第4話

 はぁ……変態か……。

 変態と言っても意味は色々とあるが──


 今回は性的倒錯(性欲が質的に異常な状態)と思われているのだろう……至って俺はノーマルなのだが……。


 可愛らしい少女から罵られるとは……立ち直れない……。


 しかもさ……これ初対面なんだぜ?


 その肝心の少女──ミカは路肩の石を見るような目を向けてきている。


 異世界でも同じような視線を向けられるとは……これでも中身はおっさんだから慣れてはいるが、辛いものは辛い。


 それもこれも紐魔法の縛り方が不味いからだろう。


 咄嗟に捕縛するように使ったら、何故か亀甲縛りになっただけなのだ。


 ちゃんとイメージしないとラーニング時に学んだ縛り方をしてしまうのであれば今後はよくイメージして使わなければならない。



「ゴブん♡」

「──気持ち悪いッ!!!!」


 ミカの拳が悶えるゴブリンの顔面に放たれて肉と骨が潰れる音が聞こえてきた。


 ゴブリンの悶える表情は素直に俺も気持ち悪いので同意する。


 だ・け・どッ!

 俺は悪くないんです。悪いのは変な縛り方を教えたラーニングさんなんですッ!


 その変態を見る目をやめてくれませんかね?!


 ──んん?!

 マップに反応がある……モンスターと遭遇する前にここから去りたい。


 さっさと誤解を解いて離脱せねば。


「いや、変態じゃないです。危なかったので咄嗟に縛っただけです」

「嘘だッ! この縛り方はお父さんが変態がよくやるって言ってたッ! 咄嗟に変態の縛り方をする人がまともなわけがないッ!!!!」

「グハッ」


 ミカの言葉がクリティカルヒットし、心の中で吐血する。


 ショックはショックなのだが、けっこう普通に話せている事に自分自身驚いている。確かにゲーム内なら普通に話せていたが、これは嬉しい誤算だな。


 それより、俺はまず君のお父さんに問いたい……。


 何を教えてんだッ?!


 これが異世界の性教育なのか?!


 このままでは歪んだ性癖を持っていると思われたまま街に行く事になる。


 なんとしても誤解を解かなければ……街で吹聴されたら社会的に死ねる……阻止せねばッ!


「き、君は勘違いしているッ! 俺にモンスターを縛る性癖はないッ! どうせなら女の子の方が良いッ!」


 この時の俺は必死だった。その事と、まともに話した事がなかった事が重なり、最後に本音がポロッと出てしまう。


 ミカは手をプルプルとしている。


 次の瞬間──


「──この変態がッ! 近寄るなッ!」

「グハッ──」


 少女は拳を握り締めて鳩尾目掛けて振り抜く。

 俺は後ろに飛んで衝撃を和らげようとするが──拳の速度が予想よりも速く鳩尾に当たる。


 ……もう超絶痛いです。痛すぎて足に力が入らず、上半身が前のめりに倒れているので完全に土下座状態です。


 ラノベとかのテンプレを所望する……もっとこうご都合展開とかプリーズ……いや、俺が悪いんだけどさ……。


 これで俺は完全に変態指定を受けたに違いない。


 心も体も大ダメージだ。HPバーがあれば間違いなく瀕死確定だ。


 というか、今の俺の身体能力は本当に子供と同じなのだろう。

 ゲーム内で転職して得た職業ジョブ補正は少しずつではあるが引き継ぎが出来る。引き継げている事に淡い期待をしたが、本当に初期化されたようだ。


 体は生身……怪我をすれば痛いし、病気もするはずだ。痛い目に合って再認識する事が出来たな……。



 あー意識が飛ぶ…………だけど、このまま気絶したらヤバい。


 絶対に置いていかれる!


 異世界に来て早々にモンスターに殺されるのは嫌だッ!


 なんとしても誤解を解いて街に入るッ!


