第110話 ダンジョン攻略について



 およそ格式ばった食事会とは程遠い、日常の食卓と言った雰囲気の光景が広がっている。

 給仕も傍にはおらず、大皿に盛りつけられた料理を各自自分の取り皿にとって好きなように食べていた。


「お父様、今更ですがこれで良かったのですか?」


「セン達相手に肩肘張った食事会をしても仕方ないだろ?この方が気楽だし、距離が近くて話もしやすいしな」


 そう言って円卓の中央に置かれた大皿から肉串を取って齧るレイフェット。

 その隣に座るアルフィンも、レイフェットに確認はしたものの困惑している様子は無く、普段からこういった食卓に慣れていることが伺える。


「テーブルマナーには疎いからな。こういった食事の方が俺達は助かる」


 センの言葉にレイフェットが胡散臭そうな表情を浮かべたが、食事中という事もあり普段の様にツッコんできたりはしない。

 ただ、その顔にはマナーを知らないってのは嘘だろうと言いたげではあった。


「ところで、さっきの話の続きを聞きたいにゃ」


 ある程度食事が進んだのを見計らって、ニャルサーナルがダンジョンの話をしたいと切り出す。

 因みに食事中かつ子供達もいるということもあるので、あまり血なまぐさい話をしない様にレイフェットとニャルサーナルはセンに言われていた。


「そうだな。あー何の話だったか……」


「この街のダンジョンの階層数にゃ」


「あぁ、そうだったな。この街のダンジョンは今分かっているだけで三十二階層だな」


「それは凄いにゃー、世界最大のダンジョンというのもこちょうじゃなさそうにゃ。ん?こちゅー?」


 ニャルサーナルが首を傾げるのを横目に、センがレイフェットに質問をする。


「ここ以外のダンジョンは全部攻略が済んでいるのか?」


「いや、見つかっているダンジョンの半分くらいじゃないか?攻略が終わっているのは」


「それでなんで世界最大って言えるんだ?攻略が済んでないダンジョンの方がでかい可能性はあるだろ?」


「あぁ、それは簡単だ。一つ一つの階層の広さが他のダンジョンに比べて段違いに広いんだよ。それに、攻略が終わっているダンジョンで三十を超える階層を持つダンジョンは見つかっていない」


「なるほど、分かっている範囲で最大ってことか」


「そう言われるとしょぼく感じるからやめてもらえるか?」


 レイフェットが苦笑しながら言う。


「すまん。ところでレイフェットは何階層まで行った事があるんだ?」


「俺が行ったのは二十七階層までだな。まだ進めたとは思うが、領主を継いだからな。流石にそこで探索者は引退だ」


「そうだったのか……」


 レイフェットの言葉にセンは頷くが、レイフェットの隣に座っているアルフィンが少し眉を顰めつつ口を開いた。


「お父様は……それで良かったのですか?その……もっと探索者を続けたくなかったのですか?」


 アルフィンに問われたレイフェットは、優しい笑みを浮かべながらアルフィンの頭を撫でる。


「どうだろうな?領主を継いだ当時は色々考えた事もあったが……探索者とはまた違うやりがいがあるからな、後悔や未練はないな」


「そう……ですか」


 アルフィンはまだ納得して無さそうな表情で俯く。


「やりたい事、望む物っていうのは時と共に変わる物だからな。探索者をやっていた時に俺が見たかったのはダンジョンの先、まだ見ぬ光景、強敵との戦い……そういった物だった。そして領主となった俺が見たいのは、この街、シアレンの未来、住人達の健やかな生活、笑顔だ」


