第17話「友のため」
「結局、俺がやった事はエルク君達を傷つけるだけだった」
空を見上げ、一通り語り終えたスクール君が僕に苦い顔で笑いかける。
しかしその苦笑に元気が無い。もうどうしようもなくなり笑ってしまった、そんな顔だ。
僕が学園を辞めて、荷物をまとめて家に帰った際に父と会った時も、そんな感じで笑ったのを思い出す。
幼い頃の僕は、そこで泣いた。今思い出すだけでもチクリと胸が痛む。
あの頃の僕と、今のスクール君はきっと同じだ。
自分が最善だと思う行動をしたつもりが、最悪の結果を引き寄せた。
彼が僕の為にやったと言うのは嘘じゃないと思う。
もし友達と思っていないなら、わざわざ自白なんてしない。適当にとぼければ良いだけだ。
「スクール君」
僕が呼びかけると、彼はビクっとした。
僕がここで彼に拒絶の言葉を吐けば、すぐに消えてしまいそうなほど希薄に感じる。
「実はキミに頼みがあるんだ」
「頼み? どんな事だい? 何でも言ってくれ!」
彼の顔に生気が戻った。真剣な表情に変わり僕に近づいてくる。
多少の無理を言っても今の彼なら聞いてくれるだろう。例え命をかける事になったとしても。
だから僕は、彼にしか出来ない事を頼む事にした。
「実はアリア、サラ、リンとデートをしたいんだけど、彼女たちの性格に合わせたデートスポットを教えてくれないかな?」
「はっ?」
スクール君の顔が一気にアホになった。
「ごめんエルク君、ちょっと良く聞き取れなかったみたいだ。もう一回言ってくれないかい?」
「だから、アリア達とデートをしたいから、デートスポットを教えて欲しい」
「いや、そうじゃなくて。キミは何を言っているんだ……?」
「頼むよ、僕たち友達だろ?」
そう、僕たちは友達だ。
スクール君がやった事を簡単に許す気はない。それでリンが色々と傷つくことになったんだ。
だから簡単には許さない。許さないけど、友達だ。
「な? 友達だろ?」
もう一度、出来る限り笑って問いかけてみる。
必死に笑いかけてみるが、多分今の僕の顔は、さっきの思いつめたスクール君と同じ顔をしてるんだろうな。
しばし難しい顔をしたスクール君が、僕の意図に気付いてくれたようだ。
「本当に良いのかい?」
「良いも悪いもないよ。勿論リンの事は許さない、だからと言ってスクール君と友達をやめる気は、僕にはないよ」
「エルク君……あぁ、任せてくれ! 俺が持つ情報を全て使って、キミのデートを絶対に成功させてみる」
「うん。それと今回の件はちゃんと説明して、一緒にリンに謝りに行こう」
「そうだな。リンちゃんに、いやアリアちゃんやサラちゃんにも謝らないと」
何というか、サラはともかく、アリアもちゃん付けと言うのは凄く違和感を感じる。
可愛いというより美人で、綺麗と言うより凛々しいという感じの彼女をちゃんと付けする辺り、女の子慣れしているスクールらしい。
「こう言ったら不謹慎かもしれないけど、スクール君の計画のおかげで、短い間ではあるけどこうやってまた学園に通えるんだ。だから、ありがとう」
今回の計画で僕を傷つけただけだったと彼は言ったが、それは違う。
こうしてまた学園に通い、授業を受けたりスクール君とおしゃべりが出来る。
そして、学園のトラウマとも向き合う機会が出来たんだ。
その点については感謝している。
「残り短い学園生活だが、よろしくな」
照れくさそうに笑いながら、こちらへ拳を差し出すスクール君。
「うん、こちらこそよろしくね」
スクール君の拳に僕の拳を合わせる、ちょっと恥ずかしい。
誰かに見られてたりしないよな? 振り返った時、エルヴァン達の引率の教員が僕らの後ろに立っていた。
今日も黒いフード付マントにタキシード姿だ。
太陽光でメガネが反射しているために、微妙に表情が読み取りづらい。
「お前たち、ここで何をしている」
彼の言葉に合わせるように、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
一気に現実に戻された。僕らは授業をサボったのだ。
僕は学園とギルドの橋渡しの為の特別生。まずはその試験として来ている。
ここでサボっていただけならまだしも、スクール君が今回の件を意図的にやった事までギルドや学園に報告されるのはまずい。
どうあがいても問題になるのが分かり切っている。せめて放課後の人気のない場所を選ぶべきだった。
メガネをクイっと押し上げる動作をして、ニタァといった笑みで教員が僕らを見てくる。
「あぁ、お前たちは私の実験に無理やり手伝わせれていたんだったな」
手伝い?
