第8話「卒業試験」

 依頼について話が終わり、僕らはスクール君の案内で武器屋に向かった。

 アリアの盾を探すためだ。 

 アリアが前に使っていた盾は、火竜と戦った際に火球と薙ぎ払いで見るも無残な姿で使い物にならなくなっていたので捨てた。


 案内で到着した武器屋は、ヴェルでは一番大きい武器屋だそうだ。店からは鉄を叩くような音が響き渡っている。

 店に入ると、所狭しと武器が並べてある。奥の方には武器以外のものも沢山並んでいるのが見える。

 目的はアリアが使うための盾を探す事だけど、変わった形の珍しい武器もあるせいで、つい立ち止まって見入ってしまう。

 そんな僕らを見て、男性が近づき声をかけてきた。


「いらっしゃい。何か探し物かね?」


 彼はどうやらここの店員さんのようだ。


「盾を見せて欲しい」


 アリアのぶっきらぼうな反応に、店員さんはニコニコしながら指差す。


「盾ならあっちに沢山あるから見ていきな。欲しいものがないなら、オーダーメイドも受け付けているよ」


 ふむ。オーダーメイドか。

 そういえばドラゴンの皮や鱗は鉄のように硬い。もしかしたら、これを素材にして作って貰えば、出来合いの物よりも良いものが出来るんじゃないだろうか?


「あの、ドラゴンの皮と鱗があるのですが、これを素材に盾を作ったら、良い物はできますか?」 


 そう言って僕はドラゴンの鱗を取り出す。

 

「すまん。流石にそれは俺じゃわからねぇ。ここの主人を呼んでくるから待っててくれ」


 そう言って店員さんが奥に行くと、黒いエプロン姿にハンマーを持った男性を連れて戻ってきた。

 彼がこの武器屋の主人らしい。

 僕の持っている鱗をまじまじと見て、少しだけ驚いた表情をしている。


「ほう。これはドラゴンの皮と鱗だね。こいつはまた珍しいものを」


「これを素材に使ったら、良い盾が出来るかなと思いまして」


「確かにこいつを使えば良いものは出来るが、どれくらいのサイズの盾が欲しいんだ?」


 武器屋の主人に、アリアは両手を使ってサイズを表現する。


「これくらい」


「タワーシールドサイズか、そいつはちと無理だな」


 大型の盾を作るには鱗が足りないと説明してくれた。

 皮なら足りるから、皮を貼れば普通の鉄の盾くらいの強度のものは出来るらしいが、鉄の盾と性能の大差がなく。皮の強度に合わせた作りになるせいで重量も大差がなくなってしまうとか。しかもオーダーメイド料金で鉄の盾を買うよりも高くついてしまう。 

 性能に大差がない上にオーダー分のお金がかかるなら、出来合いの盾で良いと言うアリアの提案で、彼女は適当に盾を物色しに行った。


「なんだ。作らないのか」


「鉄の盾と大差ないのに、わざわざオーダーメイドする必要あります?」


「周りに自慢できるぞ」


 あ、はい。


「ふーむ。そうだな。その鱗の量なら、円盾くらいは作れるがどうするよ?」


 武器屋の主人は、鱗を使えば鉄の盾と比べ物にならない性能の物が出来ると付け足した。


「どのくらいのサイズになりますか?」


 僕の質問に、「えーっと、それなら」と言いながら、店内に並べてある盾を一つ手に取った。


「大体これくらいだな」


 顔よりちょっと大きい程度か。

 小さい代わりに加工が簡単なので、重量も軽いものが作れるらしい。

 問題は作っても誰が装備するか。


「もし作ったら、サラは使う?」


「私はいらないわ。邪魔だし」


「リンもいらないから、エルクが使うと良いです」


 盾は僕が使う事になった。丸いラウンドシールドの上にドラゴンの皮を貼り、その上に鱗を数枚固定した盾だ。

 殆どの属性に対して耐性があり、鱗と皮は生半可な攻撃は完全に防げる耐久性がある。


「どうせなら鎧とかの方が欲しかったかな」


 手に持つより、着てる方が楽そうだし。


「それならアンタにはエプロンがあるじゃない」


 そう言ってサラは、僕の道具袋からエプロンを取り出す。

 胸元に大きなハートが入ったフリフリのエプロン。ヒートスパイダーの糸が練り込まれているらしく、高性能ではあるらしいが。

 

