第19話「デート・オア・アライブ 前編」
――野良猫通りの宿前――
朝食を食べてから30分くらい経っただろうか?
僕は宿の前で待ちぼうけだ。
朝食を食べた後、サラは部屋に戻るなり。
「外で待ってて、すぐに行くから」
と言ったっきりである。部屋まで戻って呼びに行こうか考えたのだが。
「部屋のドアを開けてはだめです。絶対です」
「開けたら後悔する」
とお出かけをするアリアとリンに脅された。
「ごめん、待った?」
そろそろ部屋に呼びに行こうか悩んでいたタイミングで、サラが来た。
「そんな事無いよ。女の子は色々と準備がかかるから仕方ないさ」
そんな歯が浮くようなセリフを吐きながら、笑顔で振り返る。
スクール君から教えてもらった、女の子が遅刻してきた時の返し方だ。
後はここで普段と違う部分を見つけて「今日は●●なんだ。可愛いね」と言えば100点満点らしいが。
うん、普段と何が違うかサッパリわからない。
「どうしたの? アンタなんかいつもと違くない?」
怪訝な表情に変わっていくサラ。
やばい、ごまかさないと。
「今日は杖じゃなくて、鞄なんだ。可愛いね」
「あぁん!?」
サラの顔が、一気にチンピラみたいな顔に変わっていく。
なんでそんな意味不明な事を言ったか、自分でもよくわからない。
女の子の扱い方というのは、どうやら今の僕には荷が重いようだ。
僕をひと睨みしてから、サラはチンピラみたいな顔を崩し、深くため息を吐く。
「どうせアイツに変な入れ知恵されたんでしょ」
アイツ、と言うのはスクール君の事だろう。
名前を出したくないから、アイツと言っているんだろうな。
「あー……うん、実はそうなんだ」
変に言い訳してもボロが出るだけなので、素直に白状しておこう。
「ったく。バカ言ってないで、さっさと行くわよ」
「あ、はい」
ちょっと地雷を踏んだが、最近のそっけない態度と比べれば全然マシだ。
ズンズンと先を歩く彼女の隣まで小走りで駆けていく。
☆ ☆ ☆
一件目のお店に到着した。
「いらっしゃいませ」
お店に入るとスーツのような衣装の上からエプロンをかけた、スレンダーな獣人族の女性店員さんが、にこやかに声をかけて来てくれる。
ネコっぽい耳としっぽが生えているが、リンと同じ種族にしては身長が高い。
リンの身長が僕の胸元位に対し、この店員さんは僕と同じか、それよりもちょっと高い感じだ。
「本日はどのようなお召し物をお探しでしょうか?」
店内を見渡すと、基本は僕らと変わらないような服が所狭しと置いてあるが、どれも尻尾が出せるようにデザインされている。
「へー」と言いながら見渡す僕ら。
「あー。なるほどなるほど」
店員さんがにこやかな笑みから、ニヤっとした感じの笑みに変わっていく。
「お客様、こちらの商品はいかがでしょうか?」
僕らの前を歩き、店員さんが勧めてきた商品は、獣人っぽい耳と尻尾だった。
もちろん本物ではなく、作り物の。
「初めて獣人プレイをなさるのには、色や種類も豊富でうってつけでございます。もし耳や尻尾が動くものをお探しでしたら少々値は張りますが、こちらのような品もございますが」
耳の種類は種族ごとに合わせてあるのか、ピンとなってるものから垂れているものまで様々だ。
だが僕らの探してるものとは全く違う。サラがちょっと欲しそうな顔をしているけど。
……そもそも獣人プレイってなに!?
「あの、獣人族の友達へプレゼントするための服を買いに来たのですが」
「あぁ、これは申し訳ありません。てっきりカップルと勘違いしちゃいました」
そういう関係じゃないので。
と言うか店員さん慣れた様子でオススメしてきたけど、もしかしてカップルでこれを買いに来るお客さんが多いのか……
店員さんのカップル発言に取り乱すかと思ったけど、サラは意外と冷静だった。
いや違う。耳と尻尾を夢中で見ていただけだ。
欲しいおもちゃを夢中で見ている子供のようになっている。
僕と店員さんの視線に気づいたのか、顔を赤らめ「おほほほ」と笑ってごまかそうとしている。
本当に「おほほほ」と言う人初めて見た。
「リンと同じような耳と尻尾を買っていく?」
「えっ……べ、別に欲しいわけじゃないし」
そう言いつつも、目線の先には猫耳と尻尾がある。形はリンの耳と尻尾に似ている。
耳としっぽにはピンクのリボンと鈴が付いていて、可愛らしいデザインだ。
サラが付けたら可愛いと思うし、ちょっと見てみたいな。
「お金は余裕ありますし、ついでに買っても大丈夫ですよ?」
「だから欲しいわけじゃないってば!」
そうは言うものの、どう見ても欲しそうな顔をしている。
まったく素直じゃないな。
「サラが付けたら、リンもお揃いだって喜ぶと思いますよ?」
「うっ……」
よし、もうひと息だな。
「なんならアリアの分も買ってあげればもっと喜ぶかもしれないよ?」
僕の言葉に反応したのは店員さんだった。
「こちらの商品はただ今キャンペーンで2セット買うと、もう1セットついてきます」
「それならアリアとアンタの分も買えるわね。それじゃあ買うわ」
サラとアリア、そして僕の分の3つを買う事になった。
何で僕まで!?
