第105話 趣味の世界
ナツキ達に相談を受けた翌日、センは前日と同じ宿屋で二人が来るのを待っていた。
部屋の中にはセンがこの数か月で研究してきた召喚魔法についての資料が用意されている。
勿論、用意したと言っても、自宅の仕事部屋から資料の入った箱をこちらに召喚しただけではあるが。
(まぁ、魔法の話についてはナツキを追い出す為の口実ではあるのだが……少し楽しみでもある。市井には魔法に関してあまりいい資料が無かったからな……きちんと学府で学んでいるハルカの話はとても興味深い)
飲み物を片手に、自分の持ってきた資料を眺めているセンの姿は一見普段通りではあるが……もしこの場にラーニャ達がいたら物凄く楽しそうにしていると評しただろう。
センにとって当初魔法は自分が生き延びる手段でしかなかったが……最近はその研究を面白いと思うようになっていた。
(ハルカには色々と研究して貰いたい魔法があるし……いかんな……本題は別にあるのだが……)
この世界に来てから約五か月、センはやらなければならない事の多さに辟易とすることは多々あった。
魔法の開発もやらなければいけない事の一つではあるのだが、そこには義務や使命感以外にセン本人の興味が多く含まれていることに今更ながら気づいた。
(やはり……あの二人と会って少し気が緩んでいるのは間違いなさそうだな。まだスタートラインにすら立っていないというのに)
先日も感じた緩みを再度自覚したセンは、資料をテーブルの上に置きながら手にしていたお茶を飲み干す。
しかし、何処か落ち着かない様子で窓の外に視線を向けたセンは、皮肉気に笑う。
(逸る必要は無い……が……あぁ、駄目だな……ここまで何かを楽しみに思っているのは、この世界に来て初めての事だ。俺は自分で自覚していた以上に魔法に興味があったみたいだな)
カップにお茶を注ぎながらセンは嘆息する。
それとほぼ同時に部屋の扉がノックされ、扉の向こうからナツキの声が聞こえてくる。
「セン!来たわよー!」
先程とは違うため息をつきながら、センは立ち上がり扉を開けに向かう。
「……お姉ちゃん、ここはまだ共用部分だからそんな大声を出したらダメだよ」
「あ、それもそうね……ごめん」
「……お前はもう少し考えて行動してくれ。ここで会っているのは秘密なんだからな」
センは扉を開けながら、盛大な溜息と共にナツキを注意する。
「ごめんってば……」
ナツキはバツが悪そうな表情をしながら部屋に入って来た。
「お邪魔します」
そんなナツミの後ろからハルカがゆっくりと部屋に入り扉を閉める。
「ありがとう、ハルカ。来てくれて助かる」
「……なんでハルカだけ歓迎するのかしら?」
「……今日用事があるのはハルカだからな、お前は着いて来ただけだろ?」
そう言いながら、センは部屋の鍵をナツキに向かって放り投げた。
「わっと……なにこれ?」
「この部屋の鍵だ。昨日それをお前に預けておくって話をしていただろ?」
「あー、別に本気にしなくてもいいんだけど……まぁ、預かっておくわ」
ナツキはセンから受け取った鍵を懐に片付けた後、適当な椅子に腰を下ろす。
「じゃぁ、ハルカ。早速で悪いが話を始めてもいいか?一応俺が今まで研究に使った資料も持って来ているが……これは後回しでいいだろう」
「……私は是非それを見せて貰いたいですけど……」
「勿論、後で見て貰いたい。だがその前に色々聞きたいんだ」
「分かりました」
若干渋々と言った感じを見せながらハルカはセンの向かい側に腰を下ろし、それを確認したセンは早速と言った感じで話を始める。
「じゃぁ、まず基本的な所からなんだが……この世界の魔法は戦闘用……攻撃したり、守ったりばかりだよな?後は怪我を癒したりする魔法くらいか?他に知っているものはあるか?」
「……そうですね……私も魔道具を除けば戦いに役立つような魔法しか知りません。やっぱり……こういう世界ですから……そういう戦いに必要な魔法が発展しやすかったのだと……」
「だが、使用の難しさから使い手はいなくなってしまったが……昔は召喚魔法もあったことを考えると、戦闘用以外の魔法ももっとあってしかるべきじゃないか?」
「召喚魔法も戦闘用だったんじゃないですか?例えば……軍を召喚したりとか……」
「なるほど……召喚魔法は複数の人や物を呼び出すことが出来ないからな……だが……数人であれば工夫次第で……」
「今使われている召喚魔法はセンさんが改良しているのですよね……?改良前は同じことが?」
真剣な表情で一気に二人だけの世界に突入した二人を、ナツキは遠い目で見ている。
「……一瞬で私の事を置き去りにしたわね……別にいいんだけどさ……」
二人の会話に混ざる事の出来ないナツキは、これ以上無いくらいつまらなさそうにしながら椅子に座っている。
まだナツキにも話している内容は分かるが……その意味までもちゃんと理解は出来ない。
(魔法なんだから攻撃したりって普通じゃないの?なんでセンはそんなことを気にするんだろ?)
ナツキはそんなことを考えながら二人の会話を聞く。
勿論、疑問に思ったことを口にすれば二人は説明してくれるだろう。だがなんとなく二人の空気が触れ難いというか……邪魔してはいけない様な気がしたのだ。
(うーん、なんでだろ?真剣……だから?うーん、真剣なのは間違いないけど、それが理由……じゃない気がする。ハルカが……楽しそうだから、かな)
ナツキは首を傾げる。
センとハルカはどう見ても真面目な顔でお互いの意見を言い合っていて、誰に聞いても楽しそうな表情には程遠いと答えるだろう。
しかし、姉であるナツキにはどうしてもハルカが楽しそうに話しているように見える。
「似てる……って事は無い……こともない?」
議論を交わす二人はふとした瞬間にそっくりな顔になる……そんな思いがナツキの心に過る。
(まぁ……ハルカはともかく、センの表情は全然分んないんだけどね……真剣な表情から一切変わってないし……いや、なんかアイツも楽しそうな顔になってる?)
話している内容は難しくなっていて、もはやナツキには何の話をしているのか全く理解出来ない。
(魔法の話をしていたんだから、戦争とか魔物との戦いとかの話が出て来るのは分かるけど……なんで政治とか経済とか歴史とかの話になっているんだろ……?魔法の研究の話だったんじゃないの?)
ナツキの考える魔法の話から、かけ離れた話題を繰り広げる二人を虚ろな瞳で見ていたナツキは、ふらりと立ち上がる。
(……うん。この二人なら放っておいてもおかしなことになるはずないわね。って言うか、これ以上この空間に居たらあたしの頭がパンクするわ……)
「えっと……二人とも頑張ってね?ちょっと外に出て来るよ……」
白熱していく二人にナツキは退室することを告げるが……二人には全く聞こえていないようで、ナツキの言葉に反応する様子は一切ない。
(いや、返事くらいしてよ……もう、なんだかなぁ……ハルカがあったばかりの男の人とあんなに喋られるとは思わなかったなぁ……)
真剣に……しかし、楽しそうにセンと会話をする妹を見て、少し複雑な気分になりながらナツキは静かに部屋から出て行った。
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