ。

　もし拒否された場合のプランとして、キズが痛むふりをして同情を誘い、治療院まで一緒に来て欲しいという作戦もあった。

　もしそれでも拒否されていたら？　その時は作戦失敗でスクール君と朝までヤケ酒コースだ。

　☆　☆　☆

　帰り道。行きかう人々は多く、道の隅にはシートを広げ露店商が所狭しと並んでいる。

　お祭りムードの街は騒がしく、あちこちで試合が繰り広げられていたりする。

　盛り上がってる周りとは裏腹に、僕らの温度は冷えている。

「あのさ」

「なによ」

「今回色々あったからさ、リンにちゃんと謝りたいんだ。でもリンは優しいから、きっと『気にしてないです』って言うと思うんだ」

「ん、そうね」

　おや？　リンの名前が出た瞬間ちょっとだけ反応が違った気がするぞ。これは本当にいけるのか？

「だから謝罪も込めて、リンに似合う可愛い服をプレゼントしようかなと思ってるんだけど。僕じゃ女の子のセンス分からなくてさ」

「ふぅん」

「だから、良かったら明日一緒にリンの服選ぶの手伝ってもらえないかな？」

「……別に良いけど」

　よっし！

　思わずガッツポーズを取りたいところだけど、ここで変にテンションを上げたら怪しまれそうだ。

　思わずニヤつきそうになる顔を、必死に抑える。

「じゃあ明日の朝、朝食を食べたら行かない？」

　僕の誘いに、彼女は腕を組み、どうするかを考えている。

「朝食を食べたらね……ちょっとだけ待っててもらっても良い？」

「うん。良いよ」

「わかったわ」

　おお、本当にいけた！

　これで第２関門も突破だ。

　明日は二人でリンの服を選びに買い物か。今から楽しみだ。

　あれ？　もしかしてこれって『デート』って言わない？