僕が付けている姿を想像してみた。気持ち悪ッ。
「良かったわね、お揃いでリンが喜ぶ姿が見れるわよ」
「あ、はい……」
腕を組み、ふふ~んと鼻で笑いながらドヤ顔をしているが、内心は相当嬉しいのだろう。耳まで真っ赤にしている。
少しギクシャクしてた僕らの会話も自然に戻って来たし、これはこれで良しとしよう。
「それと、友達に買う服なのですが」
店員さんにリンの身長と普段来ている服を伝えて、似たような服を探してもらう。
「そういえば、リンって普段からゴシック? みたいな服着てるけど、ああいう服が好きで合ってる?」
「そうね、本人が言うには『可愛さと機能性を兼ね備えた最高の暗殺服です』とか言ってたわ」
暗殺って……
斥候でモンスターを暗殺するって事だよね。きっと。
「そうですね。暗殺者向けのゴシックロリィタ衣装ですと、サイズが合うものはこちらになります」
「えっ、あるの!?」
「はい。色々なお客様が来店しますので」
色々の幅が広過ぎやしないでしょうか。
そもそも普通の服屋で、暗殺者向けの衣装が置いてあるってどうなんだろう?
「今は平和ですからね。ただのファッションなだけなので大丈夫ですよ。服なんて元をただせばチェック柄は死に装束とか色々ありますし」
へー、そうなんだ。
店員さんが大丈夫と言うのだから、きっと大丈夫なのだろう。
「リンは赤や黒っぽい色の服が多いから、白色のなんてどうかな?」
「返り血が目立つって言いそうね」
気にする所がおかしい気がする。
「あー、でも確かにモンスター退治する時には着づらいから、他のが良いのかな」
「別に街中で着るようにすれば良いだけでしょ。しばらくは学園にも通うわけだし」
「そっか、そうだね。それじゃあこれを一着買って行こうか」
「うん。あっ、ちょっと待って。他にも色々あるから見てみましょう」
サラは同じような服を見ては、首を傾げている。
両手にそれぞれ持って見比べたりとあれこれしているが、僕には何がどう違うのかあまり差がわからない。
デザインが違うらしいが、正直どれも同じにしか見えない。
ここでスクール君の言葉を思い出す。
女の子は基本的に服を買うときは凄く時間がかかる。
ここで下手に「どれも一緒じゃん?」なんて言った日には、その日のデートが失敗になる可能性が高い。
わからなくても、何か聞かれたらとりあえず「僕もそう思うよ!」と答えていれば9割は何とかなると言ってたし、その作戦で行こう。
結局、選ぶのにそれから一時間以上かかった。サラの「こっちのが良いと思うんだけどどう思う?」に対しては「僕もそう思うよ!」作戦で何とか切り抜ける事は出来た。
事前にスクール君から教えてもらっていなかったら「どれも一緒じゃん?」と答えてサラを怒らせていただろうな。
サラが選んだのは、ノースリーブの白いゴシックドレスにフリルがこれでもかと着けられており、腰回りに黒いコルセットを装着するタイプだ。スカートまで真っ白で服から清楚のオーラが出ている。
胸元と腕には、先ほど買った猫耳や尻尾と同じようなピンクのリボンが付けられていて、可愛いと思う反面「汚れが目立ちやすいから、洗うの大変だろうな」なんて思った。でもリンが喜んでもらえるなら、多少の苦労は気にしないさ。うんうん。
「エルク、アンタ本当にロリコンじゃないわよね?」
衣装を見て頷く僕に、ジトーっといった感じでサラが僕を見てくる。
「違うよ!」
そもそも同い年だから!
あっ、見た目の問題ですね。はい。
僕らのやりとりを見て、店員さんもクスクス笑いながら頷く。
「大丈夫です。そのリンちゃんという方の特徴を聞く限り、多分白猫族ですから、身長は大人になっても変わらないと思うのでご安心を!」
「安心の意味がわからないです!」
「お買い上げ、ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
店員さんブレないなぁ。
そういえば今日は何件か回ろうと思っていたのに、一件目でいきなり終わらせてしまった。
どうしようか。サラとの関係は幾分か修復できたとは思うけど、もう少し色々回りたい。
ここ最近はパーティの皆は、学園の色んなグループに引っ張りだこだったから、宿以外でまともに会話もしてなかったし。サラに至っては宿の中でもまともに会話してくれなかったしなぁ。
このまま一旦宿に戻って荷物を置いてから、サラをお昼に誘おうか?
「そういえばお客様。そちらの衣装はノースリーブなのですが、ランジェリーとかは宜しかったでしょうか?」
「ランジェリー?」
ランジェリー? なんの事だろうか?
サラは「あっ」といった感じで、何か察したようだけど。
「はい。その、肩ひもとかが見えてしまいますので」
「そう言えばあの子、そもそも持ってなかったわ」
サラの返事に、店員さんが「まぁ」と驚いた表情をして、口に手を当てる。
「ええ、そうだったのですか!? それでしたら、獣人向けのランジェリーショップが近くにあるので、そちらで購入してみてはいかがでしょうか?」
「そうね。エルク、付き合いなさい」
「うん。いいよ」
このまま帰るのは勿体ないと思っていた所だし丁度良いや。
それじゃあリンの為にランジェリーと言うのも一緒に選ぼう。
この時僕は、店員さんかサラにランジェリーが何かちゃんと聞いておくべきだったと、すぐに後悔することになる。
いや、多分聞いても教えてくれなかっただろう。よく分からず僕が頷くのを見て、二人はニタァと笑っていたのだから。
サラと買い物が続けられる事に浮かれていた僕は、二人の笑みを疑問にすら思わなかった。
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