第2章「魔法都市ヴェル」

第1話「想定外」

 ゴロゴロ、ガタガタと音を立て、僕達を乗せて馬車が走っていく。

 今は護衛の依頼で魔法都市ヴェルまで同行している。


 5年間引き籠り、無職だった僕は冒険者になった。

 冒険者になったと言っても僕の職業は『勇者』、仕事は料理、洗濯、荷物持ち。

 そして、パーティの応援だ! 騎士のスキルは両手持ち! 僕の仕事は太鼓持ち! ってか。

 おっと、前方に見えるのはゴブリンの群れかな。


「コールドボルト」


 氷の矢を飛ばす水初級魔法≪コールドボルト≫で、ゴブリンの群れを少女が一掃する。彼女の名前はサラ。

 紫がかった綺麗なプラチナの長い髪、透き通るような赤い瞳、ややツリ目ガチだが、整った可愛らしい顔つきをしている。背丈は僕と大して変わらない。

 全体的に黒を基調としたノースリーブの服にアームウォーマー、ミニスカートにハイソックス、手には拳大の赤い魔石が植え付けられている黒い杖を持っている。見ての通り魔術師だ。


「流石サラさん! 魔法を打てば百発百中っすね!」


「エルク! それはやらないでって前に言ったでしょ!」


 サラに、勇者のスキル『覇王』―とにかく大声で褒めちぎる―を使ったのだが、怒られてしまった。

 前やった時に、彼女には「もう二度とやらないでね」と言われてたから、怒られるのも仕方ない。だがこれは護衛依頼の依頼主からの要望でもあったのだ。


「勇者さんって、パーティではどんな事してるんですか?」


 休憩中にそんなこと聞かれた直後のタイミングでゴブリンの群れと遭遇したのだ。やらないわけにはいかない。

 顔を真っ赤にしながら怒るサラ。僕は「ごめんごめん」と謝りながら両手を上げる、無条件降伏のポーズだ。


 なおも幕したてようとするサラを相手にしていると、不意に僕の服がクイクイと引っ張られる。僕の服を引っ張ってる主を見る。

 彼女の名はアリア。

 ブラウンの長髪、ブラウンの瞳、丈の短い青いサーコートにショートパンツ姿で腰には剣を携えている。

 立たせたら胸元まではあろうカイトシールド、戦闘時には腕に装着するが、それ以外の時は背負っている。

 パーティの前衛を担当している聖騎士だ。


 なおも僕の服を引っ張るアリア。無表情で無言だが言いたいことは何かわかる。


「わかったわかった。ご飯にしよう」


 アリアがお腹を鳴らしながら、僕に催促してくるが、そのためにはまず、怒っているサラをどうにかしないといけない。


「サラ。今からお昼を作ろうと思うんだけど、手伝ってもらえるかな?」


 料理が好きなのだろうけど、その腕前は壊滅的なため、料理をするタイミングがない彼女にとって、僕のわかりきったご機嫌取りでも乗らざるを得ない提案だ。


「次やったら、フロストダイバーでアンタの首から下を氷漬けにするからね」


 フロストダイバー、狙った対象を氷漬けにする水の上級魔法か。

 怖いな。流石にそこまではやらないとは思うけど、それに近い事はされそうだ。

 苦笑いを浮かべながら、昼食の準備を始める。


「『覇王』はアリア辺りにやれば良かったのに、エルクはバカです」


 僕の背後から皮肉を言ってくる少女。見た目12歳前後に見えるが、実際は僕やサラと同い年の獣人の少女リン。

 ショートカットの金色の髪。前髪は可愛らしく綺麗に真横に揃えられている。

 黒と赤を貴重にしたドレス……ゴシックロリータと言う服装だろうか? 頭には獣人族の耳を隠すためか、ボンネットをかぶっている。

 冷ややかな目で僕を見ている。


「そうだね、次はリンでやってみようかな」


 そう言って僕はリンの頭を撫でる。リンの頭の位置は丁度撫でやすい位置にあるから、たまに無意識に撫でてしまう時があるんだよな。


「チッ」


 軽い舌打ち。別に怒っているわけではなく、リンの照れ隠しだ。とはサラの言だ。

 たまにやり過ぎて、本気っぽい舌打ちも貰ったりするけど、今のは大丈夫な方の舌打ちだと思う。

 やり過ぎて機嫌を損ねると、しばらく顔を合わせてくれなくなる。

 パーティの斥候をしているだけあって、機嫌を取るために無理やり顔を合わせようとしてもキレイに避けられてしまうから、下手をするとサラやアリアよりも機嫌を取るのが難しい。



