第8話「ゴブリン討伐」

「それでは今後の方針を話し合いませんか?」


 風呂上がりのアリアとリン、そしてサラを交えて会議を提案した。話すことはもちろん明日からの予定についてだ。

 テーブルには僕の隣に父が座っており、対面にアリア、リン、サラの順に座っている。

 サラはそっぽを向きながらも、チラチラと僕の方を見ている。多分先ほどの風呂場の件について自分でも思うところがあるのだろうが、言い出すきっかけがつかめないのだろう。彼女の表情がコロコロ変わってるのを見ている分には面白い。


「サラは謝ったほうが良いです」


 リンに袖を引っ張られながら諭され、しばらくうんうん唸ってから、サラは頭を下げた。


「ひっぱたいてごめん。そもそも入るように言ったの私だし、その……だから……ごめん」


「僕はもう気にしてないですから、良いですよ」


 思い切りビンタされたとはいえ、アリアとリンの裸が見れたのだから安いものだ。もちろんそんな事口には出さないが。


「それより明日から何をするか決めませんか? ギルドで依頼を受けるにしても、僕は初めてなのでわからないのですが」


「そうね。方針としてはしばらく討伐依頼を受けつつ、行商の護衛依頼が出るのを待つわ」


「行商の護衛依頼ですか?」


「ええ、アンタが冒険者登録してる際に依頼の張り出しを見たけど、どれもショボイのばかりだったわ。町から町に移動するのも今の資金じゃちょっと心もとないし、だから他の町に行く行商の護衛依頼を受けるの。護衛依頼なら護衛代の他に、食事も向こうが用意してくれるから」


 なるほど、普通に旅をすればお金がかかるが、行商の護衛依頼で旅をすればお金がかからないどころか貰えるわけだ。

 問題は、都合よく自分達と同じ目的地の護衛依頼があるかどうかか。


「ふむ、それなら私が働いてる商人ギルドに護衛依頼を出す予定が無いか、明日にでも聞いてこよう。それまではゴブリン討伐等の簡単な依頼を受けてくるのはどうだろうか?」


「僕はそれで良いと思うけど、皆はどうかな?」


「私もそれで構わないわ」


 アリアとリンは「うん」とだけ頷く。パーティ会議のはずなのにどちらかと言うと僕と父とサラだけで会話している。

 父はパーティメンバーですらないのに。

 とにかくやる事は決まった。明日はギルドで初めての依頼を受けに行こう。どんな依頼が良いかは、その時決めれば良いしね。

 それにこれ以上考えても仕方がない。そもそも依頼を受ける決定権が僕にあるのか怪しいところだ、戦力的に言えばお荷物なわけですし。

 

 午前中に依頼を受けて、終わってから時間があればアリアから剣術か、サラから魔術を学ぶのも悪くない。

 今すぐ覚えれなくても、早めに練習をしておくに越したことはない。というか余裕がある今が一番のチャンスかもしれないわけだし。


 気が付けばリンがうつらうつらと舟を漕ぎ始めている。よし本日の会議は終了。

 明日に備えてもう寝よう。本当はリンの事を色々聞きたくはあったが、まだ出会って初日だ。

 いきなり「リンは獣人ですか?」なんて聞けば地雷を踏みかねない。体中の傷の事なんてもっての他だ。

 とはいえ、気になる物は気になるものだ。布団の中で風呂場で見たリンの体の事を考えていたら、リンとアリアの裸を思い出しムラムラしてなかなか寝付けることができなかった。



 ☆ ☆ ☆



 翌朝。

 僕たちは冒険者ギルドに寄って依頼を受けてきた。


 依頼 ゴブリン討伐

 条件 Fランク以上の勇者を含むパーティ

 内容 町の近くでゴブリンを10匹討伐せよ、期日は受けた当日のみ

 討伐証明部位 ゴブリンの左耳

 備考 国からの勇者加入パーティ限定依頼、失敗した場合でも違約金は発生いたしません

 報酬 60シルバ


 依頼 薬草採取

 条件 Fランク以上の冒険者

 内容 東の草原にある薬草を出来るだけ取ってきて欲しい。依頼は薬草の量に応じて支払うよ。期日は3日だが薬草の相場変動により買い取り価格が変わる事もあるので注意。

 備考 薬草以外にも、珍しい草花を採取して来たらそっちも買い取るよ。

 報酬 薬草1キロにつき1シルバ


 ギルドで受けれる依頼の数はパーティの人数と同じ数だけ受けられる、だが人数が多いからと言って何も考えずにあれやこれやと受けても、時間のロスが生じてあまり稼ぐ事は出来ない。

 今回はゴブリン討伐ついでに薬草を採取しよう、と言う事で話はまとまった。

 ちなみにゴブリン退治を一般人が依頼した場合、報酬は20シルバが相場らしいが、国からの依頼の場合は金額が倍以上になる事が多い。しかし国からの依頼は原則1日1パーティ1回のみらしい。

 

 通貨の価値は100ブロンズで1シルバ、100シルバで1ゴールドとブロンズシルバゴールドの順になっている。

 普通の宿に泊まろうとしたら1人20~30シルバかかる、4人の場合安く済んでも80シルバでFランク冒険者では依頼だけで食うのがいっぱいいっぱいで、場合によっては赤字だ。

 だが勇者がパーティに居る場合、国が指定している宿なら半額で利用できるのだ。なのでランクの低い冒険者パーティに勇者はどうしても必要になって来る。

 だから、しばらくは僕がパーティから外される事はないだろう。多分。



 ☆ ☆ ☆

 


