第7話「自己紹介」


 夜、外はもう真っ暗だ。

 自宅に帰った僕は、早速勇者としての仕事が待っていた。そう、料理である。

 ありあわせの物で適当に作る、と言っても帰ってすぐに夕飯にするにはまだ時間があったので、そこそこ手の込んだ料理を作れる。

 何にしようか考えて僕はクリームシチューを作ることにした。そこそこの手間をかければ、大抵の人には満足させられるであろう料理だからね。 

 普段は僕と父の二人だけの寂しい食卓だが、今日はパーティになったばかりの女の子達と一緒に食卓を囲んで、久しぶりに賑やかな食事になりそうだ。


 食事時、アリアさんは凄い勢いで食べると無言で皿を僕に差し出してくる。一度冗談で「わかりました、片づけますね」と皿を洗い場に出すふりをしたら一瞬で間合いを詰められ、僕が驚くよりも早く、持っていた皿がアリアさんの手元に移っていた。

 

「ほほう、地剣術の使い手ですか、今のは『瞬歩(しゅんぽ)』ですね」

 

 地剣術。確か今主流の3大剣術の流派が、地剣術、海剣術、空剣術だったか。

 地剣術は自らの力を最大限に出し切ることに重点を置く剣術で、平地で戦う事を想定しており、世界で一番普及している剣術だ。

 父は今の動きに驚くことなく、うんうんと頷きニコニコしている。

 アリアさんもコクンと頷き、手に持った皿にシチューのおかわりをよそっている。その様子をサラさんが呆れ顔で見ていた。

 

「なんで今ので地剣術ってわかるの?」


 剣術の流派を名前だけ知っている程度だから、今の動きが技だとはわからなかった。

 知らない人から見たら、凄い速い動きにしか見えないはずだ。


「『瞬歩』と言うのは地剣術において、基礎であると同時に奥義でもあると言われるくらい大事な技だからね。冒険者やそういった人達を相手にする人間なら大抵わかるさ」


 普段商人として色んな相手に客商売をしている父は、そういった情報に詳しかったりする。

 ゴブリンの肉の調理法や、旅で役立つアイテム、ダンジョンのトラップとか、僕が小さいころには冒険者の話をたくさんしてくれていた。

 昔はただのおとぎ話のように聞いてた話も、冒険者になった今となっては貴重な情報だ。町を出る前に出来る限り父からもう一度教わっておいた方が良さそうだ。旅で役に立つ時が来るはず。


 食事が終わり、まったりとした空気が流れる。食後の口直しに紅茶をいれる。

 ふわりとした紅茶の匂いが辺りに漂う、かすかに混じった柑橘類がツーンした匂いが良い感じにアクセントになる。

 一度口をつければ苦みと酸味、そこに甘味の加わったアンサンブルを楽しめる。と父は昔言っていたが、正直今も理解できない。お茶はお茶だ。


「ところで、アリアさん達の事をまだよく知らないので、自己紹介をするのはどうでしょうか?」


 彼女達とパーティを組んだが、アリアさんが剣士という事以外は何も知らないのだ。サラさんとリンさんの職が何かすら知らない。

 流石に『全員剣士です』という事は無いだろうけど。とりあえず何の職か位は知っておくべきだろう。勇者の僕に出来る事は少ないけど、もしかしたら何か出来る事があるかもしれない。

 何事もまずは情報収集をする、それが必要か不要かは情報が集まってから考えれば良い。商人の父が言うには、情報というのは、武器にも防具にもなる見えない装備なのだ。


「アリア。職は剣士。年齢は17」


 アリアさんがシンプルに答えた。とてもシンプルだ。シンプル過ぎて逆に質問しづらい。

 

「アリア、アンタもうちょっと言う事があるんじゃないの? 流石に自己紹介の内容が少なすぎて、コイツも困ってるわよ」


 『コイツ』とは勿論僕の事だ。サラさんは僕が言いづらかったこと言ってのけてくれた。正直ありがたい。

  自己紹介の内容を指摘されて、無表情のまま顎に手を当てて考え込むアリアさん。せめて食の好き嫌いだけでも教えて欲しいかな、献立が楽になるし。


「バストは上からきゅうじゅ……」


「ハイストップ! やっぱいいわ。アリアの自己紹介は終了で。次は私ね」


 ピシャリとアリアさんの言葉を止める、父はむせて反対方向を向いている。まぁ気まずいよね。


「サラよ、職は魔術師(マジシャン)、基本的な攻撃魔法は上級まで扱えるわ。治療魔法もある程度は使えるけど、出来る限り魔力を温存しておきたいから、回復にはあまり期待しないで」


 魔術師、いわゆる魔法職と呼ばれる職だ。

 攻撃魔法が得意な場合は魔術師、治療魔法や補助魔法が得意な場合は聖職者(アコライト)と言った感じで職分けされている。

 魔法も属性ごとに難易度があり、初級魔法、中級魔法、上級魔法、特級魔法、超級魔法、神級魔法とあるが、一般的な魔術師なら、得意な属性の中級魔法が使えるかどうか程度と聞いたことがある。

 上級まで扱えて、治療魔法も扱えるとなると相当凄いスペックと言う事になる。


「それとエルク、これからはパーティなんだから私たちの事は『さん』付けで呼ぶのは辞めなさい」


「え……それじゃあサラちゃん?」


「殴るわよ!」


「いたっ」


 サラは言うよりも先に僕を殴っていた、僕の頭をゲンコツで。と言っても手加減してくれているのだろう、そこまで痛くは無かった。

 

