第9話「勇者イジメ」
初めての戦闘は、完勝だった。
彼女たちは今、討伐証明用にゴブリンの左耳を剥ぎ取っている。
何か僕に手伝えることは無いだろうか? 『覇王』は今しがたサラに封印されたばかりだ。
ただ立ち尽くして見てるだけと言うのは、どうにも居心地が悪い。
いや、ただ立って仕事を与えられるのを待つだけダメだ! 自分から動かないと。
「何か僕に手伝えることは無いですか?」
「そろそろお昼だから、ご飯食べたい」
「はい。今すぐに用意します」
お昼にするには丁度良い時間だろう。今日のお昼はサンドウィッチだ。
凝ったものを作ろうにも僕は魔法が使えない。火打石で火を起こせなくはないが、時間がかかり過ぎる。
学園に通っている時に、せめて家庭用魔法だけでも覚えておくべきだったと思う。
ちなみに家庭用魔法とは初級魔法よりも更に下の、戦闘ではなく家庭で使う事を想定した魔法だ。
コップ一杯の水が欲しい時、カマドに火をつけたい時、そんなレベルの魔法だがそれでも習得するのは簡単ではない。
町で暮らして行く上では、別に無くても生活に困る事は無い。有ったら便利だなという程度の魔法だ。
しかし旅をする間はどうしても火が必要になる。食材を洗うなら水も欲しい。
うん。火と水の家庭用魔法を習得しよう。僕の中の目標が一つ決まった
「今日のお昼ご飯は、シャキシャキサニーレタスと、鳥の照り焼きサンドウィッチです」
今日は朝から鶏肉をフォークで念入りにプスプスと穴を空けて下ごしらえをしていた。鶏肉の表面がパリっとなるように、最初の一瞬だけ火に近づけてから焦げ目をつけ、その後に焼くと皮がパリっとなる。食べた時のサクっとした感触がたまらない一品だ。
ちなみに焼くタイミングを間違えると焦げてしまう。僕としてはほんのちょっと焦げている方が好きなので、自分の分だけほんのちょっとコゲ風味だ。
そこから甘辛のタレと一緒に煮詰めて、タレの水分が飛ばす。
甘辛の照り焼きだけでは重い感じがするけど、そこに水で綺麗に洗ったレタスで挟む事により良い塩梅になる、あとはその上からパンを挟めば完成。
問題はさっきの戦闘で崩れてたりしないよね?
サンドウィッチを入れたバスケットの中を、チラッと覗いて見る。うん。大丈夫っぽい。
僕らは適当に腰をかけ、お昼にすることにした。
サンドウィッチは一人三個づつの、計12個用意してきた。僕は持ってきた水筒でハンカチを濡らし、軽く手を拭いてからバスケットを開け、彼女たちにサンドウィッチを配る。
「頂きます」
早速かぶりつく。一口食べてからやっと自分がお腹が空いていたことに気付く。実のところ初めての依頼でずっと緊張していて、今まで自分がお腹が空いている事にすら気づかなかった。
今もまだ少し緊張はしているけど、段々慣れていくのだろう。
段々と緊張が溶けてきた。緊張が溶けてくると、今度は違う事が気になりだす。僕の料理の味だ。
料理自体は問題なくできたと思っているけど、彼女たちの口に合っているかどうか。
うーん。一度気になると段々と不安になって来る。不味そうな顔をして食べていないか、そもそも残していないか、手を付けてすらいなかったらどうしよう?
どんな様子か見てみると、アリアとサラがサンドウィッチの取り合いをしていた。良かった味は問題ないみたいだ。
リンは自分の分を持って、少し離れたところで食べている。巻き込まれるのはごめんといった感じだ。
「リン、隣良いかな?」
「別に構わないです」
チラリとだけ僕を見て、手元の料理に目線を戻している。
「サンドウィッチだけど味はどうかな? それと何か食べたいものがあったら教えてもらっても良いかな? 献立の参考にしたいので」
「エルクの料理はおいしいです。サラとアリアは料理が絶望的だったから特にです。食べたい物……お魚の料理がたまにで良いから食べてみたいです」
よし、今晩の献立は決まった。魚料理だ、リンがうんと喜ぶやつを作ってやろう。
リンの頭を撫でながら、アリアとサラの取り合いを眺めていた。勿論リンには「チッ」と舌打ちをされた。
取り合いは結局アリアが勝ったようだ。相変わらず無表情だが、なんとなく満足気にモグモグと食べている。
その後ろでサラが笑顔で「戦闘中に手元が狂うのは事故だもんね。うふふ」等とブツブツ言っている。流石に冗談だろうけど……冗談だよね? 後でフォローを入れておこう。
リンを先頭に、僕らは林の中に入っていく。けもの道を歩き、時折リンが『待った』をかける。
獣人だから感覚が鋭いのだろうか? リンが『待った』をかける時は、確実にゴブリンが居た。2時間ほどで今日の依頼分のゴブリン討伐が終わった。思った以上にあっけなかったな。
林を抜け、後は草原で薬草を積んで帰るだけだ。これなら夕刻前には依頼を終えて町に帰れるだろう。
薬草を狩るために草原まで戻って来た。どうやら他のパーティもいるようだ。あれは確か昨日僕がゴブリン料理を作った際に、最初に食べに来たパーティの人達だ。
剣士風の男性、魔術師風の女性、聖職者風の男性、そして僕と同い年位の勇者だ。
彼らも僕らと同じように薬草を狩りに来たのだろうか? 昨日会った縁だ、どうせなら声をかけてみよう。
冒険者同士だ、もしかしたら何か役立つ情報が手に入るかもしれない。
しかしどう話しかけようか?
