ユビサキ

 彼女は私が好きで、私も彼女のことを好きでいた。色々な噂や言葉が乱反射する高校の教室の中で、バレてはいけない関係の私達は、お互いが触れ合える距離にいる中で、自重をしなければいけなくて、私には不満だった。

 その不満を彼女に言うと、ふーん、とだけ返して、読んでいる本から視線を上げなかった。少し冷めている彼女を見ながら、私は溜息をつく。

「幸せって何かなあ」

 その言葉に、彼女が笑った。

「なんで笑うの?」

 私がそう言うと彼女は本を閉じてこちらを見た。

「いきなり何を言うのかな、と思って」

「……だって」

「だって、何?」

「私達付き合ってるのに、チューだっていっぱいしてるのにさ、教室じゃ普通にしてなきゃいけないなんて……」

「それは私達だけじゃないわ。どこのカップルもそうやって我慢してるのよ。他人のキスは、見たくないものよ、それにそういったことを見せつけるのって、ただの発情期にしか見えないもの」

「うぅ……なんかしたいよぉ」

「諦めなさいな」

「うぅ……はぁい……」


 次の日の昼休み。


 彼女と教室でお弁当を食べながら、他愛の無い話をしている時に、彼女の頬にご飯が付いているのを見つけた。

「ほっぺにご飯付いてるよ?」

「じゃあ……取って」

「いやいや、自分で取れるでしょ」

「いいから取って。私じゃ見えないし」

 その目は、何かを訴える目だった。

 私がその柔らかい頬に付いているご飯粒を取ると、彼女は少し口を開けた。

「ご飯はちゃんと残さず食べないとね。さ、食べさせて」

「いや、ほら……」

「は、や、く」

 濡れて光るその舌に指を付けると、彼女は指先を少しだけ強く、そしてゆっくりと舐めて、指のご飯を口に入れた。

 その舌の感触がくすぐったくて、小さく声を漏らした。

 彼女は悪戯っぽく微笑み『ここではこれぐらいしか出来ないわ』と、声に出さずにそう言った後で

「満足?」

と、声に出して私に感想を聞いた。

 私は指先にある彼女の舌の余韻を感じながら、真っ赤になって頷くことしか出来なかった。

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