第112話 問題発生



 一瞬眉を顰めたセンは箱からメモを取り出し、内容を確認する。

 そこに書かれた内容に目を通したセンは眉間に指を当て目を瞑った後、立ち上がりレイフェットに頭を下げる。


「重ね重ねすまない。俺から相談を持ち掛けようとしておいて本当に申し訳ないのだが、急用が出来た」


「大丈夫か?」


 表情を険しくしたセンを気遣う様にレイフェットが問いかける。


「あぁ……緊急性は無いと思うのだが、少しマズい事態かも知れない。急いで会う必要がある」


「召喚ってのを使うなら部屋を貸すぞ?」


「すまん、助かる」


 レイフェットが鈴を鳴らしてクリスフォードを部屋に呼ぶ。

 センは筆記具をレイフェットに借り、箱の中に返事を入れてから箱を送還した。


(すぐに気付いてくれるかは分からないが……とりあえずクリスフォード殿が用意してくれた部屋に行くか)


 センは受け取ったメモに再び目を落とす。そこには一言、ナツキがエンリケに呼び出されたと記されてあった。




「すみません、センさん」


 センの召喚魔法によって呼び出されたハルカがセンに向かって頭を下げる。


「頭をあげてくれ、ハルカ。まずは話を聞きたい」


 頭を上げたハルカが緊張した面持ちのまま話を始め、センも真剣な表情で話を聞く。


「今日の昼頃にエンリケさんから連絡が届いて、夕刻前に迎えの馬車が学府に来ました」


「何故呼び出されたのか心当たりは?」


 センがそう尋ねると、ハルカがより一層申し訳なさそうな表情になる。


「恐らく、なのですが。姉が学府の知人に学府を辞めるにはどうしたらいいのか相談したそうで……」


 ハルカの言葉を聞き、センが目を片手で覆う。しかし、ハルカが慌てたように言葉を続けたのでセンはすぐに体勢を戻した。


「で、ですが……その、この前センさんとの打ち合わせをする前の事でして……」


「そういうことか」


(ナツキがその知人とやらに相談をしたのはエンリケの情報を伝える前……色々と調べるのは大事だって伝えた後か。ナツキの行動力を甘く見ていたな)


 センの前に座るハルカは顔を真っ青にしたまま俯いている。先日伝えたエンリケの情報に恐怖を覚えているのは間違いない。更にはそんな貴族の下に姉が一人で向かったのだ……恐怖に震えるのも仕方ない。


「ナツキの状況が掴めないからな……召喚で呼び出してもいいが……会話中だったりするとかなりマズイ。時間帯的にもまだ食事をしながら会話をしていてもおかしくないだろう。向こうの状況が分からないと動きの取りようが無いな」


「……」


(流石に貴族の屋敷にこんな時間に訪問する訳にもいかない……密偵というか隠密というか……そういった類の人材が欲しいな)


 ナツキの情報を知ることが出来ないものかセンは頭を悩ませが、どう考えても現状では手段が何もなかった。


「ナツキと連絡を取るような魔法はないか?」


「……すみません。色々と考えてはいるのですが、まだ実現は……」


「そう簡単にはいかないよな……出来ているなら既にやっているだろうし。姿を消したりするような魔法も無理か?」


「……はい」


(こっそり忍び込むのも無理か……いくらライオネル商会でも無理だよな……最速で朝一……いや、朝早いのもマズいか?せめてどんな話をしたのか、今のナツキの状況だけでも分かれば……くそっ、情報が足りない!)


 珍しくセンが焦れた様に思考を空回りさせている。しかし、目の前に居るハルカの顔を見てすぐに心を静める。


(焦っても意味はない、落ち着いて考えろ。エンリケの目的は……間違いなくナツキの戦闘能力を自分の自由にする事。ならばナツキ自身に危害は加えないか……?洗脳や薬物という手もあるかも知れないが……下手な事をしてナツキが暴走したら抑えきれるとも限らない。ならば、恐らくナツキ自身に危害を加えるよりも、前に考えたようにハルカの身柄を抑えに来るはずだ)


 センは一度冷静になって相手の狙いについて考える。


(ハルカをこっちに呼び出したのは正解だな。ナツキと引き離した上でハルカを狙ってくる可能性が高い。ナツキをあまり長い事引き留めるのは不自然だし、今夜あたり侵入者が来るか……?)


