第19話

 あれから更に1週間過ぎた。


 本日の訓練は終わり、全員のマッサージも完了する。


 これからは自由時間だ。

 今日もう飯当番が無いのでゆっくり出来る……。


 もう体が動かない……。


 それは何故か?


 日に日に俺だけ訓練内容が厳しくなっているからだ。


 筋トレとか背中に重りを担いで行っている。

 どこぞの仙人だよ?! と言いたくなるぐらい厳しい。


 というか、ヒメが「ロキ兄は逃げるから訓練厳しくしてね、って言っといたよ★」そうアルベルトさん達に言ったからこうなっている。


 つまり、ヒメがそう告げ口をして──アルベルトさんは脱走する体力をギリギリまで削る事にしたという事だ。


 俺だけアルベルトさんと朝練がある上に、監視しやすいように料理当番は確実に毎日一食は当たるようになっている。訓練後のマッサージも当然ある。


 しかも監視役にはミカとサラさんのどちらかが必ずついている。


 今もミカが隣にいる。


 俺の自由はどこへ行ったんだ?!


 社畜の頃より生活が酷いぞ?!


『僕を置いて逃げたから、天罰★ 今日はカルボナーラが食べたいぞよ♪』


 本当、こいつは悪魔の化身だと思う。


 そりゃー、ヒメを置いて逃げたのは気が引けたが、こんなもん耐えれるかッ!!!!



 これは息抜きが必要だ……俺はまだ異世界の街を堪能していない。


 だが、逃げると思われている俺だけは外出許可が降りないのだ……。


 まぁ、皆も俺が逃げるから外には遊びに行けてないようだが……。


 しかし……俺も買い物とかしてみたいッ!


 というか、市場調査をしないと知識チートが出来るかもわからない。


 交渉しよう。


 俺はサラさんの元へ行き話しかける。


「サラさん、外に出て買い物とかしてみたいです」

「ダメです」


 俺が外出出来ないのは信用が無いからだ。


 それを今回払拭したいと思う。


「俺は逃げません」

「信じられません」

「絶対逃げません」

「それは嘘です」


 ぐぬぬ……1週間大人しくしていたはずなのに……ここまで信用がないのは泣けてくる。


 どう言えば納得してくれるだろうか?


 そうだッ!


「なら、ミカと一緒に行きます。それなら安心出来ますよね? それに逃げる素振りがあったらヒメに直ぐ報告してもらうというのでどうでしょう?」

「ふぇ?!」


 俺がそう言うと、ミカがフリーズする。


「…………うーん……」


 サラさんは悩んでいる。


 どうせ逃げるのは不可能だ。

 無断で逃げるよりは、こうやって自分で逃げ道を塞いだ方が納得しやすいだろう。


「それに──世間知らずの俺は一度買い物とかして見聞を広めるのが良いと思います」


 自分でも驚くぐらい口が回る。

 人と話せるというのは楽しいものだ。


「……確かにまだ街を案内してませんでしたしね……わかりました。ミカに案内してもらって下さい。絶対に離れたらいけませんよ? ついでにパンも買って来て下さい。お釣りはお小遣いです」


 銀貨を数枚渡されたが、これがどれぐらいの価値があるのかさっぱりわからない。


 とりあえず許可は得れた事に安堵した。


「ヒメ、俺が逃げたら報告してくれていいからなー」

「ラジャー★」


 かくして俺は街の外に出る事に成功した──



 ◇◇◇



「何で私があんたに案内しなきゃいけないのよ……」

「そう言うなって。脱走した時に風景ぐらいしか見てないんだよ。店とか行ってみたいんだ。よろしくな?」


 孤児院の外に出るとミカは不服そうに文句を言う。


 しかし、実際の所──脱走の際に街並みしか見ていない。


 お金の価値とか店の場所とか知りたい。


 それと──アルベルトさんからミカの事情を聞いている。気にかけてやってほしいとも言われている。


 辛い過去だ。


 未だに悪夢を見るらしい。訓練ではそれを払拭するかのようにがむしゃらに取り組んでいる。


 いつか潰れてしまってもおかしくはない。


 ちょうどいいから、一緒に息抜きだッ!



