第6話 心療内科
Nは心療内科の医師と話しをしている。
医師がNに現状を聞き
Nは午前受診した脳神経内科の医師に話した事と
全く同じ内容の話しをした。
大谷の事、コロナウィルスの事。
そしてさらに、スマホで調べた結果わかった、
Nの記憶とこの世界の違いについて
延々と話した。
医師は一通りそれら聞いた内容をカルテに記した後
Nに食事やら家族やらについていろいろ質問し
Nはそれらの質問に的確に答えた。
一通り話しを終えて、医師がNに話し始めた。
『お話ししていただいて、ありがとうございます。
ではまず、お話しいただいた内容を
少しずつまとめてみましょう」
そう言って医師は、
Nから聞いた内容を淡々と話し始めた。
「Nさんは昨日、朝起きた時に違和感を感じた。
だけど、何がおかしいのかはわからなかった。
そのまま会社に行って、営業先の村上電気へ行き
村上社長と話しをした。
すると、「大谷翔平」という野球選手のファンだったはずが
その選手のことを忘れていた。
社長の奥さんに聞いてみたが、奥さんも忘れていた。
大谷翔平という選手は、
純日本人の選手で身長が190cmより大きくて
ハンサムで性格もいい。
その選手は、バッターでもありピッチャーでもある。
日本球界時代はファイターズに所属し
大リーグではエンゼルスに所属している。
ファイターズ時代には
ピッチャーとして十勝、バッターとしてホームラン十本を打ったりしていた。
ピッチャーとしては最速165km/hを記録していた。
年俸は1億から3億円くらいだった。
大リーグでは
九勝だったけど、ホームランを四十六本打って、ホームラン王目前だった。
最初は年俸六千万円くらいで、そのうち三億円くらいになった。
会社の人にも確認したけど
誰も大谷を知らなくて
経理の大谷良子さんと思われてしまい
面倒だった。
ここまではいかがですか?
訂正すべき点などはありませんか?」
医師がNに聞く。
ありません、と答えると医師はまた話しを続ける。
その後、半休を取って家に帰り、
受診の予約と翌日の欠勤の連絡をした。
そして、この病院に来る途中
人々がマスクをしていない事に気がついた。
Nさんの記憶では
コロナウィルスが世界に蔓延し
たくさんの方が亡くなられた。
そのため、マスクをするのが当たり前の社会になっていた。
病院内はマスクをしている人が多かったので
少し安心した。
ここまではいかがですか?」
大丈夫です、と答えるN。
また話しを始める医師。
「病院で雑誌を見ていた時に
東京オリンピックではなくマドリードオリンピックになっている事に気がついた。
コロナウィルスの影響で、東京オリンピックは一年延期になり
2021年に無観客で開催された。
ここも大丈夫ですか?」
はい、と答えるN。
「それで、いろいろ変わっているとわかったので
スマホで調べてみた、と。
で、調べたところ、
第二次世界大戦というのが、違っているのがわかった、と。
この戦争で、日本はドイツとイタリアとともに
アメリカやイギリスなどと戦い敗北した。
最後の決定打は、原子爆弾という新型爆弾を
広島と長崎に落とされたので、無条件降伏したと。
で、そこから高度経済成長というのがあって
バブル期という日本の経済が世界を席巻する時代があった、と。
その後バブルが崩壊し、日本経済が三十年以上低迷し続ける。
そして、1995年に阪神淡路大審という大きな地震があって
神戸あたりの高速道路が倒れた、と。
そしてその年はその数ヶ月後に
オウム真理教という教団がサリンを地下鉄に巻いて
たくさんの犠牲者が出た、と。
そして、2001年にアメリカでテロが起こる。
内容は、2棟あるワールドトレードセンターのそれぞれに
ハイジャックされた飛行機が激突し
ビルが倒壊する、と。
テロがイラクと関連づけられて
アメリカがイラクに戦争をしかけ
イラクが崩壊したが、イラクからは証拠は出てこなかった、と。
で、その後は、2011年に東日本大震災があって
大きな津波があったり、原子力発電所が制御不能になって
放射能が漏れたり大変な事態があって
たくさんの犠牲者が出た、と。
で、スポーツでは