「ごめんよ、サラ」


 「ははっ」と愛想笑いをしながら謝る僕に、サラは少しだけ口角をあげて「まあいいわ」と言って許してくれた。多分こういうやり取り自体は嫌いな方じゃないんだろう。少しサラとの接し方が分かった気がするが、調子に乗ってやり過ぎると逆鱗に触れかねないのでほどほどにしよう。


 次はいまだに紅茶をフーフーする、可愛らしい生き物になっているリンの番だ。そこまで紅茶は熱く入れたつもりは無いが、相当な猫舌なのだろう。

 まだ紅茶の温度が自分の舌に合わず、一旦飲むのを諦めたようだ。


「リンです。職は斥候(せっこう)です。剣術は地剣術と海剣術がちょっと使えるです。治療魔法と補助魔法もちょっと使えます、軽いケガならリンが治しますので言ってくださいです」


 そういえばリンは初対面の時、気づかない内に僕の後ろに立っていたな。斥候として気配を隠す能力に秀でてるのかもしれない。

 斥候はモンスターの接近をいち早く察知する大事な職だ。パーティの要とも言える。戦闘においては剣術、治療魔法、補助魔法も使えるなら色んな場面に対応出来るし、パーティの穴埋め要員のような感じかな。

 

 剣士、魔術師、斥候、パーティのバランス自体はとても良さそうだ。

 彼女たちが可愛いと言う事を差し引いても、良いパーティに恵まれたと思う。

 最後の自己紹介は僕だ。


「僕はエルク、職業は勇者。5年以上家事をしてきたから料理の腕にはそこそこ自信があるつもりだけど、今日のご飯はどうだったかな? もし好き嫌いがあったら教えてくれれば考えて作るから、遠慮せずに言ってください」


 一人だけ場違いな自己紹介に悲しくなってくる。これが勇者になるという事なんだろうな。

 剣術でも魔術でも良いから教えてもらって勇者以外の職に就けるようになりたい、女の子達におんぶにだっこをされ続けるわけにはいかないしね。


「エルクの料理、凄くおいしかった。サラの料理はエルクの作ったゴブリンの料理よりも不味いから、凄く助かる」


「なんですって!」


 二人のケンカが始まった。と言ってもサラが捲し立ててアリアは無表情でそっぽを向いているだけだ。多分これからこの光景を何度も見る事になるのだろうな。

 リンは紅茶の温度が良い温度になってきたのだろう。二人を無視してちょびちょびといった感じで飲んでいる、父はその光景を目を細めて微笑ましい感じに見守っていた。父の表情は嬉しいようで何か物悲しく感じたが、その感情が何だったのか今の僕にはわからなかった。



 ☆ ☆ ☆



 僕の家には風呂がある。一般的に家に風呂があるのは裕福な家か貴族だけだが、「商人は人と人との商売だ、身なりが悪い商人にはガラの悪い客しかつかない」と言う父の発言で、家に風呂を作ったそうだ。


「ふぅ、良い湯だった」


 サラがおっさんのような発言をしながら風呂場から出てくる。

 寝間着姿なのだろう、先ほど来ていた服よりも露出が少なく、色気の無い普通の長袖長ズボンだ。色気の無い長袖長ズボンなのだが、湯上りで火照った肌のサラからは色気を感じる。

 僕も年頃の男の子だから、チラチラ見てしまうのは仕方のない事、ヤバイ目が合った!


「お風呂空いてるから入ってきたら?」


 僕がチラ見をしていた理由はそうじゃないが、まだ出会って初日だ。変な目で見ていたと知られたら今後にも影響してくるし、変に疑われる前に「それじゃあ入って来るね」と言ってそのまま風呂場に向かう。


 今日は慣れないことの連続で一日疲れた。

 冒険者ギルドで勇者として登録して、良くわからない叫びをさせられて、ゴブリンの肉なんて料理させられたけど、彼女たちとパーティを組めることになったんだ。結果オーライって奴かな。


 今日一日を思い出して少しニヤニヤしてしまう自分がいる。この先どんな冒険が待っているか、ちょっとは期待しているわけで。

 すると浴槽のドアが開き、一糸まとわぬ姿で、リンがそこに立っていた。


 彼女の裸体に目を奪われてしまった。少女でありながら美しいとも思える裸体、だが体中に何故か痛ましい傷跡がいくつもある、特にひどいのは胸からヘソの辺りまでザックリと大きな傷痕が残っている。

 しかし気になるのはそこじゃない。彼女の頭にはぴょこぴょこと猫のような耳が生えており、股からはしっぽが見え隠れしていた。


「エルクが入ってたのですか」


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 『僕の叫び声』が、夜の町に響き渡った。


「今の叫び声、どうしたの?」


 僕の叫び声を聞いたアリアが駆け付けてきた。全裸で。


「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 『僕の叫び声』が、再び夜の町に響き渡った。

 叫び声を聞きつけて様子を見に来たサラが、全裸の僕らを見て、顔を真っ赤にしながら僕に盛大なビンタをお見舞いしてくれた。

 ちょっと待って、風呂に入れと言ったのキミだよ?

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