困惑する僕とスクール君を無視して、ムフフと笑いながら、教員は一人で話を続ける。
「キラーファングを呼び寄せるとか言う薬があったから、キミたちと一緒に森まで行って試してみたが効果が無かった。それで授業に遅れたと私から伝えておこう」
そう言って振り返る。
「これでお互い貸し借りなしだ。もし生徒として私に相談があるのならいつでも来ると良い」
それだけ言うと、立ち去っていった。
魔術師至上主義な考えな人ではあるが、もしかしたらそこまで悪い人じゃないのかもしれない。
☆ ☆ ☆
しばらくして教室に戻った僕らを、アリア達には「どこに行ってたの?」と聞かれたが、サボったこと自体は問題になっていなかった。本当に彼が学園に話しておいてくれたようだ。
この日の授業が全て終わり、僕は別のクラスで授業を受けたシオンさん達を呼んで、宿へ戻った。今回の件を説明して謝るために。
☆ ☆ ☆
「そういうわけなんだ、本当にごめんなさい」
スクール君が全て話終わり、頭を下げて謝った。反応は様々だ。
シオンさんは特に気にしていない様子だ。
「スクールをどうするか決めるのはエルク達に任せる」
アリアは無表情のまま僕を見ている。判断を任せるということだろう。
問題はサラとリンか。
サラは腕を組み、指をトントンしながら冷たい目で見ている。そしてリンも何も言わず。三者三様に無言でこちらを見ている。
普段のサラならすぐに口か手が出る、なんならもう殴りかかっていてもおかしくない。
なのに無言なのだ。それが余計に怖かった。
「サラ、全てを許してやってくれとは言わない。だけど謝罪だけでも聞いてあげて欲しい」
「アンタ、いつもそうやって誰彼構わず助けているけど」
「違う!」
サラの言葉を途中で遮る、サラの目つきが怒りに変わっていくのがわかる。
「スクール君は、大事な友達なんだ」
確かに僕の人助けは節操がないと思う。サラがイラ立ってるのもわかる。
だけど今回だけは違う。だって彼は、僕の大切な友達だから。
イジメから守ってくれた友人なのだから。
「大事な友達だから、リンにやった事を許せっていうの!」
サラの右ストレートが僕の左頬に綺麗に入り、吹き飛ばされた。
喋ってから来たなら少しは身構えれたけど、喋ってる途中に飛んできた。
完全に意識の外だったため、受け身すら取れず僕は壁まで吹き飛んで行った。
しかし魔術師とは思えないほどの威力、あの一瞬の間に補助魔法を自分にかけていたのかもしれない。
「やめてくれ、悪いのは俺なんだ」
僕を庇うように、スクール君がサラの前に立ちはだかり、サラの右手が”溜め”の姿勢に入る。
それを、リンが抑えていた。
「サラ、落ち着くです」
「これが落ち着いていられるわけないでしょ!」
「良いから落ち着くです」
サラがリンに睨み付ける。リンは見上げる形でサラの目を見ている。
しばしの沈黙。先に目をそらしたのはサラだった。
顔を真っ赤にして、目には涙を溜めている。
「サラ、今サラがしてくれた事はリンは嬉しいです。でもリンの意見も聞かずに、誰かに危害を加えるのはスクールがやった事と同じです」
「……」
サラが絶句していた。
心外だと言わんばかりの表情で。
「サラがリンを思う今の気持ちは、スクールがエルクを思う気持ちと変わらないはずです。なら抑えられない気持ちがわかるはずです」
「……わかったわよ」
サラはそのまま近くの椅子に腰かけ、俯き両手でスカートを握っている。
そんなサラの頭をリンが優しく撫でる。直後サラの感情が爆発した。