「もう、やめてよね」


 サラからエプロンを取り返す。


「それならサラが着る?」


「絶対に嫌」


 なおも笑っているサラだが、武器屋の主人は真顔でエプロンをガン見して言った。


「待て、こいつは……ドラゴンの皮や鱗で作った鎧なんかよりも高性能だぞ?」


 場が凍った。


「嘘でしょ?」


「本当だ」


 サラが引きつった笑いをしている。リンも信じられないといった様子だ。

 ドラゴンの皮や鱗よりもエプロンのが性能高いって……。


「しっかし、なんでこんなデザインにしちまったんだ?」


 冒険者ギルドの職員さんの趣味です。

 趣味で作って良いものじゃない気がするけど。


 盾を作ってもらい、余った皮と鱗はそのまま買い取ってもらった。盾の代金を差し引いても5ゴールドのお釣りが来たので、宿に戻りシオンさん達と2ゴールド50シルバづつ山分けした。

 盾に使った素材分の代金も渡そうとしたのだけど、そちらは頑なに断られたので、代わりにその日はシオンさん達はごちそうをした。


 

 ☆ ☆ ☆



 スクール君と依頼の日取りを話合い、お互い特に予定が無いので、そのまま次の日で決まった。

 翌日。現地集合と言う事で、魔法都市ヴェルの北側にある森の前に着いた。


 卒業試験に挑む班は、スクール君を含め4人、スクール君以外は全員女の子だ。

 女の子たちは、スクール君と距離が近い、というかほぼ密着している。いわゆるハーレム状態だな。


 引率の教師は、見覚えのある初老の男性。確か座学で「魔法は生まれ持った素質よりも、使い手のセンスが重要だ」と力説してた教師だ。

 いつもスーツ姿で、右目には片眼鏡をかけており、昔と比べると白髪が増えているが、僕の通っていたころとあまり変わっていない。


 魔術師としてはそれなりに実力はあるらしいのだが、魔術の才能とどこまで高位の魔法が使えるかを重要視している学園なので、彼は生徒からも教員からもあまり良く思われていない。


「釜戸に火を付けるのに超級魔法を打つバカは居ない。家庭用魔法で十分だ。大切な事は最善手を選ぶことだ」と最初の授業で先生が言った言葉は今でも覚えている。

 名前は確か、ジャイルズ先生だったはずだ。

 挨拶をそこそこに、僕らはキラーファングを探しに森に入って行った。



 ☆ ☆ ☆



 リンの索敵能力は高く、かなり離れた所に居てもモンスターを見つけてくれる。

 と言っても、見つけられるが見分けられるわけではない。モンスターのいる方向へ行ってみたら、違うモンスターでしたと言う事もある。


 そして1匹目のキラーファングが見つかった。

 リンが遠回りをして、キラーファングを反対側から追い込み、こちらに向かってきた所をアリアが止めると言う作戦だ。

 リンがナイフを投合して、キラーファングの顔をかすめる。


「アリア、そっちに行ったです」


「わかった」


 キラーファングがアリアの居る方向へ向かって走り出す。

 アリアは盾をどっしりと構え、飛びかかってきたキラーファングに向かって、盾に隠れるようにしながら突進をする。


 ぶつかり合った反動で、お互いが後ろに吹き飛ぶ。

 もう一度盾を構えなおすアリア。

 対してキラーファングは姿勢を低くして飛びかかるチャンスを伺うが、突然「キャウン」と可愛い鳴き声を上げてその場に倒れ暴れ出す。

 

 吹き飛んだキラーファングに、リンが音もなく近づき、後ろ脚を斬り付けていたのだ。

 ヒットアンドアウェイの要領でリンがすぐさま下がると、スクール君達の詠唱が始まった。

 危険を察し逃げ出そうとするキラーファングだが、リンに付けられた傷が深いのか後ろ足を引きずっている。

 そんな状態でまともに逃げ切れるわけもなく、スクール君達の集中砲火にあえなく沈んだ。 


 アリアとリンの連携は完璧だった。しかしリンが動けなくしたキラーファングのトドメを刺すだけでもOKなのだろうか?

 不安になって聞いてみたがOKらしい。

 「功を焦って味方に被害を出すような魔法の打ち方をしていないので、協力して倒した扱いになる」との事。



 ☆ ☆ ☆



 5匹目のキラーファングを倒したところで、ひらけた場所についた。丁度いい時間だし、僕はお昼休憩を提案した。

 アリア達はともかく、スクール君達は疲れが出て来たのだろう。僕の提案に喜んで乗ってくれた。


 お昼休憩と言えば、勇者の仕事! そう、お昼ごはんだ!

