剣も魔術も使えぬ勇者-無能な僕がやがて英雄に至る物語-

第１０話「差別」

　これでもう何度目だろうか？

　彼らの妨害で、キラーファングはまだ２匹しか狩れていない。

「邪魔だからさっさと下がれよウスノロ！」

「はぁ？　さっきからそっちが邪魔してるんじゃない」

「うるさい。前衛が下手なのが悪いんだ！」

「さっきから魔法が飛んで来なければ狩れた」

「チッ」

　相変わらず口論ばかりだ。

　自分が最高のタイミングで魔法を打っていると思っているせいで、改める気が無い。

　何か言われても他人のせいにして、たまたま上手く行った事だけを見ている。

　スクール君達と同じルートを通っているが、キラーファングとの遭遇率は昨日より高い。

　もしちゃんと狩れていれば、今頃は試験が終わっているはずなのに。

　アリアもサラもリンも、相当イライラしているのだろう。僕たちの間でも会話が減ってきている。

　それとは逆に、彼らはゲラゲラ笑いながら大声で会話している。モンスターに見つかる可能性も有るのに不用心この上ない。

　時折こっちに小石などを投げたりして挑発してきたりもする。それに反応してビクッとなった僕らを笑い者にしてくる。

　もうこの依頼は破棄しよう。そう思った時だった。

「モンスターが近づいてくるです」

　何かモンスターの気配を察知したようで、リンが警戒を促す。

　そして現れたモンスターを見て、学生が、急に顔色を変え、足をガクガクさせている。

　のしのし、と音を立てて近づいてくる一匹のモンスター。

　赤毛に覆われた、体長２ｍを超える大きな熊だ。

　確かキラーベアと言う名のモンスターで、この辺りでは最も危険なモンスターだって聞いた覚えがある。

　この辺に生息するモンスターは、大体が名前にキラーと付いてるが、駆け出し冒険者が命の危険に晒されるレベルで危険なモンスターは実は少ない。

　だけどこいつは別だ。生半可な皮製の装備なら簡単に切り裂く爪と、噛みつかれたら最後、鉄すらも噛み砕く強靭なアゴを持っているのだ。

　その巨体に似合わず足が速いため、出会えば逃げる事は叶わず、突進をまともに食らえば鎧で身を固めていたとしても、骨折は免れないだろう。

　聞いた話ではこの森を抜けた先の山奥に生息しているはずなのに、何故ここに。

「ヒッ、ヒィィィィィィィ」

　彼らは完全にパニック状態になっていた。

　キラーベアを見て腰を抜かす者、逃げ出す者、その場で悲鳴を上げて立ち尽くす者。

　引率の教員も冷静を装っているが、顔色は真っ青だ。

　しかし、これは逆にチャンスかもしれない。

　この状況なら彼らはまともに詠唱出来ない。ここまで無詠唱で魔法を打っていないのを見るに、多分無詠唱で魔法を打てる学生はいない。これなら邪魔されずに戦闘が出来る。

　もしここでキラーベアを僕らが倒せば、僕らの実力が分かり、彼らも考え方を改めてくれるかもしれない。　

「アイツの突進はまともに受けるのは危険。距離を詰めて近接戦に持ち込むから、リンはその間に足をお願い」

「わかったです」

「サラ。突進が来たら私の前にアイスウォールの展開お願い」

「わかった」

「エルクは……そこに居て」

「うん。じゃあ僕はここで他のモンスターが来ないか警戒しながら、彼らの護衛をするね」

　この戦いに僕なんかが介入しても、完全に足手まといだ。

　それなら他のモンスターが来ないか警戒と、パニック状態の彼らが適当に魔法を打って邪魔をしないように見張ろう。

　問題は逃げ出した生徒だ。３人が逃げ出したのだが、そのままにしておけば他のモンスターに襲われかねない。遭難の危険だってある。

　肩をトントンと叩かれた。

　振り返ると、引率の教員が申し訳なさそうな顔をしている。

「すまない、逃げ出した生徒たちが心配だ。私は彼らを追いかけようと思うのだが、ここは君たちに任せても大丈夫か？」　

「わかりました、この先を行ったらひらけた場所があります。そこで落ち合いましょう、もし僕らが戻ってこなかった場合はギルドに連絡をお願いします」

