第104話 ぶっ飛ばす!



「卑怯臭いの意味は分からないが……事前準備も無しに突撃する方が失礼じゃないか?いや、分かるぞ?誠意を見せるとか……疚しい事は無いのだから真正面から行けばいいとか……そういう自己満足的な解決方法もあるにはある。でもそれは、相手の事情を鑑みる事をせずに自分の要求だけを通そうとする、自分勝手なやり方だ」


「そんな言い方……!」


 ナツキが眦を上げながら立ち上がるが、センは落ち着けという様に相手に手のひらを見せた後言葉を続ける。


「誠意は大事だ。だが誠意と自己満足をはき違えるなって話だ。相手の事を慮るのであれば、相手の事を良く知り、何を求めているかを知り、その上で自分の要求を通すにはどうしたらいいかを考える。最終的にお互いが満足いく結果に持って行くこと、それが誠意だ」


「私の知っている誠意とは違うみたいだけど……」


 不満気にしながらも椅子に座るナツキを見て、センは表情を緩める。


「実直に思いを伝えることが誠意になるのは、相手が実直に伝えることを良しとしている時だけだと俺は思う。相手によって手を替え品を替えってのが俺の誠意の見せ方だ。実直に伝えることを気持ちよく感じる人間だけじゃない、そして同時に小細工を好まない手合いがいるのも事実。だから、俺は事前に相手の事を調べるんだよ、不快な思いをさせないためにな」


「うーん……」


 いまいち納得していない様子のナツキを見て、先程のハルカの様な例えをしてみようと思いつくセン。


「そうだな……あれだ。プレゼントを渡す時の事を考えてみろ」


「プレゼント?」


「あぁ、プレゼントや土産を渡す際……相手の事を良く知っていれば好みの物、相手が喜ぶものを渡すことが出来るだろ?だが、相手の事を良く知らなければそれも難しい。渡す相手がどうでもいい相手だったら、深く考えずに適当な物を渡せば良いがな。だがそうでないのであれば、相手の好き嫌いを調べておいて損はしないだろ?」


「なるほどね!どうせなら喜んでもらいたいってことね」


「そういう事だ。だから事前に相手を調べるということは必要な事という訳だ」


 なるほどなるほどと言いながら頷くナツキを見て、ハルカが若干困ったような笑みを浮かべている。


(まぁ、勿論相手を調べることによって弱点を見つけるという意味もあるが……ハルカの方は俺の考えを理解しているみたいだな)


 姉妹でこうも考え方が違う物かと妙な関心をしているセンだったが、話を本題に戻す。


「そういう訳でエンリケという貴族を調べた訳だが……この貴族はあまり、人の良さそうなタイプではなさそうだな。少なくともナツキの言う誠意を真正面から受け止められるタイプではなさそうだ」


「そんなことないと思うけど……エンリケさん結構いい人だよね?」


「う、うーん。悪い人ではなさそうだけど……」


(ナツキはともかく、ハルカの方もそこまで悪い印象と言う訳でもなさそうだな)


「ナツキの価値観で言うなら善人とは言い難い人物のようだな。方々から恨みを買っているようだし……ナツキ達がその貴族と初めて会った時、襲われていたのを助けたと言っていただろ?野盗が無差別に襲ったという訳ではないみたいだな、怨恨からエンリケ本人を狙った物らしい」


「怨恨って……そんなにエンリケさんって襲われるほど恨まれているの?」


 ナツキが愕然とした表情でつぶやく。

 そんなナツキに、センは軽い様子で言葉を掛けた。


「流石に、襲った方にどんな理由があったかまでは調べていないが……まぁ、こういった世界だからな。直接的な暴力に出てしまう人間が多いのは確かだ」


「でも……あの時エンリケさんに襲い掛かっていた人達は武器を持って……本気で殺すつもりで襲い掛かっていたと思う……」


 そう言ったナツキは肩を落としてしまう。


「……お姉ちゃん……必ずしも、恨まれている方が悪いって事は無いんだよ?それにお姉ちゃんは襲われている人を助けた訳だし、お姉ちゃんが助けなかったらエンリケさんは死んでいたと思う。だからお姉ちゃんは悪い事をしたわけじゃないんだよ?」


 気落ちしてしまったナツキの肩に手を添えつつ、ハルカが言う。

 ナツキは相手の事情も知らず、暴漢として制圧してしまったことを気に病んでいるのだろう。


「……まぁ、ハルカの言う通りだな。人間、生きているだけ、食事をしているだけで恨まれたりするもんだ。あまり深く考えるな」


「……それって、食べ方が汚くって恨まれるって事?」


「いや、お姉ちゃん、それは……」


「食べ方が汚いのは嫌われるくらいじゃないか……?流石にそれで殺されるほど恨まれたりは……滅多にないかと。いや、熟年夫婦だったらあるかも知れないが……それにしても長年の積み重ねだからな……」


