眠りから冷めてキスをして

 登校前、5月だというのに少し肌寒い朝6時。

 眠っているお姫様にキスをしたら、目覚めて、そして、キスをしてくれた王子様と結婚をした……。

 私の家に居候している遠い親戚の菜々の寝顔を見ながら、そのお話を思い出した。

 そんなお話に心を奪われていたのは、どのぐらい前のことだろうか。

 高校生にもなると、それがどれだけ真実味のないことなのかを思い知り、どこかで冷めてしまう。

 けれど、私たち『女の子』という生き物は、冷めたふりをしているだけで、どこかでそれを信じている。

 気がする。

 目の前で幸せそうに眠るこの娘は、多分そう信じている。

 じゃあ、どちらがお姫様で、どちらが王子様なのだろう。

 胸の無い菜々が王子様役にピッタリな気がするけれど、女らしさでは彼女の方が断然上だ。

 ふんわりとしている声に、艶やかな髪、そして、白くて透き通っている肌。

 そのどれもが、女らしさの塊だった。

 菜々は私に対して『女らしくない』なんて言ったことは無いけれど、それでも彼女を見ていると自分で自分をけなしてしまう。

 いっそのこと、私が男に生まれていれば……良かった。

 そうすれば、こんな風に劣等感に悩まされることも無かったし、彼女への恋心も……。

 いいや、それはない。

 例え男だったとしても、私は彼女のことを好きになっていただろう。

 となると、性別なんてものは関係ないと思えてくる。

 だけど、彼女がそんな私を受け入れてくれるだろうか?

 それが、不安だ。

 胸の中で大きくなる不安を、彼女に告白できればどれだけ楽だろうか。

 でも、それをすることは酷く恐ろしい。

 だから、彼女が気付いてくれるのを待つしかない。

 寝息を立てているその唇に、微かに触れるようなキスをする。

 彼女がここに来た4月からずっとしているこのキス。

 いつまでするのかは、決まっている。

 彼女が、私への恋心に目覚めるまで、だ。

 自分の心から出てきたその言葉が、あまりにクサくて笑えてくる。

 口を押さえて、彼女から顔を離した。

 忍び足で部屋の入り口へと向かい、ドアノブに手をかけて、廊下へと出る。

「おやすみ」

 囁くようにそう言って、音がしないように細心の注意を払ってゆっくりとドアを閉める。

 ドアが閉まる直前、彼女が寝返りを打ち、目を開けてこちらを見ながら「おやすみ」と口を動かして微笑んでいるのが見えた。

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