「助かる。逆にもし私が戻らなかったら、君たちだけでも生徒たちを連れて街に戻っていてくれ」

　彼らが逃げ出した方角に向かって、引率の教員が走っていく。

　魔術師の割りに結構走る速度が速い。

　引率の教員が居なくなった事により、３人の生徒の不安が爆発した。

「待っ。置いて行かないで！」

「うわああああああああああああ！！！！」

「大丈夫だから、落ち着いてください」

「落ち着けるわけないじゃない！」

　腰が抜けたのか、ペタンとその場に座り込んでいる女の子が、目に涙をいっぱい溜めながら叫んでいる。

　彼女の目線に合わせるために、屈みこんで話しかける。

「大丈夫ですよ。彼女たちは凄く強いんですから、だってドラゴンを倒したくらいですし」

「ドラゴンって……えっ……最近噂になってるドラゴンを倒した冒険者が居るって、あの子たちなの？」

「はい。だから何もしないで見守っててあげてください」

　そう言って頭を撫でると、コクンと頷き、大人しくなってくれた。

「だったらさっさと倒しなさいよ！」

「うわああああああああああああ」

　他の２人はそれでも半狂乱になったままだ。男の方は腰が抜けて、四つん這いで逃げようとして、その場で転びを繰り返しているだけだからほっとこう。害はないだろうし。

　もう一人の女の子は喋る余裕（と言っても文句を言うだけ）はあるみたいだが、冷静さは欠けている。急に魔法を詠唱したりしないか見張っておくべきか。

　アリア達の様子はどうだろうか？

　見ると戦闘中で、アリアがキラーベアの相手をしている。

　キラーベアが何度も爪を振りかざすが、アリアが絶妙な間合いでうまく捌いていく。

　キラーベアはなおも大振りな横薙ぎを繰り返し、アリアを追っている。途中で爪が木に引っかかるが、まるで障害物がないと言わんばかりの軽さで木が引き裂かれていく。

　あんなものを受けたらひとたまりもない。彼女たちだけに任せて、本当に大丈夫なのだろうか？

　もしかしたら僕は、彼女たちの実力を過信しすぎて選択肢を誤ったのではないだろうか。

　不安を感じるが、今更逃げることすら出来ない。

　何度も襲いかかるキラーベアの爪を防いだのだろう。買ったばかりの鉄製の盾がすでにボロボロだ。所々爪で切り裂かれ穴が空いている。

　アリアがキラーベアの爪を盾で弾き、その隙に背後からリンが足を狙って剣を振るう。

　しかし低い位置に無理な体制で振るった剣では、切断どころか少し傷をつけた程度で終わってしまう。　

　キラーベアの注意がリンに向かった所を、サラが魔法を打ち、それに合わせてアリアが首を狙った波状攻撃で完璧な連携が出来ている。

　下手に注意を逸らすと致命傷を狙ってくるアリアが居るせいで、キラーベアはサラとリンを放置せざる得ない状況になっている。

　１０分位続いたのだろう。足を執拗にリンに斬られキラーベアの動きが段々鈍くなっていく。

　距離があったために避けられていたサラの魔法も、段々と命中するようになってきた。

　この調子なら行ける！　多分リンも僕と同じように慢心したのだろう。

　アリアに向かって爪を振り下ろそうとするキラーベアにリンが近づいた瞬間、キラーベアがくるりと後ろに振り返ったのだ。

　そして、リンに向かって爪が振り下ろされる。

「あっ……」

　僕の口から思わず言葉が漏れた。

　リンは屈んだ姿勢から無理やり横に跳ねる。

　無理な姿勢で避けたため受け身を取れず、ゴロゴロと転がるリン。

　よろよろと立ち上がろうとするが、うまく立ち上がれない。リンの左足からは血が大量に流れ出ていた。

　キラーベアがリンに向かって走り出す。

　その瞬間、キラーベアの首から剣が生えた。アリアが剣でキラーベアの首を貫いたのだ。

　アリアは剣を手放し、リンの元まで走り、リンを抱えて素早くその場から離れる。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

