第9話「魔術師至上主義」

 スクール君達の卒業試験の護衛依頼完了を報告するために、僕らは冒険者ギルドに戻ってきた。

 冒険者ギルドの中に入ると、他の冒険者がニヤニヤ僕らを見ている。何というか、バカにするような感じだ。


「プー。クックック」


 こちらにも聞こえるような笑い方。かつてのイジメを思い出す。

 聞こえるように小声でバカにして、反応をすれば笑い者にされる。

 でも反応しなければ、それは次第にエスカレートしていき、最後は暴力に変わる。


 だけど、なんだろう?

 何というかその時のイジメてた連中の笑いとは何かが違う。

 バカにはしているし、笑い者にしているが、悪意を感じないのだ。不快であることは変わりないけど。


「依頼完了の報告をしに来ました」


 カウンターの女性に依頼完了の報告をして報酬を受け取ると、ニヤニヤ遠巻きに見ていた冒険者が「チッ」と軽く舌打ち。

 そこで僕らへの興味が無くなったようだ。

 一体なんなんだ?


 そのまま冒険者ギルドを後にしたが、何か空気がおかしかった。

 僕らがドラゴンを退治したのを知っているから、依頼を失敗する様をみたかったとかかな?

 でもそうじゃないと思う。う~ん、うまく言葉に出来ない。

 特に害は無かったし、気にしないようにしよう。


「何か変な感じだったわね。何なのかしらあいつら」


 サラが先ほどの事を口にした。苛ついてたのだろう、言葉が荒い。

 目を吊り上げ、チンピラのような顔になっている。歩行者が彼女の顔を見て道をあけるほどに。


「まぁまぁ。でもいったい何だったんでしょうね。煽ってきた感じですが、何か悪意があって絡んでやろうって感じには見えませんでしたし」


 こういうときに悪意があるやつは、大抵何でもないことで因縁を吹っかけてくる。ジロジロ見てくるくせに目が合ったとか言って。

 後はあれだ。バカにしている感じはあるが、誰も悪口を一切言ってこなかった事だ。


「ああいうのはどこにでもいるです。気にしないで放置しておくです」


 アリアとリンはあの手合いに対して、一切動じないのが凄いな。

 リンの場合は獣人だから、もしかしたらそういう奇異の目で見られるのに慣れているのかもしれない。そう思うとちょっと悲しいな。

 優しくリンの頭に手を置いて「えらいえらい」と撫でる。

 

「チッ」


 舌打ちで返されたが、しばらく僕の手を退けることなく撫でられてくれた。

 リンを撫でてると、アリアがじーっと見てくる。最近多いなそれ。


「そう言えばエルク。前から気になってた事があったのよ」


 サラが話しかけてきた。

 今なら何でも答えよう。アリアの視線から逃れるために。


「気になってた事? 何かな?」


「あんたって、ロリコンなの?」


「はあ!?」


「チッ」


 リンの頭を撫でる手が止まる。急に何を言い出すんだ。

 思考が停止した。


「いや、だってアンタ、事あるごとにリンの頭撫でてるじゃない」


 そういえば学園時代にも、ことあるごとに「お前、アイツと付き合ってるの?」と言い出す人は沢山いた。特にスクール君の周りにいる女の子はそういう話が好きだった記憶がある。

 サラもそういう話が好きな、お年頃というやつだろうか? しかしロリコンは酷い。


「ロリコンって……そもそも、リンは同い年ですよ?」


 そう、見た目こそ12歳位に見えるが、実際は僕やサラと同じ15歳だ。


「見た目の問題でしょ」


 ですよね。

 変に誤解されたままなのも嫌なので、ちゃんと弁明しよう。


「リンは確かに可愛いけど、好きだから撫でるとかじゃなくて、頭の位置が丁度撫でやすい所にあるんですよ」


 確かにリンは可愛いけど、別に恋愛感情があるわけじゃない。

 パーティとしてやっていくなら、そういう感情を僕が持ってはいけないとも思っている。


「チッ」


「ふぅ~ん、確かにリンは可愛いよねぇ」


「それに、アリアとサラも可愛いよ」


「は、はぁ? 急に何言ってくれちゃってるわけ」


 顔を真っ赤にして、照れ隠しのように捲し立てているのが微笑ましい。

 こういう事を言えるようになった辺り、自分でも成長を感じる。


 先ほどから僕を見ていたアリアは、リンの隣に移動していた。

 膝を曲げて、リンと同じ目線の位置まで屈み、僕をじーっと見ている。

 もしかして、アリアの今までの視線の意味は、多分頭を撫でてくれと言う事なのだろうか?


