第15話「解決」

 日が落ちる頃、僕たちは町の門までたどり着いた。

 採取した薬草を道具屋の主人に渡し、依頼金を受け取る。すっかり馴染みの光景だ。


「エルク君達のおかげで、薬草の在庫が今年いっぱいは持ちそうだよ。本当にありがとう」


「いえいえ、僕たちはお仕事でやってるだけなので。お礼を言われるほどじゃないですよ」


「それでも助かるよ。この町は冒険者がそんなに滞在しないからねぇ。自分で取りに行こうにも腰が悪くて困っていたんだ。今度買い物に来たら、お礼に少しまけとくよ」


「そうね。私達もう少ししたらヴェルに行く予定だから、その前に沢山買って、思いっきり安くしてもらおうかしら」


「サラが悪い顔してるです」


「はっはっは、怖い怖い。それよりも良いのかい? もう暗くなるから、早く買い物に行かないとお店がしまっちゃうよ?」


「おじさん、ごまかした」


 ヴェルに行く予定か、確かに日用雑貨や消耗品は買っておかないといけないな。

 父の好意に甘えて宿代が浮いた分、お金には余裕があるから色々必要な物を買いそろえておきたいところだ。

 僕は旅自体が初めてだから、何が必要か彼女たちに教えてもらおう。

 

 窓から外を見ると辺りは完全に日が沈みだして、店仕舞いを始めるところもある。

 よし、ここは二手に分かれよう。


「アリア、サラ、リン。僕は冒険者ギルドに報告してくるから、夕飯の買い物を頼んで良いですか? 食べたい物があれば何でも良いので」


「「なんでも!」」


 アリアとリンの目が輝いた、これは魚をいっぱい買ってきそうだ。まぁ、あまりに買い過ぎる場合はサラが安全装置になってくれるはず。

 サラが少しため息をついて僕を見る、2人のお守りをさせられたと言いたげだ。実際そうだけど。


 「でも買い過ぎたり、高すぎるものはダメだよ?」と言う前に、アリアとリンがもう道具屋から出て行ってる。まぁ時間が時間だし、早く行ってくれる分には助かるけどね。

 「ちょっと待ちなさいよ」と叫びながらサラも二人を追いかけて出て行った。もしかしたら「なんでも」と言われた二人はサラでも御し難いかもしれない。今後「なんでも」は無しにしよう。


 道具屋の主人と苦笑いを浮かべ、僕も「それでは」と挨拶をして道具屋から出る。

 赤から黒へ染まろうとしている町の影は、長く伸びている。


 本当はギルドへの報告なんて、明日でも良かったんだけど、サラ達に言われたことを少し考えたくて、あえて一人になった。対して長い道のりじゃないけど、いつもよりゆっくりのペースで歩きながら考える。

 冒険者ギルドのある役所ににつく頃には、辺りは完全に暗くなっていた。


 冒険者ギルドで依頼完了をしようと思っていたら、先ほど見かけた顔があった。アルフさんとジーンさんだ。殴り合ったのか二人の顔にはいくつもアザが出来ている。

 その隣にはチャラい職員さんもいる。チャラい職員さんは、僕に気付くと「よ、よぉ」といつもより何割かテンションの落ちた声で話しかけてきた。


「あー……ボウズ、その、話は二人から聞いた。なんつうか、本来はギルドがどうにかする問題なんだが、その、なんつうか、すまん」


 「その」「なんつうか」を何度も言葉に挟んでいる。どう言えば良いか困ってるのだろうな。

 

「正直おめぇさんのおかげで解決できたみたいなんだが、その、なんつうか、アレだな」


 解決?