　目を血走らせ、がむしゃらに両手をブンブンと振り回すキラーベア。

　首に剣が刺さったまま、アリア達を追いかけようとするが。

「アイスウォール」

　キラーベアの力なら、アイスウォールの壁を壊すくらい造作でもない。だが、もうそんな力も残っていなかったようだ。

　目の前に出来たアイスウォールにぶつかり、そのまま倒れ、起き上がろうするが、また倒れてを繰り返し、最後は完全に動かなくなった。

「す、すげぇなアンタら。本当に倒したんだ」

「すごい……」

　キラーベアが完全に動かなくなる頃には、彼らも落ち着きを取り戻していた。

　彼女たちすごいでしょ。これに懲りたら、素直に言う事を聞いて、こんな試験さっさと終わらせましょう。

　その前に、リンの怪我が心配だ。

　様子を見に行こう振り返ると、怒声が聞こえてきた。

「アンタ、獣人だったのッ！」

　見ると、先ほどからヒステリックに文句ばかり言っていた女の子が、リンに向かって指を指していた。

　戦っている最中にリンのボンネットは飛んで行ってしまったのだろう。彼女の頭からは猫のような耳が出ている。

「あんたが獣人だから、あんな化け物を呼び寄せたんでしょ！　最悪じゃない！」

　なんでそうなるんだよ。別に獣人だから寄ってきたわけじゃないだろ？

　命を助けてもらったのに、その態度はおかしくないだろうか？

　獣人だから何だっていうんだ？

「少し、黙って」

「ヒッ……」

　女の子の前にアリアが立ちはだかった。キラーベアの首から引き抜いた、血が滴る剣を持って。

　一瞬小さな悲鳴を上げ、アリアの持っている剣を見て、恐怖感を持ったのだろう。黙ってくれた。

　他の２人を見てみるが、俯いて目をそらし、何も言ってくれない。命がけで助けたのに、なんだよそれ……。

　リンは何も言わずにただ俯いている。

「大丈夫だった？」

「……」

　僕がリンの頭を撫でてみると、耳に手が触れた瞬間にビクッとされたが、それ以外は何も反応してくれない。

「キズが深いね。流石にこれは中級魔法程度じゃ治らないよね？」

　僕が苦笑まじりでサラに聞くが、彼女は「そうね」とそっけない返事をするだけだった。

　普段アリアが何かやらかすと、すぐに目を釣り上げて怒鳴り散らすサラが、大人しくしている。

　もはや怒りの臨界点を通り越してしまったのかもしれない。もし、さっきアリアが止めていなければあの女の子がどうなっていたか、そんな想像するだけでも怖くなってくる。

　後ろに立つサラの視線に少し震えつつ、傷薬を取り出す。

「とりあえず包帯巻いて消毒するけど、これじゃちょっと歩けないでしょ」

「……っ、大丈夫です」

　リンが立ち上がろうとして、苦痛で顔が歪んでいる。

　無理な姿勢で避けたのだから、他にも怪我をしているのかもしれない。

「大丈夫じゃないよ。僕が背負うから、ほら乗って」

「私が背負おうか？」

「いや、この状態でモンスターに襲われたら戦えるのはアリアとサラだけだ。僕が背負うよ」

「わかった」

　背負ったリンは凄く軽かった。

　こんな小さい体で、あんなに大きなモンスターと戦っていたのか。

「何なのよ……あいつら……」

　サラが落ちてたボンネットを見つけて来て、リンに被せてくれた。

　☆　☆　☆

　ひらけた場所に着いた時、引率の教員は生徒達３人と居た。どうやら引率の教員が逃げ出した生徒を連れて戻ってきたようだ。

　僕らの姿を確認して、一瞬驚いた顔をしてからこちらに近づき、腰を９０度まで曲げてお礼を行って来た。さっきまで僕らを馬鹿にしてた人間とは思えない変わりっぷりだ。