「はぁ……早く行くわよ。こっち」

「ん、あぁ」


 俺はミカの後を追いかけるように後ろをついていく。


 しばらく歩くと露店が並んでいる道に入る。

 ここは初めて通る道だ。


 前世で言う商店街のような感じだ。

 見た事がない食材も並んでいるし、獣人やエルフなどの人種もいる。


 そういえば孤児院にも色々な人種がいたな……訓練がキツすぎて疑問にも思わなかったな。


 人種差別とかあるもんだと思ったが、意外と仲良くやれているんだな。


 一応、マップを起動させておくか。道に迷いたくないしな。


 ──って、孤児院のメンバーが5人いる?!

 物陰から見える姿を確認すると獣人組っぽいな。


 …………これはあれか? 監視ってやつだな。獣人は五感が鋭いから尾行とかに向いている。ヒメの指図かな?


 まぁ、初日だし仕方ないか。


 今日は逃げるつもりは毛頭ないし、気付かないふりしてよう。



「そういえばさ、薬草とか買い取ってくれる場所ってあるの?」

「冒険者ギルド、薬師ギルド、商人ギルドなら買い取ってくれるけど、会員にならないと無理よ。道具屋とか質屋とかでもいけるとは思うけど、安く買い叩かれるわ」

「あ、そうなんだ」


 ストレージに眠ってる薬草を金に変えたかったんだけど、会員ではないから安く買い叩かれるな。


 今日はお釣りをお小遣いにして良いと言われてるし、そのお金で買い物するか……。


 ふと、ミカを見ると装飾品が並ぶお店の前で足を止めていた。


 やはり、女の子だな。


 視線の先を見ると、髪留めを眺めていた。


 俺が近付くとミカは素知らぬ顔をしてまた歩き出す。



 そうこうしてる内にパン屋に到着した。


「いつものお願いします」

「あらミカちゃん待ってたわよ。ちょっと待っててね〜」


 ミカはよくお使いに来るのだろう。親しげに店番のおばちゃんに話しかけられていた。


 しばらくしておばちゃんはパンを大量に持って来た。


 それはもう大量だ。何十個あるんだというぐらいパンがある。そりゃー人数多いのはわかってたが──


 どうやって持って帰るんだよと思った。


 俺のストレージに入れるか?


 そんな事を考えていると──


 ミカは袋を取り出して、その中に入れ始めた。


「何すっとぼけた顔してんのよ? これは魔法袋よ」

「あ、そうなんだ」


 さすが異世界だ。

 俺のストレージ入らずだな……。


 物流無双の夢は途絶えたな……。



「ミカちゃん、今日はお使いついでにデートなの? その可愛い男の子はかしら?」


 おばちゃんはニマニマ笑いながらミカに爆弾を投下してきた。後で殴られたりしないか不安だ。


 でも、彼氏と言われるのはまんざらでもない。


「ち、違うわよッ! こいつは新しく入った子よッ!」

「あらあら必死になっちゃって〜、いつもは孤児院の子供数人で来るじゃない?」


 いつもお使いは子供数人で来るのか。2人で来たからおばちゃんは勘違いしているらしい。


 言われて気付いたが──


 男女2人で買い物してたらデートというやつだな。


 監視付きではあるが……。



 おっと、おばちゃんの視線がこっちに向いた。せめて自己紹介ぐらいしないとな。


「俺は最近孤児院に来たばかりで、ロキと言います。よろしくお願いします。ミカはとても優しくて、いつもよく面倒を見てくれるんです。今日も街を案内してくれて助かってます。本当、こんな子が彼女だったらとても嬉しいです」

「あらあら、まぁまぁ、ミカちゃんやるわねッ! このまま付き合っちゃいなさいよ〜」

「──?!?!」


 話せるって楽しいなッ!


 おばちゃんもノリが良いッ!


 ミカは顔を真っ赤にしている。後で殴られるのは覚悟の上だッ!


 この後、おばちゃんと俺は少しばかり世間話をしてパン屋を後にした。



「…………」


 ミカはさっきから沈黙している。

 少し気不味い。調子に乗って揶揄い過ぎたかも。


 話せる事が楽しくて失敗したな……。


 とりあえず、謝っておこう。


「ミカ、調子に乗った。ごめん」

「私……帰る……逃げないなら適当に散策して帰ってきなさい……」


 そう言って、孤児院の方向へ向かって行った。


 殴られもしなかった。これは相当怒っているな……。


 機嫌を治す方法はないだろうか?



 俺は一つ思いついたのでその場を全力で後にした──



「ロキ君が消えた?!」

「探せッ!」

「捕まえるぞッ!」

「「「応ッ!!!!」」」


 そんな声が聞こえてきたが、脱走しないから安心して欲しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る