そんな事を考えていたら、衝撃的な光景を見てしまった。
剣士風の男性が落ちてる籠を指さし、勇者に拾うように言っているのだろう。
その落ちた籠を拾おうとして屈んでいる勇者を、後ろから蹴とばしたのだ。
蹴とばされた拍子に転んでしまい、籠に入っていた薬草が散らばってしまう。慌ててそれを拾い集めようとする勇者の顔の前で炎が上がった。
火の家庭用魔法だろう、顔の目の前で炎が上がっただけなのでケガはしていないようだが、驚いた拍子に今度は尻もちをついてしまい、そんな彼を聖職者風の男性はヘラヘラ笑いながらワンドで叩いているのだ。
そしてうずくまり、頭を押さえている勇者に彼らは笑いながら蹴る殴るの暴行を加えている。それはどう見てもイジメだった。
「何をしている!」と声を出して注意をしたいが、声が出せない。僕の手足が震えているのがわかる。
何か言わなきゃ! 頭ではわかっているが、結局僕は何もできずに立ち尽くしているだけだった。
「何をしているの?」
動けず立ち尽くす僕の横を抜け、アリアが彼らの元までスタスタと歩いていく。
後ろからサラがため息をつきながら「アイツ、またおせっかいを」と言ってアリアを追いかけている。その後ろをリンが追いかけ、リンが僕の横を抜ける際にチラリと僕を見て目が合った。そこで僕はやっと我に返り、一緒にアリアの元まで走り出した。
「何をしているの?」
再びアリアが問いただしている。
勇者の少年は怯えた様子で、頭を押さえてうずくまったままだ。
「あぁ、依頼で採取していた薬草を彼が落としてしまってね。ちょっと注意していただけだよ」
剣士風の男性は悪びれる様子もなく、人懐っこいような笑顔で何でもないように言っている。
ちょっと注意? 3人がかりで蹴ったり殴ったりするのがちょっとなのだろうか? そもそも籠を落とした理由は、後ろからあなたが蹴とばしたのが原因だろ?
言えなかった。心の中では彼らを非難する言葉がいくつも沸いているのだが、笑っている彼の目がどうしようもなく怖かった。あれは弱い者を苛めるのが楽しくて仕方がない目だ。他の2人も同じような目をしている。
「ジーンさん、すみません。俺が薬草を落としてしまったばかりに」
アリアが更に一歩前に詰め寄ろうとしたとき、勇者の少年が剣士風の男に謝罪を始めた。
明らかに苛められていたのにだ。
「ははっ、俺達もちょっとやり過ぎた、悪かったよ。さぁもう遅いし町まで戻ろうか」
まるで仲が良い友達のように、ジーンと呼ばれた剣士風の男性は勇者の少年に肩に手を回し、最後にこちらを見て「騒がせて悪かったね。それじゃまた」と言って町の方へ歩いて行った。すれ違いざまに魔術師風の女性は明らかに不機嫌そうな顔で「フン」と鼻を鳴らしながら、聖職者風の男性は「チィ」と舌打ちをして行った。
☆ ☆ ☆
「まったく。あんたはすぐ首を突っ込むんだから」
サラは呆れた様子でアリアに言うが、アリアはツーンと素知らぬ顔をしながら「うん」と答えている。反省はしていないだろう。
「あんなのに関わっても損するだけなんだから、無視すれば良いのに」
彼女たちの声が、少し遠くに聞こえる。
自分に出来る事をやろうと心に誓っておきながら、自分に出来る事を怖がって出来なかった。
なんだよ、昨日までの引き籠ってた自分から何も成長してないのかよ僕は。
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