第4話「冒険者登録」

「ごちそうさま」


「ごちそうさまでした」


 盛りつけた皿には、まだゴブリンの肉は残っている。

 僕も野菜を巻き付けて一口食べてみる。うん不味い。

 スジが多いのか噛み切れなくて咀嚼する回数が増える。咀嚼するたびに臭い匂いが口の中で踊るように湧き上がってくる

 この感覚、そう! 今僕の口の中では!! ゴブリン達が踊っているのだ!!!


「なぁ、俺達にもひとつ、食わせてくれないか?」


 野次馬の中から数人、パーティらしき人達が手を挙げて近づいてくる。

 声をかけてくれた男性が、パーティのリーダーだろうか?

 年齢は20代前半位で簡素な服とズボン、その上に胸当と肩当のついた軽鎧をつけている。


「食糧事情ってのは、旅する上では切っても切れない問題でね、『ゴブリン肉を食べて生きるべきか、ゴブリン肉を食べずに死ぬべきか、それが問題だ』なんて言われる位だ。それが食べられる不味さになってるんだったら、旅事情は一気に変わるからな」


 「ほら」と言ってリーダーらしき人に背中を押され、少し弱気そうな少年が前に出て来た。

 年齢は僕と変わらないだろう、多分このパーティの『勇者』だ。

 僕は右手を皿の方に向け「どうぞどうぞ」と促すポーズをとり、彼はペコペコと頭を下げて「どうもどうも」と言う感じでゴブリン肉の野菜包みを皿から取ると、意を決したようにかぶりつく。


 「不味いですが、食べれない味ではないです。食べたくない味ではありますが」


 「マジかよ」


 少年が食べ終わって感想を述べたのを皮切りに、パーティの人達も料理に手を付ける。

 それを見てた野次馬も、一人また一人と「俺も!」と声をあげ、料理に手を付け始めた。

 ゴブリン肉の野菜包みは、駆け付けた人達ですぐになくなった。皆「不味い不味い」と言って食べているが、言葉とは裏腹に満足な表情だ。

 第2の訓練とやらも、これなら合格だろう。


 「さぁて、おめぇら、ゴブリン料理なんてゲテモノは終了だぜぇ。ここからが本番だ。このボウズの”ちゃんとした料理”の腕前をみねぇとな。普通の料理もゴブリン料理と同じ味だったら話になんねぇからな」


 「そりゃそうだ」と誰かが言うと、笑いが起きる。

 今度はちゃんとした料理を作れか、何年も家で料理をしてきたから多少の自信はあるものの、周りの目線が痛い。

 次はどんな料理が出てくるんだろう? そんな期待のまなざしだ。ゴブリン料理のせいで、変にハードルが上がっている気がする。


 腕を組み何を作ろうか思案する。その間に屈強そうな職員さんが追加の食材を僕の前に置き、脱ぎ捨てた可愛らしいエプロンを回収し、土埃を払ってから僕に着させて後ろに下がる。今度脱ぐときは火の中に投げ込むか。


 傍らではアリアさんが無表情で僕をじっと見ている、その表情からは何を考えているかわからない。

 わからないが、口からヨダレが出ている。「早く飯を作ってくれ」と言う事だろう、お腹の音もギュルギュルと聞こえてくる。


 さっさと作らないと僕が食べられかねない、普段家で料理をしている感じで適当に作っていくかな。

 下手な魔術も数打ちゃ当たる! とにかく質より量で勝負だ。

 家庭的な物、店で出されそうな拘った物、ちょっと変わったもの。

 僕の引き籠って家事をしていたすべてを出し切る!