　僕らの実力を認めた証拠だろうか。もしかしたら今の彼なら、リンが獣人と言うだけで文句を言っている子を何とかしてくれるんじゃないだろうか？

「大切な生徒たちの命を助けていただき、本当に感謝します」

　生徒３人はバツの悪そうな顔をして、目をそらしている。

「いえ、これも仕事なので」

「その、彼女は大丈夫なのでしょうか？」

　僕の背中に居る少女、リンの心配をしてくれているようだ。

「はい、キラーベアの爪が……」

　先ほどのヒステリックになっていた女の子が、僕と教員の会話に無理やり割り込んできた。

「先生、アイツ獣人ですよ！　アイツがモンスター呼びこんだんですよ！」

　彼女は引率の教員の腕を右手で引っ張り、左手でリンを指さしている。

「私さっき見たんです。アイツが帽子取ったら、汚らしい獣人の耳が生えているのを！」

　いい加減我慢の限界だ。

　人に文句をいう事しか考えていないのか？　

「お、おい。本当にソイツ獣人なのかよ」

「そうよ！　本来ならキラーベアなんてこんな所に出てこないわ！　ソイツが獣人だからモンスターが寄ってきたのよ！」

　サラがキレた。

「……黙れ」

　いまだに騒ぎ立てる学生の目の前に、青い火柱を立った。

　火の上級魔法ファイヤピラー。これをサラが無詠唱で唱えたのだ。

「うわっ」「キャアアア」「あぶねぇだろ！」

　驚き方は三者三様だった。

　危ない？

　さっきまで君たちがやっていた事を理解して言ってるのか？

　っと、それよりファイヤピラーをどうにかしないと、このままじゃ周りに燃え移り火事になる。

　すると、バケツをひっくり返したような雨が降り、皆が空を見る。

　空には不自然に、自分たちがいる所にだけ雨雲ができている。水の上級魔法ヘヴィレインだ。

「えっ……なんで詠唱もしてないのに上級魔法が？」

　生徒がポツリと呟き、ハッとなりサラを見た。　

「まだ言うなら、次は外さないから」

　それだけ言うと、サラは帰り道の方角へ歩いていく。

　ずぶ濡れになった彼らだが、非難の声を上げない。と言うか上げれない。

　上級魔法を無詠唱で放つ相手だ。自分達じゃ勝てないと悟ったのだろう。流石に実力差を知り表情が固まっていた。

　彼らに言いたいことは色々あるけど、ひとまず溜飲が下がった。

　今回の依頼は、失敗だな。

「申し訳ありませんが、今回の依頼は破棄させていただきます」

「えっ……あ、あぁ」

　そのまま踵を返し、サラの後を追う。

　後ろから「あんな奴らほっといて、卒業試験続けましょう」と言う声が聞こえた。もう勝手にやっててくれ。

　☆　☆　☆

「うぐっ……うっ……」

　サラは唇を噛んで泣いている。噛んだ唇からは血が流れてるが、それでもギリギリと噛むのをやめない。

　アリアがサラの頭を撫でてみるが、すぐに手を払い除けられた。

　アリアもいつもの無表情で泣いている。僕は二人にどうやって声をかければいいか分からない。

「……ごめんなさい、です」

「なんでリンが謝るのかな」

「リンが獣人だから……皆に迷惑かけているです……」

　僕の背中で、小刻みに震えているリン。必死に泣いているのを隠そうとしているのだろう。

　既に僕の背中は、リンの涙と鼻水でグショグショになっていて、隠しきれていないが。

「別に迷惑じゃないし、獣人とかそんなの関係ないよ。大事な仲間だから……だから、もう泣かないで」

「それは無理です」

「なんで？」

「だって、エルクも泣いてるからです」

　そっか、僕も泣いてるのに、泣き止めなんて言えないよな。

　僕も泣きやめそうにもないから、せめて一緒に泣こう。