第4話

「頭下げて.」


七宝が上から覆いかぶさってくる.


「ちょっ,お前,何も見えねっ…」


「いいっ!見んでいい.

あいつらはあいつらでやるから.

俺らは一切関係ない.

何も見なくていいんだ.」


「居合わせたんならっ!」


「出来ることがあるって?

出来る事なんてねぇから.

俺はお前が無事なら,

それでいいんだよ.」




粘着質な音と骨と骨がぶつかるような音と,

絶叫と呻き声と血のニオイ…


何だか眩暈と吐き気がした.

いやいや…

さっきまで何だか

別世界のように

他人事のように

俺には関係ねぇやっち勢いで

話してたんやけど…

一気に自分も

その場にいるんやって,

恐怖と戦慄が支配する.


バスが停まる.


「1区画分で良いですからね.」

運転手さんの呑気な声が聞こえた.


「降りるぞ.

見るなよ.」

七宝の声が聞こえたけれど,

七宝の背中越しに見てしまった.

目に入る者物もの皆血だらけだった.

降りるまでの通路も赤く…

続く…

ここで,

転べねぇ…

心は全く笑えねぇ状況なのに,

膝だけが笑ってて,

ただ,

歩くだけがものすげぇ

大それた作業になってた.


確かに…

赤ちゃん連れの奥さんが,

元の席に座ってた.

赤でまだらになった

小さい小さい白いカプセル状のものを

手の平の上で見せてくれてた.

見せびらかす戦利品…

さぞかし高揚感で一杯なのだろう.

表情は…

怖すぎて見られなかった.

泣かない赤ちゃんはダミーか…

3つ…

どいつのだ…


こんな所を見ないといけないのか.

こんな惨状をしでかすのか.

こんな毎日を送るのか.


定期出す手が震えて…

震えて…

反対の手で押さえてみたけど,

結局,

一緒にゆらゆら揺れただけやった.


「見えてるけん.


…見えてるけん.

降りろっちゃ.」

七宝が言う声が,

ぐるぐる回って,

「あぁ…

そうだ.

俺,降りるんやった.」

やっとの事で出た言葉は,

ほんと,全く持って

どうでも良かった.


「お坊ちゃんたち,

どこに入るの?」

運転手が降り際に言った.


首だけは,

本当ロボみたいに

ゆっくり動かす事が出来て,

ニヤリと笑って,こちらを見てるのが…

分かった.


俺の虚ろな目は

恐怖を映し出していたのやろうか.


七宝は何も言わんやったし,

俺も唇を噛んで何も言えんかった.


返事なんて期待もしていなさそうな

運転手は

口笛を吹きながら

ドアを閉めた.

上機嫌かよ…

バスは去った.

くせぇ排気ガスだけ浴びさせて.


ちょっと卑怯かもしれんけど…

七宝に守られて,

何もせんで良かった事に

ホッとした自分が一番嫌やった.

俺って口だけの奴やったんだ.




「仕掛けるの早かったな…」


「ん…何…

なに…」

七宝,何ち?

ボソッと言った七宝の声が,

聞き取れなかった.






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