 

 「うん、普通だ……」「普通」「美味しいけど普通ですね」出て来た感想は普通だった。

 うん、わかってたよ。だって普通の料理だからね……


 料理を「普通、普通」と言いながら、集まった人たちは喜んで食べている。自分が作った料理を楽しそうに食べてくれるのは、正直嬉しい。

 誰が持ち込んだのか、次々と酒が用意され、中庭は宴会状態になっている。

 木偶人形を次々燃やし、その周りで歌う人、踊る人、喧嘩を始める人など様々だ。


 「なにやっとんじゃお前らは!!!!」


 大地が揺れたかと錯覚するほどの、叫び声が轟いた。

 声の主は屈強そうな職員さんよりも更に屈強そうな、ハゲ頭の男性だ。

 山賊のお頭でもやってそうな凶悪な顔をしている。


 彼の登場により、集まっていた人達は、持っていた料理や酒を捨て、クモの子を散らすように逃げだし退散していった。

 


 ☆ ☆ ☆



 「この大バカ者が!!!!!!」


 中庭を他の職員さんに片づけるよう指示を出した後、ハゲ頭の職員さんに連行され、僕らは冒険者ギルドにある一番奥の部屋に連れてこられらた。

 屈強そうな職員さん、チャラい職員さん、僕、そして何故かアリアさんも一緒に来ている。


 顔を真っ赤にして怒り続け、職員さん二人は物凄く青い顔をして表情が固まったまま、一言言われるごとに「申し訳ありません」と腰を90度まで曲げて謝っている。一応僕も横目に見ながら同じように謝る、アリアさんも一緒に謝り続けている。


「おう、そういえばこの2人は誰だ?」


 一通り怒鳴り散らし、少し落ち着いたのだろう。部屋にあるソファーにドカっと座り、値踏みをするような目で僕とアリアさんを見ている。ギロリとした目つきが怖い。


「その、僕は勇者として冒険者に登録させて頂こうと本日お越しになったもので」


 やばい、言葉が変だ。怖すぎるのと緊張からまともに喋れない。


「私はアリア、職は剣士。この勇者をパーティに勧誘していた」


「ほほう、勇者がパーティに頭を下げて入れてもらうんじゃなく、パーティが頭を下げて勇者に入ってくれなんて珍しいな。そこのボウズはそんなに優秀な勇者なのか?」


 凶悪な笑みを浮かべる彼に、アリアさんは全く物怖じせずに答えている。


「うん、彼はゴブリンの肉を見事に料理して、食べられるレベルの物にした」


「ゴブリンの肉を食い物になるレベルにか、そいつは確かにすげぇが」


「おいしい料理も作れる、彼は優秀」


 もしかして、僕の良い所料理だけ!?

 いや、出会って間もないし、実際他の事をやれって言われても出来ないけどさ……


「おう、それにこのボウズ、読み書き計算も出来るそうだ。勇者としちゃあ十分な人材だと俺も思うぜ」


「ほう、そんなに優秀なのか」


「へっへっへ、そんなに優秀なんすよ」


 ヘラヘラと揉み手をしながら、ご機嫌取りを始めるチャラい職員さん。

 チャラい職員さんが僕の優秀さを伝えるたびに、ハゲ頭の職員さんは「そうかそうか」と頷きながら笑顔で答えている。


「だったらアホな勇者訓練なんぞしてないで、さっさと冒険者登録させんか!」


 そして再度怒鳴られ、「はい」と返事をし逃げるように部屋から出て行った。

 僕らも急いでその後を追う。後ろから「フンッ」という鼻息だけが聞こえた。


「あの、さっきの方誰なんですか?」


 今更の疑問をぶつける、多分偉い人だとは思うけど。


「あぁ、あの方はこの街の冒険者ギルドのマスターって奴だ。基本的に冒険者なんざゴロツキのような連中が多いからな。そのせいでもめ事が多いからああいった人間じゃないと上手くまとめられねぇ。昔はSランクの冒険者だったらしいから、腕は相当立つみてぇだ」


「Sランク?」


「あぁ、まぁその辺は登録する際に一緒に説明するわ」


 冒険者登録したカウンターについた。

 いそいそとチャラい職員さんは一冊の本を取り出した。「冒険者登録ガイド」と書いてある、なるほど、冒険者としての説明か。


「いいかぁボウズ、冒険者ってのはF~Sまでランクがある。そしてランクによって受けられる仕事は変わってくる。町外れに出現するゴブリンを定期的に駆除する物や薬草や鉱石類を採取してくる物、他にも落とし物を探してくれとか部屋の掃除を手伝ってくれとか多種多様だ」