 俺は立ち上がる──


「変態は滅ぶべしッ!」


 その言葉に「俺は変態じゃねぇッ!」と反論したかったが、すかさず放ってきた拳の速度がそれを許さなかった。


 拳は完全に俺の顔面を捉えていた。


 当たればそこらに転がっているゴブリンと同じく顔面は陥没するだろう。


 そして──


 死ぬ。


 目の前がスローモーションになる。

 何か手はないか──そう思考を巡らせ、一つの手を思い付く。


「こんなとこで死んでたまるかァァァァッ! おらァァァァッ!!!!」


 俺は紐を出して輪っかを作り、両手に力を入れる。

 その輪っか内に拳が通過した瞬間に両手を左右に引くと拳は減速し、避ける事に成功する。


 真剣白刃取りならぬ、紐による拳絡め取りだ。ゲームには『喧嘩師』という職業ジョブがあった。その武技に“真剣白刃取り”がある。


 それを応用したのだ。


 と言っても威力が高いので止めるのは不可能だったが……というか普通に紐が切れた。


 なんかがあったな。


 そう思っていると──


「──?!」


 ヤバい、反対の拳で追い打ちが来る。


 咄嗟に紐を複数放つ──


「ちッ」


 ミカは舌打ちをしながらバックステップで下がり、お互いに視線を交わす。

 紐を動かすと視線をそちらに移す。

 相当紐を警戒しているようだ。捕まれば亀甲縛りされると思っているのだろう。


 しかし、とても少女とは思えない動きだ。


 まさか異世界に来て初めての命の危機が少女の拳とは……。


 せめて近接系の職業ジョブであれば補正が付くから渡り合えるとは思うが、ヒモには補正が無い……本当カス職だ。


 力の開放とやらをしたら他に何かスキルとか得れるのか?


 今ある他のスキルは『家事万能』だ……ヒモになる為の前提スキルじゃないかッ!


 とりあえず紐魔法を放つ──


「とりあえず、話を聞いてくれない?」

「そんな事言いながら紐を放つなッ! 捕まえて変態プレイするつもりでしょうがッ!!!!」

「殴ろうとするからだろッ!? マジで戦ってる場合じゃないんだってッ!」


 紐を放つそばから簡単に引きちぎられている。

 隙を見せたら殴りかかってくるから紐を放たなければならない状況だ。


 更に不味い事にマップ画面にさっきの赤い点が近付いている。さっきタップして調べたらオークと表示されていた。


 早く捕縛して去りたかったのだが──


「ブモォォォォォォォッ」

「「──!?」」


 ──時間切れだ。


 俺の背後から威圧混じりの雄叫びが聞こえてきた。

 後ろを振り向くと二足歩行の豚がいた。


 それにしても大きいな……2メートルは超えてるだろ……。


 共闘すれば倒せるか?


 俺が足止めして、渾身の一撃をミカが撃てれば勝てるか?

 あのスキルレベルであれば倒せる可能性は十分にあるだろう。


「──束縛。──今だッ! 殴れッ!!!! ちなみに殴るのは俺じゃないからなッ!!!!」


 俺は腕から4本の紐を出して四肢に巻きつけて木々に括り付ける。これぐらいなら簡単な操作だ。

 ちゃんと俺を殴らずにモンスターを殴ってくれと意志を伝えるのも忘れない。


 だが、背後にいるミカからの攻撃は無く、俺の言葉だけが木霊する。


 ん? 攻撃しないの? 俺を殴ったみたいにやってよ?! さっきまでの威勢はどこいった!?



 ……やはり子供相手に相談無しの即席共闘は無理か?


 そもそも警戒されまくってるしなッ!



「ブモォォォッ!!!!」

「やっぱこの紐じゃ直ぐに切れるよな……」


 四肢に巻き付いた紐は簡単に引きちぎられる。


 ミカを見ると──


 震えていた。


 確かに凄い圧だ。子供であれば怯えてもおかしくはない。


 不思議なのは何故か俺は恐怖心どころか、緊張感すらないが……もしかしてゲームと似た感じだからか?


 ゴブリンとオーク、このモンスター達の外見は『ワールド・ディスティニー』と似ている。


 そのせいでゲーム感覚から抜け出せないのかもしれない。コミュ障の俺が話せているのもそのせいか?


 ミカに攻撃を受けた時の方がよっぽど現実味と死の予感がしたな。


 しかし、これは──非常に良くない。


 逃げるにしてもミカは動けなさそうだ。



 はぁ……仕方ない──


 俺1人で迎撃するしかない。



 ここで異世界でやりたかった事の一つをやるか。


「ここは俺に任せて──先に逃げろッ!」


 盛大に死亡フラグを立てた。


 一応言っておくが、別に死にたいわけじゃないんだ……せっかくの異世界──死亡フラグをへし折ってみたかっただけなんだッ!


 そして、女の子の前で格好をつけたかっただけだ。


 きっと、今頃を俺を見る目は変態を見る目ではなく、1人の男として見てくれているはずだ。


 そんな事を考えていると、オークが棍棒で攻撃してくる──


「ブモッ!!!!」

「──おっと、そう簡単にはやられないよっと──」


 俺は即座に紐を木々に括り付けて短縮させて離れると、ゆっくりと迫ってくるオークに紐を複数巻きつけて動きを阻害する。


 紐は直ぐに千切られているが。



 戦力差は明白。


 俺の武器は紐とゲームの戦闘経験だ。

 戦闘ならゲームの中で腐る程している。


 

 なんかこの感じ──


 レイドボスを1人で倒す心境と似ているな……。


 不利な状況は縛りプレイだと思えばなんて事はない。


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