第111話 とある戦争



「仲間と作戦に情報……ダンジョンを攻略するのは凄く難しいですね」


「当然だが、個人の武力に知識、仲間との連携、そして運。これらを備えて……それでも危険を全て回避できるわけでは無い。一つのミス、一つの不運で大変なことになるのがダンジョンだ」


 ニコルの呟きに、レイフェットがにやりとしながら答える。


「二十階層辺りまでは力押しでもなんとかなるんだけどな。本格的な攻略が始まるのは二十階層以降、それまでは何とか一つの探索者チームでも攻略出来なくはない」


「一階層の攻略にどのくらいかかる物なんだ?」


 極力質問はせずに聞きに徹していたセンだったが、ニコル達が難しい顔をして黙ったのでその気にレイフェットに問いかける。


「階層次第だが……十層までは相応の実力であれば一階層あたり一日二日あれば攻略できる。十五層あたりでも一階層あたり十日程度ってところだな。二十階層くらいになってくると一月近くかかるな」


「その間ずっとダンジョンにいるのか?」


「いや、数日おきに街には戻って来るぞ。拠点を作る、周囲を調べ地図を作る、街に戻る。これの繰り返しだな」


「なるほど……」


 センがそう言うと、アルフィンが首を傾げながら口を開く。


「お父様。街に帰ってしまっては、また拠点に行くまでに同じくらい時間がかかるのでは?そうなると何時まで経っても先に進めないような……?」


「そんな事は無いぞ?既に拠点にしている場所までの地図はあるし、危険な場所を避けることも出来る。倒した魔物は復活しているが、最初よりも安全を確保出来るからな。最初にそこまで行った時の半分もかからない時間で辿り着けるものだ」


「へぇ……」


「そして拠点でゆっくり休んでから、また奥を目指すって訳だ。まぁ、偶に拠点を作る場所が悪くて魔物に壊されていたりすることもあるがな」


「他の探索者に拠点を使われたりするんじゃないですか?」


 今度はニコルがレイフェットに問いかける。

 ニコルもアルフィンも話を聞きながらしっかりと自分で考えつつレイフェットに質問をしている。

 その様子にセンは少しだけ笑みを浮かべる。


「本格的な拠点を作るのは二十階層くらいになるからな。そこまで進める探索者は一握りだし、あまりそう言った問題は聞かないが。低階層で休憩地点が他の探索者の被ることは少なくないな。とは言っても拠点を作るって程ではないし、あまり揉めることはないな」


 ニコル達は真剣な表情でレイフェットの話を聞いている。

 いつか自分達がその場所に行くことを考えているのだろうが、二人の様子にセンは嬉しさを覚える反面、不安も覚える。


(二人がダンジョンに行くのは止められなさそうだな。とは言えまだ幼い二人がダンジョンに向かう事は認められない……体験する程度ならいいが。ニャルだけじゃ流石に面倒見切れないだろうし……もう数人信頼できる探索者が必要だな)


 ニコルとアルフィンの安全を確保するために、センはレイフェットの話を聞きつつ頭を捻る。


「ニャルさんが攻略したダンジョンはどんな感じだったのですか?」


「ん?ニャルが攻略したダンジョンはにゃー。獣王国にある有名なダンジョンにゃ。茸と筍のダンジョンって呼ばれているにゃ」


「茸と筍のダンジョン?茸は分かりますが、筍って何ですか?」


「筍は竹って植物の子供にゃ。筍がおっきくなると竹になるにゃ」


 ニャルサーナルの説明にニコル達は首を傾げる。センはそんな二人の表情を見ながら苦笑する。


(その説明は一欠けらも筍の説明になってないな。というか獣王国には竹があるのか……少し欲しいところだな)


 センが思わぬところから得られた情報に喜んでいると、ニャルサーナルの話は進んでいく。


「茸も筍も普通の植物だけど、あのダンジョンでは魔物として出て来るにゃ」


「へぇ」


「茸は毒が凄いにゃ。いきなり死ぬことはないけど、色んな毒があるにゃ。お腹が痛くなったり幻覚が見えたり体がかゆくなったり……面倒くさいったらないにゃ。でも茸が出て来るのはダンジョンの低階層だけ……八階層までだにゃ。筍は茸と違って変な攻撃はしてこないけど、とにかく強いにゃ。こっちはダンジョンの後半しか出てこないにゃ」


「茸は搦め手が得意、筍は直接戦闘が得意ってことか」


 ニャルサーナルの説明にレイフェットが相槌を打つ。


「そんな感じだにゃ。茸は対策をしっかりしておけばよわよわにゃ。筍はいい戦闘訓練になるにゃ。この街のダンジョンと違ってそんなに広くないから、どの階層も一日でボスまで行けるにゃ」