 右手でリンの頭を撫で、左手でアリアの頭を撫でる。

 女の子の頭を撫でているはずなのに、犬と猫の頭を撫でてる気分だ。


 この後スクール君と鉢合わせて「エルク君は、女の子の扱い上手いんだね」と笑われた。

 そんな事を言う彼は、さっきのグループとは違う女の子を侍らせて歩いている。全くどの口が言うのやら。



 ☆ ☆ ☆



 翌日。冒険者ギルドで同じように卒業試験の護衛の依頼が無いか朝早くから足を運んだ。

 スクール君の話によると、試験は2週間の間なら何度でも受けなおしが出来るそうだ。

 失敗した生徒たちが再募集をかけたりするらしい。


 冒険者ギルドに入り、依頼ボードを見に行こうとしたら、受付に居る女性の職員さんに声をかけられた。


「エルクさんのパーティに指名依頼が入っていますが、どうしますか?」


「どんな内容ですか?」


「昨日の依頼とほぼ同じ内容です。他のパーティが受注して失敗されたので、依頼主様が、今度はエルクさんのパーティを指名しています」


 卒業試験で失敗した依頼主が、依頼を成功させたパーティを指名することは珍しくないらしい。

 学生同士で「どこのパーティが試験を合格したか」の情報が伝わり、そのパーティを指名する争奪戦が日々行われているとか。

 卒業するために皆必死だ。


 そして昨日、見事に依頼を完了させた僕らの情報を聞いて、指名依頼が来たという事だ。

 内容も料金も全く同じものだったので、僕らは深く考えずにその依頼を受けた。

 それが間違いの始まりだった。



 ☆ ☆ ☆



「アリア。そっちに行ったです」


「わかった」


 盾を構えるアリアに、キラーファングが飛びかかる。

 盾に身を隠すようにキラーファングに突進する、お互いが反動で後ろに吹き飛ぶ。

 姿勢を低くするキラーファングに音もなく近づき、両足を切り落とそうとしたリンだが、目の前で爆発音が鳴り、足を止める。


 リンの姿に気付き、不利を悟ったキラーファングは木々の合間をひょいひょいと抜け、逃げ出していった。


「なにやってんだよ下手くそ!」


「前衛ならちゃんと足止めしろよ!」


 正直、最悪な依頼だった。

 男子生徒4人女子生徒2人、引率の教師1人なのだが、彼らは連携と言うものを全く取れない。自分勝手な戦い方だった。


 アリアやリンが引き付けようとするのだが、ひきつける前に魔法を放ってキラーファングが逃げ出したり。

 キラーファングだけじゃなく、彼女達にも当たるような距離でも、構わずに魔法を打ってきたりするのだ。

 

 今の所全部逃げられているのだが、そのたびに罵倒の言葉を浴びせてくる。

 中には、わざと当たりそうに魔法を打って、驚いたりする彼女たちをゲラゲラ笑ってバカにする者もいる。

 ソイツの顔には見覚えがあった、5年前に僕をイジメてた1人だからだ。やって事が5年前と何も変わっていない。

 彼は僕の事を覚えてないみたいで、僕の顔を見ても何も反応がなかった。

 良い加減に頭に来たのか、リンが声を荒げる。


「お前らいい加減にするです。さっきから邪魔ばかりです」


「魔法を使う頭も無い奴が、適当な事言ってんじゃねぇよ」


「あーあー、これだから頭を使う事を知らない冒険者ってのは嫌ですねー。自分達の頭が悪いのを棚に上げて、俺たちのせいにしてるんだから」


「私とリンが動けなくするから、トドメだけで良い」


「じゃあさっさとやりなさいよ! さっきから時間がかかって何も出来てないじゃない! こっちはお金払ってるんだから、ちゃんと働きなさいよ!」


 アリアとリンが生徒と言い合っている。

 向こうの言い分を聞いているだけで頭が痛くなる。今すぐ依頼を破棄して帰りたい。

 仕方ない、引率の教員に話して何とかしてもらおう。こんな状態ではまともに依頼が出来ない。


「すみません。流石にこのままじゃ依頼どころじゃないので、彼らをどうにかしていただきたいのですが」


 フードのついた黒いマントの下にタキシード姿、メガネをかけた40代くらいの男性教員は冷たい目で僕を見た。

 「はぁ」と軽くため息をついて、頭を軽く押さえ、バカにしたようなしぐさを見せつけてくる。


「魔法も使えない分際で何を言ってるんだ。君たちが魔法に合わせれないだけだろう? まともに魔法を使える人間と組んだことが無いのか?」


 引率の教員。コイツも話にならなかった。

 サラが魔術師なのを知っていて「まともに魔法を使える人間と組んだことが無いのかな?」とまで言ってくるあたり厭味ったらしい。

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