 ふむふむ、冒険者と言っても、冒険しないで街中でする仕事もいっぱいあるわけか。


「仕事のランクは報酬と内容によって変わってくる。初心者のFランク冒険者なんかにドラゴン退治して来いと言っても、おっ死んで帰ってくるのが関の山だ。ゴブリン退治だって10匹程度ならFランク冒険者の5人パーティでも余裕だが、100匹を超える集落になるとそうはいかねぇ、ただのゴブリンだけじゃねぇ、ゴブリンメイジやゴブリンアーチャーと言った希少種が混じってる可能性もあるからな」


 希少種、確か学園の授業で習ったことがある。

 人型モンスターは基本知能が低いが、稀に希少種が生まれ魔法や弓、指揮をしたりする能力を持った種類が生まれる事があると。

 希少種と純潔種の交配の場合は希少種が生まれる事は稀だが、希少種同士の交配の場合は希少種や更に上位の希少種が生まれやすくなる。なので大型集落を駆除する場合は危険度が跳ね上がると。

 人間も苗床に出来るため、人間を捕まえて交配する事もあるとか。その場合更に希少種が生まれやすく、下手なパーティが大型集落を駆除しに行こうとして捕まったりしたら、逆に戦力を与えてしまう事態に陥る場合もあるとか。


「あぁ、それと依頼を受けるときはちゃぁんと吟味していけよ。ゴブリン退治のはずがオークが出てきましたなんざ話は良く聞く。依頼料ケチるためにあえてランクの低い依頼でやべぇ所に送り出そうとする依頼者も居るからな、悪質な場合はギルドから警告や処分がくだるが、基本は自己責任だ」


 なるほど、依頼と内容が違ったとしても、それは下調べ不足の自己責任という事になるのか。


「依頼は基本期限が付く、期限内に出来なかったりしたら違約金が発生するから気を付けろよ。何度も依頼を失敗したら、ランクが下がったり、最悪登録の永久剥奪もあるからな」


 少し早口で、捲し立てるように説明されるが、まだ何とかついていける。


「そして冒険者ランク。こいつは冒険者ギルドが『ランクを上げても良いだろう』と判断した場合に一つづつ上がっていく、自分と同じランクの依頼をちぁゃんとこなしていけば問題なく上がっていくぜ」


「ランクを上げるメリットって、高いランクの仕事を受けられる以外に何かあるんですか?」


「あぁ、ランクを上げるメリットは色々あるぜ。低ランクの冒険者カードなんて、見せびらかしても周りが『プー、クスクス』って感じだが、Bランク以上になると守衛や兵士の位が低い奴からは、歩いていると敬礼される。Sランクまでいきゃあ国王は難しいが、領主様辺りなら謁見させてくれと言えば簡単に通る、いわゆる名誉名声って奴だな」


「は、はぁ」


 正直あまり興味は無い、別に僕は威張り散らしたいわけじゃないし。


「冒険者引退後の就職先もランクが高けりゃ色々選べるし、ギルドからだってそれなりに支援してもらえる。俺や旦那も元冒険者で引退後にギルド職員になったクチだ。他にも開拓団への斡旋や貴族の教育係に選ばれたりもする、領主に任命された奴も居たなそういや。生涯冒険者を謳うのも良いが、依頼中の事故やケガで引退を余儀なくされる奴も居るんだ、ランクは上げとくに越したこたぁねぇな」


 安定した仕事か。裕福な家庭で育ったわけじゃない人にとっては、喉から手が出るほど欲しい物なのかもしれない。

 実際この町で仕事は少ない、だから僕は冒険者になったわけだし。


「次はパーティの説明に入るが」


「あんた、こんなところに居たのね!」


 ドタバタと足音を立てて走ってきた二人の少女。

 一人の少女が少し息を切らせ、睨むような顔で指さしている方向は、僕!?


「えっ? 誰?」


「あんたじゃないわよ! アリアあんたよ!」


 どうやらアリアさんの知り合いのようだ。僕をパーティの勧誘をすると言っていたから、パーティの人だろう。


「もしかして、アリアさんのパーティの方ですか?」


「違うわよ! ってかさっきからアンタなによ!」


 違うらしい、怒られてしまった。

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