第18話 ※

 俺が孤児院に来てから1週間が過ぎた。


 俺は現在、街の中を必死に走っている。


 これは訓練ではない。


「ロキ君が逃げたぞォォォォッ!!!!」

「逃すなァァァァッ」


 そう、言葉からわかるように──


 ただ、ひたすらいるのだ。



「あらあら、またあの子?」

「可哀想に……」

「頑張れよー」


 今、話をしていたのは街の人達だ。

 俺はこの1週間で少しばかり有名になった。



 それは何故か?


 正直、孤児院での生活に3日目でギブアップした。


 座学、筋トレや子供達との模擬戦はまだ良い。

 だが、サラさんとアルベルトさんの訓練が無理ゲー過ぎた。


 まず、メイスを持ったサラさんに対して成す術が無かった。

 紐のマッサージ効果は触れないと発揮されないから触れる前に全てメイスに絡め取られてしまった。


 それでもまだ『身体強化』を同期させて、なんとか生き残る事が出来た。



 問題はアルベルトさんだ。


 俺は読み書き、計算が問題ないので授業の一部免除されている。受けているのは一般常識の座学だけだ。


 読み書き、計算の座学の間は俺だけ外に連れ出され、アルベルトさんと模擬戦の相手をする。


 この人の手加減はという意味で間違いないだろう。


 致死攻撃はされないものの──


 早過ぎて見えない攻撃によって幾度となく骨は粉砕され、熱い抱擁を受けるという地獄のループを味わった。


 戦いにすらならない上に心が折れる訓練内容だった。



 だから逃げた。


 1回目はヒメを簀巻きにして一緒に逃げたが、それに気付いたアルベルトさんが直ぐに連れ戻しに来た。


 ラスボスがいきなり現れたので即座に白旗を上げて諦めた。


 2回目以降はヒメを置いて逃げた。

 すると、サラさんと子供達の連携で捕まえに来た。


 アルベルトさんがいないだけ100倍マシなのだが、連携が凄かった。


 今も追いかける組と路地裏を先回りして足止めする組に別れて次々と俺に襲って来ている。


 それに対して“紐技”【蛇】と【網】を使って無力化している。


 そして、逃げ切るまで後一歩という所で、中ボスの堕天使サラさんが決まって現れる。



 1番最初の脱走時に戦ってみたが──



 俺達の死闘は街の衛兵さんが出動するぐらい激しかった。主にサラさんのメイスによる打撃が地面とか建物を破壊したせいでだが……。



 この時──


は手足を潰してでも連れ戻すように言われています。それにロキ君は料理も美味しいですし、またマッサージも受けたいです。戻ってきてくれますよね?」


 そう説得というか威圧を込めた脅しに、俺はやっと理解した。


 もしもの時とはという事だったのだ。


 アルベルトさんは俺が逃げるとわかっていたのだろう。だから監査役としてサラさんに念押ししていたのだ。


 それに『家事万能』のお陰で料理もそうだが、全ての家事を高水準こなしている。更に『マッサージ』による疲労回復はもっと好評だった。


 サラさんにはヒメがエロい顔が見たいからという理由で勝手に“快感増進”させられていたのだが、実は喜んでいたのかもしれない。

 ちなみに俺は紳士なので手は出していない。ただ卑猥な声に耐えるのは生殺し状態ではあったが……。



 とりあえず、説得時の威圧が凄くて本能がヤバいと訴えたので素直に帰った。

 それからサラさんが現れたら直ぐに降参している。



 だが、今日はいつもと違う。この4日間、ただ逃げていたわけではない。


 土地勘が無いから逃げれなかったと判断して、マップを起動させながらルート確認をちゃんとしていた。


 準備は万端だ。


 今日なら問題なく逃げられるッ!



「待ちなさいッ!」

「……ミカか。サラさんが来る前に終わらせる────」


 目の前に現れたのはミカだ。


 実はミカもサラさんとの訓練に付き合えるぐらいには強い。武器無しであれば良い勝負をする。



 肉弾戦では負ける可能性もあるし、一筋縄ではいかないので“紐舞闘ストリングダンス”で対応している。

 いつもならここで足止めをされてサラさんが到着するパターンだ。


 だが──


 今日は力を惜しむつもりはない。


 ミカはだ。

 俺の敵では無い。


 即座に『マッサージ』の“快感増進”を紐に同期させて【蛇】を放つ。


 俺の紐ムーブ──見せてやるよッ!