「なんでいつもリンなのよ……獣人だからって……なにもしてないじゃない……。 どうして酷い目に合わないといけないのよ……。 リンは優しくて誰にも迷惑かけてないじゃない……なのに……なのになのになのにいつもいつもいつもいつも、なんでリンなのよ!」
普段は気丈にふるまうサラが、大粒の涙を流し、しゃっくりをあげながら泣いていた。
「なんで……」と繰り返すサラの頭を、リンは優しく撫で続けていた。
誰も彼女達に声をかけれなかった。
しばらくしてサラが落ち着いてきた。
スクール君が何度か、しきりに声をかけようとソワソワしている。
彼の中で踏ん切りがついたのか、一歩前に出たところで、リンがスクール君を見て首を横に振っていた。
まだサラに触れてはいけないと言わんばかりに。
「スクール」
「はい」
サラの頭を撫でながら、リンがスクール君の名前を呼んだ。
怖い先生に急に名前を呼ばれた時のように、スクール君は直立にピンと立つ。
「リンは獣人です」
「……うん」
「今まで獣人と言うだけで、悪口を言われたり暴力を振るわれたりしたです」
「……だろうね」
声にならないような、悲痛な返事だった。
前にも聞いていたが、やはり改めて聞いても心が痛くなる。
「エルヴァン達に汚らしい獣人と言われた時、凄く悲しかったです」
「ごめん」
「でも、学園でスクールがリンを助けるために行動してくれた事は、嬉しかったです」
エルヴァン達に対して、スクール君が率先してリンを庇ってくれた、もしスクール君が居なければ、そこで揉め事を起こして、またリンが泣いていたかもしれない。
そしたらアリアやサラが黙っていない。勿論僕もだ。
「だから、今度『ごめん』と言ったら、許さないです」
「ご……わかった」
一瞬「ごめん」と言いかけたのを必死で飲み込み、頷くスクール君に対し、リンは笑って満足げに胸を張っていた。
「もしまた、リンが獣人だからという輩が現れたら、リンはスクールも頼るです」
「あぁ、その時は俺が全身全霊をかけて助けると誓うよ!」
スクール君とサラに関してはわだかまりを出来ればどうにかしたいけど。今すぐどうこう出来そうにない。
まだ色々と問題はあるとは思うけど、ひとまずは一件落着といった所かな。
☆ ☆ ☆
しばらくしてから、リンは登校する際にボンネットを外し、カチューシャ(ヘッドドレスと言うのだろうか?)を付けていた。
スクール君が裏で手を回してくれていたのだろう。彼女に対し獣人だと言って陰口をいう生徒はいなくなっていた。
もちろん訝しむ目線もあるが、わかりやすくリンに悪意をぶつけるものはいない。
「もう学園で獣人を隠す必要がないです」
そう言って胸を張って歩いていた。
ピンと張ったネコミミと相まって、その可愛さで色んな生徒をメロメロにしていた。
「はぁ……はぁ……リンちゃん、ちょっとだけ。ちょっとだけで良いから耳を触らせてもらっても良いかな? ちょっとだけ、本当にちょっとだけだから」
女生徒の一人が、リンの可愛さにやられ色々とヤバイ状態になっていた。
リンに対し言いたかったが、遠慮して言えなかった事を口にしたのだ。教室がシーンとなり注目が集まる。
「別に、構わないです」
リンの一言で一気に騒がしくなる。次々と女生徒が押し寄せ、男子生徒の一部も「俺も触っていいか頼んでみようかな」なんて呟いている。僕も後で触らせてもらおう。
「ちなみにエルクは、今回の件の罰としてしばらくリンの頭と耳を触るの禁止です」
リンのドヤ顔で僕を不幸のどん底に落とした。
今回の件があるから色々しょうがないよね、グスン。
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