 日が暮れているとは言え、まだ夕飯時……襲撃があるとすればもっと遅い時間だろう。


(ハルカを狙ってくる奴がいれば……何とか捕えたい所だな。恐らく今日はナツキが学府に戻る事は無いだろうし……何とかナツキと連絡を取ることが出来れば……だが、貴族の屋敷に忍び込む、そんなことは可能か?いや、これに関しては俺が考えても仕方ない。確認してみよう)


 ある程度考えを纏めたセンは、少しだけ表情を緩める。


「ハルカ。あくまで俺の予想だが聞いてくれ」


 顔を青褪めさせながら硬い表情をしていたハルカが顔を上げる。

 ハルカが話を聞いている事を確認したセンは、自分の考えをハルカに説明していく。

 センの推測はハルカの顔色を取り戻し、冷静にさせた。


「……確かに、センさんのおっしゃる通り、姉が危害を加えられる可能性は低そうです」


「今夜ハルカが襲われるかは分からないが……もし部屋に侵入してくる奴がいれば捕獲したい。あぁ、囮になれとは言わない。部屋には代わりの人間に行ってもらうからな」


「……大丈夫でしょうか?」


「俺の知る限り、そいつ以上に戦闘能力が高い奴はいないし……出来る限り手伝うつもりだ」


 ハルカの部屋で待機してもらうのはニャルサーナルに頼もうとセンは考えている。


(どうにかして離れた位置から相手の姿をセンが見ることが出来れば、後はどうにでも出来る。侵入する前にセンが相手の姿を見ることが出来れば、ニャルに無理をしてもらう必要は無い。しかし、姿を見ることが出来なかった場合はニャルに制圧してもらうことになる)


 ハルカの下に襲撃者が来ると仮定して、ニャルサーナルに制圧して貰おうとセンは考える。勿論、ニャルサーナルの安全マージンを確保することも忘れない。


(相手も待ち伏せされているとは考えていない筈。逆に不意を突く形になるし、制圧自体は問題ない筈だが……もしニャルでは勝てないような相手だった場合は召喚魔法で逃がす)


「ハルカの部屋を覗けるような場所ってあるか?」


(流石に俺がニャルと一緒にハルカの部屋に潜んでも邪魔になるだけだ。出来れば離れた位置から部屋の中を監視できるとありがたいが……部屋を監視するのに好都合な場所ってことは、襲撃犯がその場に潜んでいる可能性もあるよな。ニャルと離れると俺の安全の確保が難しい……)


「……私の部屋は寮の三階ですが、向かいの建物からなら部屋の中が見えると思います」


「それなら都合が良さそうだな……問題は、学府の敷地に忍び込めるかってところだが……」


 部屋を関するのに都合のいい場所が複数あるなら、鉢合わせになる可能性も低いだろうとセンは安心する。


「研究棟以外はそこまで警備が厳しくありません。恐らくなんとかなるかと」


「分かった……じゃぁ俺は協力者に話を通してくる。ハルカはここで待っていてくれ。一応、君はここに居ないことになっているからな」


「……分かりました」


 一度頷いたハルカは椅子から立ち上がり、深々とセンに頭を下げる。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません、センさん。どうか……よろしくお願いします」


「あぁ、任せてくれ。とりあえず情報収集と二人の安全を優先する」


(自爆作戦は……まだ有効だな。最初に考えた形では無理かもしれないが……いや、今はとにかくナツキとコンタクトを取らなければ……)


 センは部屋から出てニャルサーナルの下に向かう。


(出来れば今日の話を通してからの方が良かったが……レイフェットにも相談させてもらうか)


 タイミングの悪さに若干の頭痛を覚えながら、センは急ぎ準備を進めていく。


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