第16話「聖騎士アリア」


 ――アリア視点――


 私は両親の顔も名前も知らない。

 生まれて間もない私は、教会のマリア様の像の前に捨てられてたらしい。らしい、と言うのは私にその頃の記憶が無くシスターから聞いただけなので、それが本当かどうかはわからないからだ。


 マリア様の像の前で捨てられて、泣いていた赤子の私を拾い上げた教会のシスターが「マリア様のような、慈愛を持った子に育ちますように」とマリア様から名前をとって、アリアと名付けたそうだ。

 幼い頃の私は、毎日一生懸命にマリア様に祈りをささげた。そうすれば私のようにマリア様が助けてくれる。皆を幸せにしてくれると、本気で信じていた。


 それから少しだけ成長した私は、祈ってもマリア様は助けてくれないと知った。それでも祈った、縋るような気持だった。祈りが届けばきっと助けてくれるんだ、って。

 祈って、祈って、祈って……そしてどうにもならない現実を前に泣いて。私の出した結論が「マリア様が助けられないなら、私(アリア)が皆を助ける」そう言って近くの剣道場の門を叩いた、救う為の力を求めて。

 教会で治療魔法や退魔魔法を学び、剣道場で剣術を学ぶ。決して楽ではなかったけど、私がマリア様の代わりに人助けが出来ると思うと、それだけで苦労なんて気にはならなかった。

 


 ☆ ☆ ☆



 少しづつ強くなるたびに、頼られることが増えていった。

 イジメっ子のガキ大将を懲らしめ、悪い大人をシメ上げ、モンスターや悪霊を退治して、アリアと言う名前に恥じないように必死に戦った。

 その功績が認められ、私は名誉ある聖騎士パラディンに選ばれた。その時は誇らしい気持ちで一杯だった。マリア様を主君と決め、マリア様の剣であり盾である、聖騎士になったんだと。



 ☆ ☆ ☆



 聖騎士として、司祭ビショップの先導の元、他の聖騎士と巡業した時に事件が起こった。


「どうか、お恵みください。何日も食べ物を口にしておらず、飢えた子供がいるんです」


 物乞いをしている獣人族の老婆。その後ろには、年端も行かない少年を連れている。 

 どちらも見るからに痩せ細っており、ボロを身に纏っている。お金も無く物乞いをしているのだろう。


 施しを、そう思ったのだが、周りの様子がおかしい。誰一人として獣人族の老婆と少年を見ようとしないのだ。


「どうか、お願いします」


 それでもと、しがみついた獣人族の老婆を、司祭様は強引に振り払ったのだ。


「しつこい。お前たちのような薄汚い獣人を、マリア様は救いはしない」


 酷い言葉だった。司祭様は「マリア様は獣人は救わない」と言ったのだ。

 慈愛に満ちたマリア様はそんな事を言うはずがない。


「なぜ? この者たちは苦しみ、救いを求める人達。それをマリア様は見捨てろと言うわけがない」


 食ってかかる私に、司祭様はやれやれ、と言った感じに顔を振り、苦笑いを浮かべながら、まるで私を宥めるように言った。


「見捨てる? そうじゃありません。マリア様は救いを求める人が居れば、必ず手を差し伸べます」


「だったら……」


「ですが獣人は人ではありません。人語を介するだけの獣です。人有らざるモノをマリア様が救う必要は無いのですから」


 そんな当たり前の事も知らないのかよ。誰かが呟くと、周りの聖騎士から笑いが漏れた。


「お願いします。獣でも家畜でも構いません。ご慈悲を……」


「触るな!」


 老婆のしつこさに、イラだった聖騎士の一人が老婆を蹴り飛ばし、腰の剣に手をかける。

 そこで獣人の老婆は諦め、少年と一緒に逃げ出した。


「あのような者たちに、救いは無い」


 厳格な表情だった。そして、司祭様が言う言葉が、ただただ悲しかった。


 気づけば私は、そこから逃げ出していた。

 今まで自分が信じてきたものは、いったい何だったのだろうか?


 慈愛を持って、全てを救うと信じていたマリア様が『獣人は救わない』そんなの信じられなかった。



 ☆ ☆ ☆



 そこからはどうやって帰ったかの記憶はあいまいだ。彼らはきっと教えを勘違いしているんだろう。きっとそうに違いない。そう思いながら歩いていた。

 気づけば私は自分を拾い、育ててくれた教会に帰っていた。


 まだ巡業中のはずの私を見て、驚きながらも「どうしたの?」と問いかけるシスターに、私は全てを話した。

 きっと、「それは司祭様達が間違えてたのね」と笑って答えてくれる。

 だけど現実は残酷で、シスターは困った顔で「司祭様達の言う通りよ?」と、私に言い聞かせようとしたのだ。


 幼い頃の私は、子供過ぎてわからなかった。

 それから少し成長した私は、皆を救う為と言って、勉強や剣術に夢中で見えていなかった。

 そして、今になって分かった。


 周りを見渡すと、人と獣人が一緒に働いている光景が見える。私にはそう見えていた光景。

 でも、実際は獣人族が『奴隷』として人に働かされていたと言う事に。


 私はまた逃げ出した。そして逃げ出した先で二人の少女と出会った。

 姉妹のように仲睦まじい人族と獣人が族の少女達に。その光景が尊く感じた。私は半ば強引に、彼女達と行動を共にした。

 その後、エルクと出会い、彼女達と正式なパーティになった。職は聖騎士でなく、剣士で。

 

