第2話「炸裂!超級魔法ロード・オブ・ヴァーミリオン」
この辺でドラゴンが出るなんて、聞いたことが無い。
普段は山奥に縄張りを作って、稀に迷い込んだ人が餌食になるくらいで、こんな平地に現れる事は無いはずなのに。
っと、今はそんな事を考えている場合じゃない。この場をどう切り抜けるか考えなければ。
ドラゴンの目をじっと見る。もしドラゴンから目を逸らせば、その瞬間に襲われかねない。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
ドラゴンが翼を大きく広げ、天を仰ぎ、咆哮する。
完全に僕たちを威嚇しているようだ。
聞く者を失神させそうな程の咆哮を上げ、こちらに一歩づつズシンズシンと地響きを立てながら近づいてくる。
最初に動いたのはアリアだった。『瞬歩』でドラゴンの足を切り抜け……ようとしたが剣が弾かれて飛んでいった。
ドラゴンがその巨体に似合わぬ速さで体を動かし、尻尾を振り回す。ドラゴンの後ろに回り込み、尻尾の届く範囲からギリギリ離れたアリアだが、その風圧だけで吹き飛ばされた。
吹き飛ばされ、数メートルほどゴロゴロと転がり、急いで起き上がる。起き上がった際に右手を抑えているのが見えた。もしかしたら手首を痛めたのかもしれない。
そのまま飛んで行った剣の元まで走り、アリアは素早く拾い上げる。
どうすればこのドラゴンを倒せるだろうか?
ゴブリンの首を簡単に跳ね飛ばすアリアの腕力を持ってしても、ドラゴンには少し傷が付いた程度のダメージしか与えられないのだ。
「サラ、魔法でダメージは与えれるかな?」
「実はさっきのコールドボルト、頭を吹き飛ばす気で放ったんだけどねぇ」
「ははっ」
僕もサラも乾いた笑いしか出ない。
ゴブリンの腹を貫通するレベルのコールドボルトも、顔に小石が当たった程度の反応しかなかった。
こんなのを相手にするのは、今の僕らでは無理だ。
アリアとリンが、何度か隙を見てドラゴンに切りかかるも、全く効いていない。皮か鱗、もしくはその両方が相当硬いのだろう。
二人が離れるタイミングに合わせてサラが魔法を打つが、やはり全身にある鱗が、その攻撃を尽く防いでいる。
クソ、こんなのどうやって相手すればいいんだ。
これではただの消耗戦だ。どこか一つミスをしただけで、そのまま全滅してしまう。
かと言って逃げ出したとして、逃げ切れないのも目に見えている。
一瞬、ドラゴンが立ち止まると、口が大きく膨らんだ。
直後、開かれた口から、直径1メートルはあるであろう火の玉がアリアを襲う。
「アリアッ!」
僕達はアリアに火球が直撃するのを見て叫んだ。あんな攻撃を受けたらひとたまりもない。
「大丈夫」
アリアは無事だった。
カイトシールドを構え、何とか防げたようだが、所々焼け焦げ、痛々しい姿になっている。
そして火球を防ぐ事に気を取られていたのだろう。
ドラゴンが右手を大きく振り上げ、アリアに振りかかっていた事に気付くのが遅れた。
気づいたときにはもう遅かった。彼女は避ける事が出来ず、盾を構え衝撃に備えるのが精いっぱいだったようだ。
ポーン、とボールのように吹き飛ばされるアリアを、僕とサラは少し離れたところで見ている事しかできなかったのだ。
「サラ、一つ提案がある」
「な、なによ?」
目を真っ赤にして、杖を抱いて震えているサラの肩を掴む。
正直やりたくないんだけど、仕方がないか。
「僕が囮になる。その間にアリアを抱えて、リンと逃げてくれ」
「何……言ってるの?」
「このままじゃいずれ全滅だ。だから僕が囮になる。その間に逃げて欲しい」
僕の提案に、サラは首を横に振る。
「ゴメン、足が震えて立ってるのも精いっぱいなんだ。肝心な時に足手まといだよね」
彼女の頬を涙が伝っている。本当は怖くて今にも泣きだしたいはずだ。
手も足も声も震えている。だけどそんな状態でもリンのサポートの為に魔法を放っている。
リンにも疲れが見えてきている。しかしリンが攻撃の手を休めれば、ドラゴンは倒れて動けなくなったアリアにトドメを刺しに向かうだろう。
どうする? どうする?