 昼食の準備。

 町を出る際に護衛依頼を出した商店の主から、餞別に貰ったウインナーを焼いている。

 ある程度日が経ってしまい、店に出せなくなった物だから、悪くなる前にすぐに食べてくれと言われたので、町を出た初日目のお昼のオカズにするつもりだ。


 ウインナーを焼くのをサラに任せてみたが、ちょっと色が付いただけでオロオロしながら「ねぇ大丈夫? まだ大丈夫?」としている姿が微笑ましい。

 良い感じに焼けてきたウインナーの匂いに釣られて、アリアがじーっと見ている。

 時折こっちを見て「まだ?」と言いたそうな顔をしている姿は、待てを命じられた大型犬のようだ。

 サラがビクビクしながらウインナーを裏返すと、それに合わせてアリアも顔を動かす。

 少し離れた所で、リンが護衛依頼の対象者の女性陣に絡まれて困り顔をしているのが見える。


「きゃー、可愛い。ねぇねぇ普段からこういう服着るの?」


 依頼者でもあるから下手な事が出来ず、もはやなすがままになっている。

 時折こっちに助けの視線を感じるが、初対面の女の子達の集団に入り込めるほどの勇気はない。

 料理をしているサラから目を離すわけにもいかないしね。うん。


 彼女たちは針子―衣類を作る人の事―らしく、職業的な意味でリンが気になって仕方ないらしい。

 たまにサラやアリアにも服についてあれこれ聞いたりしている。特にアリアは鎧も着ているから、鎧の上から着たりする服を考えるために、身体中を良く触られているとか。


 本人は気にしてないのか無表情だが、せめて僕の前では辞めて欲しい。胸とかを触っているのをたまたま目撃してしまい、目撃している僕をサラが目撃してビンタを貰う場面もあった。流石に理不尽だ。



 ☆ ☆ ☆



 旅自体は順調だった。出てくるモンスターもゴブリン程度で、馬車を止めるまでもなく、サラが遠くから魔法で次々と倒してくれる。

 アリアが御者をして、その隣で僕が彼女が暇をしないように話をしたり聞いたりする。リンが周りを警戒し、モンスターの気配があれば、それをサラが魔法で迎撃している。

 

 そして道具屋で買った魔力式簡易シャワーだが、大いに役立つ事になった。

 女性としては身なりを綺麗にしておきたいのだろう。初日目の夜に魔力式簡易シャワーを使っているサラを見て、依頼主の女性たちが「お金を支払うから、自分達にも使わせてくれ」とせがんできたそうだ。

 

 悪くない金額を貰えたそうだが良い事はそこじゃなく、リンの裸を見られ獣人だとばれたのだが、彼女たちは依然リンに対して態度を変えなかったそうだ。

 人見知りのような態度を取っていたリンが、少しだけ彼女たちに対して心を開いたようだ。



 ☆ ☆ ☆



 問題が起きたのは3日目の、お昼になろうかと言う時間だった。

 リンが空を見るなり、突然「逃げるです!」と大声で叫んだ。


「リン、どうしたの? ……大きな、鳥?」


 空を飛ぶ、大きな鳥。

 いや、大きいってレベルじゃない。大きすぎる!

 そんな得体の知れない生き物が、こちらに向かってまっすぐ飛んでくるのだ!


 その生き物が僕らの前に、ズシンと地響きをたて舞い降りた。生き物の周りには砂煙が舞う。

 その衝撃で僕らの馬車は転倒し、外に投げ出された。


 針子の女性達を乗せた馬車は無事のようだ。


「危険です! 先に行ってください! 僕らも後で向かいますから!」


 僕の声が聞こえたのかわからないが、彼女たちが乗った馬車はそのまま走っていった。

 巨大生物が唸り声を上げて僕らに背を向ける。彼女たちを追うつもりか!?


「コールドボルト」


 そんな巨大生物の顔にむけ、サラがコールドボルトを放った。

 巨大生物は、ゆっくりとこちらを振り返る。よし、注意が完全にこっちに向かった。

 これで彼女たちは逃げ切れるはずだ。


 盾を構えたアリアが、僕を庇うように前に立つ。その横でリンが短剣を構えている。

 見た感じ服が土で汚れている程度で、誰も大きなケガをしていないところを見ると、馬車から飛び出した際に受け身は取れたようだ。

 サラが杖を構え、パーティは戦闘準備万全かな。


 だけど全員が無傷であっても、正直今の状況は最悪だ。

 出来る事なら目を合わしたくないが、僕らの目の前にいる巨大生物を見る。


 そいつは5メートルはあるだろう巨体を、赤い鱗で覆っている。この鱗は生半可な攻撃じゃ傷付けることすら不可能な硬度を持っているらしい。

 対峙する僕らをギロリと睨むように見て、大きく翼を広げた。

 口から炎を吐きながら、聞くだけで失神しそうになる程の低い唸り声を上げて、こちらを威嚇している。

 普段強気のサラの口から「ひっ」と声が漏れるのが聞こえた。サラが恐怖するのも仕方ない。僕だって怖くて今すぐにでも失神しそうなくらいだし。


 僕らの前にいるのは、正真正銘のドラゴンだった。

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