 今日のお昼は大量のサンドウィッチ。卵にサラダに鳥の照り焼きに様々な種類を用意してある。


 と言うのも、久しぶりにパンを切り分けれる事で、サラが張り切った。そして張り切り過ぎた。

 朝から大量の切り分けられたパンを見て頭を抱えそうになったが、リンに伝言をお願いして、スクール君達にお昼ご飯はこちらで用意することを伝えた。

 それでもまだ多かったので、同じように卒業試験の依頼に向かうシオンさん達にも渡してある。


「すごい、普通のサンドウィッチなのに何か味が違っててすごくおいしい」


「この照り焼き、少し焼きが多くて香ばしいから私の好み」


「そう言えばエルク君は、寮時代に皆に料理を作ってくれてたよね。その頃よりもうんと腕を上げたんだね。凄くおいしいよ」


 スクール君達がしきりに僕の料理を褒めてくれるのが少し誇らしい。

 隣ではサラがドヤ顔をしているから、後でパンを綺麗に切り分けれた事を褒めてあげよう。褒めた後に作り過ぎたことを叱るから覚悟しててもらおう。


「魔法は台所から生まれたとも言われている。このタマゴサンドにしてもそうだ。普通にヴェルで売っている卵だが、ゆで卵にして切るときに出来るだけ均等にしている。それが普通のタマゴサンドとは違い味の調和を生み出している。この味は立派な魔法だよ、エルク君」


 穏やかな顔で、ジャイルズ先生が僕を褒めてくれた。


「キミは当時から優秀だった。魔法の適性は低いと言われていたが、努力を怠る事無く、出来ない事をいろいろ工夫して何とかしようとする姿勢は、他の子にも見習わせたかった」


「えっ、僕の事を覚えているんですか?」


「もちろんさ、『水の初級魔法コールドボルトと、風の上級魔法サンダーストームを合わせれば、疑似的なストームガストを生み出せないでしょうか?』なんて言ってきた生徒はキミくらいだ」


「今思えば恥ずかしい思い出です。僕は家庭用魔法も使えなかったのですから」


「使えるかどうかは問題じゃない、その姿勢が素晴らしいのだよ。キミは胸を張っても良い」


 少し涙が出そうになった。落ちこぼれの僕なんかを目にかけてくれて居たんだ。

 イジメられていて周りを見る余裕が無かったけど、もし当時の僕がそれに気づいて、ジャイルズ先生を頼って居たら……いや、やめよう。

 そのおかげで、僕は今最高の仲間たちと冒険者をしているんだ。


「その照り焼き、リンのです」


「もぐもぐ、早い者勝ち」


「何ちゃっかり2つも取ってるのよ! それは私の分よ!」


「もぐもぐ、所詮この世は弱肉強食」


 隣でいつもの争奪戦をしている最高の仲間たちを見る。うん、見なかったことにしよう。

 スクール君達はちょっと引きつった笑顔で、先生は目を細めて暖かい目で彼女たちを見ていた。



 ☆ ☆ ☆



 卒業試験のキラーファング狩りは、その後も何も問題なく終わった。

 戦闘に関しては、勇者の僕に出番が無いのは当然ながら、魔術師が引率の教員含めて5人もいるせいで、サラもすることが無く暇そうだった。


 8匹目のキラーファングを倒した所で試験に見事合格し、スクール君達から何度もお礼を言われた。

 

「凄く簡単な依頼だったです」


「うん」


「僕は何もしてなかったけどね」


「アンタは荷物持ちとお昼を用意してたじゃない。私なんて本当に何もしてないわよ」


「でもサラの魔法見て、皆驚いてたね」


「ま、まぁね」


 何もすることなくそわそわしてた彼女に、先生が「君はどんな魔法が得意なのかね?」と気を使って声をかけてくれたのだ。

 山の中なので火事になる恐れを考慮して、火以外の上級魔法を無詠唱で打つサラを見て。皆驚いていた。


 本来5年通って上級魔法が1つか2つ覚えれば十分優秀なレベルなのだ。しかもそれを無詠唱でやってのけるのだから驚くのも無理はない。

 スクール君達のリアクションを見て、改めて彼女の凄さを思い知った。


「もし他の指名依頼を受けれるなら、卒業試験の依頼を受けても良いと思う」


「リンも賛成です」


「そうね。報酬も悪くないから、私も賛成よ」


「うん。それじゃあ明日も依頼があったら受けようか」


 この時、正直浮かれていた。

 もう少し、慎重になっていれば。

 僕は後になってそう後悔した。

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