ここで彼女たちを置いて逃げだせば、もしかしたら生き残る事が出来るかもしれない。
そんな考えが頭をよぎり、僕は頭を振りその考えを飛ばす。
ダメだ、そんなことして生き延びた所で、僕は一生後悔する。
引き籠って居た頃よりも最低な所にたどり着くだろう。そんなのは生きているとは言えない。
ドラゴンを倒せるだけの力が欲しい、ドラゴンを倒せるだけの力……。
そういえば、勇者アンリの伝説でドラゴンを倒す場面があったはず。確か仲間と共に超級魔法でドラゴンを倒すシーンだ。
「サラ。超級魔法は使える?」
「使えるわけないでしょそんなの、そもそも詠唱が長くて覚えれないのに……」
魔法はランクが高くなるごとに詠唱が長くなる。
ある程度詠唱を省ける魔術師もいる。詠唱自体はイメージを強くするためだけの物なので別に無くても良い。むしろ無い方が威力が上がると言う人も居るそうだ。
だがそれは上級までの話であり、特級より上はどうしても詠唱が必要になって来る。
なので高位の魔術師は暗記力も必要になって来る。
じゃあ紙に書けば良いと思うが、詠唱を本に書いて復唱する場合は、どうしても『見る』『読む』『詠唱する』の3つが入るため、イメージ力が弱くなり、失敗するケースがある。
「サラ、今から僕が超級魔法の詠唱するから、その後に続いて詠唱して欲しい」
「でも、特級すら成功した事なんてないのに……」
弱気になっている彼女の肩を揺さぶり、顔を近づける。
普段は目を吊り上げ、怒っている彼女だが、こうしてみると思ったよりも凄く華奢な体をしている。
弱気になっているせいで、サラが一回り小さく感じる。
「このまま何もしなければどうせ死ぬだけだ。それならせめて最後まで足掻こう?」
「わ、わかった」
「リン、今から超級魔法を唱える。合図をしたらアリアを連れて離れて欲しい」
「わかったです!」
サラが超級魔法を使えない事なんて、一緒に居たリンの方が良く分かっているはず。
なのに疑いもせず、二つ返事をしてくれた。
ドラゴンが爪を振り払うたびに、彼女は紙一重で避けていき、ふわりふわりとスカートがなびく。
隣にいるサラにうなずき、僕は詠唱を始める。
「雷神トール。その姿は山々よりも高く、その身体は炎よりも熱く燃える」
詠唱の序章、それはトールの姿を褒め称える詩から始まる。
「ら、雷神トール、その姿はやま? や、やま?」
ダメだ。サラが軽くパニック状態に陥ってる。
僕に続いて詠唱する事すらままならない程に。
僕を見つめ、「大丈夫」と言って笑顔を見せようとするが、上手く笑うことすら出来ず、完全に泣き出してしまった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私、無理、もう頭がぐちゃぐちゃで。エルクが何か言ってるけどちゃんと聞こえなくて、失敗したら皆死んじゃうのに、ごめんなさい」
普段は泣きそうになっても気丈にふるまおうとしている彼女が、声を出しわんわん泣いている。
「大丈夫。大丈夫だから」
そっと彼女を抱きしめて、頭を撫で、僕の胸の中で嗚咽を繰り返す彼女の背中を、ポンポンと叩いてあげる。
リンはまだ大丈夫だろうか? ふと心配になり見てみると、リンと目が合い……ニヤニヤと笑われたぞ!?
「まだ余裕があるから落ち着かせてあげるです」と言いたいに違いない。決して「別に、まだイチャついてて貰っても良いです」と言いたいわけじゃないはずだ。リンなりに僕らに気を使ってくれてるんだ。きっと。
まだ小さな嗚咽を漏らしながらも、サラは少し落ち着いてきたようだ。震える手に僕の手を重ね、二人で杖を持つ。
「もう、大丈夫?」
「うん、でもまだ怖いから……離さないでね?」
上目遣いに見てくるサラに、ドキっとしてしまう。平常心を保たなければ、今度は僕が詠唱を間違えてしまいそうだ。
「離さないよ。だって僕も怖くて手が震えているんだから」
軽口を言って、自分の気持ちをごまかしてみる。
ふぅ。落ち着いた。冷静になったら今度はドラゴンの恐怖が蘇ってきた。あわわわ。
「雷神トール。その姿は山々よりも高く、その身体は炎よりも熱く燃える」
「雷神トール。その姿は山々よりも高く、その身体は炎よりも熱く燃える」
詠唱の序章、それは5節近くあるトールの姿を褒め称える詩から始まる。
僕に続いてサラが詠唱をする。落ち着いて一言一句復唱している。これなら大丈夫だ。
「かの者が力を振るえば、全てを燃やし、全てを薙ぎ払い、全てを破壊しつくす雷鳴となる」
「かの者が力を振るえば、全てを燃やし、全てを薙ぎ払い、全てを破壊しつくす雷鳴となる」
中盤は10節近くのトールの雄弁を語る詩になる。
「あぁ、矮小なる我が身で、力を借り受ける事を許したまえ。偉大なる我らが戦士、雷神トール」
「あぁ、矮小なる我が身で、力を借り受ける事を許したまえ。偉大なる我らが戦士、雷神トール」
最後は3節程の、トールの力を借りる事に許しを乞う詩で終わる。
「ロード・オブ・ヴァーミリオン!」
「ロード・オブ・ヴァーミリオン!」
詠唱は無事終わった。
その瞬間に、晴天だった青空が段々と雲で覆われ、一瞬で辺り一帯が暗くなった。
ゴロゴロ音を立て、雨雲が雷鳴を響かせている。どうやら成功したようだ。
「リン、離れて!」
急いでリンに叫ぶ。このままではリンまで巻き込まれてしまう。
リンがバックステップでドラゴンから距離を離し、『瞬歩』でアリアの元まで行き、担いで走り出そうとした。
その瞬間。一筋の雷光がドラゴンを襲う。
「グォオオオオオオオオオオオオオオ!」
今までは何をしても反応がなかったが、流石にこれは効いたのだろう。
ドラゴンが悲鳴のように雄叫びを上げる。
そしてドラゴンに向かって、何度も雷が落ちていく。が範囲が段々広がっていく。
「ウソッ!? 制御が利かない。このままじゃここも危ないから逃げ……」
全てが白に染まり、一瞬遅れて衝撃が来た。
轟音と光が僕らを襲う。もう何も聞こえないし、何も見えない。完全に感覚が麻痺している。
でも、とっさに抱きしめたサラが、僕の手の中に残っているのだけはわかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます