姫金魚草~リナリア~

 水槽の中を天使のように舞っているクラゲを見ていた。

 隣には詩織が居てくれて、しかも手まで握ってくれている。

 薄暗い中でこうやって、ひっそりとだけどこんなことができるのが、うれしい。

 この水槽のある建物から出たら、私達はきっと手を離す。

『綺麗だった』『あの魚がかわいかった』なんて他愛のない会話をしながら、現実に戻るんだろう。


 怖くもないのに

「なんか薄暗くて怖いね、水族館って……」

なんて言って『怖いなら、手、握ろうか?』と、彼女に手を握ってもらった私の演技は、もうすぐおしまい。

「行くよー」

 詩織はそう言って、私の手を引っ張った。

「まだ見たいなあ」

「だめー、私は早く次が見たい」

 彼女に手を引かれながら、クラゲの水槽の前を通り過ぎていく。

 名残惜しそうにクラゲを見ているフリをしたら、私をあざ笑うように、一匹のクラゲが、ふよんと動いた。


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