「しまッ────んあッ、くぅ……」

「はい、また俺の勝ち。残念ッ!」


 触れた紐でミカの無力化に成功すると、ミカは顔を赤くし、を耐えながら構えている。


 しかし、動くのはキツいはずだ。


 俺は直ぐに離脱する為に駆け出そうとするが、ミカは再び立ち塞がった。


 相変わらず負けん気が強い。中々の根性だ。


 ヒメから特定のスキルと紐を同期する場合は魔力次第で強化出来ると聞いている。


 心苦しいが──


「行かせてもらうッ!」

「ふぁッ!? ん、アッ、アァァァ──」


 紐に魔力を込めると、そこにいつも強気なミカは地面に崩れ落ち、俺の前にひれ伏した。


 涙目でこちらを睨みつけている。だが、立ち上がる様子は無い。腰が抜けたのだろう。



 紐ムーブとは言ったが──


 ぶっちゃけると、女性限定の紐ムーブだ。

 絶対に男には使わないだろう。


「……はぁ、はぁ……逃げれないわよ……」


 ミカは去り際にそんな事を告げる。


「今日の俺は一味違うさ。既にルートは把握している。ミカ……いつかまた会おう──」


 数日かけて念入りに計画した。この街には北門と南門がある。

 今日逃げ回ったルートは遠回りではあるが、北と南に誘導しながら逃げた。子供達は分散されたはずだろう。


 俺を足止め出来る人物はもういない。


 それに俺は門からは出ない。紐を外壁に繋いで逃げさせて頂く。


 ミカを一瞥して俺は西に向かう──




 ここまで誰とも出会わなかった。俺の策は功を奏したのだ。



 外壁に紐を伸ばす──



『ゲームオーバー』


 ヒメから不穏なメッセージが来たが無視だ。


 お前ともおさらばだ。


 皆、俺は家訓通り──幸せになるよッ!



「甘いですよ。とは考えましたね」


 その声と同時に外壁に伸びていた紐は切られる。


「──な?! アルベルトさん?!?! 何故ここに?!」


 いや、アルベルトさんだけじゃない。

 よく見ればサラさんもいるし、孤児院の子供達はほぼ来ていた。


 遅れてミカも到着する。



 俺の計画は完璧だったはずだ。


 何故、バレた?!


 いや、それより何故ここに孤児院のメンバーが集結している!?


 連絡手段など無いはず──



「ふっふっふ、ロキ兄のいる場所は僕が把握しているのだ★ 僕を放置して逃げるとか許さないよ♪ 僕は『念話』スキル待ちだから指示出すのは得意なのさ♪」

「ヒメちゃんは司令塔として逸材ですね」

「えへへ♪ 今日の晩ご飯は美味しいお肉が食べたいなぁ〜★」

「わかりました。報酬は私がこの間倒したレッドボアのお肉にしましょう」

「やたー☆」


 ──?!


 ヒメが司令官か?!


 まさか、最初から泳がされていた?!


 おかしいとは思っていたんだ。


 何故か、俺よりも先回りされている事が多かった。

 今回も外壁から逃げる予定だったのにバレていた。


 つまり、ヒメが情報を売っていたのだろう。


 その対価として最近晩ご飯が豪華だったというわけか……。



 俺は戦わずして、孤児院に戻り──


 晩飯にレッドボアのステーキをひたすら焼いた。



 皆「美味い」と連呼してくれたのは素直に嬉しかった。




 これは余談だが、食事中にアルベルトさんから告げられた言葉に俺は言葉を失った。


「ロキ君、ここの卒業は12歳です。それまで例外を除いて旅立った前例はありませんので諦めて下さい」


 前例が無い……つまり、12歳までという事だろう。



 孤児院の卒業が12歳か──



 2年間も地獄を味わうとか絶対嫌だッ──

 


 とか思っていたが、夜にサラさんの部屋でマッサージをして「あんッ♡ ひゃん♡」などの喘ぎ声を聞き、肩甲骨周辺をマッサージしてると脇乳に触れる事が出来て歓喜していたら──



 全てを忘れて、どうでも良くなった。

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