 アリア達の話を聞く限りでは、解決したようには思えなかったけど。

 確かに2人の様子を見る限りでは、確かに険悪そうには見えない。

 むしろ一番様子が変なのはチャラい職員さんか。


「それでアレなんだが」 


「はい、アレですね」


 アレが何かわからないけど、このまま話させてもチャラい職員さんがしどろもどろになっていくだけだ。

 チャラい職員さんの隣でバツの悪そうな顔で俯いてる、アルフさんとジーンさんにも振るか。


「やっぱり、アレですよね?」


「えっ……あぁ、うんアレかな?」


「アレだな」


「アレが何かわかりませんけどね」


 そう言って、僕らは苦笑いでお互い顔を見合わせる。少しだけ空気が和らいだ気がする。


「すみません、その前に依頼完了の受付だけやってきて良いですか?」


 話が長くなるかもしれない、先に依頼だけ完了しておこう。



「アルフさん、僕が横から口出しして、すみませんでした!」


 依頼完了が終わって、戻ってきて開口一番、まずは僕から謝った。

 二人の問題に、勝手に僕が入って来たのだから謝らないと、アルフさんの気持ちを考えれば他にやりようはあったかもしれないんだし。


「いえ、エルク君謝らないでください。俺も頭に血が上って。それに、君の事を殴ってしまったし……」


「待て待て、謝るべきは俺だ。正直俺がアルフをイジメてたのが原因なんだ、エルクに至ってはただのとばっちりだ」


「あぁ、俺もギルド職員として謝らせてくれ。アルフの事はギルドも知ってて何も出来なかったんだ。すまなかった」


 お互いにペコペコと謝り続ける。

 そこでふと気づいた、ジーンさんのパーティの魔術師の女性と聖職者の男性が居ない。


「あの、そういえば、姿を見ませんが、ジーンさんのパーティの方は大丈夫でしたか?」


「あぁ、二人は……うん。パーティを抜けていったよ」


 ちょっと苦笑い気味で答えるジーンさん。そっか、抜けちゃったのか。


「俺のせいですよね、すみません」


「いや、今回の件で反省してないみたいだし、多分残ってても空気が悪くなるだけだと思うから仕方ないよ。そもそも俺達はイジメをしてたから、復讐されて当然の立場で、自業自得なんだから」


「ジーンさん……そうだエルク君、俺は君に『幼稚な正義』と言った事を謝りたい! 正直俺はあの時、自分の力に浮かれて、復讐する事しか考えてなかった。イジメられた事があるからこそ、イジメられる事がどういうことか、わかっていたのに」


 腰を90度まで曲げて、僕に頭を下げるアルフさん。


「いや、それについては俺のが最悪だ、俺は元々『勇者』だったんだ。色々と暴力を振るわれたり、『平常心を鍛える訓練だ』なんて言われて、街中で裸になって『覇王』をさせられたりしたこともある。だからイジメられる側の気持ちはわかっているんだ。それがいざ勇者から剣士になったらいじめる側になって、笑ってたんだから」


 ジーンさんもかつて勇者だった?

 アルフさんも頭を下げたまま、ジーンさんを「えっ?」っていう目で見てる。


「勇者だった頃は、助けを求めても誰も助けてくれなくて、『自分に力さえあれば、イジメる人間を懲らしめる事が出来るのに!』なんて考えていた時期もあった。それがいざ力を持つとこんなもんだ」


 自嘲気味にジーンさんは笑っているが、今にも泣きだしそうに見える。


「エルクについても最初は気に食わなかった。無能な勇者のくせに女の子に囲まれてチヤホヤされて、何不自由なく冒険者出来ていることが。でも違った、学園でイジメられていたことがあったのに、それでもイジメをしていた俺を庇おうとしてくれて、正直俺は何をやっているんだと思ったよ」


「ジーンさん……」


「だから今回の件は、アルフ、エルク、本当にすまなかった! 許してくれとは言わない、殴り足りないならいくらでも殴ってくれて構わない」


「ジーンさん、俺はもう十分仕返しもしました。おあいこですよ」


「僕もジーンさんに怒ってないですよ。僕なんて、結局何もできませんでしたし」


「エルク君、それは違うよ、君が行動したから俺はジーンさんと話し合えたんだ。 キミが居なければ俺はただ復讐をする事しか考えてなかったはずだよ」

 

「あぁ、俺も復讐された事に対して逆恨みしてたかもしれない。だからエルク、キミのおかげだ」


 「そんなことないよ」と言いかけて、リンの言葉を思い出した。

 「褒められたら喜ぶことを覚えるです」だったな。


「ありがとうございます、こんな僕でも二人の役に立てたのなら。ところでお二人はこの後どうする予定です?」


「俺は勇者から剣士に職変更ジョブチェンジをして、ジーンさんとはパーティを続けていくつもりです」


「アルフと一緒なら、今回の事を忘れず、お互いまた変な気を持ったりしないように出来ると思うしな」


 そう言ってジーンさんとアルフさんが少し恥ずかしそうに笑う。

 この二人なら、きっと大丈夫だ。

 勇者いじめなんてしない、良き冒険者の先輩になってくれるはず。


「もし彼女たちに愛想を尽かされたら、その時はいつでも俺達の所に来いよ」


「ええ、もしそうなった時は、よろしくお願いします」


 さてと、あまり話が長くなって遅くなると、アリアがお腹を空かせて暴れそうだ。

 そろそろ帰ろうかな。


「よっしゃ、おめぇら、エルクが帰るみてぇだ。んじゃ『アレ』やっか」


 また「アレ」と言い出したけど、二人の返事が聞こえるので「アレ」が何か分ってるようだ。

 一体何をするんだろ?


「「「エルクさんマジカッケーっす!!!!!」」」


 3人は僕を『覇王』で見送ってくれた。

 夜だから他の利用者さんは少ないが、それでもジロジロ見られるのは、ちょっと恥ずかしい。


 僕が冒険者ギルドから出て、姿が見えなくなるまで『覇王』で褒めてくれたのは嬉しい反面、サラが僕の覇王を封印した気持ちがちょっとわかったかもしれない。

 これはやられると凄く恥ずかしいや。

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