「へぇ、そういうダンジョンもあるのですね」


「茸と筍のダンジョンは面白い特徴があるにゃ。一階層から七階層までは茸の領地、九階層から十五階層は筍の領地になっているにゃ」


「前半と後半で住み分けされているってことですね……あれ?八階層はどちらがいるのですか?」


「八階層は両方いるにゃ。面白いのはこの階層でにゃ?何故か茸と筍の魔物がお互い戦い合っているにゃ。探索者は完全に無視でやり合っているにゃ」


(この世界でも茸筍戦争があるのか……)


「魔物同士で争い合う事もあるのですか?」


「ダンジョンでは見たことがないな。ダンジョンの外ではそんなに珍しくも無いが」


 アルフィンの問いにレイフェットが答え、ニャルサーナルもその答えに頷いている。

 センはふと、ラーニャとトリスがこの話題に退屈をしていないかと思ったが、ニコル達ほどではないにしても二人とも興味深そうにレイフェット達の話を聞いている。


(そろそろ食事も終わりだな。子供達もニャルも十分堪能できたようだし、レイフェットには改めて礼を言っておかないといけないな)


 まだ話は尽きることが無い様子を見せていたが、満足げにしている全員を見てセンもまた同じような表情を浮かべた。




「今日は招いてくれて感謝する。あんなに楽しそうな子供達を見たのは初めてかもしれない」


「気にするな。アルフィンも随分と楽しそうにしていたからな。特に食後のゲームは……アルフィンの素が見られて俺も楽しかった」


「お前の前では猫を被っているからな。俺やあの子達と接している時はあんな感じだぞ?」


 センとレイフェットは子供達とは別室に移動して、ゆったりとした様子で話をしていた。

 外は完全に日が沈み、今日はこのままレイフェットの屋敷に全員が泊まらせてもらうことになっている。


「プレイカードって言ったか?あれでアルフィンと遊べば、俺の前でもあんな風にはしゃいでくれるかもな」


「……お前達は、二人ともお互いの前で格好つけすぎなんだと思うぞ?もう少し自然体でいればいいだろ?」


「……まぁな」


 若干恥ずかしそうにレイフェットが視線を逸らすのを見て、センは苦笑する。


「それにしても、アルフィン達はダンジョンに興味津々って感じだったな。俺の予想以上にお前達の話に食いついていた」


「そうだな。まぁ、親としてはあまりダンジョンには行って貰いたくはないが……だからと言って止めるのもな」


「俺も、ニコルには行って欲しくは無いが……」


 二人は揃ってため息をつく。

 子供のやりたがっている事を邪魔したくない反面、命の危険のある場所に行って欲しくないという思いが二人の共通する悩みだ。


「ダンジョンは楽しいだけの所じゃないかなら……その内血なまぐさい話やろくでもない話もちゃんと伝える必要がある」


 若干憂鬱そうな表情でレイフェットが言い、センは頷く。


「その時はうちのニコルも一緒に頼む。俺から伝えられることは無いからな」


「あぁ、任せろ。思いっきり怖がらせて引かせてやる」


 そう言ってレイフェットが口角を釣り上げる。


「期待している」


 レイフェットの笑みを受けて、センも皮肉気に笑う。

 その後少し会話が途切れたが、レイフェットが立ち上がり、棚から酒瓶を手に取りテーブルへと戻って来る。


「何か、話がありそうだな?」


 この部屋で二人きりになり、センが何かを言いたそうにしている気配を感じ取ったレイフェットがそう切り出す。

 レイフェットの気遣いにセンは苦笑した後、口を開く。


「あぁ。聞いて貰いたい話がある……突拍子もない話だから、どう切り出したものか悩んでいたんだ」


「お前がそういうってことは、相当突拍子もない話なんだろうな」


 酒を注ぎながら笑うレイフェットにセンも苦笑を返す。


「そうだな。俺が他人から聞かされたら……反応に困るだろうな」


「そりゃ楽しみだ」


 酒を注いだ器をそれぞれの前に置いたレイフェットが、ソファに深く腰を沈める。


「あぁ……っと、すまん。長くなりそうだからその前にやっておくことがあった」


「別に構わないぞ」


「すまん。少し待ってくれ」


 そう言ってセンは召喚魔法を発動して小さな箱を手元に呼び寄せる。

 これはナツキ達に渡している連絡用の箱で、一日一度センが召喚することで急ぎの連絡を可能とするものだ。

 普段は中に何も入っておらず、すぐに送り返すだけなのだが、今日は箱に小さなメモが残されていた。


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