 僕たちは背中に籠を背負い、冒険者ギルドを北にしばらく歩き、町の外に出るための門につく。

 門番さんに自分達の冒険者カードを見せて、依頼のために外に出る事を伝えた。


「お前達Fランク冒険者か、ゴブリン相手ならFランクでも問題は無いと思うが、もしもの場合は依頼は失敗しても良いからすぐに逃げるんだぞ。生きていればやり直すことは出来るが、死んだらそこで終わりだ。気をつけてな」


 門番さんの気遣いに頭を下げて通り過ぎようとした、のだが僕だけ肩を掴まれた。


「パーティに、迷惑かけるんじゃないぞ」


 僕は勇者だ。

 彼女たちは普通に接してくれているが、本来勇者の扱いとしてはきっと門番さんが普通なのだろう。


「気にしなくていい」


 門を出た後、彼女たちは僕に優しくそう言ってくれたけど、気にしなくていいわけがない。

 だって僕は勇者だから。勇者だからこそ僕に出来る事があれば全力でやろう。心にそう誓った。



 ☆ ☆ ☆



 門を出て東に歩いて1時間ほどたっただろうか? 町が見えなくなってきた。

 目的の草原についたが、薬草は後回しだ。ゴブリンを駆除する際に薬草がいっぱい入った籠を背負っていたら戦いづらい。薬草の採取はゴブリンを倒してからが良い。

 ただ依頼の薬草の他に、下痢に効果のある薬草や、食用の草をリンがいくつか見つけたので、それだけは籠に入れていく。これらは少量でもそこそこの金額で買い取って貰える。少量だったら動く邪魔にもならないしね。


 草原を抜け、林が見えてきた。平地よりも森や林等の姿を隠しやすい場所をゴブリンは好むため、平地で探すより、森や林に行った方がゴブリンを見つけやすい。


 前を歩いていたリンが僕らの前に平手をあげる。『待て』の合図だ。

 リンが屈んだ姿勢でゆっくりと足音を殺して歩いていく。僕らもそれにならって屈みこむ。少し進んだ先にある林の前でゴブリンが3匹「グギャグギャ」と騒いでいる、何やらゴブリン同士で戯れている様子だ。こちらには気づいていない。

 

 折れたような鼻に醜悪な顔、手足は細く腹が出ている。身長は10歳前後の子供と同じ位だ。

 モンスターの中で最弱クラスではあるが、侮って接近戦を挑むのは危険だ。見た目に反して腕力は人間の大人とそう変わらないのだ。

 持っている武器も木の棒とはいえ、当たり所が悪ければ死ぬ事もある。


 これが僕の初めての戦闘になる。相手はゴブリンだけど、それでも緊張してしまう。

 手足が震え、嫌な汗が少し流れ始める。頭が真っ白だ、どうしよう? といっても僕が何かできるわけではない。だからこそ余計に体がこわばる。


 アリアとリンが目を合わせ、お互い頷き合う。それが合図だった。

 アリアは『瞬歩』で左側に居るゴブリンの横をすり抜け、アリアがすり抜けると一瞬間を空けて、ゴトリとゴブリンの首が落ちた。一瞬のうちに首をはねたのだ。


 あまりに一瞬の出来事で固まっているゴブリン。すると右側に居たゴブリンもその場に倒れこむ、見ると両足から血を吹き出している。後ろから『瞬歩』で近づいたリンが、ゴブリンの両足の腱を切断したようだ。


 突然の事に状況を理解できないゴブリンだが、目の前に居るリンが敵だとは判断出来たのだろう。木の棒を振り上げながらリンに襲い掛かろうとする。


「コールドボルト」


 リンに襲い掛かろうとしたところを、サラの水初級魔法コールドボルトがゴブリンを捉える。氷のつららが勢いよくゴブリンに向かって飛んでいく。

 氷の氷柱はゴブリンの背中に刺さり、そのまま腹を抜けて貫通していく。それでもなおリンに襲い掛かろうとするが、そのまま2,3歩歩いたところで倒れてしばらく痙攣し、動かなくなった。


 足をやられ動けなくなったゴブリンが這いつくばって逃げようとしているが、当然逃げ切れるわけもなく、ゴブリンの首にリンが剣を突き立てた。


 戦闘が終わったと理解できるまでに数秒かかった。その間僕はポカーンと口を開け、さぞ間抜けな顔をしていただろう。

 彼女たちの強さは、相手がゴブリンだったからなんて思えない位に洗礼されていた。少なくとも僕の目にはそう見えた。

 だが惚けてばかりいてはいけない。僕に出来る事は全力でやると心に誓ったばかりだ。


「流石アリアカッケーっす! サラの魔法に憧れるぅ! リンの無駄の無い動き、マジ尊敬っす!」


 今の僕に出来る事、それは『覇王』だ。

 恥ずかしがってはいけない。必死に腹の底から声を出し叫ぶ!

 

「うん」


「はっ?」


「チッ!」


 反応は三者三様だった。


「ちょ、ちょっと。どうしたの。急になによ?」


 褒めちぎる僕に対し、サラが心配そうに声をかけてきた。

 『覇王』に対しての反応を見る限り、勇者とパーティを組んだことがないのかもしれないな。

 僕は腕を組み、胸を張る。


「これは勇者の技『覇王』です。勇者の仕事の一つに、パーティを褒める事と昨日冒険者ギルドで教えてもらいました」


「へー、そうなんだ。うん、わかったから、もう二度とやらないでね」


 僕に出来る事が、一つ減った。

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