第1話

「おかしい...何かがおかしい...」


天井に見覚えはある。毎日見ている天井だ。

ただ、自分の名前が思い出せない。

朝比奈 透というよく分からない名前は浮かぶのだが、そんな名前ではない。


年齢は7歳。グラスベリーという町に住む男の子だ。この辺は大丈夫か。


名前だけ、名前だけが分からない。

いや、母さんに聞けば分かるか。

とりあえず起きて飯を食おう。



部屋から出て、家から出て外へ向かった。

朝食は毎日外で村の人達集まって食べるという村のルールがある。

行方不明になった者がいないか確認するためらしい。意味あるかな、これ?


とりあえず母さんの隣の席につく。隣には母さんがいて....母さん名前も思い出せない。

何故なのだろうか。


「ねぇ、母さん?」


とりあえず名前を聞こうと声をかけると、母さんは驚いたような顔でこちらを向いた。


「今、なんて言ったの?」


「え?ねぇ、母さんって...」


そう言うと隣に座っていた母さんは立ち上がり村長のところまで走っていった。

何かおかしかっただろうか?


少し経ってから村長と母さんが来た。


「君、こっちに来なさい」

村長にそう言われて後ろを着いて行った。

なんだか分からないが母さんはとても嬉しそうだった。


そして村長の家に入り椅子に座った。


「おめでとう、君は神に選ばれたようだ」


目の前の村長からそんな言葉がかけられた。

全く理解ができないが話は進んでいく。



とりあえず分かったことは

この村には掟があり、自分の母親が誰かわからない状態で育てられるらしい。

自分の母親を見つけられた者は神に選ばれた者として、外の世界で旅する事を許され、各地で仲間を集め魔王討伐へ向かうらしい。




何だそれ?ゲームでもそんなめちゃくちゃな設定付けないだろ。



よくわからない記憶と共に変なツッコミが頭の中に出てきた。


何かがおかしくなっている。

それだけは分かった。


「とりあえず、旅の準備をするとしよう」

村長がそう言うと、俺は奥の部屋に連れて行かれた。朝から頭の中がぐっちゃぐちゃになっている。とりあえず整理したいと思いながら部屋へと入っていった。






部屋の中で1時間ぐらい一人でいた。

多分みんなは朝食を食べていたのだろう。

俺のところにも運ばれてきてそれを食べて少し頭の中を整理していた。


恐らく今日見た夢、あの女の人が神様というやつなのだろう。村の銅像の人に似ている気がしてきた。


何故あの人が母親だと感じたのか、それは分からない。確かに昨日まで自分の母親を意識した事がなかった。起きたら集合しご飯を食べ、銅像に祈りを捧げ、一緒に暮らしている村の子供達と遊んで、ご飯を食べて寝るだけだった。

村の人みんなが家族みたいな存在で、違和感なく過ごしていた。


「そもそも、それがおかしいよな」


そんな独り言を呟きながら、これから先起こる出来事が何なのか、不安になりながら部屋で時間を潰していた。






部屋に連れてこられたから2時間ぐらい経った頃に、村長達が入ってきた。

お祈りが終わったところだろう。

今日はいつもより長かった気がする。

村長が向かい側に座り、話が再開された。



「さっき話した通り、君は魔王討伐へ向かう勇者に選ばれたのだ」

「あの、それは今日見た夢が関係あるのでしょうか?」

「ほう、夢を見たと?何かあったのかね?」

「はい、恐らくいつもの銅像の人が現れて世界を救ってほしい、みたいな事を言ってました」


今日の朝あった出来事を村長に伝えた。


「ふむ、過去にそのような事があった者はいないがお告げか何かか。他に何か言っておらんかったか?」


「あとは、悔い改めてくださいって言われたと思います」

「ほう、過去に何かやましい事でもあったのか?」

「いえ、特には」

「分からんが、神様がそう言うのであればそうなのだろう。過去にあった些細な事でも良い。しっかり反省する事だな」

「分かりました」


夢の中の自分が反発した事は言わないでおいた。何があるか分からないから。


「他に変わった事はあるか?」

「変わった事...そういえば、自分の名前が思い出せませんね」


「それは過去選ばれし者達もそうだったから安心してくれ。何か変な名前が思い浮かぶのだろう?」


「はい、朝比奈 透っていう名前が思い浮かばます」

「過去の者たちと同じだな。皆その名前が思い浮かぶらしい」

「そうなんですね。これが自分の名前何でしょうか?」

「いや、君の名前はトロールだよ」


なるほど、確かにそんな名前だった気がする。

やっと胸のつっかえが取れた。



「いや、村長嘘を言わないでください。ゴブリンです。君の名前はゴブリンです。」


隣に立っていた人がすぐに訂正してくれた。

変なつっかえが取れてただけだった。

ゴブリン...良い名前だな。


「いや、嘘言わないでください!ウィットです!うちの息子の名前はウィットですから!」


母さんからの力強い訂正が入った。

さっきの名前は全然良い名前じゃなかった。

ウィット、最高の名前だな。


「まあ冗談はそのくらいにして、ウィット君。君には選択権がある。神に選ばれし者として魔王討伐へ向かうか。向かわないか」


「え?行かなくても良いんですか?」


「あぁ、強制はしない。君だってまだ子供だ。急に言われて受け入れる事も出来ないだろう」


確かに、いきなり言われてちょっと怖くなっていた気持ちもある。別に行かなくても良いのではないか?そんな気持ちが湧き上がってきた。


「ただ、行かなかった場合は一生牢獄で暮らしてもらう。既に村の理を知ってしまったのだからな」


「行かせていただきます」

即答してしまった。

一生牢獄生活なんか絶対嫌だ。


「そうか、では明日出発としよう。今日1日はゆっくり過ごしてくれ。我々は準備をさせてもらおう」


そう告げられ部屋から出されてしまった。

明日出発とは急だが、今日のうちにやれる事はやっておこう。


「とりあえずみんなに挨拶でもしておこうかな」

そう呟きながら俺は街の広場へ向かった。

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