横綱はモンゴル人の方ばかりになって
ボクシングでは井上さんという選手が1〜2Rで
別団体のチャンピオンを全員秒殺するくらい強くて
八村塁さんという方がNBAで一位指名して大活躍していて
女子テニスの大坂なおみさんという方が四大大会のいくつかを制覇し
ランキング1位になると。
あ、そうか、後は
中国がアメリカと同様規模の経済大国になっているんでしたね。
お話ししていただいた内容をまとめてみましたが
抜けや間違いなどありませんか?」
ありません、と答えるN。
「ありがとうございます。
すごい話しがたくさんありますね。
ここに登場した人物はおりませんし
建物も壊れていないし
事件や事故、地震などもないですよね。
ですから、これらはNさんがおっしゃるように
Nさんの頭の中にだけある、という事になりますね。
個人的には、
第二次世界大戦と、原子爆弾、
あとは原子力発電所の崩壊が気になりますね。
放射能汚染とかもあると思いますし
その後日本が立ち直っているのだとしたら
すごいなあと思います。
その他の出来事も、
どれも強烈な印象を与えるものばかりですね。
今、自分でお聞きになってみて、どうお感じになりますか?」
医師に質問されるN。
Nは黙ったまま何も答えなかった。
これらの人物出来事事件事故の全ては
確かの自分の記憶の中にある。
しかし、この世界では何ひとつ真実ではない。
待ち時間に探しただけでこれほどあったのだ。
探せばもっとあるに違いない。
もうお手上げだ。
どうしようもない。
Nは、考える気力がなくなっていくのがわかった。
呆然とするNに医師が問いかける。
『Nさん。聞こえますかNさん。
大丈夫。心配しなくていいですよ。
人間誰だって上手くいかない時はあります。
記憶が周りの人と違う人はたくさんいます。
むしろ違っているのが普通です。
Nさんの場合はそれが少し極端だという事です。
例えば、違う人間が同じものを見ても
同じと認識しているかなんてわからないでしょう?
違って当然なんです。
問題は、社会生活に支障が出るかどうか、というところです。
Nさんの場合は、少し出始めていますね。
会社を早退したり、休んだりする必要に迫られている
という事です。
少し休んでゆっくりしてみませんか?
診断書を書きますから職場に提出してください。
まずは一ヶ月ほど休養しましょう。
そして、お薬も出しておきますね。
心が元気になるお薬です。
無理は禁物です。
カウンセラーを紹介しますから
カウンセリングを続けながら
お薬での治療もしていきましょう。
Nさんの頭がおかしいのではなくて
少し疲れているから休むのだ、と考えてください。
それではまた後でお呼びしますので
待合室でお持ちください」
Nは言われるがままに診察室を出て
待合室の椅子に腰掛けた。
しばらくすると受付に呼び出され、
会計を済ませ処方箋を受け取って病院を出た。
Nはさきほど医師が口にした内容、
つまり自分が言った事を考えながら歩いていた。
よくよく考えてみれば
自分が言った内容の全てが
どれも荒唐無稽じゃないか。
現実に起こりそうもないことばかりを口にしている。
小説を読みすぎたのかもしれない。
漫画を読みすぎたかのかもしれない。
はたまた映画を観すぎたのかのかもしれない。
その辺ははっきりしないが
現実というもののどこかに
きっと不満があるのだ。
この世界が気に食わないから
俺はいろんな妄想をしてしまったのだ。
そして妄想をしすぎて
現実と妄想の区別がつかなくなったのだ。
そうだ。
そうに違いない。
もすかしたら俺は
田宮と仲良くしたかったのかもしれないし
どこかで見かけた大谷良子の事が好きだったのかもしれない。
物事のひとつひとつに囚われていてはいけないんだ。
そう。
流れる水のように、あるがままを受け入れて生きていけばいいのだ。
Nはそんな事を考えながらとぼとぼと歩き、家に着いた。
冷蔵庫の中に残っていたアボガドをひとつ食べ
食後に飲む薬を飲み
風呂に入って、Nは眠りについた。
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