 

 ☆ ☆ ☆



 そして今、目の前で男が二人、殴り合いの喧嘩をしているのを私は座ってみている。どちらも剣士なのに剣を捨てて殴り合いの喧嘩だ。

 男というのは、何でこんな無駄な喧嘩の仕方をするのが多いのだろうか。拳で殴るよりも、剣で斬った方がすぐに済むのに。


 喧嘩をしているのはアルフとジーン。ジーンがイジメをしていてエスカレートした結果、アルフが報復に出た。

 お互い不満だったことを叫びながら、殴る蹴るの応酬。


 彼らのパーティだった女性の魔術師は「アホらし……」と一言だけ言うと、気絶している聖職者の男性の顔を蹴って起こし「私達、もう付き合ってらんないから、パーティ抜けるわ、って伝えておいて」と言い残して去って行った。


 正直ジーン達が原因だからこれは自業自得。ほっとけば良いと思った。

 なのにエルクという少年は、体を張って必死に守ろうとした。ジーンがアルフをイジメている時はアルフを助けようとして。そのアルフがジーンに復讐しようとしてる時はジーンを助けようとして。

 結果はこの通り。ジーンを助けようとしてアルフの前に出たは良いが、カウンターをもらい、今は私の膝の上で寝息を立てている。


 サラとリンは、依頼の仕事を代わりにやると言って離れて行った。サラが少しニヤニヤしていたのと、リンが何か不機嫌そうな顔だったのは何故だろうか?


 喧嘩をしていた二人はアルフの勝利で終わっていた。喧嘩の後に何か語り合った後に、アルフとジーンが手を取り合ってる光景を見て私は気づいた。


 エルクはジーンを守る事は出来なかったけど、救う事は出来たんじゃないかな、と。

 あの場でサラやリン、そして私も「自業自得だ、ほっとけば良い」と思っている中で、ただ一人必死に助けようとした彼の行動で、アルフもジーンも変わった。エルクは二人を助ける事は出来なかったが、救う事は出来た。

 

 不意に、あの獣人の老婆と少年の事を思い出した。

 もしあの時、逃げ出さずに私もエルクのように自らの正義を貫けたら、何かが変わっていただろうか……?



 ☆ ☆ ☆


 

 目を覚ましたエルクに、剣を渡した。

 私が聖騎士になった際に、教会でお祝いに貰った品だ。本来は教会でマリア様に献上する予定だった物。


 騎士が主君に仕える時、自らの剣を献上する儀式があるが、実はまだやった事が無いので、どんな儀式か知らない。

 なので儀式は出来ないが、せめて剣を渡すだけはしておいた。


 出会ってまだ数日ではあるが、人の為に悩める彼ならきっと、この先も色んな人を救い続けるはず。そんな彼を、私は信じて一緒に行きたいと思った。


――ギルド受付――


「よう、クラスチェンジしに来たんだってな。それじゃあ冒険者カードを見せてみな、クラスチェンジの資格があるか調べてやらぁ」


 いつもエルクに絡んでくる職員が、正方形の石板を取り出す。これで冒険者カードを登録したりできる優れものだ。

 他にも、遠く離れたギルドと連絡を取ったりするのも出来るらしいが、どういった理屈で動いているのか詳しい事は秘密らしい。

 もし冗談で調べようとしただけでも、最悪死罪になる事もあるとか。


 カードと手のひらを、石板の上に置く。


「本当に聖騎士になれるみてぇだな。しかしおめぇさん若いのにすげぇじゃねぇか」


 早くしてほしい。

 軽く睨みつける。


「おいおい、そんな怖い顔してたら、せっかくのべっぴんさんが台無しだぜ……はいはい。わかりましたよっと。ほい完了」


 別に普通に喋っても良いのだが、この男は会話が始まると、あれよこれよと会話が止まらなくなり、気づけば1、2時間位喋りっぱなしになる。

 時間に余裕が無いわけじゃないが、無駄話をするつもりもないので、基本この男とは会話をしないようにしている。


 「元々聖騎士だったのに、何で剣士にしてたか気にはなるが、まぁ詮索はしねぇよ。何か考えがあってのことだろうし、せいぜい頑張るこったぁ」


 こうして、私は自らを戒めるため、聖騎士にクラスチェンジした。

 今度こそ逃げ出さないために。

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