 そう言いながら、少し乱暴な様子でもう一度アルフィンの頭を撫でるレイフェット。


「父親としては、お前の成長を見るのが一番の楽しみだ」


 アルフィンは撫でられて嬉しそうにしながらも、若干首を傾げている。

 まだ幼いアルフィンにはやりたい事が変わっていくという感覚がまだ掴めないのだろう。だが、レイフェットが領主として見たい光景には納得が行っているようだ。


「まぁ、お前達がダンジョンに行きたがる気持ちは、今でも十分分かるけどな。アルフィン、それにニコルの坊主」


 レイフェットが二人に対してニカっと笑うと、二人は曖昧な笑みを浮かべる。


「だが、決してお前達だけで行こうとするなよ?今二人が稽古を頑張っているって話は聞いているが、戦う術を得る事と戦えるようになることは別の話だからな」


「「はい」」


 二人が真剣な表情で返事をするのを見て、レイフェットは満足気に頷く。

 センとしても、ニャルサーナルからニコルをダンジョンに連れて行きたいという話を聞いている為、レイフェットが釘を刺してくれたことを嬉しく思う。

 極力子供たちの希望をかなえてあげたいとは考えているが、危険を容認するわけでは無い。

 寧ろ過保護なまでに子供達の安全を確保しようとしているセン。彼がダンジョンに行くことを許可する時は、万全に近い安全を確保出来たと確信出来た時だろう。


(まぁ、絵空事と言われるかもしれないが、妥協するつもりは無い。その為にハルカやナツキの協力も必要だが……いや、ダンジョンの調査はやらなければならない事の一つだ。何の問題もない)


 一瞬、ニコルの希望を叶えてあげる為なのか、それとも災厄対策の為なのか……優先順位が逆転しているのではないかと思ったセンだったが、何の問題もないはずだとかぶりを振る。

 センがそんな短い葛藤をしている間にも、レイフェットの話は続けられていた。


「今現役の探索者の最前線は二十三階層だ。俺の頃より少し下がってはいるが、二十階層以降は難易度が非常に上がるからな。無理をせずにじっくりと進んでもらいたいものだ」


「階層の攻略と言うのはどうやって進めるのですか?」


 アルフィンの質問に、レイフェットは楽しそうな笑顔を見せながら答える。


「階層にはボスがいるのは知っているな?まずはそのボスの場所にたどり着く為の探索期間。これは無理をしないように、少しずつ階層内で行動できる範囲を広げていくものだ。地図を作製したり、安全に休める拠点を作ったりな。それが第一段階だ」


「地図は、前に攻略した人が作った物を貰えないのですか?」


「地図は命がけで作る物だからな……他人に譲ろうって奴は……引退する奴でもない限り中々な。低階層の地図は出まわっているが、二十階層以降になると本物は殆どないだろうな」


「偽物の地図もあるんですか?」


「勿論だ。だから探索者達は自分の足で歩いて、自分の目で見て作った地図しか信用しない。じっくりと時間をかけてボスまでの道のりの地図を作る。ダンジョンを攻略する上で避けて通れない仕事だ」


「……なるほど」


 アルフィンやニコルの質問に答えていくレイフェットは、非常に楽しげである。

 三人の食事の手は完全に止まってしまっているが、ラーニャが話を聞きながらも手を止める様子が無いので、遠からずテーブルの上は綺麗になるだろう。


「ボスまでの道のりを確保したら、次に行うのは何だと思う?」


「ボスと戦うのでは?」


「……戦うにしてもまずは情報収集じゃない?」


 レイフェットの問いかけにアルフィンが素直に答えるが、ニコルが少し考えるようにしながら言うと、アルフィンが成程と言った様子で頷いた。


「ニコルの坊主の言う通りだ。ボスの強さや攻撃方法、弱点。そういった物を調べるわけだが……当然実際に戦う以外に方法はない。だから、三回から五回ほどに分けてボスの情報を得るためにボスと戦う訳だが……そこで大事なのは退路の確保だ」


「すぐに逃げられるようにってことですか?」


「あぁ、そしてその為に後詰となる探索者を雇うんだ。撤退支援用にな。そうやって何度かに分けてボスの情報を得てから、最終的な攻略に挑むわけだ」


「なるほど……」


「因みに、シアレンのダンジョンで最高到達記録を持っているチームは、五十人以上の探索者が所属していたんだ。地図を作るチーム、拠点を守るチーム、ボス攻略のチーム、ボス攻略チームの護衛。そんな感じで役割を分担して攻略を進めていた訳だ」


「それは凄いですね……」


 アルフィン達が目を輝かせながらレイフェットの話を聞く。


(まぁ、それは確かに有効な手ではあるな。だが一つの階層には制限人数があったはずだし……役割分担と言えば聞こえはいいが……色々と問題はありそうだな)


 メリット以上にデメリットが見えてしまい、センは子供達に気付かれない程度に苦笑する。

 センのそんな様子に気付いたのは、レイフェットとニャルサーナルの二人だけだった。


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