 センがしょうもない話をしていると、ナツキが少しだけ声を出して笑った。


「……熟年夫婦って……確かに、なんかニュースとかでありそうだけど……あははっ」


 ナツキが笑ったことで、ハルカもほっとした表情に変わる。そんな二人を見ながらセンはどうしたものかと考える。


(正直言って、一番楽な方法は学府にも件の貴族にも何も言わずに出奔することだ。先ほどは言葉を濁したが……相手の貴族はかなり黒い。ライオネル殿からも注意が必要という風に言われているし……話し合いをしてもあまりいい結果にはならないだろう。相手からすれば……ナツキは思わぬ拾い物だろうし、何としても手元に置きたがるはず)


 ナツキの成績が大したことなければ問題は無かったはずだが、武術大会優勝は流石に放ってはおけないレベルだろう。

 センが調べた所では、武術大会優勝者は数年の下積みの後、ほぼ確実に近衛騎士に任じられるらしい。

 貴族でなかったとしても、そんな出世間違い無しな相手との繋がりを、そう易々と手放したりはしないだろう。


(懐柔であればまだいいが……強硬な手段……ハルカを人質とすると言った手段も取りそうな相手だ。短絡的な方法ではあるが、短期的に相手に言う事を聞かせるにはいい手段だ。まぁ、関係の修復は望めないし、人質に何かあればそれで終わり……そうでなくても最強の駒が常に最大の敵になるリスクが付きまとう。俺なら絶対に避ける手段だが……相手の情報を見る限りだとやりかねん……)


 センは相手の情報を思い出しながら、二人を説得する方法を考える。


(真実を伝えて出奔させるのが一番だが……ハルカの方は恐らく問題ない。ナツキも……恐らく問題ないと思うが……なんとなく俺の予想外の行動を取りそうで怖い。だが、話さなければ話は進まないか……出来ればハルカに先に相談したいところだが……)


 ハルカと二人で話す理由を作れないものかとセンは考える。いくらセンであっても、ナツキに聞かせるのは面倒になりそうだからお前は聞くな、とは言えない。


「……もう少しその貴族……エンリケに関する情報を集めてみよう。少し時間はかかるかも知れないが、それを基に何かいい方法が無いか考えてみる。それと、ハルカ。少し魔法の開発の事で相談したいことがあるんだが、今度時間を作ってもらえるか?」


「あ、はい。大丈夫ですよ」


 センの頼みにハルカは少し驚いた表情になったものの、すぐに承諾する。

 それを横で聞いていたナツキは不満げにしながら手を挙げる。


「ハルカだけ?私は?」


「ナツキは開発も出来るのか?」


「いや、それは無理」


 センの言葉に口元をひきつらせながらナツキが答える。


「……来ても構わんが、結構難しい話になるぞ?」


「う……で、でも、ハルカとあんたを宿屋で二人っきりになんか出来ないわ!」


「……それは確かにそうだな。勿論、何もするつもりは無いが……」


(やはり二人きりになるのはまだ難しいか……)


 そんな風に悩むセンの様子を見ていたハルカがナツキに話しかける。


「お姉ちゃん、魔法開発の話は私もしたいし……駄目かな?」


「うーん……でもやっぱり宿に二人きりって言うのは……」


「じゃぁ、お姉ちゃんが部屋の鍵を持っておくって言うのはどう?ずっと部屋に居ても退屈だろうし、自由にしてもらって……お姉ちゃんが部屋に自由に出入りできる状況で、センさんが……あの……へんなこと……とか……出来ない、よね?」


 前半は饒舌に話していたハルカだったが、話の後半は顔を赤くしながら言う。


「あーなるほど。いつ私が入ってくるか分からないってことだね。もし変な事しようとしてたらぶっ飛ばす!」


「絶対にしないから安心してくれ。その案でいいなら是非お願いしたい」


 センがそう言うと、顔を真っ赤にしたままハルカがこくりと頷く。ナツキはそんな妹の様子を見て、少し苦笑してからハルカの頭を撫でつつセンを睨む。


(ハルカは色々察してくれたみたいだな。非常にありがたいが……何故かナツキの威圧感が増しているな)


「指一本触れたらぶっ飛ばす」


「……まだ信用はしにくいだろうが、絶対に触れないと約束する」


 今にも噛みついてきそうなナツキにセンは苦笑する。


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